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5. クレア・ルフェーブルという悪役令嬢②



クレア様には学院内に特例で魔術研究室が設けられており、彼女がいつもそこに閉じこもっているのは学院中の生徒が知っている。

けれど誰もその部屋に足を踏み入れたことはなかった。




「したくないのよね。結婚」


紅茶を一口飲み憂いを帯びた息を吐く、なんて優雅なお姿。クレア様は美貌もさることながら、透き通った聡明な声すら完璧である。



クレア様の背後には大きな本棚があり、そこには魔術書が新しいものから古いものまでずらりと並べられていた。

大きな窓を背にするように配置されている机の上は書類やペンが無造作に置かれていて意外にも生活感があり、そこにも魔術書が何冊か積み重なっている。


クレア様の研究室。誰も入ったことがないと噂のこの部屋に、なぜ私が?



突然クレア様に呼び出されて来たはいいもののガチガチに縮こまっている私をとりたてて気にすることなく、クレア様は従者のアルノルド様と並んで向かいのソファーに座り、お話を始めてしまった。


話の腰を折るのを申し訳なく思いながらも、まず疑問を解消するために口を開く。




「あの、ルフェーブル様……私のことをご存知なのですか?」

「ええ。プロレシア伯爵家のご令嬢でしょう。エリーゼ・プロレシア様」

「ルフェーブル様に知っていただけているなんて、光栄でございます」

「クレアでいいわよ。あなたにお話があるの」



あの、人の名前を覚えないと有名なクレア様が、誰かに話しかけられるとまずどなたかしらとアルノルド様に視線をやっていつも名前を耳打ちしてもらっているクレア様が、私の名前を!知ってるって!さすがに感動に打ち震えた。推しに名前を呼んでもらえるって、とても幸せなことなのね……!







「悪役令嬢」






クレア様が発した平坦な声は、私の心臓を本当の意味で一瞬止めた。



推しと会話できて浮かれていた気持ちから急転直下。ドッと冷や汗をかき、どう見ても動揺が顔に出ていたと思う。



クレア様はさらに言葉を重ねる。



「乙女ゲーム。ヒロイン。聖女。攻略対象者。あとはなんだったかしら」

「うーん。推し、隠しキャラ、真実の愛、闇堕ち、世界滅亡……」


ひとつひとつ指を折って言葉を補足するアルノルド様にクレア様はそうそう、そうだったわ、と頷いた。



「っな、な、なななんのことでしょうか、?」

「なにって、あなたがいつも言っている言葉でしょう?」

「!?え!?い、いや、まさか、さすがに口に出しているわけ……ハッ!まさか、クレア様も!」



ソファーを立ち上がってクレア様のほうへ身を乗り出す。



「やはり転生者なのですか!?」



怪訝。


まさに怪訝という言葉が相応しいような表情をされたクレア様は、精神のおかしい者を見てしまったというような目で私を見ていた。それなのに「すこし落ち着いたらいかが?」と紅茶をすすめてくれる。優しい。怪訝な顔も美しい。



「……と、取り乱してしまい申し訳ございません。違うのですね、クレア様は転生者ではなく……ではなぜそのような言葉を」

「あなたの心を読んだのよ」

「へ!?」



私の!?心を!?



驚きで思わず手が滑ったが、アルノルド様が魔術でカップと中身をひょいと浮かせてくれたことで幸い紅茶を溢さずに済んだ。

にこりと笑いかけてくれるその目の覚めるような美貌に私は少しだけ落ち着きを取り戻す。



「アルノルド様……ありがとうございます」

「プロレシア様。俺はただの従者ですので、敬称なんてつけなくてもいいんですよ」

「そ、そうはいきませんよ!だって……」

「そうよ。アルはこんなに偉そうだけれどただの従者なんだから。はやく新しい紅茶を淹れ直しなさい」

「はあい、お嬢様」


アルノルド様は宝石のごとく輝く金の瞳を細め美しく微笑み、クレア様の命令に嬉しそうに席を立った。


主人と従者という関係にしては気心の知れたいつも通りのやりとりが実際に目の前で繰り広げられていることに改めて呆然とする。



「話を戻すわよ。わたくしに闇魔法の適性があるのはご存知?」

「はい。闇魔法と光魔法が顕現したのは今の世代ではクレア様だけだと聞いております」

「闇属性の適性があれば、主に精神に関与する魔術が使えるの。相手を洗脳したり、相手の心を読んだり……」

「なるほど。それで私の……ん?な、なぜ私の心を?」

「だって、入学当時からあまりにもストーカーのようにつけ回してくるものだから、あなたが何を考えているのか気になって」

「ス、ストーカー……!?」



たしかに私は、前世の記憶を思い出してから生の推しをこの目に焼き付けたいがあまりにクレア様の周囲をうろうろしていた。


平凡な魔力量であるにも関わらず常に学院トップの成績をキープしているクレア様と同じ上位クラスに入りたくて血の滲むように努力をしたし、席替えのときはすこし細工をしてクレア様の斜め後ろの席を勝ち取り(一番お顔が拝めるポジションだから。隣は緊張する)、クレア様の書いた論文はすべて網羅し、学食で何をお食べになるのか毎日チェックし、パーティーなどの場では常に一定の距離をあけてその美しい姿を眺め続け……完全なるストーカーね。恐怖!ストーカー伯爵令嬢!ね。

クレア様は他人に興味がないのでまさかバレるとは思わず、最近は犯行が堂々として来ていたことに自覚はある。でもまさか、私が何を考えているのか気になってくれたなんて、場違いにも心が浮き立つ自分がいた。「視線があまりに異常なので恨みでも買ったのかと思ったわ」とすごい言い様をされているけど、心は浮き立ったまま。



「クレアお嬢様は倫理観に多少の欠陥があるので、人の心を覗くという所業に罪悪感を感じないのです」

「なんですって?」


新しく紅茶を淹れて持って来てくれたアルノルド様がにこにこととんでもないことを言い、クレア様はじとりと彼を睨んだ。

ふつうの従者ならばそんなことは口が裂けても言えないし、ふつうの高貴なご令嬢ならば激昂している場面だろう。なぜかクレア様は「まあそれに関して反論はないけれど」とその暴言を受け入れているが。




「あなたの心を読んで、わたくしのことがとにかく大好きなことがわかったわ」


推しに冷静にそう言われるとかなり照れる。じわじわと顔に熱が集まる気配を感じ、両手で顔を隠してしまうと、「あらかわいい」「ほんとうですね。真っ赤だ」と気の抜ける会話が聞こえた。推しにかわいいって言われちゃった!棒読みで!



「そして、あなたの心の声によく出てくる単語があったわ。悪役令嬢クレア・ルフェーブル……どういう意味なのかしら」



鮮烈な紅い瞳に私が映っている。


この胸の軋む音が、自供を迫られた犯人のような緊張からなのか、それとも大好きな人の視界に入れた喜びからなのか、私にはわからなかった。



「……あの、私は決して、クレア様を侮辱する気持ちなどなくて、」

「わかってるわよ。わたくしはその話をあなたから聞きたくてここに呼んだの」



なぜクレア様が一介の伯爵令嬢の妄言と思われかねない話を聞きたいのだろう、と思ったが、冒頭の言葉を思い出した。したくないのよ、結婚。

もしかしてクレア様は、先日婚約者に内定された第三王子ギルバート殿下とも婚約破棄をするつもりなのだろうか。






「……荒唐無稽だと思われるかもしれませんが、どうか最後まで聞いてくださいますか?」

「ええ、もちろん」



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