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シン・オジュマ  作者: 神原月人
シン・オジュマ
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ワーレン

 頭から真っ逆さまに落ちていたミリクは、空中で姿勢をくるりと入れ替えた。


 着地は見事に決まった。バネ足が衝撃を吸収し、かすり傷ひとつない。反動でかなり高く飛び上がったが、家の中でびょんびょん飛び跳ねて天井をぶち壊し、火トカゲの獣人マザラに激怒されるような失敗は犯さなかった。いかんせん天井が高過ぎて、頭をぶつけるような障害物がなかったおかげだ。


 ミリクが降り立った地面はざらざらした砂地で、どこもかしこも穴ぼこだらけだった。


 モシュは鼻先を突き出して、穴ぼこに漂う匂いを嗅いでいる。穴の直径は、ミリクの顔がギリギリ入りそうなサイズだ。モシュならば余裕で移動できるだろう。


「ここはどこなんだろう。ウイロードとは違うのかな」


 ミリクは周囲をきょろきょろと見回した。着地に失敗したオジュマコジュマが失神して、ぐったり伸びている。ぴんぴんしているのは最初にモシュに忠誠を誓った二匹だけで、それ以外はしばらく使い物にならなそうだ。


 失神したオジュマコジュマたちの姿が徐々に薄くなり、半透明となって砂に溶けていく。ここまでお疲れさま、〈母の木〉に戻ってゆっくり休んでおくれ、とミリクは祈った。


「モシュオジュマ!」

「モシュオジュマ!」


 古株のオジュマコジュマの声は、ミリクには不思議と聞き分けられるようになっていた。後から一座に加わった他のオジュマコジュマの声に比べると、語尾がほんのちょっとだけ違う。無駄に間延びしていないから、心持ち聞き取りやすい。


 オジュマコジュマは勇んでモシュの元に馳せ参じ、喜々としてまとわりついた。モシュは配下に群がられても鬱陶しそうにするでもなく、穴ぼこに異様な興味を示している。ミリクはちらりと上空を見上げた。触手を思わせる木の根がうにょうにょと蠢いている。


「ここは〈母の木〉の地下なのかな」


 ミリクが問うと、穴ぼこに興味津々だったモシュがようやく顔を上げた。


「これはワーレンだな」

「わー、れん?」


 聞き慣れない言葉だった。ミリクが首を傾げる。


「平たく言えば、〈妖術師の巣穴〉だ」

「妖術師って、こんな所に住んでるの?」


 モシュが目の敵にする〈妖術師(ソーサラー)〉をミリクは直接目にしたことがない。口の悪いモシュに言わせれば、妖術師とはとかく性格が悪く、ある意味ではモシュと同じぐらい面倒な性格で、皮肉たっぷりの性格の悪い罠を仕掛ける存在であるらしい。


 それは詰まる所、妖術師とはほぼモシュのことではないか、とミリクは思った。


「モシュが妖術師を毛嫌いするのって、もしかして同族嫌悪?」

「滅多にお目にかかれないと思ったが、こんな所に隠れ住んでいたか」


 モシュはくくっ、と悪辣な笑みを漏らした。


「その笑い方、完全に悪役だよモシュ」

「なにをのんびりしている。さあ、ご馳走の時間だぞ」


 モシュは〈妖術師の巣穴(ワーレン)〉を指差して、「付いてこい」と指図した。猫のモシュもカエルの死霊のオジュマコジュマも巣穴を探検するのに不都合はないが、バネ足人間のミリクは巣穴に顔を突っ込むだけで精いっぱいだ。とても内部には入れそうもない。


「どうした、置いていくぞ。早く来い」


 巣穴に足を踏み入れたモシュが忙しげに振り返った。鈍臭いやつめ、とでも言いたいのか、モシュの声がいつにも増して苛立っている。


「顔だけしか入らないよ。絶対つっかえる」

「馬鹿者。顔さえ入れば、どこでも通れるではないか」


 ミリクの不平はあっさり一蹴された。どんな隙間であれ、顔さえ入る幅があればどんな所でも通り抜けられる、というのは猫の理論でしかない。


 一応チャレンジするだけしてみたが、どんなに身体を縮めてみても猫の真似をするなどミリクには無理な芸当であった。


「無理。入れない。僕は大人しくここで待ってるよ」


 ミリクが申し訳なさそうな顔をした。


「ふん。猫の風上にも置けぬ不甲斐なさだな」モシュが吐き捨てるように言った。

「妖術師さんによろしく。ご馳走をたっぷりもらってきてよ」

「なにを言う。妖術師を食べるのだぞ」

「え? どういうこと……」


 モシュはくるりと踵を返した。オジュマコジュマを引き連れ、颯爽と〈妖術師の巣穴〉に足を踏み入れた。見渡す限り砂ばかりの地下空洞にミリクだけがぽつんと取り残された。


「妖術師を食べるって、どういうことだろう」


 ミリクの独り言に答えてくれるものは誰もいない。不安を煽る静寂があるだけだった。


 動くと無性に腹が減る。ミリクはただぼんやり巣穴の入り口だけを見つめた。モシュが〈妖術師の巣穴〉に潜ってから、いったいどれほど時間が経過しただろうか。


 一向に戻ってくる気配がなく、まさか妖術師の仕掛けた性格の悪い罠に嵌まって生き埋めになってやしないだろうか、と心配になった。


「地下組織〈兎の足(ラビッツ・フット)〉へようこそ。歓迎するわよ、バネ足の坊や」

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