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シン・オジュマ  作者: 神原月人
スナネコ・キングダム
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予言

 会計を済ませて退店しようとすると、背後から非難がましい視線を感じた。


 どことなく怨念めいた空気が滲んでおり、ポポロはびくっと身体を震わせた。


 他者からのやっかみを投げつけられる運営さんとして立ち働いてきたため、ポポロはちょっとした視線恐怖症に陥っていた。


 道端でいきなり刺されはしないが、すれ違いざまに罵倒されることはある。理由は様々だ。〈スナネコ飛空挑戦〉の切符が取れない、撮影会に参加できなかった、もっとスーニャンに触れ合わせろ、などなど。


 ポポロひとりでは労働力(マンパワー)に限界があり、すべての要望には応えられない。しかし、できるだけ少数派の意見を汲み、アイディアをすぐに実現できないまでも、どういう要望があったかは関係各所に伝えるようにしていた。


 振り向くと責められそうなので、しばしカウンターに留まった。「ただ今、検討中」のアイディアで、恨みを買いそうなものはなんだったかを思い返してみるが、無数にあり過ぎて、即座に思い当たらない。


 常日頃から、ポポロがどうしても実現したいと考えている案はひとつだけだ。


 キリンの獣人キリリグは身長制限もあり、逆さま列車に乗り込むことができない。


「キリリグさんの夢はなんですか?」


 スーニャンの夢を応援する者同士の連帯感もあって、ポポロが訊ねた。


 キリリグはちょっぴり恥ずかしそうに首を縮こませた。


「……えーと、その、私も逆さま列車に乗ってみたいなあって」


 大きな身体にしてはちっぽけな夢だな、と他者は笑うかもしれない。


 だが、ポポロにはキリリグの夢はスーニャンの夢と同質のものだと思えた。


 スーニャンは、小さな身体のくせに大きな夢を見過ぎだと笑われた。


 ポポロは大真面目にキリリグと約束した。


 いつかキリリグさんが乗り込めるような車両を設けます、と。


 しかし、まだキリリグの夢は実現していない。雪のせいで〈スナネコ飛空挑戦〉がお休みになっているため、逆さま列車も運行を見合わせている。


 キリリグの要望を実現するため、ポポロは関係各所を走り回った。


 どうすればキリンの獣人が逆さま列車に乗り込めるか、率直に訊ねると、ふざけた返事もあれば、たいそう実現性の高そうな名案もあった。


「妖術で身体を小さくしちまえばいいんじゃね。そうすりゃ余裕で乗り込めるだろ。副作用で身体が小さくなったままでも責任はとれねえけどな」


 とは、〈転売屋(テンバイヤー)〉キタキツネの獣人コンタの弁。


「寝台列車を走らせてみたらいいんじゃない。縦にキリンの長い首を収納するのは難しくても、横に寝かせてなら、なんとかイケるんじゃない」


 とは、〈建造者(ビルダーズ)〉アナウサギの獣人アナベルの弁。


「寝台列車ですか。それはいいアイディアですね」


 ポポロの目から鱗が落ちたが、話はそう簡単でもないらしい。


「横になって眠れる、というアイディアは悪くないと思うわ。でも、寝台列車というのは長距離を走るものなの。〈スナネコ飛空挑戦〉は飛空の瞬間を楽しむものだから、コンセプトが合わない。あえて列車を遅く走らせても、すぐに次の駅に着いちゃう。寝たと思ったら、すぐ起きなきゃならない。そんなの煩わしいだけだわ」


 逆さま列車を運行する鉄道事業者も「採算が合わない」と難色を示した。


 寝台列車を用意することはできるが、わざわざ不採算な投資はしたくないという。


逆さま列車(モノレール)慈善事業(ボランティア)じゃないんだよ、運営さん」


 鉄道事業者の幹部はにべもなかった。


 スーニャンのおかげで逆さま列車のふところはかなり潤ったはずだ。義憤に燃え、


「ちょっとぐらい還元してくれてもいいじゃないですか」と訴えようとしたが、関係を壊してしまっては元も子もない。


 もしもスーニャンが空を飛ぶ機会を奪われてしまったら、と思うと、進言はリスクでしかない。


 たったひとつの迂闊な発言が幸福な関係を無に帰してしまうこともある。


 ポポロはすんでのところで、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 キリリグと約束したものの、キリンの獣人が乗り込める夢の列車の実現は遠い。


 面と向かって非難こそされないが、ポポロは申し訳なさでいっぱいだった。


 ポポロがおそるおそる振り返る。幸い、キリリグの姿はなかった。


 ほっ、と安堵すると、通りすがりのマヌが誘ってほしそうにこちらを見ていた。


 マヌルネコの獣人マヌは橋の欄干に寝そべっていることが多く、まるで置物のように身動ぎせず、ほとんど景観と同化しているのが常だった。騒がしい屋台のおでん屋とはもっとも縁遠そうだが、ひょっとしておでんに興味があるのだろうか。


 マヌは屋台の喧騒を胡乱げに眺め、ただひたすらに沈黙を守っていた。


 すでに卒業したとはいえ、マヌもまた妖術師訓練校の教え子である。スーニャンにばかりおでんを振る舞って、マヌには振る舞わない、というのも贔屓な気がした。


「……えと、マヌもおでん食べる?」


 ポポロがそれとなく訊ねると、マヌはふん、と鼻を鳴らした。


 たぶん、「食べる」と言ったのだろう。


 それとも「気がきかんな」と責められたのだろうか。


 素知らぬ顔で景色と同化するマヌは、いつから背後に佇んでいたのだろう。


 たんにポポロが気がつかなかっただけで、おでんを待ち焦がれていたのだとしたら、ずいぶんとおあずけを食わせてしまったことになる。


「ニュウドウさん、マヌにも食べさせてやってください」


「お、おお。マヌルネコか。こりゃあ珍客だな。いったいなにを食うんでえ」


 おでん屋の店主のニュウドウも戸惑っていた。


「はんぺんと牛スジとかでしょうか」

「スナ坊と同じでいいのかい」


 地下トウキヨの猫にも厳然たる構造(ヒエラルキー)があるのか、長老然とした古代猫を間近にして、スーニャンは借りてきた猫のように大人しかった。


「どうでしょう。マヌ、スーニャンと同じものでいい?」


 ポポロが問いかけても、マヌは微動だにしない。なんの反応もないため、それでいいのか、はたまた嫌なのか、どちらとも判断がつかない。


「嫌みてえだな。困ったな、サソリもヘビもねえぜ」


 マヌの好みが分からず、さすがのニュウドウもお手上げだった。


 ポポロは屈み込み、マヌに問いかけた。


「マヌはなにを食べたい?」

「蒟蒻なるものを所望す」


 マヌが食べたいと言ったのは、はんぺんでも牛スジでもサソリでもヘビでもなく、こんにゃくだった。変わり種ではなく、定番中の定番だ。


「あいよ、こんにゃく」


 マヌはカウンター席に腰掛けることなく、ずっと道端に佇んでいる。


 ニュウドウは仕方なく、マヌの鼻先にこんにゃくを供えた。


「さ、熱いうちに食べてくれ」


 湯気の立ち上る熱々のこんにゃくにマヌは口をつけようともしない。


 スーニャンが小声で「ふう、ふう。ふう、ふう。ふう、ふう」と言っているが、まさかマヌのような深遠なる知性の持ち主に「ふうふうして食べるんだよ」などと子供扱いするようなことは言えまい。


 マヌは微動だにせず、むろん、ふうふうなどしない。


 熱いうちに食べないものだから、ニュウドウも痺れを切らしている。


 時が凍りついたような静けさに、ポポロは訳もなく緊張感を覚えた。


 マヌは皿をひっくり返し、すっかり冷え切ったこんにゃくを地べたに晒した。


 ずぶり、と鋭い爪を繰り出して、こんにゃくのどてっぱらに突き立てる。


 たった一撃でこんにゃくの息の根を止めると、あぐっ、と丸飲みにした。


「美味」


 ひらりと身を翻し、マヌは満足そうに喉を鳴らした。


「馳走になったので、ひとつ教えてやろう」


 こんにゃくの代金を慌てて支払い、ポポロはマヌの後を追いかけた。


 マヌは予言者だ。


 言葉はおおよそ謎めいているが、拝聴に値する。


「過去が現在に影響を与えるように、未来も現在に影響を与える。いつまでもただの弟子でいるのは、師に報いる道ではない」


 今回もさっぱり意味が分からない。


 追い縋ったポポロが息せき切って言った。


「マヌ、どういう意味?」


「世界には君以外に誰も歩むことのできない道がある。その道はどこに行きつくのか、と問うてはならない。ひたすら進め」

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