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シン・オジュマ  作者: 神原月人
スナネコ・チャレンジ
26/51

死都トウキヨ

 しとしとと、死都トウキヨに雨が降る。


 死霊さえも寄り付かないシト・トウキヨはさながら死んだ都――死都。


 右肩上がりの繁栄は遠い過去となり、街も人も老いるばかり。「時」に命を齧られた人間は、その数をどんどんと減らしていく。それでも街は開発を止めない。


 上へ、上へ、天空へ向かって雨後の筍のようににょきにょきとタワーマンションが競うように建築され、遂にはろくに住人のいない廃墟が生まれた。


 ジパング精霊指定都市に名を連ねるナアゴヤ・ダギヤア、コト・キヨウト、ダイブツ・ナーラ、イテマエ・オーサカらを差し置いて、トウキヨだけは特別だから特別区。


 かくも特権的なシト・トウキヨは精霊指定都市ではないからと、精霊も獣人も魚人も鳥人も十把一絡げにして排除していたが、果ては死霊にさえそっぽを向かれる始末。


 老いさらばえて死を待つばかりとなったシト・トウキヨは、さすがにこのままではまずいと思ったのか、ようやく重い腰を上げた。


 開発が中断した地下区域エリアを人外(じんがい)に解放する、と宣言した。


 移住条件は、妖術師(ソーサラー)訓練校に通い、人間に利する妖術を身に着けること、とされた。しかし、この発表に世の人外たちが噛みついた。


「人間に利する妖術だと? 何様のつもりだ」

「妖術を使えない人外を切り捨てている」

「トウキヨは調子に乗っている。滅べ!」


 人外からの総スカンを食らったトウキヨは、移住の条件を大幅に緩和した。


 条件は唯一つ、妖術師訓練校に通い、卒業すること。


 妖術はからっきしでも、語学のペーパーテストさえクリアできれば卒業資格は得られる。ジパング語さえ話せれば、どんな人外でもトウキヨに住めるようになり、トウキヨの地下(アンダーグラウンド)は瞬く間に人外で溢れ返った。


 地下(アングラ)トウキヨは、死都トウキヨに侵食するように増殖した。


 紫色の(いらか)が並び、金色の燭光と赤い提灯が闇を照らす。逆さま列車(モノレール)が横断し、錬鉄の外階段が血管のように長屋を貫き、溝色の人工池を跨ぐように橋が架けられた。


 日に日に増え続ける移住者を受け入れるため増築に次ぐ増築を重ね、地下トウキヨは一個の生命体のように姿を変え続け、全人外憧れの地となった。


 タヌキの獣人ポポロも地下トウキヨに憧れて移住してきたクチだ。妖術師訓練校の同級生であるキタキツネの獣人コンタと共に移住してきたが、変身の妖術に才たけたコンタはあっさり道を踏み外し、トウキヨ拘置所(プリズン)に収監された。


 まともに妖術を使えないポポロと違い、コンタはなまじっか才能があったために、才能に溺れた。


 身元引受人としてトウキヨ拘置所を訪れたポポロは溜息をついた。


「コンタ、ちゃんと反省したかな」


 コンタは得意の〈変身〉を活かして絶世の美女に姿を変え、無垢な人間を(たぶら)かした。結婚をチラつかせてタワーマンションの購入を迫り、稀代の結婚詐欺師として荒稼ぎした。


 騙した人数は一人、二人どころではない。同時に交際していた人数はなんと、三十五人。いったいどれだけ股があるのか、三十五股というのだから恐れ入る。


 恐るべきことに余罪はそれだけでなかった。コンタは美女に変身するだけでは飽き足らず、目の覚めるような美男子にも変身した。


 獣人に姓はなく、名前だけであるのが普通だが、コンタは「財前コンタ」だの、「伊集院コンタ」だの、「道明寺コンタ」だのと名乗り、良家の御曹司であるかのように振る舞った。


 どうせならコンタという名前も変えてしまえばいいのに、そこだけは頑として変えなかった。おかげで「コンタ」に騙されたという被害者が警察に垂れ込み、あっさりお縄になった。


 全財産を没収されただけでなく、詐欺の悪質性から終身刑を課されそうになったが、絶世の美女姿となって法廷の男たちを誘惑、三十五カ月の収監という温情が下された。


 ポポロが面会に行った際、コンタは「法廷も美女には甘いんだな」と言ってほくそ笑んでいた。三十五股をかけたから、三十五カ月の刑ということらしいが、たかだか三年ぽっちの刑期でコンタが改心するとは思えない。


 変身能力を活かして、拘置所の王――ないしは女王――になってやしないか、などという疑念も尽きない。


 コンタは人間なんぞに変身しなくたって、特別に優れた容姿をしている。金色のふさふさした毛並み、切れ長の鋭い目、シャープな輪郭。目元に黒縁があり、ずんぐりむっくりな体型のポポロとは何もかもが大違いだった。


 人並み外れて容姿が優れていると、人の道を外れる宿命にあるのだろうか。もしもポポロにコンタ並みの変身能力があったとしても、結婚詐欺師なんてやれそうもない。ターゲットの人間に話しかけるのにオドオドして、まともな会話にならないだろう。


 どんなに見た目を取り繕ったって、しょせん中身は鈍重なポポロのままなのだ。正体がバレてやしないかと気を揉んで、すぐに尻尾を出すに決まっている。


 ポポロがトウキヨ拘置所を囲う高い壁の前に所在なく佇んでいると、丸刈りになり、ずいぶんとワイルドになったコンタが姿を現した。どんなに姿かたちが変わっても、コンタかそうでないかは匂いですぐに分かる。


 会うのが久々過ぎて、なんと声をかけていいか戸惑っていると、コンタが先に口を開いた。


「出迎えサンキュー、ポポ」


 第一声が礼であったのは良かったが、その次がいただけない。


「ちょっとは妖術上達したか?」

「ぜんぜん」

「なんだ、ジパング銀行券偽造できねえのか。使えねえな」


 コンタはちっ、と舌打ちした。


 妖術師訓練校時代、ポポロは木の葉をジパング銀行券に変える妖術をひたすら練習していたが、ついぞ成功することはなかった。


 紙幣の偽造はれっきとした犯罪である、という思いがブレーキになったのか、ただ才能がなかっただけなのか分からないが、いずれにせよポポロはまともに妖術が使えない劣等生であった。


「お前、今どうやって生活してんの?」


 コンタの口調がずいぶんとぞんざいになった。


「……妖術師訓練校で教えてる」

「ろくに妖術も使えねえのに?」

「ぼくみたいな落ちこぼれは、落ちこぼれの気持ちが分かるからって」


 採用された経緯を語ると、コンタは腹を抱えて大笑いした。


「妖術も使えねえのに教師かよ。やべっ、笑える」


 しょせん、この世は妖術の才能(ギフト)がすべてだ、と言わんばかりの態度にポポロの心はさざ波だった。いくら気の置けない仲でも無能の烙印を押されるのはさすがに堪えた。


「コンタ、変わっちゃったね」

「どこがだよ?」

「少なくとも昔のコンタは落ちこぼれを笑うやつじゃなかった」


 どんなに妖術の才能がなくても、コンタはポポロを馬鹿にはしなかった。真面目にやってりゃ、いつかそれなりに使えるようになるだろ、と励ましてくれた。


 変わりゆくのは地下トウキヨの景観ばかりではない。


 そこに住まう人外もまた、変わってゆくのだった。

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