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シン・オジュマ  作者: 神原月人
シン・オジュマ
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ナアゴヤ・ダギヤア

 篠突く雨が、いつしか雪に変わった。


 雪は三十三夜と降り続け、ジパング精霊指定都市ナアゴヤ・ダギヤアの極北に位置する〈太陽に見捨てられた町〉は分厚い氷壁に覆われた。川は凍りつき、枯れた大地は容赦ない雪の下敷きとなって息を潜める。色彩を失った空には頼りない三日月が瞬くばかり。


 申し訳程度の月明かりでは、太陽の光を遮る黒紗の結界に封じられた常闇を遍く照らすことも叶わない。ちっぽけな月がかげれば、途端に世界は黒一色に没する。


 色らしい色のない町並みは、バネ足の少年ミリクにとっては見慣れたものだ。


 かつてはこの町にも太陽の光が燦々と降り注ぎ、気候も温暖で、色鮮やかな四季があったそうだが、それこそがおとぎ話のようだ。昼夜を問わず、空は真っ暗。月の満ち欠けだけが唯一の光。それがミリクの常識であり、太陽に見捨てられた町に住まう人々の常識だった。


 身体の芯まで冷え切ったミリクの身体を温めてくれるのは薪ストーブの熾火だけだが、あいにく薪の備蓄が切れてしまった。暖かな家を出て、裏山まで調達しに行かねばならない。


「ミリク、薪を補充しておいてくれ」

「へいへい」


 火トカゲの獣人マザラに命じられたミリクは、内心の不満を隠すことなく顔をしかめた。分厚い鱗と逆巻く炎をまとったマザラの方が、バネ足のミリクよりよほど寒さに強いはずなのに、薪の補充は決まってミリクの仕事だった。


「モシュ、薪を補充しに行くから付いてきて」


 いそいそと防寒具に身を包み、小振りの薪割り斧を手にしたミリクがちらと振り返った。ストーブ脇でうたた寝している空飛び猫のモシュはしれっと知らんぷり。人語を解すだけでなく、さらりと辛辣な悪口まで叩く語彙の持ち主であるくせに、薪ストーブの傍でこてんと丸まっている時は、人間の言葉になんぞは耳を傾けやしない。


「無視すんなよ、モシュ」


 ミリクは薪割り斧をぽいと投げ捨て、モシュ目がけて跳躍した。糸巻状のバネ足がぎりりと軋み、弾かれたようにミリクは頭から突っ込んだ。危険を察知したモシュは灰色の体毛に隠していた羽根を慌ててバタつかせ、間一髪のところでミリクの体当たりを逃れた。


「何人たりとも眠りを妨げることは許さん」


 中空に飛翔したモシュは逃げ去るついでにミリクの後頭部を足蹴にした。そのまま知らんぷりを決め込んで姿を眩ませる算段のようだったが、ミリクに反撃したのが運の尽きだ。ミリクは鞭のようにしなるモシュの尻尾を引っ掴み、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「離せ! 離せ! はーなーせー!」


 モシュはじたばたと大暴れし、必死に後ろ足でミリクに蹴りをくれた。しかし、ミリクは動じない。モシュをがっちりと羽交い絞めにして逃走を防いだ。


「いつでも逃げれると思うなよ、モシュ」

「動物虐待だ。厳重に抗議する」


 捕らえられたモシュは不機嫌そのもので、およそ無駄と知りつつも、しつこくミリクに蹴りを喰らわせていた。薪割りを命じたマザラが深々と溜息を漏らした。火トカゲの吐く息は火炎そのものだ。薪さえあれば一瞬で火が付くが、肝心の薪がない。


「遊んでないで、とっとと薪を補充しろ」


 マザラが苛立った声で言った。


「そうだ。とっとと補充しろ」


 モシュはここぞとばかりにマザラの発言に便乗したが、一家の長であるマザラは安易な便乗を許さなかった。これ見よがしに火を噴き、モシュを脅した。


「働かざる者食うべからずという家訓を忘れたかね、モシュ」


 強面のマザラに凄まれ、モシュはすっかり怖気づいている。ミリクが握った細長い尻尾は、モシュの不安を表したように小刻みに波打っている。いい気味だ。いつもいつも逃げられると思うなよ。モシュを小脇に抱きかかえたミリクは薪割り斧を拾い直すと、喜色満面で家を飛び出した。


「さ、モシュ。仕事、仕事」

「寒い。死ぬ。動物虐待だ。厳重に抗議する」


 往生際の悪いモシュがぶつくさ言っているが、ミリクは聞く耳を持たなかった。煉瓦造りの家を出ると、雪交じりの寒風が吹きつけてきた。


「寒い。死ぬ。モシュを殺す気か。そうか、殺す気だな」


 ことさら寒さに弱いモシュは恨めしそうに空を見上げた。

 そこには、いつ見ても変わり映えしない黒い紗幕があるばかりだった。

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