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現代ダンジョン創世記  作者: tuku
【第一章】
9/31

第8話 後始末①


 目が覚めたら知らない天井だった。

 などとライトノベルの導入みたいなことを一愛(いちか)は思い浮かべたが、普通に病院のベッドだろうなと当たりをつける。気を失う前の記憶ははっきり残っていた。

 まだ少し怠い体を動かして、欠伸をしながら起き上がった。


「――おにいちゃん!」

「唯……? なんでここに」


 最初からそこにいたのか、唯愛が一愛のベッド脇に座っている。

 まだ空は明るい、昼頃だろう。学校はと思って言った言葉だが、それが唯愛は大層お気に召さなかったらしい。泣きそうだった顔から一瞬で怒った顔になる。


「なんでここにじゃないよ! 怖かったんだから! おにいちゃんがダンジョンに居なくなっちゃって、もう帰ってこないかもって思って……っ。うー、うぅぅばかぁっ」


 最初は勢いよく怒っていた唯愛だが、それも長くは続かなかった。

 すぐに眦に涙を浮かべ、一愛に飛びつくように抱きついてくる。


「怖かったんだから! 本当の本当に怖かったんだからぁ!」

「ごめん、ごめんよ」

「警察の人もよくわからない人も、もう生きてる可能性は低いとか言うし! 今の内に心の整理をとかわかんないこと言うし! それでも、それでもおにいちゃんならって……っ、頑張ったんだからぁ!」

「……うん。そうだね、そっか。ありがとう」


 幼い妹にまでこれほどの心配を掛けていたことに一愛は胸を痛める。

 完全に自業自得で申し開きもないが、謝り倒して許してもらうしかないだろう。幸い一愛は生き残ったのだ。これから謝る時間はいくらでもある。

 唯愛の言葉から考えるにどうやら自分は捜索願を出されていたことを一愛は悟る。

 ダンジョン内での行方不明は警察に届出る捜索願とはまた違い、届出先は探索者協会となる。恐らく一愛の両親はまず警察に捜索願を出し、警察は経緯を調べて一愛がダンジョンに入ったことを知ったのだろう。そりゃ知っている。なんせ一愛が最後に会った人間は警官だ。

 探索者協会の捜索願は警察と違って有料となる。一応国家機関であるのだが世知辛い。

 まぁ仕方ないことなのだろう。通常の行方不明者と違ってダンジョンでの行方不明は完全に自己責任だ。探索者登録証にも書いてある。富士山で疲れて帰れないからとブルドーザーやヘリを呼べばお金が掛かるのと同じだ。

 ちなみに1層での行方不明者の捜索金は100万円である。2層以降はもっと高い。いやそれでも安い方なのかもしれないが。


 暫く唯愛の好きにさせていたら次第に落ち着いてきたらしい。伺うような上目遣いで一愛を見上げてくる。


「ねーおにいちゃん。おにいちゃんがダンジョンに入ったのって私のせい、」

「それは違う」


 何が言いたいのか分かり被せるように答える。


「唯、ごめんな。俺がはっきりしなかったから、長い間辛い思いさせて」


 そうして一愛は唯愛に胸の内を打ち明けた。

 小学生の頃から虐められていてそれが本当に辛かったこと。

 虐めから開放される手段をずっと探していたこと。

 それが一愛にとってのダンジョンで、最初から入るつもりだったこと。

 実際に入った今はとても清々しくて後悔一つしてないこと。

 ……全てを伝え、一愛は笑みを浮かべた。


「だから唯が気に病む必要なんて何にもない。あ、あとダンジョンに入る必要もなくなったな。俺から入るなとはもう言えないけど、いやー良かった」

「……なにそれ。おにいちゃんちょっと変わった?」

「かもしれない。色々あったから」

「むーっ。あれだけ心配かけさせてなんかむかつく! 後悔一つしてないってこともなんかむかつく!」


 そりゃそうだろうと一愛は笑った。

 一愛だったら心配掛けさせたんだから泣いて詫びて後悔しろと言いたい気持ちになる。なんかではなく普通にむかつく案件だ。

 唯愛は軽いぱんちを一愛の胸に当て、


「でも、良かった」


 そう言ってようやく笑顔を見せてくれた。

 

「――そろそろ宜しいでしょうか」


 病室の外、廊下からそう声を掛けられる。唯愛が驚きで飛び上がった。

 病院はいつでも看護師が駆け付けられるよう部屋に扉を設けていない。高い宿泊費を取る病室はまた違うだろうが一愛のような一般人がそこに泊ることはない。だから最初から近くに人がいるのは分かっていた。

 レベルが上がった今の一愛には扉越しですらない人の気配など筒抜けも同然である。


「はい。すみませんお時間を取らせて」

「我々がいることに気付いていたのですね。分かっていましたが本当にレベルを上げているようです」


 そう誰かに説明しながらスーツを着た大人の女性、それと男性二人、そして一愛の両親が部屋に入ってきた。

 両親、とりわけ母親である桜はものすごく何か言いたげに一愛を見てくるが、それは目線を配って敢えて無視する。唯愛に全てを打ち明けた時から居たことは知っている。それら諸々の話はこの状況が終わってからの方がいいだろう。

 男性二人は警官だろうか。体格ががっしりしている。制服でないのは威圧感を与えない為か。胸ポケットから覗く警察手帳で身元が割れているのはいいのだろうかと心配になる。一愛から見て隙だらけだし、はっきり言って弱そうだった。

 荒事をしにきたとは思えないが万が一を想定するべきだろうかと考える。部屋に入ってきたのがこの二人だけだったら心配もしないが、問題はスーツを着た女性だ。

 スーツを着た女性は一愛にもその強さが測れない。見たところ20代後半、若くて華奢だ。だが測れない。間違いなく探索者だろう。

 少なくとも一愛よりレベルが高い。そう判断した方が良さそうだ。

 一愛は少しずつ動ける態勢にシフトしていく。それに気付いた女性が機先を制するように口を開いた。


「ああ、そう警戒しなくて良いですよ。私は単純に協会としての仕事で、こちらの二名は貴方に謝罪しに来ただけですから」

「謝罪?」

「ええ。ダンジョンに入る前、貴方の荷物を奪ったでしょう? 明らかな業務外の越権行為です。それを表沙汰にさせない為謝罪しに来たというわけですよ」

「――ちょっと比嘉さん!」


 警官の片方、渋めのおじさんが慌てて間に入る。

 だが比嘉と呼ばれた女性は冷ややかな目でおじさんを見て、


「なんですか。事実は事実でしょう。今の時代SNS等で幾らでも拡散できるのですよ。ここで誠意を見せずにいつ見せるのですか。テレビでモザイクを掛ければそれで済んだ時代はとっくに終わっているのです。そんなのはダンジョンが産まれる前から分かっていたことでしょう」

「ぐ、だが」

「だが、なんですか。探索者の影響力を甘くみない方がいいですよ。一般人だと思わない方がいい。現に死線を潜ったこの子は私達を警戒している。特にこの子は貴方達の先走りで世間に顔と名前が売られています。警察が世間での信用を落とさない為に、私は警察の立場を考慮しているつもりですが 。もう一度言いましょう、今誠意を見せずにいつ見せるのですか」


「ああ後、貴方達のここでの立場は特に考えていませんよ」と女性は一息に捲し立てた。

 口調は丁寧だが中々に辛辣な言葉の数々に、警官の二人は顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうである。打ち合わせくらいしてないのかと内心笑った。

 一愛が百面相をしている二人を興味深げに眺めていると、その片方が見覚えのある警官であることに気付いた。


「あ、この人。俺をダンジョン前で止めた人か」

「っ!?」


 特に大した含みも持たせていない言葉に警官二人は体をびくつかせた。特に一愛を止めた例の片方が酷い。見ただけで可哀想になるくらい脂汗が額に浮いている。


「あの、そんなに緊張しなくても。それで謝罪という話でしたが」


 埒があかないので一愛は会話の主導権を自分で握ることにした。

 この女性に任せていても悪いようにはならない気がしたが、それでは一方的に警察が悪く言われて終わりになってしまう気がする。それは一愛の心情的にも宜しくない。

 あれは自分も悪かった。事実そうなのだから筋は通さないと気持ち悪いのだ。


「俺としてはあの時のリュックを返して頂ければそれでいいです。SNSも特にやっていませんし、流すつもりも今後蒸し返すつもりもありません。それでいいですか」

「……こちらとしてはそれで助かるが。君は本当に良いのかい?」


 渋めのおじさん、恐らく上司の方が一愛の目を見て言葉を返してくる。

 不思議だ。ちょっと前なら大人の人に目を合わせて、それも真剣に見つめられたら萎縮の一つもしていただろうに今はちっとも動揺しない。心が凪いだように静かだ。


「構いません。というかあれは俺も無茶だった。お互い悪かったということにしてくれると俺も後腐れが無くて助かります」

「そうか……分かった。ではそうしよう」

「あ、でも荷物を奪うほど止めようとするのは今後止めた方がいいですよ」


 一愛のその一言に、警官二人は苦笑いを浮かべて頭を下げた。


 ……これくらいなら言っても罰当たんないよな?


 復讐ですらないささやかな一愛の小言である。

 そうして両親の立ち合いの元荷物の受け渡しが完了すると、警官二人はそそくさと帰っていく。警官がいなくなったタイミングでずっと横で見ていた女性が口を開いた。

 

「理性的で助かります。親御さんの教育の賜物でしょうか」

「それもありますけど、俺としては貴方の方が気になるので」


 正直警官の相手をしている場合じゃない。

 ここは病院で、ダンジョンではない。そう分かっていても自分より強いと思われる人間に傍に居られるのは落ち着かない。さっさと話を終わらせたのはこの女性の存在が原因だ。

 理屈ではなく本能。頭が勝手に危険を訴えてくるのだ。

 そう目で訴えると、女性は真剣な顔で納得するように頷いた。


「……余程危機的な状況でレベルを上げたようですね。安心してください。日常に戻るにつれてその違和感は消えて無くなります。ダンジョンに居る時とそうでない時、脳がその使い分けを慣らしているのですよ。貴方のように死線を潜った探索者によく見られる症状です」


「ともあれ」と女性は襟を正すと同時に姿勢を正した。

「改めまして。私は探索者協会公安部所属、比嘉真と申します。本日は二ツ橋一愛様に対し探索者協会としての業務を果たしに参りました。以後お見知りおきを」

「あ、はい。宜しくお願いします」


 よくわからないが大人の女性に頭を下げられ一愛も反射的に頭を下げ返した。

 なんだかんだ言いつつもこういう小市民的な気質は変わらないらしい。そのことに一愛は内心でちょっぴり安堵した。


「それで業務というのは? 探索者協会って何かしましたっけ」

「……失礼ですが、二ツ橋様は探索者登録証を受け取る際講習を受けなかった方でしょうか」

「講習? やってましたか?」


 話がかみ合わない。というより知らない単語を言われて困惑する。

 だが比嘉は何か得心が言ったのか頷いた。


「もしかして二ツ橋様は1月1日に探索者登録をされたのでしょうか。であれば申し訳ありません。こちらの落ち度です」


 そう言って比嘉はことのあらましを説明した。

 1月1日。それはダンジョンが一般開放された日のこと。その日は探索者になれる日と同時にダンジョンに潜れる日でもあった。多くの人が詰めかける中協会は講習を開く余裕もなくまた予定もなかった為、ダンジョンに潜る人だけに探索者としての手引きを綴った冊子を配っていたそうだ。

 載っていることは探索者になる為のルールが記載されており、それを破れば即登録証の剥奪、もしくは何らかのペナルティが課せられるほど大事な事項ばかりらしい。

 今は登録証を取る時に同時に講習を受けるよう義務付けられているそうだ。

 

「探索者はダンジョンから帰った際必ず全てのドロップアイテムを買取所に持ち込む必要があります。これは犯罪に使用できるアイテムを流通させない為の措置であり、逃れることはできません。以後お気をつけ下さい」

「あの、俺はもう病院にいるんですけど。これって持ち込んだことにはなりませんか」

「ご安心下さい。二ツ橋様のドロップアイテムは全てこちらで預からせて頂いています。既に買取額の精査も済んでいる為、後ほど受け取り、もしくは買取のどちらかをお選び頂けます」


 良かった。いきなり免許取消みたいな事態にならなくて済みそうだ。

 考えてみれば不可抗力なのだからそれも当たり前だが、こうして比嘉が直接病室に来るのは当たり前ではないのだろう。それを聞く前にまずは疑問を消化することにした。


「気になるんですが、ダンジョンに潜るのに別に探索者登録は必須じゃないですよね? ドロップアアイテムの買取が出来ないのにどう管理してるんですか? あと全てのドロップアイテムを渡す必要性はわかりましたけど嘘つく人も出るんじゃ」


 一愛の当然の疑問に比嘉は簡単そうに答えた。


「探索者登録をしていない人のドロップアイテムは全て没収します」

「……え? 没収?」

「はい。没収です」


 幾ら何でも横暴すぎるのではと一愛が考えるより早く、比嘉は淀みない口調で、


「ダンジョンに入る者を止めたらダンジョンに入れなくなる。そのダンジョンルールを利用して一般市民に危害を加えようとする犯罪者予備軍、即ち非正規の探索者はそれくらいされても文句を言う道理がありません。嫌なら登録をすればいい、それだけの話でしょう」

「確かに」


 言われてみればその通りだ。ぐうの音も出ない。

 後ろ暗いことをするつもりが無ければ登録すればいい。精々数時間取られるくらいだ。それすら嫌な人はダンジョンに潜るなという話だ。完全に納得する。


「ちなみに嘘をつく人はすぐに分かります。【アストレイアの銅像】」


 いつの間にか比嘉の手の平に女神を象った銅像が現れた。

 何らかの魔道具であることは明らかであり、一愛は僅かに身構える。


「二ツ橋一愛に問います。貴方は正義に悖る行為を行ったことはありますか」

「……え? いえ、特にないですけど」


 質問がいきなりで抽象的すぎる。困惑しながら一愛は答えた。

 比嘉は特に何も起こらない銅像を眺め、満足したように女神像を消した。


 ……何らかの魔道具でアイテムを収納してる? それかスキル?

 

 女神像よりそっちに気を取られた一愛に比嘉が笑みを浮かべた。


「【アストレイアの銅像】は質問に対して嘘をついた人を判断する魔道具です。これを買取の際に必ず行います。また探索者個人の倫理観を測る為、月に一度面談を行うことになっているのでご協力下さい。二ツ橋様はまた一月後にお願いします」

「あ、はい。分かりました」


 凄い魔道具があるもんだなと一愛は感心する。

 でもそれくらいしないとダンジョンの一般開放は叶わないのかもしれないとざっくり判断できる。強くなるのはともかくとしてダンジョン産の魔道具は今みたいに規格外過ぎるのだ。

 それこそ姿を消す魔道具など悪用しようと思えば幾らでもできる。一愛がパッと思いつくのはエッチぃことなのが悲しいが、頭の良い人ならそれこそ無限に活用できる。それが恐ろしいのだろう。その気持ちは分かる。


 ……まぁいいか。この程度の制約でダンジョンに入れるならむしろ安いもんだろ。


 そう一愛が納得して一段落ついたと思っていたら、比嘉は先ほどよりも僅かに緊張した表情を浮かべ、


「それで、ここから先が本題なのですが」


 そう言って黙って成り行きを見ていた一愛の家族を見やった。


 ……ああ、なるほど。


「ごめん、ちょっと席を外してほしい。あんまり大っぴらにできない話なんだ」

「……一愛。父さんには詳しいことは分からないが、大丈夫なのか?」

「大丈夫。心当たりはあるから。別に悪いことじゃないよ」

「一愛。後で話があるから。お説教よ」

「わかってる。心配かけてごめん」


 一愛は本心からそう言って、申し訳ないと思いながらも家族に席を外させた。

 最後まで後ろ髪を引かれるようにしていた唯愛がいなくなるのを待って、一愛は一息つく。


「もう大丈夫ですよ。どうぞ」

「ご配慮ありがとうございます。ですが念の為……」


 そう言って比嘉はベッドのサイドテーブルに何かの魔道具を置いた。


「それは?」

「消音機能を持った人工魔道具です。これで我々の声はどこにも漏れません」


 そういうのもあるのかと一愛は感心する。買ったら幾らになるだろうか。

 一愛の興味をよそに比嘉は真面目な顔で椅子に座った。


「病室に長居する訳にもいかないので早速本題に入らせて頂きます。単刀直入に聞きましょう。二ツ橋様は今回の探索にてステータスの【実績】欄を開放されましたね?」

「はい。その通りです」


 やっぱりその話かと意外でもない問いに一愛は素直に頷いた。

 この話が今回の本命なのだろう。探索者協会の職員が一探索者を相手に病室まで訪れる、そのある意味特別扱いな理由がこれだ。それ以外は些事、いわばついでだろう。


「【実績】欄を公に広めないよう注意しにきた、ということでいいですか」

「理解が早くて助かります。日本政府はこの情報を秘匿するつもりでいるので、公に広められると困るのです」

「そうですよね」

「二ツ橋様は既に察しているようですが【実績】の情報は非常に危ういのです。クリアすればそれだけで日本円にして億を超える魔道具類が手に入る。その確率が非常に高い。ですが【実績】は生半可な力でクリアできるものではない。無暗に犠牲者を出さない為に秘匿する我々の事情はご理解頂ける、そう思ってよろしいでしょうか」

「はい。念押ししなくても大丈夫ですよ」


 別に文句などない。警官にも言ったように一愛はSNSなどやっていないのだ。これといって承認欲求も強くないので拡散するつもりなど微塵もない。


「ご理解頂けて助かります。ですがこの情報も一般人の探索者が10階層を超えた段階で解禁する予定ですので、我々が公表した後は特に秘匿する必要もありません。ご安心下さい」

「……あの、そんなこと俺に喋って大丈夫なんですか」


 明らかにそれこそ秘匿事項だろう。探索者とはいえ一般人の一愛に話す内容ではないと思われる。

 だが比嘉はそれこそが重要だとばかりに真面目な顔をした。


「情報というのはいつどこで漏れるかわかりません。こうして我々が【実績】を開放したと思われる探索者に接触を図っていられるのも、それはその探索者がまだ低層だからできることです。10階層より下の階層までいくとそれがエクストラガチャで手に入れたアイテムなのか、ドロップ品なのかの判断が付かないからです」

「ああ、それで俺が【実績】を開放したのが分かったんですね」


 一愛はグレートクラブを持っていたからだと思っていたが、普段はそういう判断の仕方をしているのかと納得する。確かに武器は確定ドロップでもないのだからそれしかない。

 低層にあるまじき高価なアイテムを複数持って帰還する。確かにエクストラガチャを引いたと判断するには十分だろう。


「いえ、二ツ橋様はアイテムを鑑定するまでもなく判断しました」

「あ、そうですか」


 違ったらしい。それもそうかと納得する。

 話を戻すように比嘉は苦笑しながら喋った。


「二ツ橋様は警察、メディアの先走りで世間に顔と名前が売られてしまいました。しかも単独で、初探索で、エリアボスを討伐したことがネットを中心に広まっています。これは明らかに1階層の【実績】そのままです」

「……そうですね」


 世間に顔と名前が売られてるって何? と内心気が気ではない一愛だがここは話を合わせる為に頷いておく。これが空気を読むことかと一愛は悟った。


「そうした中どこかから【実績】の情報が漏れれば二ツ橋様にバッシングがいく可能性があるでしょう。これは他の【実績】を開放した探索者も同様ですが、二ツ橋様はそれらの比ではありません。ですので特例で情報の共有を認められました」

「はぁ。なるほど?」


 そんなこと言われても一愛には全く現実感がなかった。

 一愛はネットの海の住民であるが特に悪いことをした自覚がない為バッシングがどうのと言われても感覚が分からない。実際悪いことなど何一つしてないのだからそれも当たり前だろう。

 比嘉はそのことを分かったうえなのか微笑みを浮かべる。


「ご安心下さい。その為に探索者協会が情報を発信するのです。0とは言えないでしょうが大分軽減されるでしょう。二ツ橋様は何も気にする必要はありません。ただこういう話もあったなと覚えて頂ければ大丈夫ですので」

「ああ、それなら気にしません」



 正直どうでもいい。

 そんな心の声が聞こえるような一愛の態度に比嘉が苦笑する。


「二ツ橋様は今後もダンジョンに潜る気はありますか?」

「勿論です」


 即答する一愛に比嘉が頷く。


「探索者の先輩として貴方に一つ助言を送りましょう。ダンジョンでは迷ってはいけません。貴方がこれからもダンジョンに潜り続けるのであれば、覚えておいて損はないでしょう」


 軽く言うような態度であったが、一愛にはとても耳に残る言葉だった。

 この場合全ての雑音を気にするなという意味も含まれているだろう。探索者として行動するのであればネットの誹謗中傷など些事にすらならない、とも言いたいのかもしれない。

 一愛が頷いたのを見て比嘉は雰囲気を軽くした。


「では詳細を詰めましょうか」


 そう言って比嘉は細かい部分を補足するように続きを話した。


 一つ。【実績】欄の情報を協会が公表する前に漏らした場合ペナルティ(罰金)が発生する。

 二つ。一般人の中で一愛が最も早く10層に到達した場合も同様に情報を公表する。

 三つ。パーティーメンバーにも情報を共有する許可を与える。但しその場合漏らした際のペナルティは連帯責任。

 四つ。パーティーメンバー以外に漏らした際も同様のペナルティを与える。これの確認は月一の面談(アストレイアの銅像による気質の確認)に含む。


 大まかにはこの四つを話し合い、それ以外は攻略に役立つ情報を教えてもらった。

実績を開放した者に限り協会は2階層以降の実績クリア条件を有料で提供しているらしい。といっても日本は10階層までしか実績をクリアしていないらしくそれ以降は未開放で分かっていないそうだ。クリアしたら高額で買い取るとも言われた。

 ギルドで有料な情報は流石に教えてもらえなかったがそれでも大分為になったと言える。特にパーティーメンバーの重要性は耳に痛い内容だった。

 比嘉が病室から去った後もしばらく考え込むくらいには耳が痛かった。


「パーティーメンバーか」


 誰もいない病室で一愛は一人考え込む。

 ベッドにドサッと寝転び、天井を見上げて目を閉じる。


「後にしよう」


 とりあえず今は二度寝だと、一愛はそのまま眠りについた。

 ……その後心配していた家族に叩き起こされるまで。



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