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盆の絶望

作者: 黒心

 夏盛りの時である。

 私は盆の休みを貰っていた。死したる手近な親戚はおらず、親もまだ健在。いうて先祖の墓に行く気も起きず、惰眠をむさぼる日々。


 呆れた声が私の中から聞こえる。お前よ、何かしないか、何かしないのか。答える代わりに私は扇風機の電源を点けたり消したりを繰り返す。古くからの友人と遊ぼうにも、体は起きぬ、たもとにある電子機器すらつまらぬと触る気すら起きない。ああ、どうしたものか。そうこうしているうちに十分経つ。そして、また同じ問答を繰り返すのだ。


 会社にいる間はあれほど早くすぐる時間が今に限って遅い。そうだ昼めしを食っていなかった。思って立ち上がり冷蔵庫を開けると何もなかった。そうだ、つい二十分前にも同じことをしたではないか。私は頭を抱えた。仕方なく現金を握って固定電話をもう片手に持って出前を取った。不思議と私には罪の意識がある。どうしてだろうか、出前を取ることは罪であったのか。たかだか千円未満に、いや千円もかかる飯はうまいはずだ。どこに罪があろうか、いや無い。そう断言して私はやかんの水を沸かす。


 セミの鳴き声がどこかの庭木で泣いている。もうそろそろ死ぬ、その前に生き物として性を謳歌したい、そんな鳴き声だ。ちりんちりんと風鈴も聞こえる。現代になってもまだ風鈴を鳴らすとは粋な家もあったものだ。最近ではてるてる坊主も見なくなった。どこか希薄になっていく風物詩。きっと、私のように惰眠をむさぼりたい人が増えたのだろう。かつては季節を楽しんでいたのだろう、それしか楽しむことがなかったのだろうか。けんけんぱ、水遊び、縄跳び、私の若いころにはもうそんな遊びは珍しくなっていた。電子機器の内部に滞留する遊びが毎年、毎月、もしくは毎日更新されていく日常に他者など必要ない。ああ、これを悲しいというのか。違う、楽しみは人それぞれだ。私の独り言は大きい。どこからやってきた虚無感に嘆くしかない。


 テレビをつける気すら起きない。そういえば子供の頃は外で遊ぶ少年少女の声が聞こえたものだ。夏の風物詩。どこから漏れた病原菌と猛暑でほぼ絶滅寸前だ。かなしい、これが世の摂理、と心は言った。また新しい風物詩が生まれていないか。私は初めてスマートフォンを手に取った気持ちになった。どれどれ、花火、祭り、かき氷、イベント。


 私は絶句した。


 自らの怠惰さがここまでとは。世の人はすでに外に出ている。家の周りで遊ぶ日々からどこか遠くで休暇を過ごすのが今の風物詩か。途端に浅い歴史があらわになる。友と遊ぶ日々を思い返すと、どこにも行っていなかった。祭り、それはなんだ。誰とも行く気はない。行く人もいない。私は天井を見上げた。白い、白すぎる。コーラの染み一つついていない。誕生日を祝ったことはあるか、祝われたことはあるか。人恋しい。さみしい、と勝手に口から洩れる。孤独は晩成まで、絶望のクーラーが轟轟と音を鳴らす。お盆、それは貧しい私をさらに引き立てる。まるで一人舞台の上に立たされたように。


 時計は二時を指している。心は間に合うと言っている。何が間に合うだ、今から何処にいくというのか。山か、川か、私はコンビニで充分だ。暇をつぶす方法だって知っている。そうだな、例えば……げぇむ。私はさらに絶望した。今までの人生が拒否されたような虚無感が襲い掛かってくる。なぜだ、有意義に、私のしたいようにしてきた人生はあまりにも色がない。


 ない。


 よく言えば白色、悪いえば手つかずだ。誰しもが不味いと知っていて手を付けないゴーヤのように。助けてくれ、私はこのまま死んでしまいそうだ。どうして、どうしてこうなった。何故私はセミに同情されている。みんみんしゃしゃしゃ、必死に必死に今を生きているセミに私は負けた。風鈴も笑っているのか、さっきまで大人し気に泣いていたじゃないか。私は膝から崩れ落ちる。ああ、隣にいてくれる家族は遠くにいる。スマートフォンをみると友はもっとしらない人と笑顔を咲かせている。うらやましい。うらやましい。うらやましい。私は家に、あれ、どうして暑い中外に出なければならないんだ。そうだそうだ、外に出なくても楽しむ方法はある。例えば……違う問題に同じ解答を書くのは虚しすぎる。雲でも同じ顔を見せないのに。


 私は盆の休みに入って何をした、祭りは、かき氷は、友は。私が得ようとしないからこうなったのか。目からいつの間にか涙がしたたり落ちている。


 開き直ろう。そうだ、そうだ。考えても仕方がない。


 洗濯物がたまっていたな、洗おう。


 やることがないからこんなことになる。やることを次々作ればいい……いい筈なんだ。


 窓を開けて太陽をみる。忌々しいとしか思っていなかった太陽が、どこかで友とその友の笑顔をきれいに映していると思うと心が空っぽになっていく。見るのもつらい。カーテンを閉じた。とぼとぼ歩いて洗濯機の中を見るとわずか数枚、もし、外に出ていたらもっと洗濯物がたまっていただろう。震える手で柔軟剤を入れ終えスイッチを押した。私はつい堪えきれずタンスの中身をみた。これは、これは、何年前に買った服か。そういえばしばらく服も買っていない。流行などとうの昔に追うのをやめた。いや、貧弱な体力では付いていけなったんだろう。お、おお、やることができたぞ。明日は服を買いに行こう。久々だなぁ。そう言ってテレビをつけると、明日には台風が目前に迫っているのを忘れていたことを教えられた。


 まだ時刻は三時になっていない。


 今すぐ行こう。さもなくば私は取り返しのつかないことになる。脅迫感にも似た威圧が突如として私を襲ってきている。まてよ、出前を取ったばかりだった。今すぐには動けない。急いで電子機器を使ってキャンセルボタンを押そうとして、ぎゅるぎゅるるる、腹が鳴った。罵声と共に私はスマートフォンをベットに叩きつけた。

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