2話 天才使用人
「我が主が大変失礼しました。」
"心の友"ことリンさんが頭のおかしなおじさんを部屋から連れ出した後、申し訳なさそうな顔で戻ってきた。
「えっと…あの〜、すみません。私、まだ何もかも分からないです。」
私は正直になんに〜も分からない事をリンさんに伝えます。
あのおじさん、大事なことなんも言わなかったしね。決して私の理解力が足りないわけじゃないよ。勘違いしないでくださいね!!
頭の中のツンデレ美少女が弁明している間、私はリンさんの話に集中していた。
「大丈夫ですよ。酷く困惑しているのは当たり前ですから。主に変わり私、使用人のリンが僭越ながらルピナ様への状況説明とこの世界の事をお教えします。」
リンさんは私にニコリと微笑みかけ、腕に抱えていた白い布を私に渡す。
「でも、まずはルピナ様にお召し物を用意しないとですね。私の部屋に行きましょう。着いてきてください。」
私はプールでのお着替えスタイルになりながら、リンさんに着いていく。ぼそっとリンさんがバロットさんに対しておぞましい毒を吐いていたのは聞かなかったことにしておきましょう。
全てはあの頭のおかしいおじさんが悪いからね。しょうがない。
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そんなこんなでリンさんのお部屋についた。途中ですれ違った他のメイドさんにも元気に挨拶してみたけど見事に全員に無視されちゃって、さすがのルピナちゃんも軽いショックを受けてます。
この国では挨拶はあんまりしないのかもね。挨拶は大事ですよ。
リンさんのお部屋は私が目覚めた部屋と同じぐらいの広さで、同様にベッドと私の部屋のより少し質素なドレッサーあとは衣装棚 が一つ置かれただけのとってもシンプルな部屋だった。ただ一つ違う点があるとしたら、壁に立てかけられている姿見ぐらいである。
「ルピナ様、採寸をしますので両手を横に広げて下さい。」
リンさんは採寸用の紐をもってきて貧相な私の体の採寸を始める。Tの字で突っ立ってる私は紐が肌に触れるたびにこそばゆく、体をくねくねするさせるたびにリンさんに「動かないでください。」と怒られてしまって大変でした。
採寸とかされたことないですし、何より女の子同士とはいえ少し恥ずかしいので動かない方が難しいですよ。まあ恥ずかしいも何もあの変態おじさんに全部見られているんで今更ですけどね。はは。
「お疲れ様です。採寸が終わりました。今からお洋服を仕立てるので仕立てている間にこの国の事などをお話しますね。お疲れでしょうから、ベッドなどに横になりながら聞いててください。」
そう言いながらリンさんは私をひょいっと持ち上げてベットに置き、白い布を衣装棚から取り出した。
リンさんって力強いんだね。かっこいいです。ん???!
リンさんはメイド服のポケットから顔ぐらいの大きさの紫色の小さな杖を取り出し布に向ける。
すると杖の先から青白い光を纏った光の糸が出現し布を包み込む。リンさんはまるで指揮棒を振るう指揮者のように軽快に杖を動かし光の糸を操る。光の糸は布に絡まり、解け、結び、繋ぎ、徐々にただの布から役割を持つ形へと変化させていった。
私がその”奇跡”に目を奪われていると。リンさんは私にこの世界のことを一つ一つわかりやすく話始めます。どこかの狂人と違い私にもわかるように、です。
「そうですね。まずはルピナ様が見つめてらっしゃる【魔術】に話をしましょう。」
どうやらこの世界には【魔術】と呼ばれる「奇跡を証明して再現する技術」が存在しており魔術が生活を支えているらしいです。私にはちょっと難しいことはわかんなかったけどなんかすごくかっこいいものってことはわかりました。私もつかえるのかな?ちょっとワクワクするね。
ほかにも【魔法】や【呪術】といった奇跡を扱う技術も存在してるらしいです。何が違うんだろ。
リンさんに質問してみても「私もそこまで詳しくないんです。すみません。」と少し困らせてしまった。
頭のおかしなおじさんはどうやらかなりすごい魔術師らしくて、彼に聞けばもっと詳しく聞けるらしいです。絶対聞きたくないけど。
リンさんの興味深いお話をへ~へ~言いながら聞いていると。
「魔術の話はこれぐらいにして、次はこの国のこととルピナ様のことをお話しましょう。」と私の事と、私が今いる国ついてリンさんは話始めました。
「輝石国スペスリア、ルピナ様が目覚められた国の名です。この国は4つの【聖命石】と呼ばれる奇跡の石によって魔獣から守護されている国です。いま私たちがいるのは「白の輝石」が守護する土地である、スノードロップ領にいます。主様はああ見えてもスノードロップ領領主の血筋で結構偉いんですよ。」
そう語るリンさんの表情は先ほどまでの軽蔑したものではなく信頼や親愛に似た感情をうかがえる表情をしていました。
「意外とすごい人だったんですね」私が素直に思ったことを口にすると、「私も彼に救われた一人ですし。」とリンさんは頭のおかしなおじさんのことを語ります。
「普段はあんなのですけど、戦闘で親を失った孤児や不正に売買されている奴隷を引き取り面倒を見るなど普通の貴族にはない博愛を持たれてる方なんですよ。他にも魔術の才能も高く錬金術師として名を馳せています。」
私の中でおじさんの印象が少しだけよくなったのは秘密です。だってあのおじさん喜びそうで癪ですし。それにしても、あのおじさんが実はいい人だったとは。人は見かけによりませんね、いや違うか、見かけだけならあのひとはまだまともでした。
まあいいです、あんまりおじさんのことは考えたくないです。それよりも今まで聞いたリンさんの話から大まかにこの世界の輪郭?がつかめました。【魔術】と呼ばれるとんでも技術があること。すごそうな石によって守られた国にいること、私の親??は結構すごいこと。まあこんなところでしょうか。名前だけ聞いても実際に見てみないとわからないですしね。
リンさんはその後もスぺスリアの特徴をいろいろ教えてくれたけど、意味がよくわからない言葉が多くてよくわからなかった。そのうちわかるといいな。
20分ほどお話を聞いていたら「できました。」といつのまにかリンさんの手には、白と黒を基調とした少女服が握られれていた。
バンザイをしながらリンさんお手製のお洋服を着せてもらった。至れり尽くせりで幸せです。
「簡単な物ですが、何も着ないよりはましですね。今度主様に行ってちゃんとしたお洋服を買いに行きましょう。」
お洋服を着た私を見ながらリンさんはつぶやきます。姿見に目を向けるとそこにはさっきまでいた貧相な体の私ではなく、ふわりとした服に体を包んだ美少女が立っていました。私ってかわいいかも。
「私はリンさんの服がいいな。とっても素敵です。」
知らない服屋さんの服を着るぐらいなら、この素敵なリンさんのお洋服がいいいやリンさんの服がいい。私はもうリンさんの服の立派なファンです。この切実な思いを精一杯リンさんに伝えます。
「私はリンさんの作るお洋服が着たいです!特にこの胸元についている私の目の色と同じリボン、とっても素敵です。私自身、初めて自分の姿を見た時あまりに貧相で少し悲しかったんですけど、この服はゆったりしていて貧相な私の体をうまく見せていてとっても好きです。だからこれからもリンさんの服を着たいんです。」
目が覚めてから初めていっぱいしゃべりました。一気にしゃべったせいで少し息が上がってしまいます。でも思いを言えたから大満足。
「そこまで気に入ってもらえるなんてよかったです。私も喜んでもらえてよかったです。そうですね、せっかくですし私のなんかでよいのならこれからも作りますね。ルピナ様ありがとうございます。」
「やった!!リンさんの服が着れます。うれしいです。」
「ふふ、そんなに喜ばれると私も少し恥ずかしいです。それにしてもルピナ様はずいぶんおしゃべりがお上手になりましたね。」
「そうですか??リンさんのおかげです。私、リンさんとならいっぱいしゃべりたいんです。」
「私でよければいつでもおしゃべりしましょうね。」リンさんは軽く微笑みながら快く言ってくれます。なんていい人なんでしょうほんとに。ルピナの中の全ルピナが総立ちで拍手してます。
「そろそろお食事の時間ですね。食堂へ行きましょうかルピナ様。」
お食事!ご飯ですご飯!この体あんまりお腹減らないから気づかなかったけれど、目覚めてから何にも食べてないですね。
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リンさんに案内された食堂は、想像していたものより豪華で広々とした部屋であった。
様々な生け花や絵画に飾られたその部屋の中央には真っ白なテーブルクロスが敷かれた大きな長机が一つ。机の上は三又に分かれた燭台に置かれた蝋燭が優しく照らしている。
机には椅子が並べられておりその中に一つ背の高い椅子がありその対面にはバロックの姿がある。
あの椅子は私のかな?うぇ。おじさんの前だ。おじさんはニコニコしながら私たちを見つめます。
「ルピナ!とってもかわいらしくなったね。その服はリンが作ったのかな?」
「はい。さすがに着る物がないもないのはどうかと思い作らせて頂きました。主様の準備がもう少し周到ならばよかったのですが。」
「はは!流石リンだ素晴らしい仕事をしたね。ルピナの天使のような愛らしさが強調されていて素晴らしい。私は今とても幸せだよ」
「主様。ルピナ様が引かれてらっしゃいます。気持ちの悪い言動と顔をとっととしまってください。お食事の準備を致しますので。」
そう言ってリンさんはペコリとお辞儀をして部屋から去ります。私が助けを求めるような目を向けていると去り際にこそっと「あんまり気にしちゃだめですよ。主様は”あれ”ですから。」と助言をしてくれました。
それから、食事が来るまでの間気持ち悪い顔をしたおじさんと二人っきりで仲良く会話を頑張りました。リンさん早く帰ってきてほしいです。
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食堂を出た後、桃色の使用人は歩きながら思案する。内容はもちろん残念な主から押し付けられてしまった「怪物」についてである。あの主は彼女のことを天使と形容しているが彼女のことがそんな風に見えるのは頭のイカれてしまった狂人と特殊な変態ぐらいであろう。一般的な感性を持った人間なら誰だって感じる。彼女の奇怪さ異様さ狂気を。彼女にふさわしいのは天使などではなく悪魔であろう。
彼女は決して希望などではない、今日一日彼女の傍にいたことによってその疑念はさらに強固に揺るぎない真実へとリンの中で変わっていく。
「ふぅ」
リンは深く深くため息をつく。今までひた隠しにしていた何かを吐き出すかのように。
「やばいのに気に入られてしまった。あんなに笑顔なのに常に心臓をつかまれているような感覚に陥ったのは初めてだったな。」
リンは身震いしながら先ほどまで常に感じていた恐怖を思い返す。
「しかし得体のしれない物であるからこそよく見なければ。まったく、あの主は碌な事をしない。どんだけ私たち使用人に負担をかけてると思っているんだか。」
「しかし彼女が主に引いていたのは親近感がわいたな。」
リンはバロックを前に縮こまっていたルピナを思い返しその整った顔に笑みを浮かべる。
そんなこんなで調理場から彼女は食事を受け取る。
再び食堂の前に立つ彼女には豪華な食事があり、先ほどまで待っていた恐怖という感情は消え去っている。
「主様、お食事をもってまいりました。」
そう言って部屋に入るのは、恐怖をかみしめていた少女ではなく、ロンディル家がが誇る天才メイドリンであった。