1話 マッド・アルケミスト
音が聴こえる。
空間を絶えず走り回る風の音。
匂いを感じる。
老舗の旅館などで感じる、深く歴史を感じる木の香りだ。
今まで感じたことのない感覚に促されるように、私は静かに瞼を開いた。
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"目を覚ますとそこは記憶にない見知らぬ部屋だった。"
なんてありきたりなフレーズを思い浮かべながら私は自分が置かれている状況を確認する。
--見知らぬ部屋も何も、記憶がないんだけどね。
まずは、部屋を見渡してみる。
六畳程度のそこまで広くない空間に、見るからに良い値段がしそうな、細かい装飾が施されたドレッサーがひとつ。それと今私がいるとってもふかふかなベッドひとつ。
--なかなか殺風景な部屋だね。
絶えずひんやりとして心地良い風を招く窓から差し込む光が暖かく部屋を照らしている。
次に、自分の体を見て見る。
--あれ??
そこには、人形のような球体関節もなく、ましてや胸もお腹もぱっくり開いてはおらず、人間っぽい皮膚で覆われた体があった。
--真っ赤でぱっくりだったよね。
開いてた胸の辺りをペタペタ触ってみても痛みなどは感じず、ほのかな膨らみを感じるだけである。
--ふくらみ?
ふかふかベッドから降り、てくてくとドレッサーの前まで歩く。
--やっぱりなんか違和感。
鏡には、透き通るほど白いきめ細やかな肌を持ち、わずかな起伏により何とか女性だと気付ける華奢な肉体。肩できれいに切りそろえられた、肌に劣らず穢れを全く感じない純白の髪。ガラス玉っぽいチャーミングな藍色のお目目がついた人形のように完璧に配置された顔を持つ13歳ほどに見える美少女が映っていた。
--これが私?
自分が美少女であることに対する違和感。だがこの疑問はすぐにどっかに行ってしまう。
私が鏡に映った自分の裸体とにらめっこしながら考えていた時、突如勢いよく木製の扉が開かれ、入ってくる男と目があったのだ。
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第一印象は疲れ切った中年のサラリーマンって感じだった。やせ細った体に、白髪交じりのぼさぼさの髪、ブラックな職場で働いているだな~って感じ。でも妙に生命力あふれる目が印象的だね。
彼は一糸まとわぬ姿でドレッサーの前に立っている私をじっと見つめると、その表情は疲れ切った物から、どんどんと恍惚とした表情に変化していく。
「--素晴らしい...成功だ...」
ぶつぶつとつぶやきながら、男は近づいてくる。
誰だって思うはずだ。--これはなかなかまずい状況だ。と、目覚めて数十分も経っていない私でも思うんだもの。全裸の少女を前にこんな表情をする奴が大丈夫なわけがない。
目覚めてすぐにこんな危機的状況におちいるなんてついていない。運のなさはこれだけじゃあない。
--さすが私。じりじりと後ろに下がろうとしたとき足が絡まり勢いよく尻もちをついてしまった。いてて。
おじさんの動きはとても速かった。私がおじさんから目を離したのは転んだ時の一瞬だったはずだ、その一瞬で私はおじさんに持ち上げられており、必要にお尻のあたりを確認されていた。
!?!?!?!?
これでも一応女の子としての恥じらいとかってあるんですよ。私の中でのこのおじさんの評価がさらにランクダウン。
おじさんはさらに身体じゅうをぺたぺた触って何かをしている。だんだん身体の中が熱を帯びてきている。か弱い少女の必死の抵抗として手足をバタバタしてみるが効果なし。このおじさん見た目に反してめっちゃ力強い...です...
くまなく私の体を調べ回った後におじさんは「大丈夫そうだ。」とつぶやき私をベッドに開放した。
おじさんは大丈夫なのかもしれないけど、私は??大事なとこ全部知らないおじさんに見れられたんだよ!全然大丈夫ではないんだよ!私はとりあえず遺憾の意を表情で表してみるけど、変態のおじさんはニコニコするだけで全く伝わらない。そればかりかまた気持ち悪い顔になってよくわからないことをぶつぶつつぶやきながら私に抱き着く始末。だめだ、このおじさん頭少しおかしい。ロリコン変態おじさんです。
私が変態おじさんに身体じゅうを弄られていた時、大きなため息とともに、凛とした鋭い声が響く。
「ご主人様。いい加減にしてください。このままではご主人様は幼い少女に興奮するただの変態ですよ。」
そう言って部屋に入ってきたのは、桜色の髪を持つメイド服を着た少女であった。
彼女は青と桃が混ざり合ったきれいな瞳を、軽蔑の形に歪ませながら続ける。
「全裸の幼女を舐めまわすように見た挙句、その体をくまなく弄るのはさすがにどうかと。本気で私は引きましたよ。目覚めたばかりの少女にする行動としては最悪も最悪かと。まずは現状をお話になるのが優先だと考えます。」
変態おじさんは、私から離れると目をつぶって少し思案する。
「確かにリンのいう通りであるな。すまない、私としたことがこれほどの結果を得ていささか興奮しすぎたようである。ルピナ、君にも申し訳ないことした。目覚めたばかりで何もわからないだろうに順序を間違えていたようだ」
るぴな??・・・ああ私の名前ですか。ルピナって言うんですね、私。
リンと呼ばれた少女はあきれた顔で小さくつぶやく。
「順序だけの問題ではないのですが。はぁ、早くルピナ様に説明を。」
その瞬間私は彼女が大好きになってしまった。わたしが思っていた事ぜーんぶ言ってくれるなんて。私は頭の中で彼女と強く握手をした。
順序があっててもおじさんが私にしてきた行動は変態だと思うよ。ほんとに。でも悪いと思ってるなら快く許してあげます。私は心が広いですから。それに心の友(妄想)が出来て今の私はとても気分がいいのです。かわいそうなので変態は取り消してあげましょう。
自分のやさしさに感動していたら頭のおかしなおじさんはコホンと咳ばらいをし、さらに頭のおかしなことを言い始めた。
「まずは自己紹介からだよね。こんにちはルピナ。私は、バロット・ロンディル。錬金術師だよ。ルピナ、君を創造...いいや、君のお父さんだよ。君はこの素晴らしい世界に今日誕生した。今日はこの世界で最も素晴らしい日になるだろう!まだ何もわからないと思うが安心しなさい、すべて私が与えよう。ルピナ、君は私たちの希望なんだよ。困った事わからない事があるなら何でも言いなさい。」
ふへ?
危ない危ないあまりに理解が出来ない事に思わずアホの子っぽい反応をしちゃうところでした。
あの頭のおかしいおじさん、バロットさんが私の父親って。普通の父親ってあんななんだ...
だとしてもなんかやだな。
「ルピナ、私の言葉はわかるかい?言語処理能力は問題ないはずだったが...
何か返事をしてくれないかい。」
そういえば困った事があるなら言えって言ってたよね。何の説明もされてないしまだ何もわからないよ。私は声を出そうと試みるが、発せられるのは空気がのどを素通りするひゅーひゅーというか細い音のみである。
バロットさんは私がひゅーひゅーしてるのを見るやすぐに服にたくさんついているポケットの中から青と緑と紫が混じったような不思議な色をした粉が入った小瓶を取り出し、有無を言わさず私に振りかける。
振りかけられた粉はふわふわと空中を漂い、バロットさんが何かを唱えると粉の一粒一粒が青白く燃えるように発光し私ののどをぐるっと囲むように浮遊する。
困惑する私にバロットさんは、初めて見せる真剣な表情で、少し動かないでいてね。と伝えると、またぶつぶつと唱え始める。光がバロットさんに答えるように煌めくと、次々に私ののどに入っていき熱を帯びる。皮膚の内側から漏れ出る光が見えなくなった時私は声を出せるようになっていた。
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「あ...あ....あ!」
声が声が出たよ!今まで空気の音しか出せなかったポンコツな私ののどが進化だよ。見た目通りの綺麗な声でとっても嬉しいです!うれしさのあまりつい「お父さん...?」なんて言ってみた。すると彼は目を大きく見開いたかと思うと、その両目からあふれんばかりの水を出しながらぐしゃぐしゃの顔で私に抱き着く始末。
リンさんが無理やり引き離してくれたおかげで無事解放されました。リンさんへの好感度上昇がとどまることを知りません。さすが”心の友”!
もう二度と頭のおかしいおじさんこと、バロットさんのことをお父さんと呼ばないと私、ルピナは心に誓うことになったのです。
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この日から私ルピナ・バロットの輝かしい人生?が始まります!
やったね!結局何にもわからなかったけど。