プロローグ~はじまりのおはなし~
--------------------------------------------------------------------------------------
音が聞こえる。
微かに聞こえる程度の音だ。
暗黒の中体を刺すような音が聞こえる。
硝子が砕け割れる時のような鋭い音だ。
ぬるま湯のような安寧を孕んだ漆黒に包まれていた僕は不快感に顔をしかめる。
僕の感情などお構いなしに音は鋭く闇に突き刺さる。
一度気になり出したら、無視できなくなるのは困ったものだ。
半ば諦めながら音が聞こえる方へ意識を向け始める。
ぐるぐるぐるぐる
意識が回る
どろどろどろどろ
意識が溶け合う
どんどん音は強く鋭くなっていく。
ぐるぐるぐるぐる
意識が回る
どろどろどろどろ
意識が溶け合う
-----------------
どのくらいそうしていただろうか。
もう不快な音は聞こえない
代わりに光が見える。
太陽すら覆い隠さんとする漆黒のなかで。
ゆっくり私は意識を光に向ける。
瞬間、脳を焼き尽くすほどの情報に圧倒される。
あまりに急なことだったのでそれが視界だと気が付くのにずいぶん時間がかかってしまった。
--それだけではないよ。
その光景は視界と言うにはあまりにお粗末だった。
曇りガラス越しに眺めたような輪郭すら曖昧な白と黒の濁り切った光景。
--何も見えないんだから仕方ないよね。
言うことを聞かない視覚は一旦置いといて次は、おそらく存在しているだろう体に意識を向ける。
じわじわと自分の輪郭が感じ取れる。
どんどん自分の領土を広げていくみたいでなんだか楽しい。
おおよそ自分の体を感じることが出来、分かったことがある。
”私の体は横になっている事”
”頭だけ傾けられている事”
”動かしたくてもピクリとも動かない事”
それと同時に時間が経っていくに連れて目の前の光景から曇りが徐々に取り除かれていっている事も分かった。
--困ったな。
しかしどう頑張っても胴体である部位の感覚がはっきりつかめない。
意識を向けようとするとぬるりと躱されるようなつかんでもするりと抜けてしまう。
--完全に手詰まりです。
陣地取りゲームを一旦中断して徐々に晴れていく視界に意識を向ける。
一時間ほど経ったあたりで目の前に動く何かを認識できるようになった。
徐々にぼやけていたなにかは収束し、ヒト型の何かになった。
--変化はそれだけじゃないよ。
濁りが取り除かれるのと同様に、白黒の景色に色彩が宿り始める。
自分の光景は、茶、黒、赤が多くを占めている。
特に視界の下部分なんて真っ赤っかだ。
--鮮やかでいいね。
赤い部分に頻繁に入る黒い影。
それが自分の胴体部分に何かをしているという事に気づくのに時間は必要無かった。
-----------------
曇りが晴れしっかりと見えるようになった。
私は目の前の光景をただ受け入れる事しかできなかった。
目をそらす事も、つむることも許されない。
--動かないからね。
人形のように球体関節で繋がれた手足のような何か。
肋骨のような何かごとぱっかり綺麗に開かれた胴体。
無機質な体の中で唯一”生っぽい”開帳された胸で胎動している心臓のような何か。
心臓の横で怪しく輝く紫紺の石。
そして、恍惚とした表情で胴体の中に何かを必死に詰め込む男。
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
知覚出来なかった胴体の感覚が全身を駆け巡る。
--気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
内臓を手づかみで移動させられるような感覚。
胃も腸も何もないのに襲い来る強烈な嘔吐感。
体の内側で何かが這いずり回る感覚。
経験したことない強烈な不快感から逃れるように意識が遠のいていく。
「・・・・・........」
薄れゆく意識の中で何かが聞こえたような気がした。
-----------------
これが私のこの世界での最初の記憶。
せっかくならもっと楽しい記憶が良かったね。
拙い文章ですが、読んでいただきありがとうございます。
不定期ですがゆっくり更新していきます。