追放
「我々の降伏だ! もう二度と貴方達には手を出しません! この地にも足を踏み入れません! ですのでどうか……っ!」
平伏する二人の異世界の強い力をもった戦士が跪き、塔の地上階で足を止めたシグフレドに願い申し立てるそのさまを、滑稽に想う女がいることを彼らはどう思っているのか? 私の顔や裏切りが伝わっていないのか? こっちの世界の神官の女子制服を来ているだけで居るということは視線で理解しているのが伝わるのに、なんの反応もないもんだね。
「どうします、預言者さん? こいつらは今あるテレポーターと核発射施設が少し潰れただけで、放っておいたらまた同じことをするわ。断言したっていい。今の世代が約束を守ったところで未来で貴方達の子供たちが約束を破られることは想像に容易いことでしょう。我々、人類の戦争とはそういうものなのですから」
「変わらないさ」
預言者シグフレドになに聞いてみるが、よくわからない返事を返してくるものだ。あぁこれ、分かるよ。適当な返事をしているな?
「変わらないって?」
「俺はどうなろうと俺のするべきことをする。ユーリはユーリの想う使命を果たす。暗殺者は結果的な話であったとしても暗殺者としての努めを果たす。どうだ? 君たちそうやって頭を下げたままでいても、仕方がないだろう? 無駄死にするならしたいようにして死ねば良い」
「っいえ、そんな寝首をかくようなつもりは」
「……君たちに有ろうが無かろうが、この島のこの塔に近寄れた時点で君たちは戦う力があって私達に話し合う気は始めから存在しない。そのまま帰ってもいいが……ね? 一矢報いるみたいな感情はないのかね?」
海と窓枠の向こうのその特に奥の方、あまりに巨大なその渦はあまりに巨大な大樹のように空に伸びてその見えない足元の大陸が見えないというのに全貌の見えないそれが圧倒的な威圧感を放つ。
空へ恨みを込めて貫こうとするばかりに銀色の渦が天空へ伸びて、それがいきなり途切れた先端には空が割れたような裂け目が開いて、その実体は銀色の液体と、金属性の巨大虫の群れが斑点のような泡沫がはみ出る部分が組み合い押し合い吸い込まれ、大河が空の隙間に廃棄処分されるように誘われてゆくものだった。
「私達はこれで」
「なんだ、本当に帰るのかしら、気を抜くなよ? 『気を抜けば不幸がお前らの命すら奪ってしまうような状況』なのだからね」
「……? っぐぅう!?」
疑問に思った。それだけ気が抜けただけで1人が胸を抑えて悶え苦しむ。もう一人は既に反応もなく絶命して横にごろりと転がりだしている。
「あっ、あっ、あぁ、あぁぁっ!! ぐあ、ああ!!」
もう一人へ腕を伸ばしてすでに事切れることを確認してしまった彼は、もはや苦しみと同じだけの動揺で気が狂ったような顔でできもしない呼吸を必死に声をだそうとする。
「……ぁ……にが、ぉ」
「気を抜いたんでしょう?」
「ぁ?」
情けのない掠れ声にため息が漏れる。そうか、こいつは死ぬんだ。今から私の力によって、
「私の能力は、決して全能ではないのだけれど、『ありえる未来の中から実現する可能性を決定する能力』言い換えた場合、『因縁の既に繋がった因果の優先度を強制する』とか『運命を決定する能力』とか、『万能』に限りなく近い便利な力なのよね」
「……にを」
「あぁ、私と貴方はたぶん同郷みたいなものだから、これで…………36人分のフェイズ4以上の覚醒深度の能力者の力を確保できたわ」
かつて私が通りかけた道へ向けて、精一杯に悪辣な顔をして笑いかけ、自分が悪に成り果てたことで救世主になるしかないということを自分の胸の奥に示す。
「貴方の死をもって私の力は完成する。私の生まれた世界が疫病にならないための治療をするための力がね。そうだ、この端末もらうね」
「なにをする気だ?」
死体から奪った端末から遅れる全ての通信回線へ向けて声だけとはいえ、
「『これは宣誓である! 私と同じ大地に生まれた者たちへ宣言する! 楽園を踏み荒らした原罪を増やした我々が地獄で贖う罪がせめて僅かにでも減免されることを願い、君たちの世界へ楽園から追放される処分とする。これは、この声を聞いた全ての者のみが対象となる!』……はい、これで、私の能力が動き続けるから、しばらくしたら全員……それこそ魔法とかに分類されるような出来事で送り返されるよ」
「たしかに、大きい力だが、そんなに細かい制御が上手くいくのかい?」
「『貴方にはそれを識別できるかどうか、私には分かるんです』よ? うん、自分の魔術で見てみたら早いかと」
「……なんでもありかよ。その力」
なにか、誤解されているようだ。
「いえ、そうでもありませんよ。未来を決定できるのは想像の及ぶ範囲内に限りますから、想像が及ばないことが分かってしまわない限り未来予知みたいな真似はうまくいきませんものです」
妙な顔をされる。
「……預言者さん、まだ時間はかかる? そろそろ行った方がいいかもね」
「確かに、もういいかな、あと数分もすれば北アメリカ大陸中の地表に撒き散らされた水銀の転送が完了する。いまから移動を始めても……防げられるよな? 気化してるわずかな水銀くらいは」
「言ったようなものでしょ? 主な毒が水銀で他にも毒物があると分かれば『私に水銀は届かない』それだけなのよ」
「そうか、……まぁ、対策できないような魔法能力でもあるまい、外敵を滅ぼすことを邪魔するバカどもはほとんどいないとはいえ、注意しろよ。お前が到着しないとこんな行為に意味なんてなくなるのだからな」
自重なのか皮肉なのか、薄い笑いを浮かべて少し悲しそうだ。
「意味なんてない。ねぇ、……ねぇ。本当になんで私のことを手伝ってくれるの?」
「なんのことだ? 俺としてはどっちに転がっても別に構わないと思っていた天秤がお前の登場で傾いたというだけの話だと思っていただけだがな」
「ジークフリートと言い、平行世界のジークフリート自身の貴方と言い、ところどころ他人任せなところがあるのね? それとも、シグフレドさんも私に惚れたとか嘯くのかしら?」
「かもな……、だが、それよりも……お前は、かつて俺が迷っていた道の上を通っていると思ったからだ」
よりいっそう悲しそうだ。けど、いつトラブルが起こるか、分かってしまった。
「俺は今に至るまで引き返そうか迷い続けていたというのに、お前はまっすぐに進もうとしたのだから、船頭を勤めるくらいは、最後に……義務のようなものだろう」
「シグフレドさん! 来るぞ! 戦闘機で空を飛んでこっちに向かってきている奴がいる! 私は予定通り虫の渦を昇るから! 貴方はあれを落として!」
「……そうか、4人、あの中にいるのか」
「見えるの?」
「あれ、音速より速いから気をつけて! 私は先に行っている!」
「俺は……行けそうにないな。いや、俺は行かない。お前のために足止めしておくよ」
「わかった。私の世界は私がやる! 貴方の世界は貴方が決着をつけろ!」
◆ ◆
音速を超える羽を生やしたその透明な棺は、直上から迫るそれよりも速い塊をギリギリ回避したところで、その衝撃波に巻き込まれフラフラとバランスを崩して落下を始めた!
「緊急脱出だ!」
言われるよりも早く、シャノンが拳で機体を引き裂いて後部の僕ら3人は地面へ叩きつけらる。
操作をしていたアレクシウスは空中で風受けのある落下傘を煽ってふわふわしているところ、切り離して落下した。直後、塊がその位置を掠めてその落下の衝撃が地面をつたって、僕らの全身を叩きつけながら粉塵にまざった礫が超音速で弾かれて僕らの皮膚をすりきらせていく。
「気軽に隕石落としやがって!!」
周囲を確認しようと目に水分探知の魔術を発動させた時、粉塵の中、目と鼻の先に真正面に預言者の膝が迫っていることが見え……
痛みも音も感じないほどの衝撃、衝撃が引いて蹴られたことを理解してから歯茎から漏れ出る血液のぬるさと耳鳴りを覚えた。追撃が腹にとどいでそれが僕の肉体を貫通したことに気づくより先に顔面の痛みを覚えた。




