都合のいい移動手段
「なんでって、再生治療なんてそこまで研究進んでねぇんだよ! お前らはできんのかよ」
胸を抑えて苦しそうに怒鳴るアレクシウスの言葉に困惑を抑えられない。
「できない……? マシンを作れるほどの技術があって!?」
「それとこれは別だ! なんの繋がりがあるって言う?」
切断面を止血として弱めの再生の緑の魔力を用いた魔術で、彼の身体から栄養を引っ張って、体力低下の後遺症が残らない程度のささやかな傷止めで収める。
「…………」
「まて! お前ら黙れっ! ……? 地鳴り、いやどこから」
「……! アフリカ大陸、この世界でなんて呼ばれているか知らないけど。ここから南の向こうの大陸と北米、中米……いや、ここから西の……大きな大陸の巨大な塊が大移動を……液体? も含んで動き回っている!」
「シャノン、それって水銀とマシンのことか」
「わからない。だけど、大地を大量の物質が移動しているのは感じ取れるの」
「おい! 何の話だ!?」
何の話、彼の背景に見える禿げ上がった地面と鋼鉄の飛行船を見て、この先に起こる悲惨を予見させてくる。
「預言者シグフレドは毒と鋼の大陸中の水銀とマシンをお前らの世界に送りつけると言っていた。そして、ユーリは核爆弾があるからお前らの世界を滅ぼさないとならないと言っていた。もしかしてさ」
地鳴りだけじゃない。世界が泣いているような空も大地も揺れているかのようだ。
南の空の端を切り取ったような鋼色が、高速で流れる雲のような集団となって、カラフルなパーツを腐った川のモザイクアートのように大移動を始める。
マシンだ。ここから南にある不毛の大陸中のマシンが飛行して西の方へ目指しているんだ!
「クラーラ、……マシンの向かっている先に心当たりは」
「二つ、シグフレド様がなにかしらの魔道儀式の準備をしていたのは腐乱群島か、毒と鋼の大陸の北東側海岸線のどちらかかと」
「……おい、なにが起きているんだ?」
「いや、まて、お前らはあそこになにか用があったのか?」
「質問に答えろ。何が起きているんだ……?」
「……預言者が行動を始めた。アイツが言うには異世界人の行動を利用してお前らを滅ぼすと宣言していたから、あそこに異世界人の転移かなにかがあったんじゃないのか? じゃなきゃ、……いや、もしや」
「俺たち以外は全滅だ。なんなら残りの部隊は出発しようにも核発射施設を自爆させられ」
「『核』そうだ。『核爆弾』だ、『核』ってのはなんだ?」
「おい! ジークフリート、そういうことは聞くものじゃない。そもそも利用するとか何の話だ」
「ユーリを連れて行った時にそう言ってたんだ。だから異世界への大量のマシンの移動手段をコンクエスターの行動に依存するものにするつもりなんだと思っていた! だけど……もし、預言者が転移そのものは自力でなんとでもできるのなら、転移してきたときに利用するのは転移そのもののことではなくて、転移した後の攻撃手段を利用するってつもりで言ったんじゃないかって」
「核弾頭を利用する? ……いや、核爆弾だぞ。起爆装置の制御を奪う以外でどうやって爆発させ……いやまさか、実際に自爆させられたと考えたら、その預言者は我々の技術を超える技術力を理解している可能性もあると考えていいのか……?」
「…………どう思う、クラーラ」
「ありえない。そうとしか言えないと思う。シグフレド様も、裏でこそこそやってる御使い信仰の連中も、魔道士も、誰も貴方達の世界の情報技術は理解できないと結論づけていたし、そもそもシグフレド様の場合理解する行為そのものを毛嫌いしていたわ」
世界の悲鳴はグラグラとうるさいのに音の割の音の元が遠く離れているせいでまるで揺れを感じない。だというのに、世界は悲鳴を揺らしている。
「……止めるには、まず最初に腐乱群島へ向かえばいいのか?」
「一体どれだけ時間がかると思っているの? …………そんな都合のいい移動手段は、それこそシグフレド様かコルネリア爵しか無いわ。始まってしまってからじゃ、もう」
「だいたい600キロ以上ってところか……」
アレクシウスがこちらに警戒をしながら、色の付いた文字盤を触ってなにか制御しながら、距離のことを口からこぼすとクラーラに問いかける。
「おい、これは質問だ」
「なにかしら? 異世界の侵略者さん」
「30分以内に西の大陸にたどり着けるなら、お前たちはあの鋼の虫の群れをなんとかできるのか?」
「……説得を試みるくらいなら」
「わかった」
男は文字盤を頬に近づけて、そこにいない誰かとの会話を始める。
「副艦長、足代わりの音速機を一つ、準備してくれ」
端末の向こうからも理解不能の言語で会話が聞こえてくるが、魔術の影響が無い異世界の言葉を分かって貯まるものか、
「ドッグは背面だ。一機くらい無事な機材も有る無事だろう?」
副艦長と言われた声は、ため息のような色の声を垂れ流す。
「無茶なもんか、現地の異世界人の案内で向かう。俺の回収は後で考えてくれ」
理解できない文字盤の向こうの言葉は引き締まった声で、なにかボソボソとしていながら、ハッキリしている悲鳴にも近いものを堪えたような声色で何回か言い放つ。
「すまない。この埋め合わせは…………そうか、もう手遅れかもな。だがやるさ」
会話が終わったのか、色を失った文字盤を複の留め具の向こうに押し込んで、僕らをみやる。
「君たち、ふたりとも、音より早い速度で飛行できる装置の用意ができた。具体的な速度を言うと、直線で1200キロを遥かに超えて最大で数倍の速度もだせる飛行機だ」
「……それは」
「たのむ、利害が一致しているなら、いまだけは……手を取れないか? 部下の無作法も全てが終わった後に俺の命で勘弁してくれ……頼むっ」
迷うか、クラーラ。長らく所属していた教導会では禁忌とされているマシンの使用だ。拒絶感は大きいだろう。だが、
「行こう。たとえ俺たちが機械で飛行した罪人になったとしても、お前の父親を機械を大量に使った大罪人にさせるわけにはいかない」
「っ…………! そうだな。そうだ! 私は、シグフレド様を……殺してでも、私がシグフレド様の教えを貫徹する……!」
「まとまったようだな。ついてきてくれ、シャノンは」
「待って!」
シャノンはアレクシウスの腰辺りの、生地の余っている部分の布を片手の指で掴んで接近を密着するほどにはたし、顔を向けずに目だけを上に向かせて言葉を絞り出すようだ。
「私も連れていって」
「……っ! いや」
「私なら大量の金属の群れを水晶の熱で溶かすことができる! 悪い話じゃないでしょう?」
「…………わかった。だけど、無理はしないでくれ」
無理をしないなんて無理なことを言わせて、シャノンは僕らの地獄への旅路についてくるようだ。
そうして、僕らは機械の中の透明な部分に押し込められて、音速を何倍も超える速度で、西へ飛び立つこととなった。




