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調印式

 物々しいというか、勢ぞろいと言うべきなのか。

 モウマドに隠れ住む老兵とその弟子の若造共はこの状況で半分以上揃っていることは別に極自然なことなのだから別にどうでもいい。田舎には物珍し過ぎでしょう。

 武装した彼らを二手に分かれて整列している片割れの王国側の騎士たちと、少数精鋭主義の教導会の兵士たち、その先にあるモウマドでもっとも大きくて、かつて僕が主と慕っていた一族に商談がある時くらいしか使われない、大きな来賓迎館。

 男に連れられて入った内部の議場で席に兵士を侍らせて座る大勢の何人かには、覚えがある。

 王国側の席にユニーカとアンドロマリー、そしてクラーラ。中央側の席のこちら寄りになる位置に預言者の娘、そこから何人か挟んでセシリア先生と弟子のマノン。その真横に僕がまだ心から慕っているユニーカとその両親。王国の1番近い側にゼフテロ。

 そして数名しか居ない預言者の側に少し前に殺そうとしたジェネジオ、なんかお金をくれたカルラちゃんが座らされて僕をカルラちゃんの隣に座るように促すと預言者は上座に座る。

「ジグフレド様? なぜ、フリッツをこんな場所に連れてきた」

 隠しもしないわずかに苛立った声。預言者は口元を釣り上げて歪みきった微笑みを返す。

「おや、プロギュス公国にもヴァロヴィング王国のように当事者に連絡を送らない趣味があったのですかね?」

「当事者じゃないだろ。この議題とは」

「いいえ、当事者ですよ。この調印の後に話し合わねばならない問題は彼が真っ先に着手したプロフェッショナルというものだ。避けては通れませんよ」

 アンドロマリーを視ると、どういう感情なのか考えているように顎に手を当てて僕を、いや、僕とカルラを無表情で見つめている。

「おひさしぶりです。ジークさん」

「あ、はいどうも。カルラちゃん、例の石は本当に役立ちましたか?」

「えぇ、例の砥石は専門の解体道具の開発には大いに役立ちました」

「本当に? いや……、あの時ってすぐ後にゼフテロに殺されかけたクラーラを回収しにきたから、なんかお金渡したのも裏があるのかと思ったんだけど……。あっ、その!」

 クラーラの奥にいるジェネジオさんと目が合う。

「あのときは殺そうとしてすみません」

「……状況が違うからな。仕事だと割り切って自分で切り落とした腕だ。その場で直したさ」

 感情的になって頭を下げてしまうと、ジェネジオさんは取り繕うように励ましてくれてその場で再生したらしい片手を拓いて閉じてを軽く繰り返して無事をアピールする。

「殺そ……何? なんかあったのかしら、まぁ、貴方にお金を渡したのに裏があるのは否定できないけど、あの発明への評価は正当なものよ。むしろ、結果的に安く買い叩いてしまったのではないのかと心配をしていたところだったわ」

「そうなの?」

「便利よ。極端に目の細かい砥石の作り方と使用法というだけだでも、そこまで作った人が今まで居なかったのだから、ね」

 そういって向こう側にいるクラーラを視てカルラの顔がこわばる。

 顔も紙も同じ形だと言うのに雰囲気と服装だけでまるで別人のようなその姉の悲しみの混じった視線を視て「もうすこしだけがまんしてほしいな」と言葉を漏らす。

 聞こえるか聞こえないかくらいのこれは……暗に、僕に向けて意図があると言っているのか、それとも、その滲んだ表情のように意識していないものなのか?

 推し量りようもない。僕もわざとらしく言葉を漏らす。

「言いたいことがあるなら本人に言ってくれよ」

 カルラに向けているはずの言葉なのにその視線はユニーカから外れない。……そうだった。僕は、ユニーカに聞きたいことがあったような気がする。するんだが、


 アジア系の正装を着た我々とは異なる語圏の文官が何人かの連れをともなって僕らの横になる席に並んで数名は立ったまま警備や中腰で挨拶や会話を翻訳している。

「遊牧大帝国の?」

「箔付けよ」

 泊付けの意図を聞こうとしたが張り詰めた声が場を沈めた。

「皆様そろったようですね。これより、プロギュス公国の自治権回帰と独立を承認する調印式を始める!! 代表者は前へ」

 ユニーカが宣言して……いや、独立を認める調印式? もうそんな話になっているのか!? 王国としての独立となると、ユニーカが王族に回帰するつもりか? いや、それはどうなんだ。

 代表者としてこちら側の席から前に出て三方から囲われた小さなテーブルに集まったのは、預言者、遊牧民の大帝国の文官とそのお付き。

 王国側からはアンドロマリーを含めた数人の僕の知らない高位文官たち。

 中央の席から出たのは、マノンとシシィ師匠、預言者の娘とゼフテロだった。ユニーカは?

「宣誓を」

 席から動かずに促すユニーカ。それに呼応してマノンが口を開く

「今は亡きキュンツェンドルフ・ド・ラ・フォン・プロギュス・ツー・アルムガルドの庶子、マナリエラ・プリンツェンス・デュ・フォン・プロギュス・ツー・キュンツェンドルフとしてプロギュス王国の自治権奪還を宣言する」

「ヴァロヴィング王より承り全件委任者として私、アンドロマリー軍務大臣はこれを承認することを確約する」

「魔道相互補助教導研究会の代表、シグフレドはこの承認を認める」

 異なる語圏の方がなに言って、翻訳家が「我々偉大なる遊牧民族はこれを喜ぶ」と言って、

発言順になにかに紙にサインする。

 全員が書き終わると、マノンがまた声を張る。

「マナリエラ・プリンツェンス・ツー・キュンツェンドルフはこれより、ゼフテロ・フォルトゥーナを議長に任命し、臨時政府の樹立と、半年以内の議員選挙を執り行い、議会の擁立と共に王権の議会への委任を約束する」

「ヴァロヴィング王より承り全件委任者として私、アンドロマリー軍務大臣はこれを承認することを確約する!」

「魔道相互補助教導研究会の代表、シグフレドはこの承認を認める」

 翻訳家がまた「我々偉大なる遊牧民族はこれを喜ぶ」と繰り返す。

 そして、前に出た全員が書類に順番にサインして、ユニーカの宣言により皆が席に戻る。書類を全てゼフテロが回収して、粛々とした雰囲気の中。閉会が告げられた。

 護衛と文官が順番に離れて言って、マノン、ゼフテロと預言者の娘はセキュリティ上最大の防衛力をもつコニア姉さんを伴ってどこかへ帰る。




 まだ離れなかったいくらか、その中にはクラーラとカルラ、預言者、僕とユニーカが居る。

「いきなりの方針転換だね。この会談をするなんて寝耳に水だったんだけど、僕はここに居るべきではなかったのかな?」

「いえ、そんなことはないはずだけど」

 机越しに幼馴染らしく騎士らしくない砕けた態度で嫌味を言ってみると心が痛くなったな。

 ユニーカもバツの悪そうな顔で言いよどむから事情もあったわけだろう。僕もあんまり人のことを言える事情じゃないし、話を僕の都合の悪かっただろう事情に変えよう。

「ユニーカを戦力としては、僕が戻った方がいいんだろうけど、少し待ってね? あとちょっとだけ、全部……終わらせてくるから」

「……ごめんなさい。必要じゃないわ」

「でも、いきなりこんなことになったんだ。戦力はあるだけあった方が安心じゃないのか?」

「別に、貴方が思っているような、いきなりではないわ。少しずつ、準備していたわ。だけどまさか、公国側の代表者団にゼフテロがいたのは予想外だったけど、立会人側にフリッツが居ることはもっと予想外だった……」

「少しずつ? そうは言っても、僕が出て行ってから九ヶ月でよくやるよね」

「いえ、…………ごめんなさい、もっと前よ」

「……なに?」

 ――――――?

「もう少しで、三年になるのかしら、王都の政変の後から打診はずっとあったわ、教導会との連絡に関してはもしもの際のことを考えてずっと取っていたわ」

「あぁ、そういえば父さんも僕が殺す前まで教導会の……ただの信奉者だと思っていたけど、しっかり関わってたんだ」

「やっぱり、本当にそう思っているの?」

「違うの? じゃあ、父さんは直接関係のない信奉者だったのかな」

「そうじゃないわ!」

 悲鳴のような声に周囲の目がこちらに集まる。抑えるようなことを言って諌めようとする前に言葉が続く。

「貴方は貴方の父を、ヴァンデルヴルグを自分が殺したって本気で言っているのね!?」

「……そうだ。ユニーカが僕のために誤魔化したんだっけ……いまさら隠しても」

「違うっ! フリッツはあの場でヴァンさんの蘇生を試みていただろう!? なぜ、自分か殺したなんて思い込んでいるんだ!!」

 ………………??

「なにを……なにを、いっているんだ? あのときは、あのときはたしかに……ゆにーかも、ゆにーかがみていただろう? ぼくがとうさん……の、とうさんのくびもとに……くびもとに? なにを? そうだ、ないふだ。ないふを……つきたてた……の、を、そのめ、で……みたはず……じゃないか?」

「していないよ! そんなことを、フリッツが! 貴方はナイフを止めようとして止血しようとしたんだよ!?」

「そんな……はずが」

「あるんだよ! 貴方は父を殺していない」

「いや……だが、ナイフを僕が抜いたから父さんが死んだんだ。そもそもあんな手元にナイフを置いたまま僕があんなことを言わなければ、父さんは自殺することなんてなかっただろう!? あれは……あれ? いや……そう、だっけ? いや……」

 膝が揺れる。勝手に立つことをやめるように姿勢を維持できなくなる。くずれる体に反応して走って停めてくれたのはクラーラだった。

「……あー、人が少なくなったとはいえ、こういう場所でするべき話かい?」

「貴方は預言者の方の……ぇぇ、ずっと前に終わった話を引きずられるくらいなら人前で白黒ハッキリさせるべきなんです。そうじゃなきゃ、この子はありもしない罪で永遠に苦しみ続けてしまいます」

 市街がグラグラしているなぜだ? 目が勝手に動いている? どうなっている? 聴覚以外の全ての語感が水平を失ったように勝手に揺れ動いている。

「シグフレド様、ジークフリートは貴方が私を追い払った理由を『死線に置けないから』と予想してくれましたが、たぶん、違いますよね? あのあと、ずっと考えて、ジークフリートと同じ場所で仕事したら理解できましたよ。慰めてくれた閣下には感謝してますよ。本当にもう、いまになるとあの押し付けがましさも嫌いですが、好ましいものです」

「そうか、で、なんでなんだ?」

「シグフレド様って、エイリアンですよね?」

「うん。そうだぞ。あのときはまだ異世界人排斥組織の体裁を保ちたかったからな」

 まばらになって緩んでいた周辺のざわつきが嘘のように静まり返る。

「なに言ってるの? クラーラ、シグフレド様?」

「わからないか? なら、別にいいや」

 周囲を見渡して、教導会のメンバーらしき数人を視ると申し訳無さそうに頭をかく。

「いや、やっぱちゃんと言っておくべきか、俺はこの世界とよく似た異世界からきた。こことほんの僅かに違う歴史を進んだ過去にな。18歳の時、マシンを作ってあらゆる世界を脅かそうとしてた異世界を滅ぼしたあと、20年前の歴史を進んでいるこの世界に飛ばされたんだ」

 周囲の困惑は静けさが現す。

「後の時はびっくりしたぜ。俺の世界ではもっと後に始まったマシンの侵入がこの世界で既に始まってたからな。……だが、その時点でもう終わってたときに気づいたら、もうね。異世界人排斥を掲げてる癖に自分も異世界人って気づいたんだ……でも、この世界の自分の居場所は見つけられなくって、てっきり生まれてないのかとおもっちゃったんだよ」

「だったら! 最後まで嘘をついててもいいだろ!」

 グラグラと揺れ続ける意識のなか、ユニーカから奪うように食ってかかった僕の肩口を預言者は掴む。

「もう必要なくなったからな。苦しい嘘を吐く必要がなぁ……、俺はこれからこの世界の全てのマシンと毒と鋼の大陸の全ての水銀をコンクエスターの侵攻に合わせて向こうの世界に送りつけ、この世界の救済という大願を成就する……どうする? かつて、私だった私よ。俺をこの場で殺すか? それとも……」

「なんで、そんな……ことを」

「『そんなこと』? そうだな、そうでもしないと世界が滅ぶから仕方のないことだからな……。そんなことと言われても仕方がないよな」

「犠牲を押し付けただけじゃなにも終わらないじゃないかッ!」

「あーそうかぁ、なるほど、うん、そういうのね? そういう誤解をしているわけね」

 預言者は苦笑してクラーラから奪った僕の肩を掴んで無理に立たせて申し訳無さそうに笑う。

「安心しろ。俺もお前も本質的な部分はなんにも変わっちゃいない。奴らがこっちに攻撃してこければ俺が用意した仕掛けは俺が死んでも動くことはない。使い道がないからな」

「……積極的に使うことはないって?」

「約束しよう。向こうがなにもしなけりゃ俺はなにもしない」

 いい笑顔で未来の僕は言い放つ。

「それは」

 預言者は机に向けて僕を倒してユニーカの眼前で無様をさらさせる。

「フリッツ!!」

「……あぁ、俺はこれで教導会を抜けるから、後は任せたよ。ジェネジオ!」

「っは!?」

 消えた。一切の予備動作のない空間移動で預言者はその場から消えたのだ。

「探せ!? なんとしてでも、シグフレド様を連れ戻すのだ!!」

 託されたジェネジオは部下に言い放って何人かも空間移動で消えつつ、数名は風が抜けるような軽やかな速さでこの来賓用建屋を出て行ってどこかへ向かう。

「カルラはいかなくていいの? 私はともかく、貴方は教導会に身を置いているじゃない」

「クラーラッ!! 貴方は、なんでこんな場所で秘密をバラしたの!?」

「…………なんでだろうね」

「絶対に許さない」

 それだけ言って、カルラがその場を離れたころには残った数名が慌てて誰かに連絡を始めたりと、騒然としていた。




 目を覚まして、ベッドから出て、またいつかのように扉のさきで出会うような気がしたが、そんなこともなくそのまま上着を羽織ってリビングに降りると、ユニーカだけがそこにいた。

「おはよう」

「あら、おはよう。気分は晴れたかしら?」

「……いや、僕は、そうだな。勘違いの重荷は減ったんだろうけど、どうだろ」

「分かっってくれたのなら、守り続けた甲斐があったわ」

「そうか……、僕は守られていたのか?」

「そうよ。貴方は愛されていたのよ」

「守られていたのは僕の方なのか……?」

「え?」

「この会談のことも隠していたのも僕を巻き込まないためか?」

「そうなるわね」

 頭が打ち付けられたような錯覚、これは感情がどうにかなっているんだ。だけど、

「なぁ……」

「なにかしら?」

「……僕を騎士と認めたのは嘘だったのか?」

「……っ」

 なんだその顔はッ!

「僕を守るための詭弁だったのか?」

「えぇ、そうよ。嘘よ、詭弁よ、欺瞞の言葉よ。だから、貴方が騎士になったから自由になれとか言ったんじゃない。最初から私は貴方は自由にしていいと思っていたわ」

「なんで僕は、……こんなに」

「貴方も大変な時期だったでしょう? ヴァンさんの介護に、自殺に、実際今にいたるまで自分が正気じゃないことにも気づけずに」

 なにか……なにを、なにも言い返せない。

「……っ、……! …………っ。最初から、僕は守られる側だったっていうのか」

「貴方が子供のことに抱いた旅に出たいという気持ちを尊重しようと」

「そんなもの! ここに居たくないって、言っただけだろう!? この村が嫌いだって意味だろうがッ!」ダメだ。そんなこと、言っては、

「いいえ! あの時、貴方は本気で」

「コニアといい閣下といい、ドイツもコイツもっ、勝手に僕の心を見透かさないでくれ!」

「…………」

「僕が、何したって言うんだ、なんで僕を認めたふりをしやがる。優しくしてくれやがる」

 感情が、僕を、惑わせる。

「……ごめん」

「わたしの方こそ」

 そうやって、『自分も悪かった』みたいな態度で僕を……、僕に、優しくしないでくれよ。僕なんかに

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