意地に
「おっと、失礼、邪魔するよトリタと入っていくところを視たからね」
物置の扉を勢いよく開いた彼は『バタン!』と音を立てて扉の内側に迫って、僕の直ぐ側まで肉薄にして対面の自分の連れを向き後ろ姿を僕に見せる。
「ゼフテロ?」
「あぁ、そうだ。何してんだ?」
「何って言われても、なにも? なんて言えばいいかな。暇だから、昔作ったガラクタをトリタちゃんに見せてただけだとしか……」
「それだけなら、別に文句は言わないがな」
疲れてはなさすだが、呼吸が深い。慌てて走りでもしたのかな。
「大丈夫、ゼフテロ、私も貴方も心配し過ぎだったみたいよ」
両手を軽く上げて申し訳無さそうにだけしているのにトリタは開き直ったような顔をする。
「……あ、あぁ、そうだな。コイツはこれで」
「えっと、ここは勝手に入っても大丈夫なのかい? ゼフテロ」
「あぁ、問題なさそうだが」
「うん、ガラクタしかないよ」
扉の先にいる女の声に返事をすると、預言者の娘と呼ばれる女が扉から姿を現す。ゼフテロに軽く手を上げた挨拶で済ませると、僕を視て会釈する。
「やぁ! はじめまして、ジークフリートさん。私はグニシア・クォライト、巷では預言者の娘としての名が有名かな? 教導会でそれなりの立場にいる。年は21、よろしく頼む」
はじめまして、か。
「……その年と名前は、本物か?」
「ゼフテロ? なにを言い出してるの」
「ん? 知っているでしょう。貴方なら」
「始めて聞いた。もっと若いと聞いてたし…………家名があるなんて始めて知った。それは預言者と同じものなのか?」
「あー、そういうことか、うん。私の父さん、預言者シグフレド様は帝国の高貴な由来の家の出自よ。と言っても、その家は随分昔、あなた達が生まれるより前になくなっているのだけど。こういう場所で言えば、心を掴めるかと思ったのだけど……だめね。父さんも、帝国の崩壊に関係しているし」
「ジークフリードのラコライトリーゼと由来が同じだと思ったか?」
「いいえ、思ったわけじゃないわ。同じだと父さんが言っていたから、そういうものとして」
「……預言者が?」
「えぇ、この会談のためにもうすぐここに来る予定だわ」
「そうか、忙しいのか……お前は大丈夫なのか? 預言者と仲違いしていると聞いていたが」
「はは、仕事の意見が違うだけで割りと家族仲はいいと思っているけど。クラーラは今、一緒に居られないから王国の偉いさんに預けたらしいけど」
……? 一緒に居られないって、
「そこでなぜ、クラーラが出る」
「え、だって、私もあの子も父さんの……シグフレド様の養女として仕事を手伝ってたわけで、家族なのは公然の事実じゃ……いや、あの双子はカッチリしてて、戦闘技術を磨いてるからあんまりそういう風に思われないのは知っているけどさぁ」
クラーラはそんな事を言っていたか? いや、たしか、……人を殺せないから捨てられたと認識して、……家族? カルラは前にまとまった金を僕に渡したのはアンドロマリーの子飼いだったことを既に認識していたはずだろ……? その時、どう言われたっけ? いや、どっちにしろカルラに微妙な発明品をダシに資金的な援助を受けた結果、……
「貴様、この旅団に一緒にいてクラーラになんと言った?」
「……えっ!」
…………動揺している?
動揺して、棚に持たれようとしてうまくいかずに積んであった砥石をわずかに乱れさせた音で、慌てて「すみません」と生きを吐くようにもらした。
「クラーラが……居た!? え、今も……いるかしら? えっと、元気にしている?」
「元気にって、本気で疑問に思って言ってんのか?」
「いいえ……落ち込んでいるって聞いていたから、心配はしていたけど。今、どこにいるかしら?」
「……僕は知らないが、便宜上は、王国側の王族に仕える通信手として同行してたはずだ」
「わかった。王国騎士のところへ行くわ」
「ありがとうジークフリードさん! 後で話すことがあるから、また後で会いに行く! 会談が終わったら」
「……会談?」
「俺も同行する」
「ありがと、ゼフテロ。でも、遠慮してもらうわ。少し離れたところに護衛が隠れているし、これは家族の問題だから身内の彼らに頼らせてもらうわ」
少なめのホコリを巻き上げて駆け出して扉の向こうでなにか言った彼女はすぐさま気配を消した。
◆
「じゃあ、僕らもこんなガラクタしかない物置から出ていこうか」
「ガラクタって……、ここにある発明品はそんな安っぽいものじゃないだろ」
「ガラクタだよ。こんなものはなんの役に立たなかった」
ガタン。
詰め込まれたトーチ入れの木枠を横倒しにした耳に響く痛い音で自分の感情が怒りに染まっていることに驚きを禁じ得なかった。同時にこんなものを作ってまで練習しようとした自分の過去に苛立ちが深まる。
「その松明だって、売ればそれなりの高級品だろ」
「松明だって!! お前はこれが本当はトーチじゃないって知っているはずだろうがぁ!」
あぁ、これは炎の魔力因子の生成、制御を補助するために僕が作った魔道技術を用いた万能道具だ。僕が使わなければ、僕以外が使えば、いくらでも使いようがあることだって、
ダメだ、落ち着け。僕は! この村を出た時から、そんな資格はもう、過去を顧みる資格はないってゼフテロに言い放ったことだって会ったはずだ。
「……いや、すまん。これを視ると、嫌なことを思い出して、気が立ってしまうな……そうだ。ごめんなさい。僕は……」
僕は……なんだ。続く言葉は、何なのだ? 僕に
「……なぜそんな炎の魔力因子に拘る? 騎士として一般的な術というのはそうだが。お前はそんなのが無かったとしても、半端な騎士が集まって遠征軍を組んだとしても勝てるような強さじゃないだろ」
「まだ今の僕があの頃の僕に勝てるほどの強さを持っていると勘違いしているのかよ!!」
はっとして、驚いた顔をしないでくれ! 抑えたくない感情を無理して抑えなきゃいけなくなるだろ。
「いや、…………すまん」
「いやだが、お前はあの後免許皆伝を」「貴様ァッ!?」
掴みかかろうとして手の魔力を溜めた抜き手を手の甲側から腕を掴まれて、折られるんじゃないかって痛みが感じた頃に木造の天井を仰ぎ見ていた。
「何すん」膝打ちが背中に「だよ!」叩き込まれた痛みで呼吸が止まる。
「ぐ、あぁ、あがぁ、うぅ……ぅぁぉ」
そのまま転がされる僕は土面に転がされているのに受け身もとれずに投げ捨てられる。
「ぁぁ……これで分かっただろう? 僕が弱くなったことくらい。これでも本気なんだ」
「なんもわかんねぇよ! お前の徒手空拳なんて生まれて初めてみたぞ!」
「ぅ……、お前のおこぼれで暗闘術の免許皆伝を受けて、僕が納得できるとおもったのか……! あの時、僕がどんな気持ちで」
「なわけないだろ!! お前は、あのジジイどもが消去法で師範を選ぶとまだ思ってんのか」
「お前が村を出ていかなければ!」
「どうなったって言うんだ?」
「僕は破門される予定だったんだぞ!! それ、ゼフテロは」
「は? なぜそんなことを言って」「てめぇ!」
殺意が湧いた。僕は――――――――――――、
「やめなよ! こんな時に、喧嘩したら面倒事になる!」
今、僕は何をしようとした? 殴りかかるふりをして、なんの魔術を発動しようとした? いま、ゼフテロはその予兆に気づけていたか? もしかしたら、
「……ぁ、すまん。わかった」
「フリッツなんでいきなり頭に血が登って」
これ以上心の暴風雨をかき乱さないでくれ。僕は、たぶん、この物置を出たら少しでも落ち着ける。でも、ユーリとシャノンを泣かせて、不甲斐ない過去を視て、思考と感情がチグハグになってしまっているんだ。
大きく生きを吸って、吐いて、近くにあったただ硬いだけのなにかの魔術道具を作る前の素材にする予定であったであろう日本の棒を持って、片一方をゼフテロ・フォルトゥーナに投げ渡す。
「…………そうだな。これでいいだろ。硬い金属の塊だ」
「なんだよこれ」
「勝負しよう。本気を出す。だけど、期待しないで。魔術も使わない。だけど……」
「ルールは?」
「手放すか、折れたら負け。昔の通りさ」
◆
開いた空気の中、ぶつかりあったその金属の塊が小気味良く響くと、育ちあった僕らの身体能力と錬気の出力から出る衝撃波で、足元の土の上の雑草がめくれ上がって――――――……。
あっけない。
見えなかった。両手で受け止めていたはずの金属の棒が押し込めそうになったと思ったら、すり抜けるように軽くなった棒が滑って、ゼフテロの片腕が胸に叩き込まれて、呼吸ができずにいたら、頭を蹴り飛ばされて僕は獲物を離して負けた。
「……? あからさまに手を抜いてんじゃねぇか」
あぁ、お前は、こんな様の僕を視て、そう思うのかよ。
「…………はは、ははは、はははははは! あーはははあっははあぁははっはっ!! お前、もう昔の僕でも勝てないだろ! 勝てるわけ無いだじゃないか! 本物の天才に、僕がっ!」
「なにを言っている?」
なぜ、苛立つんだよ。ゼフテロ兄さんが、
「僕が弱くなって、アンタは強くなった! それだけの事実だろう!? なにか難しいのか? どこにわかりにくい要素があったかなぁ!?」
笑いが漏れる。笑うしか無い。もう、僕にできることはなにもない。
「もう、なんとなく分かってきた。意地になっていたんだ。僕は」
黙られる。笑えるな、『何も言えない』ってか?
「炎の魔力因子を生成できなかったから、ずっと、ゼフテロが暗闘術の奥義を継承していくんだと思った。だけど、免許皆伝を受ける前にゼフテロはどっかにいっちゃって、奥義を扱えない僕が免許皆伝を受けて……本当に嫌だったんだ。恥ずかしかった。認められなかった。自分が認められたって事実も、認めざるを得なかった事情を聞いてしまった答えも……」
「確かに……奥義には炎の魔力を必要とする派生魔術を多く含む。だが、そんなことに拘らなくても技を教えるには十分な実力があっただろう?」
「そんなことだと!? あぁ、『そんなこと』だったな確かに!!」
「いや、だって実際、免許皆伝に必要なのは実力じゃなくて指導者としての」
「そうやってゼフテロは、アンタは僕が欲しい物を見せびらかして貶める! お前に僕が! どれだけ憧れていたかも知らずに……!」
わずかに流れた静寂、もういいだろう。
「少ししたら落ち着くから、その棒も置いて、しばらくどっかに行ってくれ……あとで、片付けるから」
「だが俺も」「一人にしてくれよ――――――!!」
ずっとだまって、試合を視てくれた彼女がゼフテロのそばまで足音を近づける。
「行きましょう。ゼフテロ」
「いや」「一人にさせるのよ!」
「あ、おい」
「あんがと、そのまま引っ張ってって」
泥と雑草の苦いおい。わずかに自分から漏れる潮の香り、制御できない自分の声がうるさい。
二人分の足音が遠ざかって…………、少し、いや、ずいぶんして。
とっくに涙が枯れたころに誰かの足音が近づいていた。
……。
こんな顔を、誰にも視られたくなかった。
「ひさしり」
「そうだな。ひさしぶりだな、いや、毎日朝から顔を合わせてるような感覚がするんだがな。かつて私だった者。ジークフリート・ラ・フュルスト・フォン・クォライトリーゼ……?」
「あぁ、なるほど、父さんの知り合いだったの?」
「直接あったことは無かった……。死ぬ前に一度会ってみたいものだったよ」
「父さんはアンタの組織のこと、好きだったよ。預言者シグフレドさん? 親戚なんだって?」
「アンドロマリー閣下から聞いたか? 詭弁としてそう言ったのは違いないがな」
優男、やけに軽装で老けているはずなのに若々しすぎると見た目から矛盾したことを想起させるワイシャツの上になにも羽織ってない動きやすそうな靴の男。
だが、こいつが本気で動くなら、装備など不要だろう。
「ユーリかシャノンでも殺しに来たか?」
「いまさら、そんな意味のないことをしても不利益しか得られないさ」
信じる理由はない。魔術で周囲を確認したが、それらしい隠れ方をしている兵士がそこかしこに控えている。切り合いにはならないだろうが、ショーテルはいつでも抜けられるように、腕を自由にさせておく。
「警戒しなくてもいいよ。王国と揉めたくないし、それに私が殺すにしてもエイリアンではなく君じゃないかな? 無論、王国と揉めたくないんだからそんなことはしないけどね」
「なにをしにきた?」
「呼びに来たのさ……これから始める会談に君も来たほうが良いと思ってね」
「会談? なんの会談だ」
「あぁ、そう、知っててもそうするよな。まぁ、ついてきたまえ。君は私を信用できる関係じゃないんだから人通りの少ない道を通るような真似はしないし、距離を保っておくといい」
「お前……クラーラのこと、どう思っている?」
「………………………………済まないね。気を使わせてしまったようで」
何も言わないのかと思うほど少し長い時間口をパクパクさせたら、困ったように言ったことがそれだ。
「質問に答えろ。お前はクラーラを捨てたことを申し訳なくおもわないのか?」
「……仕方がないだろ。人を殺せないと自分を護るにもハンデがかかる。彼女は戦場から離さないと不必要な不幸を産んでしまう。それいがいに……どうすれば」
「それって嘘だよね?」
「……? なぜそう思うんだ」
「いや、『かつて私だった者』って表現したんだからそういう意味を悟らせようとしてるんじゃないのか?」
「……あぁ、そうだね。もう、今は距離を離す本来の理由はもうなくなったよ」
周囲に、隠れてるやつの気配はある。
「往来で離すような真似はしないが……、クラーラには謝っておけよ?」
「……そうだね」




