なんでこんな場所に
かつて安全と思われていたシュレ―ジュムと呼ばれたキャンプが敷かれる、この地に3度の戦禍が襲った。
本来この地は、東のタニス国から南西に向けたプロギュス帝国への交易に便利なヴァロヴィング王国領内の交通の要衝であったために、帝国が呼び出したエイリアンの技術による大量のマシン軍団の標的にならなかったほど、お互いにとっても、多くに人々にとって必要不可欠な土地であるため、戦争から最も遠い国境と言われるほどの安全地帯であった。
だが、およそ5年前、その惨劇は3回に渡って繰り返された。
安全域などと油断されていても、惨劇などと呼ばれる三度の悲劇は結局起きたのでは安全域など、予見しない方が安全というものにもなりそうだ。
一度目は、増えすぎた帝国の難民に紛れた帝国解放軍による独立政府樹立宣言を征伐するための王国の攻撃。意外なことにこの戦いで旧帝国の市民であったものたちは独立政府と対立し、市民の支持を得られなかった帝国解放軍を倒した英雄として名を上げた多くの傑物も帝国崩れと呼ばれる帝国でかつて高位の身分を有していたものたちであった。
――帝国から公国が王国を守った。
二度目は、領主の代替わりを機に難民を市民として受け入れることを決定したことによる、納税の義務の発生に対する暴動に端を発した略奪であり、暴徒に城下を外遊していた領主が殺される大惨事となったが預言者の娘たるグニシアと教導会のその一団が武力的介入行為をしたことにより、暴徒は死傷を問わずに鎮圧。事態は王国の優位に収まり、王国内での教導会の支持を高めた一見であった。
――――市民から教会が王国を守った。
三度目は、二度目の戦禍と間を置かずに起きた混乱状態のシュレ―ジュムから教導会の兵士が引いて王国騎士が守護の任を引き継いだその隙を突いて、帝国解放軍が帝国最後の偉大なる賢王、
『キュンツェンドルフ公の遺児を騙る不届き者を抹殺するための正当なる処罰』を主張した一方的な大量虐殺による、王国がシュレ―ジュムの地の復興を諦め放棄するしかなくなるほどの戦禍であった。
――――――帝国が皇族を殺して王国を巻き込んだ。
この戦いがなんだったのか、誰にも本当のことはわからないが、たしか、シシィと父さんは一度目と三度目の戦乱にそれぞれ教導会の使徒と、帝国崩れの義勇兵という立場で関わり、英雄になった一人だったはずだ。
王国による反乱軍の征伐、市民による略奪、反乱軍による市民の虐殺、教導会以外の全てが敗者となったこの3つの戦禍と、あるいは3つの目の災禍を指し示して呼ぶ僕たちは
『シュレ―ジュムの惨劇』の名を忘れられずにいる。
◆
「人が住んでた跡もないもんなんです?」
広大な原っぱに設営されたキャンプ地のテントの大群にそんなどうでもいい疑問が口にである。
「それはそうでしょう。5年も放置されていたんですから、ジャングルになっていないだけ痕跡は残っているではないか?」
「それも、そうか」
「私が姉さんから命じられた任務はここまでですが、ここからの順路はアンタに従うように言われている。さて、どうしようか? ジークフリード」
ウーナレクディアの不敵な態度にある程度は心を許してもらえているのかと、微妙な安堵は受けるが、どうしたものか僕はこのまま
「学術都市経由で保護区画に戻るだけだけど、どうするもなにも……」なにかあるのか?
「そうか、私も、物資の補充は予め予定されているから経由するならそっちも一緒に済ませたほうが良さそうですねぇ」
「あぁ、道の順路は……人数も多いしどう行こうか、変更した方がよくない?」
親衛隊という国王陛下が自由に派遣できる部隊の3番隊の若手とベテランを中心に、またエイリアンが襲来したときの戦力増強に派遣されているから、そっちとも意見を交わしたくベテランの担当者にも目を向けてみる。
「予定通りここから西向きの順路で構いませんが、なにか不都合が?」
「モウマドに寄っても本当に良いのかなって」
「問題ない範囲だと想いますが」
「こんな、里帰りみたいなことに付き合わせるのは迷惑な自覚があるからさ」
「そんなことはないと想いますがね。補給地を巷で噂の武芸者の隠れ里にしたいというのなら、好奇心をくすぐられる兵士がいても、嫌がる兵士はそうそういないでしょう」
「そんなに言ったって、老人以外はただの田舎の農園しかないよ? 隠れた覚えもないし」
「確かに、馬の補給も対応している農村地帯は隠れては居ませんね」
「なに、ここ、なんでこんな場所に」
「ユーリ?」
「ごめん、……専門家はクラーラ、ちょっと人払いが必要なことを説明しないと」
「……! わかった」
速やかに数名の兵士に話かけ、そのなかの最もくらいの高い老兵に『緊急的な異世界に関わるかもしれない話をしなくてはならないため判断のため人払いを頼みます』の、一息で言ったことで何人か動かして広い天幕の中にあんなしてもらい。入り口にかの近衛騎士が立って貰う形となった。
「なによいきなり、私はこれでも忙しいのに」
近衛に頼んで呼んでもらったクラーラを通してもらって、椅子を用意するとユーリは神妙な面持ちで事態を告げる。
「この場所よ。この場所に私達の世界から転移するための亀裂があるわ」
「亀裂がある?」
僕が疑問をオウム返ししてしまっているのにクラーラはなんなく理解したのか、奥歯を強く噛みしめるようだ。
「貴方が準備している送還術みたいなものよ。それよりも危険な。双方向的な穴にもなるかもしれない危険な……言ってしまえば通り道が作られているってことよ」
一瞬考えて、状況を僕が理解した頃にクラーラが聴く。
「質問させてもらうわ……このまま放置したらどうなると考えられる?」
「私達の世界から自由に出入りできる状態。えぇ、それを証明するには危険を伴う実験が必要になることも含めて、理解できているけど、扉が拓いている状況ね。これじゃ、私達の世界の技術者からしてみたら出入り自由よ」
「……、緊急的に何人か騎士を、ここの監視してもらうとしても……預言者を呼べるか?」
「え? 私」
「他に居ないだろう」
クラーラしか、本来対異世界の戦力を集めている預言者への一番近い連絡手段は、
「緊急事態だ。ごめん。おねがい」
「アンドロマリー閣下にすがっても仕方がない。僕も戻ったほうがいいかもしれない……前の使っていた魔術的な装置でもなんでも、速やかに連絡する手段はあるか?」
「今手元にはないわ。もう、だけど、転移魔術を使って王城に戻るとして、そのために施設がここから一日では到達できない。しかも、タイミングが悪いとアンドロマリーと入れ違いになる可能性だってある。他に手段はない? ないなら、私たちだけで引き返すけど、セシリアに連絡するとか……連絡手段を分散させるために近衛騎士を使う手も考えるとして」
「シシィ? なんで」
「知っているでしょ? 彼女は預言者と対立しているとは言え、預言者の娘たるグニシア様の直属の部下なのよ」
「……っそうだよ! 次の補給地のモウマドでシシィと会う予定がある」
「そうか! え、なんで?」
「シシィと僕はモウマドで魔術を勉強を教えているんだ」
「そうなの? ……そうか、貴様の魔術の腕に合点がいった。現代で催眠術を実戦レベル使えるのは単純な腕の強みだったのだな」
「まぁ、そんなとこ、急いで騎士に頼むぞ。近衛騎士様! ご相談を」
適当な相槌を打って、急いで近衛騎士に対応を相談しようとすると、天幕でゴタゴタと押し合いで揺れる入り口のカーテン裏の影で声が聞こえた。
女性。若い女と老練の騎士とは別に、何人かの騎士が集まって、傷つけないように彼女は捕まえられているようだ。
「いけません! いま入っては!」
「ごめんね。むりやりでも通させて!」
「ダメです。人払いを命じられたからには」
「やーん、クラーラぁ、そこにいるんでしょー?」
なんだこの気の抜けた女の声は、
「グニシア様!? なぜ」
慌ててカーテンを拓いたクラーラの先には僕らよりは年上だろうが、戦場に慣れてないような普通の体つきの女が騎士たちにつかまっていた。
「なにをしているんです!?」
「……いや、責任者に話を、隊長に話す前に他の責任者と一緒に行こうかと」
目が合う。
「はじめましてだよね? グニシア・クォライトリーゼです。えーっと、ジーグフリードさんだよね?」
顔を知られている? 王城か学術都市で視られたか?
「……ジークフリート・ラコライトリーゼです。はじめまして」
笑顔。笑った? どういう感情で、
「あぁーー、なるほど、帝国系の名前だね」
「えっ、えぇ、グニシアさんもそのようで」
「うん、お父さんがどうも近い出身らしくてね」
騎士の方々も老騎士が片手で進路を制するだけで、騎士たちも離して様子を伺う。中で人払いを頼んだ僕たちがここにいるのだからね。
「……どう? ユーリちゃん」
「え?」
「ここになにかあるか、わかる? 大丈夫、ここで見えるものは話としては隠さなくても良い内容と保証するわ」
……知っているということか?
「いや、混乱を招くんじゃないのか?」
「いずれ知ってもらう予定だった……といえば、君はわかるかしら?」
……預言者の娘、なら彼女は未来を知っている? いや、そんなの誇大表現の冗談だろう?
「亀裂があります……道具があれば、私たちの世界と、こっちの世界を自由に行き来する事ができる状態にあります。それより、どこかで会ったことがありますか?」
「なるほど、見解は一致したってことね」
うなずいて、背を向けて特段立派なテントへ指をさす。
「もちろん、貴方とは初対面よ?」
背中越しに言って、振り向いて気軽そうに説明する。
「私はここに精鋭を送るように言ったけど、それを実行したのはおそらくアンドロマリーちゃんよね? それこそ、この部隊の編成を決めたのは」
「はい……。そう、なりますね。僕に編成する権限とかないですし」
というか、そこらへんは完全に任せっきりだったことを思い出す。
「だよね。この話、彼女と、陛下に言っただけだから」




