智天使
――――――この努力が……、
無謀だ。見込がない、なにもかも無意味だった。もう無駄な足掻きだ。そう思えたなら私はこれから起こる全部、呑み込めただろうか?
勝てる。私の努力は無駄にならない。絶対の自信がなければ、私はこんなことはしなかったと言えただろうか?
『過去の私に告ぐ。佐藤ユウリはやりきってしまったぞ?』
この想いが過去の私に繋がったなら私は努力しなかっただろう。
地平線のその向こうよりずっと奥の方で、光とキノコ雲が立ち上る。衝撃波が空の雲を編み込んで波紋型となる。
結果だけ言うならば、私は世界を滅ぼすことになる。ダメだった。ただ世界を守りたかっただけなのに
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆
「ユーリ、そんなに怖い顔してくれなくてもいい。僕たちの世界のことは僕たちでなんとかする。だから、ユーリは帰ることだけを考えて」
心配そうにしてくれるフリッツの覗き込む顔に私はなにをしてやれる? 本当は、できることがある。なら、考えるんだ。
「そういえば、エイリアンが情報を持ち出すことは怖がってる割に、この世界の情勢とかって情報はあんまり規制してないわよね。なんで?」
「そりゃ、過去に問題が起きなかったからとしか、別に軍事情報を開けっ広げにしてるっわけじゃないんだから、市街地でなんか新聞でも読んだら話は終わるからだよ」
「そう、なら、新聞紙、そうね。読み物としてでも読んでみようかしら? どれくらい前の者まで保管したりしているの?」
「……なんでまた。……ここ三ヶ月分の新聞は廃棄してないけど、なにか、理由があるの?」
……明かすべきじゃない。説明するべきではない。だが、私はこの人に嘘はつけない。何も分からないこの世界で自分を顧みずに私を助けてくれた。素足を気にして背負ってくれたあの背中を裏切ることは私にはできない。
「私の能力の発動に、必要なのよ」
「魔法……? あの、攻撃の位置がズレるやつ?」
「フリッツって私の能力をどういうものだと思っているかしら」
「たぶんだけど、発言した対象と現象の実質的な位置に影響する能力、……先生方の魔道的な分析を用いて言うなら、たしか、時空間に干渉することで物理的な干渉をすることなく実体の座標を移動させる能力……かな? こんな感じ?」
「間違ってないけど、結構違うわ」
「そ、そう?」
エイリアン収容のための施設の中で、今日は来客が在るからと外出が一旦制限されたなか、談笑に花を咲かせる声で少し暖かく煩わしさのない煩さが耳の奥の浅いところを撫でる。
「私の能力は、因縁が成立した事象に対する因果の繋がりを書き換えて、起こり得る現象の中から実際に起こる現象を選択する能力よ」
「因……え?」
隣り合った椅子に腰掛け、テーブルに手を置いて隣の貴方と見つめ合う。
「つまり、物理的にはありえなくはないけど、普通なら起こらない現象を自在に起こしたり、ほぼ確実に起こる現象を起こらない場合があるなら、起こらないと決定する能力よ」
「……は? え、そんな魔法なの」
「そして、発動条件に発言することは関係ないわ。アレはあくまで能力を発動する上で自分の考えを整理するためのルーチンで、必要ではないわ」
「えっ……? ……それって理論上、無敵なんじゃないか」
「いいえ、そんなことはないわ。あくまで確率を操作することで奇跡を呼び寄せるだけの能力だから、起こる可能性のない現象は起こせないし、発動条件にどんな現象が起ころうとしていて、どんな結果があり得るかを理解している必要があるの」
思案する。そりゃ、迷うよね。新聞一枚、どうするか……
「つまり、想像の及ばない現象は引き起こせないし、可能性を呼び寄せるラッキーを起こすのにも認識していることと、想定の範囲内であることが必要なの」
「……だから、新聞……そんなに」
「必要なことよ。お願い」
思ったより反応が悪い。これは、あっ、
「あぁ! 分かった。信じる。ユーリの言うビッグ5の危険性は理解できないけど、ユーリがこの世界のために気を回していることは信じる」
違う!
「新聞を持ってくるよ確か、本棚横の箱に古いものを入れっぱなしにしてたはずだ」
違う違ウッ! 違うんだ!!
「……ユーリ?」
「えぇ、ごめんなさい。わがままをお願いしているようで」
これは断じて洗脳じゃないっ!! 可能性を決定したけど、これはフリッツの自由意志で!
「あぁ、ロビーで待ってて」
「ありがとう」
うっかりなんだ! でも、使おうとして使ったよね? いや、本当にやるかは迷って、
フリッツが迷わず弾むような足取りで棚を置いてあるスペースに向かう。『ありがとう』とか言っている場合ではない。でも、やったんだ。私は、え?
『フリッツなら信じてくれるだろう』って楽観してたら、険しい顔をされた……? 能力が発動させたのを私は認識したよね?
私はこの暴走を想定できていたわよね?
でも、私は、……この世界を、フリッツが生きる星を守りたい。
◆
シャノン。私が動揺していても貴女は私を慕ってくれる。本当に可愛らしい人。たぶん、私が二番目に愛している人。本当は他にも愛すべき人はいるけど、その姿をみたことが無いから、私はこの愛から『たぶん』を外すべきじゃないと思う。
フリッツがさっきまで座っていた椅子にすわった彼女は迷ったことを言う。
「ユーリ、貴女は本当に、私達は帰ったほうがいいと思うの?」
「えぇ、そうね。そうしなくては私達を理由に私達の住んでいた国々はきっと、この世界に侵略を始めるわ。いまは、その準備中の可能性が高いと私は視ている」
「……本気?」
「この世界の総人口は推定10億人未満よ? 私達の世界はこんな手を出しやすい獲物を襲わない理性のある歴史は歩んでないの。それとも、世界史の勉強をしたことがないなんて言わないでよ?」
「まって……! っそんなに少ないの?」
「たぶん、もっと少ない」
「……でも、私達は」
「……私達は楽園を踏み荒らしている罪人よ。罪状はあの世界に生まれてしまったことと、その原罪。その証拠にビッグ5の一人が私達を襲ったのよ」
「ビッグ5……その」「アレクシウス・ゼンダウソン、有名でしょ」「!!」
「私は……、帰った後、奴を刺し違えてでも殺す。奴が一人、いなくなれば今の私達の世界のパワーバランスを崩すことができる。アレクシウス・ゼンダウソンは、危険すぎる」
「バランスを崩す? 壊れた後の秩序はどうするの」
「少なくともビッグ5に左右される不安定な世界から脱することができる。後の秩序で異能力者が差別されたところで、いまほど最悪にはならない」
「なんで、そう決めつけるの? もっと、最悪になる可能性だって在るでしょ?」
「無い」
「なんでそう言えるの」
「私が試験管で量産された人造人間で、毎年100人ペースで生産されて20歳を超えると定期的にその異能を電池に変換されて死んでいるからと明かせば分かるか?」
絞っていた声が、一拍理解できないように停止してそのまま声が流れ出る。
「……は?」
「普通のことだ。底辺層の異能力者で珍しい話じゃない。例外なのは私の能力が予想外に強く育ったことだ」
「……まって、それって」
「もし、否定したいなら私を殺せ。お前になら、止められても文句はない」
嘘をつけ、本当はシャノンが私を殺すなんてまるで想像できていないのに、できるわけがないから無理を言う。
「……無理よ」
「あぁ、知ってる」
「でも……」
「持ってきたぞ!」
フリッツの声が響き、重ねた箱二つ分の日刊紙を並べて刷った会社の国籍とスタンスを軽く説明してくれる。
「こんなもので、あれ、シャノン? どうか」
「いいえ」
「あ…………いいか、じゃあそうだな。一緒に読む?」
「……うん。一緒に」
私は爪を研ぐ、この牙を征服者へ突き立てるために、
でも本当は、この世界世界を護る四枚羽の剣になりたい。




