怒られて
軍靴のハズなのに中に金属の一枚も仕込んでない武芸の達人みたいな靴をしているくせに、普段は着ることなんてない上着を肩に掛けて、聖騎士は足音一つ立てずにクツクツと笑って階段を降りてくる。
「くくっはは、やぁ……名前は……いいか、元密偵君? それとも、不良騎士君とでも言った方が良さそうかな? 尋問が終わったと聞いて君を処分するために俺がきてやったよ。喜べ、タニス国の代表者からの許可も貰った」
入り口からの逆光で姿が黒一色にしかならない聖騎士の声で、尋問を受け終わった諜報員の身はこわばる。
尋問前の仕切りのための檻に関しから入れてもらって「ありがと」と手で略式の挨拶をしながら、傲慢……そう見えたそうなほどの怒りが滲んで、でも落ち着いた態度の聖騎士が何をするかわからないので、一歩動いて諜報員の間に入る。
「そんなに怯えるなよ。今日は全部解決する結末の章だ」
「……やめてくれ」
「何を?」
「なんにそこまで怒っているかわりませんが、無抵抗な相手をこの土地では殺さないでください。僕が怒られます」
にやにやと、僕をまったく目を向けずにその背後の諜報員に目を向けて、僕の質問に答える。
「安心してくれ、君の主は有能そのものだ。今回の件で、フライハルト王へ貸しを一つ、いや、実際はどれだけ多くの貸しを作ったのか、そこの元タニス国の兵士のその上司はまとめて反逆罪でおおよその掃除を始められたよ」
後ろで拘束金具なのかガチャガチャと金属が擦れる音がする。
「あんがい、今頃終わっているかもね? だが、アンドロマリー閣下の持つ連絡手段があれば全部解決するのに一日もかからないよ」
「……え、ここで殺すのはやめてよ?」
「あぁ……そうだな。俺もこれで婿やってる身なんだ。妻に怒られて護送して向こうで処刑させるように言われたさ。だがな、一言言いたいことがあってだね」
この人、自分に最強から5番目くらいの批評をするのに奥さんより立場弱いのか?
僕の横に回って暴れることすらしていないのに金属がうるさくなるほど、ガチガチに震えている彼の耳元で口を開いたので、耳を噛みちぎるのかと思って一瞬びびったが
「これからお前は罪人だ。もう、市民権はない、だから、次、メイドに会った時があったら、『「卑しい下女ごとき」様』って言ってへりくだるんだぞ?」
ひそやかだが、他に誰もが注目しているだけでなのも話さないのでしっかりと聞こえた。……聖騎士は何を言っているんだ?
わかっているのか、照れくさそうにこっちと、その周囲の職員を見渡す。
「すまんな、ムカついたんだ。正直あの日はどうかしてたと思う」
そう言って部屋を出た聖騎士の背中をみて、よく分からないでいると階段を登っている途中の聖騎士が見える位置にいるのに兵士の一人が言ってくれる。
「聖騎士様はあれでも苦労させられてきたお方です。あのような者に」
びっくりした。本人の眼の前で堂々と言うことか!?
「今はお前たちに苦労をかけてしまって、申し訳ない」
聖騎士も返事した!
「大丈夫です。適材適所のための我々副官です」
「ありがとうな、ははは……は」
無理に笑って聖騎士は地下を出てどっかに行った。
「そもそも! ちゃんと上着を着なさい! 我々聖騎士称号を持つ神殿騎士は国の象徴的な役割を担ってもいるのだから、肩にかけて、これはマントじゃないわ! コートよ! ちゃんと袖を通してボタンも一番上まで締めなさい!」
「うー、うん、いや、一番上のボタンは首周りのじゃまだから、その前まででやめていい?」
「私達は常に視られる立場なのよ? 多少邪魔でもつけなさい。どうせ壊れてもすぐに直してもらえるんだから、ボタンの一つや二つ、有事の度にちぎってみなさい!」
「あー、うん、ごめん」
聖騎士の憂さ晴らしのあとに護送前の拘束と手続きが終わった。さっさと終わっから陰気臭い地下牢を出て僕が最初に視たのは上着の着用を正される聖騎士のおじさんの姿だった。
同年代くらいなのかな? 背の高い壮年の女声がおじさんと同じデザインの上着を着用しているのだから、言葉にもあったように彼女も聖騎士なのだろう。
「えっと」
「おや?」
「フェルメイア様、この方はジークフリード管理長です」
聞くと、儀礼的な深々と頭を下げる礼のために跪いて帽子を外す。
「身内のお見苦しいところを失礼しました。私、第二聖騎士隊隊長を務めるフェルメイア・ディープシーと申します。ジークフリード・ラコライトリーゼ様、以後お見知り置きを」
「はい、こちらこそ。王命とアンドロマリーより管理を任されたジークフリードです。あんまり偉い立場じゃないので、そこまでの礼は必要ありませんよ」
言うことは言って、聖騎士フェルメイアとおなじ形式の礼をして跪く。
「はい。では、失礼させて頂きます。我が夫に申さねばならぬことが多く残っているので」
それで彼女は聖騎士のおじさんを連れてすこし離れた連邦用の宿舎へ向かう。
聖騎士のおじさんは結構年を取っているかと思っていたが、奥さんは雰囲気や見た目の割に若々しく見えたので、案外聖騎士のおじさんが老けているだけで結構若いのかな? あの人、聖騎士のおじざんはクロヴィスって呼ばれてたけど、たぶん、あれが本名なんだよな? ……あとで聖騎士に関する資料でも読み直した方がいいのかな?
護送のためにタニス国の兵士が来た。
前まで我関せずみたいな態度をとっていた隊長さんは満面の笑みで拘束された兵士を引き取りにきた。
礼をして、楽しそうに話す。
「おはようございます。今日を迎えられたことを皆様のおかげと感謝申し上げます」
「……え、はい。え? おはようございます」
「今回はメディテュラニス地方連邦、ヴァロヴィング王国の皆様の助力により温情ある沙汰を取り計らってくれたことを心から感謝します」
「いえいえ、今回は運が良かっただけですよ。うちの上司が動いたようですが、私には知らぬ領分でありますので、私に感謝をしてもしかたがありません。いつか、アンドロマリー閣下にご申し上げください」
「は……この幸運を引き寄せたアンドロマリー閣下への感謝を肝に銘じます」
また礼をすると、本当に喜んでいるような軽い足取りで、口も塞がれた兵士を部下に引っ張らせることで引き取って、また、帰りに深々と礼をして帰っていく。




