なんか気持ち悪いんだよね
「内容はこんなものだ。アンドロマリーへの信号連絡を頼めるかい?」
「はい、じゃあここに置いて」
口頭で大概の説明と、要求、これから自分の魔道士の同志としての馴れ合いで、連邦内の研究者の政治的な動向の是非を探る指針をクラーラに述べると、置けと要求される。一瞬、何のことか分からなかった。
「書き起こし、この信号連絡って時間かかるでしょ。書き起こしを確認しながら入力させてもらわないと困るわよ」
「そうなの? そうか、じゃあ、入力することを見させてもらうよ」
「そんなものなら、自分で連絡しなさいよ」
「できるわけがないだろ。最近まで田舎に住んでたんだ。信号送信式がこんな箱のような形だってことすらここで見て初めて知ったんだぞ」
そう言っても、この箱は魔術的な文字の入力装置であり、本体は屋外に配置されている送信装置だとかも聞いたが、儀式魔術的な道具よくわからないので触らないようにしている。
「それもそうね。じゃあ、もしかして貴方、信号用の暗号って入力も解読できない感じ?」
「手紙用の暗号はいくつかのパターンを知らされている程度だね。さすがに、何でもかんでも教えてもらえるほどの立場じゃないから」
「あぁ、えっと……思い出せないのだけど、ジークフリードはどういう立場なんだっけ?」
お互い渋い顔で唸って、部屋の隅にあった椅子を引きずり置いた書き起こしの写しの一つが常に視認できる位置で腰掛ける僕は『そうだな』と、適当に言われたことを真面目に思い出す。
「アンドロマリー内務騎士団団長兼、軍務大臣閣下の愛人の研究者……ということになっている。その縁で、国王陛下より承った新事業を任されてる……って形かな?」
「くっはは! 内情を知らないと腐りきって言葉面ね」
「知ってても腐りきってるような……自分で言ったが酷い話だな」
「そうか? 実際のところ、お前しかやらないから、ジークフリードにやらせてるだでしょ? それは正統な理由じゃないの?」
「そう……いや、そうかな?」
椅子に座って変なことをされないか僅かに警戒しているだけなのに、ビリビリと血の気が頭から引く感覚を覚える。頭痛? とも、少し違う片頭痛未満の微妙な不快感。頭蓋の裏側が痒いようなどうでもいい痛み。
「体調悪いの?」
「え?」
「顔色。悪いもの。いや、疲れているのか、私だってこの部屋にこもって一日中信号儀式を稼働させ続ければ疲れるんだ。君も私と同じ属性の奇跡の子で、限界はあるって私も知っているもんね」
「詳しくは知らないけど? まぁ、疲れて入る……とも言えなくはない。否定はしない」
「いや、むしろ、奇跡の子の顔色が悪いっていうのは一般的な体調不良より危険視するべきかもね。だって、私達の体は長寿に向いていないのだものね。医務官を呼ぼうか?」
「やめておく、気分の問題だ。奇跡の子ってさぁ。その体質ってそんなすごいことなの?」
「奇跡の子がすごいって言うより、たまに、長寿の奇跡の子は異常なのよ。2つの意味で」
箱に魔術を行使している手が一旦止まり、真正面に向き直り薄ら笑いを浮かべてどこも見ていないよう苦笑と、皮肉じみた目を浮かべる。
「あー、うん? 長寿……?」
「で? 体調はどうなの、実際のところ」
「体調じゃないよ。実家のことで頭の痛いことがあってね」
「それは……すまないな。それ以上は聞かないよ」
これで察してくれるのか、
「これでも、あんたのとこのオヤジからなんか刺されて余命宣言解かれてんだ。今更気にすることなのか? 奇跡の子とかいう体質は、というか、そもそもてどんな体質なんだ? 誰に聞いても詳しい答えを答えられない仮説とか、複数の定義があるとか煙に巻かれるんだが」
「そりゃね。『奇跡の子』という表現は昔の言葉で『無限の可能性を有している状態』の暗喩として使われる言葉だったもの。正式な定義は存在しない概念よ。でも、その『奇跡の子』に定義される私達の体質は大抵は体が育つ前に風邪かなにかで死ぬ短命で終わるんだけど、その理由が……たしか、そうだね。生成される自然な魔力に極端な偏りがあってその偏りのせいで極端な学習能力や上限のない魔力の成長がある。と言ったところね」
「……あぁ、長寿が異常って能力じゃなくて、確率の話もあるのか」
「そうね。私達の体質も個体によってブレはあるし、シグフレド様が言うには『遺伝の傾向』に過ぎないらしいけど、そう思える視野を持てているのは今の時代では預言者たるシグフレド様だけよ」
「じゃあ、アンタはどう思って?」
「私は、……そう、ね。魔力の偏りが寿命を犠牲にして成長能力に繋がっている体質……かしら? ごめん、やっぱり、取り消しで。具体的なことはよく聞かされる私にもよくわからないけど、体質の話なのは間違いないわ」
つまり、誰も詳しいことはよくわからんがなんか、強くなりやすい体質ってことでいいのかな?
「あぁ、それと、今送信されている通信を見ると……5日あとに、衛星国の治安維持で国中を回る予定のアンドロマリーが訪問するから、あぁ、ちゃんとした準備が必要になるやつだ。いつものお忍びじゃない。あぁ、全文が送られきった。ジークフリードに当城が求められる予定なので、仕事を整理するべしだとさ。代理人の文官もアンドロマリー下から置いていくって」
「……5日? 王都から、すぐ」
「どうかしら、流石に王都からの連絡じゃないと思うけど、近くにはいるみたいね。あの女、一年の半分は国内の治安維持に心血を注いでいるから、人材集めと人材管理が仕事の一つみたいなものだから仕方がないのだろうけど。だいたいいつも王都に居ないし」
「そうなのか。あぁ、そりゃそうか。そうだったな」
初めて会ったときも国境近くの都市で騎士服を着て一人で夜を出歩いていたからな。
「アンドロマリーって強いの? 一人で出歩いてたりするけど」
「強いわよ。どんなに少なくとも貴方よりは、ギュヌマリウスが聖剣を持っているのも彼女が代理人を任せられる実力に自らの手で扱いて育て上げた一兵卒。って名目だし」
「あ? ギュヌマリウスより強いの?」
「圧倒的よ。流石に大臣の彼女が前線に出るのは馬鹿みたいだから聖剣は部下に渡して、その実力を育てることに使うことで満足してるみたいだけど」
ギュヌマリウスもいきなり斬り掛かってきたのはともかく、真面目に戦った時は僕の魔法や動きを全部見きって盾で殴ってきたんだよな。あれに大して『圧倒的』……かぁ。
「いや、でもね。あの女、貴方だけじゃなくて私も愛人の一人とか流言を撒いてるっぽいし。最近離れたばかりで、すぐに会いたくないなぁ。あなたは……一ヶ月ぶりくらいになる?」
「確かに、一ヶ月くらい前も来たかな? 変、なのはそうなんだけど、不自然に高位の相手に重宝されたらそれくらいの噂話は仕方がないんじゃないかな? 実際は、同族意識のある奇跡の子を保護したいだけなんだろうけど」
「そうだったら良かったけど……、でも、たしかにあの女のお手つきって強引な言い訳はいろんな相手から守ってくれる盾にはなってくれたし……うーん、半分はそうなのかもしれないけど、なんか、直接言わずに噂流してるのが、すごい、なんか気持ち悪いんだよね」
◆ ◆
全くないというわけじゃないが、人通りの少ないメディテュラニス地方連邦の魔道士が寝泊まりする庁舎のロビーで「保護と送還を呼びかけた瞬間送ってすぐに5人も送ってきた」ことに関して当国の事情を伺うようなことを言っただけなのに、年をとった魔道士が話してくれる。
「あぁ、うちの国は昔から魔道研究で国を大きくしていたからな! アホみたいな数の聖剣認定を受ける魔剣を何本も擁していながら連邦の聖剣が軽視されないのは、それだけ我々の国は魔法の観測による魔道研究とその成果物になる魔術の一つの到達点、魔剣が優れているというわけだ。魔法を見れると言うならば多少のリスクを冒してでも観測を優先するものだ!」
いいのか? そんな隠さなくて、
「それで、秘密裏にエイリアンを匿う部署を?」
「おうさ。貴様と違ってあくまで保護でなく観測が目標だがな! だから、特定の部署というよりエイリアンの命を保証するかわりに魔法を見せてくれというものを各人が勝手にやっていただけだ! 議会からはいい顔はまったくされんかったがな!」
べらべら喋るな。この男、悪びれもぜずになんでもかんでも、酒か薬でもやっているのか? 後ろの部下の魔道士が青い顔をして汗を垂れ流すもので、彼らにとっても聞かれたらまずい認識はあるみたいだが。
「あの……これ、話しちゃ」
「はは、デイルくん今となっては隠さない方がいい話だってこともある。本気でまずい話は私だって話さないし、要求された時のための資料も議員の皆様から出発前に持たされているんだぞ? 問題ないということだ!」
「あれは、あくまでもしもの時は……と。はぁ、はい。当該資料を持ってきますよ。もう!」
困った顔の若い男性研究員が一瞬開いた扉の先から書類置き場のように見えた部屋に怒って入っていく。
「まるで話しちゃいけない隠し事がまだあるみたいな言い方じゃないですか」
「当たり前だろう。そんなものはいくらでもある」
「先生!?」
封筒を持った若い男が悲鳴のように声をあげる。
「研究の成果など半分以上が機密なのはよくあることだ。君だって最近、治水関連の魔術を編纂して名が売れてきているだろう。あれが全てで秘術が無いなんてことはないんだろう?」
「あぁ、無いってことはないですけど……未完成のものが大半ですよ。学術都市に居たときに書いた本は確かに評価されたみたいですけど、あれって思いついた順番に書いただけで、管理局から結構な額を振り込まれましたけど、治水の本扱いされましたか……いや、個人的には魔術理論を書きつらったつもりなんですが……」
「だとしたら文書料を運用論に比重を割きすぎだよ。だが、自分の書籍や金回りにその反応、君は道を極めるより名を売りたい種別の魔道士なのかね? それもいい。それもまた一つの探求の道だろうと私は考えているよ。私とは違う道だがね」
「名を売る……。それも、いいかもしれませんね。少し時間ができたら、名声のために続きを編纂しましょうかね?」
「それは是非とも願いたいものだ。魔道の道を志す同志として頼むよ。君が書いた本の中にあった参考魔術に帝国の失われた魔術が二、三件がいきなり記載されていたためにそれも話題になっていたからね。あれだけで値段分の価値のある書籍だよ。続きが楽しみだ頼む」
「あ? 失われ、どれ?」
「あくまで一部での評価さ、私はその通りだと勘違いしていたのだから、私にとっては失伝は事実だ。まぁ、誰も書き記していなかっただけで、運用そのものはほそぼそと成されていたようだが、知られなければ、それだって秘術の形の一つさ」
「そういうのは、たぶん、もう無いですよ」
「残念ながらそれを判断するのは世間さ」
「はぁ」
書類を保護フィルムとカバーにかけて懐にしまうと、ガタガタとロビー外で人が動き出す。軍靴が土を踏みしめて硬く叩くような音。
「教授! いますぐ退避をっ! ……ジークフリード管理人どの、こちらにいらっしゃいましたか!? いますぐ我々と来てください! 君らは博士の安全を頼む」
「了解!」
随分連邦の兵士が慌てている。何事かがあったようだ。
「わかった。連れて行ってくれ!」
「ではね。ジークフリードくん仕事のようだね。デイルくん騎士に保護されるとしようか」
「はい、戦えない我々の今の仕事は大人しく守られることですもんね!」
荒ごととを連邦の裏切りまで想定して腰のショーテルの鞘を止める金具を撫で、老人の魔道士とその部下の若い魔道士に会釈して騎士の背を追う。




