過ぎた話
文字起こしのメモはこんなもので良いだろう。三部にわけて、写しの一枚を鍵を強引に開けようとすると内部を燃やす箱に入れてもう一枚は王都行きの報告書と、もう一個はあとで硬い金庫に入れるために手元の鞄にたたむ。
『メイドのお姉ちゃん』さんの聞いてしまった内容の報告を聞き終えて、僕は連邦内部での動きに裏取りをした方がいいと思案しつつ、彼女が不安にならないように口先八丁でごまかす。
「つまりは、そうだな……連邦のどこか、詳しくは分からないがどこかに僕と同じような真似をしていた奇人が他にいたというわけだ。その人は魔法の研究が目当てみたいだけどね」
「あと、他の異世界に関しては」
「難しいな。『ヒエログリフに似たもの』はこちらの世界の由来の可能性だってあるんだから、そういう判断は……可能性として断定はしないけど、こちらの技術と向こうの技術が混ざった結果がマシンの攻撃性という分析だって実在するし、あんまり信用できないかな?」
「ヒエログリフって……メディテュラニスの連邦の……たしか、東側の隣の共和国南部で使われていたっていう象形文字の一種でしたっけ?」
頷く。
「あぁ、今はオスマン大モンゴル帝国の支配域だけどね。コンクエスターに略奪される前の王墓や遺跡には多用されていたとの噂だ」
世界地図を頭に思い浮かべながら、アンドロマリーへのラブレターのような個人的な文書への返信と、もう一通の個人的な手紙への返事のための封筒を用意する作業に戻り、一瞬で完了する。
「報告ありがとう。一応、連邦への働きかけを試してみるけど、あまり無理な真似はしないでね。既に少なくなったとはいえ、外交官がなにやら話し合うのに都合のいい場所扱いされていても、ここを戦場にするのは僕の本位じゃないから、彼らもビジターとして丁重に扱うように、お願いね」
「はい。無論、心得ています」
「あぁ、うん。だからこそ、この間の襲撃は辛かったし、あの時はありがとうございました」
頭を下げる僕に、お姉ちゃんさんは少し慌てた声をあげて
「当然のことをしたまでです!」
「それでもだ。あのときクーングンデさんが来てくれなかったら、少し間に合わずに僕は殺されてたかもしれん」
「それは…………、ジークフリード様の運が良かったからに他なりません。襲われているタイミングで運良く武器を携帯しているメイドが通りかかった。それだけのことなんです」
「そうかな、……あぁ、でも、感謝はさせてもらうよ。本来兵士向けの危険手当を用意しておく」
「……『運が良かっただけ』は、昔、貴方が私を助けたときに感謝を断るための言葉です」
なんで僕はそんなことをっ!?
「え、そんなことを言っちゃったの? そう、その時は、その、なんというか、酷いことを言ってしまったのかな? ごめんなさい」
「いいえ、頭を下げないでください。あの時は、私も不躾でしたし、それにいいきっかけにもなったんです」
「きっかけ? いまのメイド業だってシシィが出資した組合の」
「それではなくて! 人生観と言いますか、運がいいと言われて私は……その全ての『運命』の都合の良かった部分に感謝することにしました。良いことも悪いこともあって、運が良かった時は運命に感謝して、不運が重なった時は運命に牙を向けばいい……と」
上手く行かないなら、天命に牙を突き立てられる。彼女にはその強さがあったんだろう。だけど、そうだ。僕は父さんを
「運命か……」
「はい!」
眩しいな。随分と、嬉しそうだ。
封筒に包まれた故郷から送られた手紙の返信を思い。僕が抗わなかった運命に、……いや、『過ぎた話』だと手紙でも書いた。その通りだろう。
「ありがとう、通常業務に戻っていいよ」
「どういたしまして」
故郷からの私的な手紙を読み返す、内容は……近況の報告などではない。イレギュラーな回顧録。
なんの話なのか、まるで理解できない。いや「理解できていない」という連絡。読み返す。その定型的な構文の間に挟まれた極めて個人の会話のための手紙の文字を……――――――、
[――――――――――――――――――
………………
今となってはそれは私の過ちなのだろうと分かってしまう。
その場に私が居たことを忘れたのか?
そんなはずがない。あの時手に取った君の手の冷たさも、
すぐ後ろにいた私へ助けを求めるフリッツの
悲痛な涙を私は忘れることなどできない。
フリッツ、あの時、君が混乱していたことを理解していながら、
私が配慮に欠けた対応をしてしまった。それがすべての原因なのだ。
だから、どうにか、心を休めて欲しい。決して間違わないように、
今一度はっきりと明示しておく
フリッツ、君は君の父、ヴァンデルヴルグを殺してなどいない。
あれは自殺であった。
断末魔を聞いて私が来た時、ただ立って君はりんごと皿を落としていた。
モウマドの村の中で浅慮にもフリッツが父殺しの罪を負ったなどという
流言飛語が溢れていた出元が君の発言と知った時、 私はどれだけ驚いたか。
君が旅立ってなんとか三往復の文通に漕ぎ着けた時、私は私の驚きを恥じた。
私は一度だって偽りの情報を流したことなどない。自殺は事実なのだ。
決して、間違えることのないように、どうか、休んでくれ。頼む。
私はフリッツを縛る故郷から旅立てば、昔のように、幸せになってくれると、
子供の頃の「世界中を旅したい」という夢を思い出してくれるようになって
幸せになってくれると信じていた。
私はあまりに愚かだった。投げ出しても良い。だから、
君は君の罪を間違えないでくれ、君の罪はそんなに重くない。
………………
――――――――――――――――――。
ユニーカ・フォン・アルムガルドより
敬具]
……? いま、何を読んだ。なんと、書いてあった? いや、なんの、そうだ。僕が父さんを殺した時の確認のようなものだった気がする。
たしか、あの時は感情的になった僕が父さんを刺して、叫んでしまったらユニーカがきて、助けを求めたら……ユニーカが自殺したということにしてくれて……僕は罪を隠して、本当は僕が守らないといけないのに、ユニーカに守られて……。父さんの葬儀は、ずいぶんと淡々と処理できて。
そのはずなのに、なんでユニーカは…………? ユニーカは何を言った? いや、書いた? なんだっただろうか、そうだ。
思い出した。だけど、こんなものはすぐに忘れてしまうことも理解した。僕はこの事実を何度も忘れている。
あの時……僕は確か「苦しまずに死んでくれたら、きっと貴方は地獄で償う罪が多くなる」などと言を言ってしまったあと『本気で死んでほしい』って思って父さんを睨んでしまったら、本当に父さんが自殺してしまったんだ。
いや、僕は何を考えた? いま確か、父さんを殺した時のことを思い出そうとして……




