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パラダイス

 洗濯の持ち回りの時間になったので今回担当で東の王国、タニスの兵士宿舎の提出された洗濯物を回収して、備え付けられた魔術装置の利用で一通り洗ったあと一部のしつこい汚れは、ランドリーメイドに必修の水の魔力因子を多用する魔術を使用して整える。

 兵士はただでさえ錬気の効果の差から男所帯になりがちなのだが、タニスはどうもそういう文化らしく他の国より男所帯が顕著なのか提出される洗濯物は特にきたない。

 だがまぁ、仕事の範囲でやってることなので汚いとかどうとかがどうでもいいという程度のどうでもいいことなのだ。この仕事をしている者にとってパンツが汚いとか、汗臭い肌着がどうだとかということくらい。

 流石に私より幼い年下たちにとっては他の宿舎でさえ抵抗が残っているのに、ここは厳しいだろうから、同僚に「お姉ちゃん」と呼ばれる程度の年長者たる私が買って出ることで生れる全体の苦痛は減るというものだ。

「あ! クーングンデさん。すみません、洗濯……もう、終わるとこですかね? どこに置けば……」

「その程度の量なら問題ありませんよ。次に回さなくてもこれの次に洗いますよ」

 そういって笑顔で空のかごを差し出し、彼一人分の洗濯物を受け取る。

「どうも、ご苦労さまです。いや、遅れてしまってすみません」

「いえいえ、なんの問題もありませんよ? 騎士お仕事、がんばってください」

 軽く会釈する騎士に、職務として徹底して丁寧な会釈をする。雇われの身だからね。印象は大切なことよ。外国人であったとしてもね。


 ◆


 洗剤越しに焦げた匂い。装置からじゃ……故障ではないみたいね別の、窓先で二人の女の子が会話している。どちらも、異世界から召喚された人間『エイリアン』として保護され王国で用意されたこの保養地でののみ行動の自由を許された可哀想な方々。

 御使い信仰者のせいで召喚されたあげく、彼らの存在の危険性から殺害が国際的に推奨される立場というと理不尽はそうなのだが、危険が変わるわけでもないという。

 その理不尽に一石を投じたのがかつて義賊コロンとして、旧帝都民を王国の悪徳貴族と癒着したマフィアたちから救った憧れのヒーロー、ジークフリード・ラコライトリーゼ様だ。

 かくいう私もジークフリード様に命を救って貰った小市民の一人であり……、

「ただ火を起こすだけで多種多様な手段と、それを消すだけで千変万化のやり方がある。技術として学んだ彼らの異能力、『魔術』は便利なものだ。便利すぎる。私達の世界に持ち帰っちゃまずいんじゃないかしら?」

「それは……まぁ、そんな気は私もしていたけど」

 過去に想いを馳せていると、怖がっている声、ジークフリード様が直々に保護した。一石を投じる理由になった異世界人が不穏な会話を始める。

「彼らはこちらから変な情報を持ち込まれるのを怖がっているのに、この技術を理由に侵攻が起こりかねない。なんて可能性はまるで考慮しちゃいないわ。ね、シャノン……どうしたら良いと思う? この、楽園を守るために、どうするのが最善だと思うかしら、貴女の意見を聞きたい」

「そうね。…………難しいね。戦いになったら、この世界は滅びかねない。いや、滅ぶという表現は生易しい、民族浄化を避けることはできないわ。……だって、アイツらは……私達の世界は人口が80億人を超えていないのに、まだこの世界は10億人未満とされた上で、星の上の総人口がだいたい10億人とされているわ……」

「私にはどうすればいいか分からない。個の実力なら無効の人口などなんの意味も持たないほどの実力差があるのはっわかっているけど、持久戦になった時が最悪よ。せめて、こちらの世界から私たちの世界へ移動する手段が用意できたなら、対等な戦争になる可能性はあるのに」

 これは私が聞いていい情報なのかしら? 向こうの世界の人口って80億? 流石にでたらめの陰謀論の類でしょう? 後で報告するために聞き耳を立てるべきか、我関せずにで手洗いに集中するべきか。

「……そうね。私は元の世界に帰ったら……、いや、なにでもないわ」

「え?」

「何もできないわ。しなきゃならないことがあっても、私には」

「……もし、私が」

「いや、大丈夫だ! 今は魔術がある。帰ってから、そうだ。私は帰らなきゃなにも!」

「へぇ、君は帰りたい場所があるのかい?」

 いきなり割って入った壮年の男性が呼びかける声で、疑問を飛ばす。

「あぁ、私には……兄弟がいる」

「へぇ、珍しいパターンだな」

「珍しい? 何が」

「そうだな。例えばだがね」

 彼らはこちらの言語で会話することに一瞬疑問が湧き出たが、そういえば前に元の世界の言語がそれぞれ異なるためこちらの世界で魔術で植え付けられたヴァロヴィング王国の文化圏の言語のほうが会話しやすいと言っていたような。

「君たちは、この世界に来てから能力の制御が上手くなったとか、能力が弱くなったとか、あるいは他でもいいことだが、能力に変化はなかったか?」

「いや……」

「……私は、あった」

「シャノンはなにか変化が?」

「それがないなら、そうだな。元の世界では変な施設、医療だとか研究だとかを自称する機関かなにかを名乗る誰かに囚われてはいなかったかい?」

「!?」

「えっ」

 一拍の静寂。

「その反応は、そういうことだろう? 俺もだ。しかも俺は、この世界にくる直前、私はフェイズ(ファイブ)相当まで異能力が成長してしまっていたんだよ」

「はっ!? それじゃ」

「そうだ。完全に異能力が制御不能になるまで成長していた。だが、19この世界にこの世界に召喚された瞬間、収まったんだよ」

「そんなことがあり得るのか?」

 唸る少女に隣の彼女は否定する。

「いいえ、ユウリ、違う。ありえるわ。事実。私もこの世界に来た瞬間は、どういう状態だった?」

「……薬剤で正気を失っていた」

「それはそのためよ」

「そのため…………」

「フェイズ(ファイブ)化した私の能力を使用不可能にするための、人道的な処置よ」

「は……?」

 軽い悲鳴のような押し殺した怒声。

「なにそれ……、……」

「ここに保護されている異能力者の話じゃないぞ? 俺らの世界からこの世界に召喚されるのはほぼ確実に異能力者で、たぶん全員が能力の暴走と逃避願望の2つの要素が、少なくとも片方が確認されている」

「いや……私に、……違うっ! だったらなんで、そんなことを知っている! ただ召喚されただけのお前が」

「時間があったんだよ」

 あくびが聞こえた。

「俺を捕まえたこの世界の、いや、連邦国の研究者は表向きには囚人あつかいこそしていたが、表向きでさえ人間扱いしてくれたよ。俺たちの故郷のように、実験動物扱いなどしなかったさ。殺されそうになったこともあったが、それでも、人間として殺意を向けられたのは……うん。悪くない日々だった」

 慈しむような声、名残惜しい巣箱を飛びたくない雛のような優しくて怖がっている感情の声。

「彼らは俺たちの世界の持つ科学技術を、特に工学系の技術を妙に恐れてはいたんだが、異能力に関しての好奇心が勝ってしまったのか、いや、そもそもまるで恐れてすらいないで、魔道研究のために欲しい検体くらいの感覚で、ありがたがってたよ」

 え、これ連邦の聞かれたらまずい話なんじゃ……? 東の王国の庁舎近くでするな! バカ。

「彼らの中での法を犯して私から我々の異能力のこと根堀葉掘りを聞いて回っていたよ。彼らの言うところで『魔法』という現象に分類されるし、聞いて回るのも表向きには捕らえているだけの行政官だが、裏では知りたいことを知ろうとしていた研究者の集まりだったからな」

 洗濯ももうすぐ終わり、あとは乾しに行くべきだが、会話内容が報告するべき内容かどうか、迷ってしまうような内容で、この内容を報告したらジークフリード様に貢献できるんじゃないか? と、流れる魔術装置の水音に息を潜めてしまう。

「途中一度だけ、彼らが機械と呼ぶ装置を見せて処刑された者がいたが……、あぁ、ちゃんと私から報告したら死刑にされる程度に、連邦でもむしろそれは、王国より現実的な問題として恐れられていたんだが。一度見せられたあれは……明らかに我々の世界のアルファベットや数字ではない。ヒエログリフのような文字で刻印がされていた。あぁ、つまり、だ。この世界を脅かしている異形の機械は、我々の世界の技術ではない可能性が限りなく高いだろう」

 ……え?

「そうか、まぁ、そうだろうな」

「驚かないのか?」

「一回戦ったことがあるけど、明らかに私達の世界より技術レベルが高い変な形だっただけで、作れないものよ。私達の世界の技術じゃ、異能以外でレーザービーム兵器なんて実在しないんだから」

「そんなのに会ったの?」

「あぁ、シャノンに出会う前に」

 彼らの世界に実在しない兵器? それっていったい……!?

「そうか、なら話は早い。俺が20年近く前にこの世界に召喚された直前までどうやら、別の世界からエイリアンが召喚されていたみたいだ。だが、ある時期からその世界からはまったく召喚されていないみたいだ。俺はそう思っている」

「それ、本当」

「いや、何一つ確証はないし、証明できる手だけがない話だ。だが、状況を見る限り俺が見た全てはそうとしか思えない要素ばかりだ」

「……」

「……」

「なぁ、マシンを全部破壊する手段があるって言ったら、……いや、かなりリスクのある手段なんだ。俺のフェイズ4能力は炎が剣の……いや、余計なことはしないべきだな。すまない」

「邪心が働いたその程度にこの世界に情が湧いているんだ。にしても危険だから、実際にするべきではないとは思うが……俺さ、帰りたくないんだ。お前らもそうだろう? この世界に召喚された異能力者は全員そうだ。知っている。人間扱いされて殺される方が幸せなやつだけだ。そういうやつが、奴らの魔術で召喚されるようになっているんだよ」

 この会話って……もしやジークフリード様への、

「ここのボスって俺たちを送り返すのが目的なんだろ? 嫌なんだ。あの人はいい人だし、事情も知らずに哀れんでくれて……特別俺等に優しくしてくれるんだけど、でも、あの人に砂掛けたくない気持ちだって確かにあるんだ! だけど、俺は」

「私達は帰るべきよ。これは、私に帰ってやらないといけないことがあるから、私情が大いに混ざっているだろうけど、私達が楽園にいる限り、ビッグ(ファイブ)クラスの異能力者がこの世界に送られていることが確認できたわ」

「…………」

「…………」

 ビッグ(ファイブ)? なんの話だ?

「失楽園は楽園を護るために必要なのよ」

 『パラダイス・ロスト』……? なにを言っているんだ?

「もしもの時は、私が引きずってでも連れて帰るわ。覚悟して」

「それは……頼もしい」

 私は終わった抱えた洗濯ものを置いて、一旦ジークフリード様への報告へ向かった。

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