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軽い挨拶みたいに

 僕の腕を引っ張って緑属性因子を中心にした土と火と水の混じった魔術を使って、僕の内側から破裂するように引き裂けた右腕の肌を皮が剥けていると錯覚するほど、再生して新たな皮膚が生まれて古い肌が蛇の抜け殻のように崩れてゆく。

「あ、痛み止めはしてたんだよね?」

 連邦兵士は頷きそれまでに処置していた止血と痛み止めに使った薬剤の名前を説明する。

「実際、どんなもん? 痛かったんじゃない?」

「別に、痛くはないけど痒いね」

「これは魔力で組織を再生させる術だから、体が弱い我々のうような体質にも副作用は殆ど無いものよ」

 自慢気に微笑むクラーラは彼女自信の太ももを指でトントンとたたき皮肉交じりに恐怖体験を思い出す。

「君の同郷に斬られた脚を自力で再生させたんだ。これくらいはできないとね」

 メイドのお姉さんが差し出してくれたゴミ箱に、裂けて古くなった皮膚を収めながら連邦国の兵士は窓の外を伺いつつ、具合を触診を任されてくれる。

「あの時斬った脚捨てっぱなしだったけど良かったんだ」

「治そうと思えばわりと、どうにでも」

 正直、まだ警戒心は僕の心の中から消えてはいない。ユーリにいたってはシャノンと見える二回のロフト位置から、こっちの部屋の真ん中のソファを見張っていると知らしめるように見下ろしている。

 彼女の能力ならその位置なら何が起きてもどうにでもなるんだろう。

「で、結局、あのときは敵対してたのは一体何だったんだ?」

「……敵対していたつもりはないわ。できれば、あの場で言ったとおりよ。マノンを逃がす口実にしてもらいたかった」

「あん? 無茶なことを促してたな」

 わざわざ漏らした不機嫌な声に申し訳ないような顔で慌てられる。

「あ、その。事情は……今更帰れないし、隠すこともないわね。うん。……シグフレド様の命令だったけど、たぶん、シグフレド様にとってマノンは殺しても生かしてもどっちでも良い相手だったと思う。だから私を選別しようと」

「……で? なにがしたかったの。よく分からん」

「あの時言った通り殺したくなかったのよ」

 まくし立てるような声にイライラしてしまう。だったらなぜ

「殺したくなくて命令も背けられないんならなんで、預言者シグフレドの下から離れなかったの?」

「あぁ、うん、そうだよね」

 なぜ妙にしおらしくなる。そんな顔になるようなら、何もしなければいい。何もかも投げ捨てれば良い。そうじゃないのか?

「こうなってしまっても育ててもらったから、父親のように思ってた」

「あぁ、そういうのか」

「私にとって父親のような存在でも、シグフレド様にとってどうだったかは知らないし、些細な存在だったとしても、一緒に生きて死にたかった。でも、だめだって」

「『だめ』?」

 理由が親子関係か、苦々しい気持ちが思い出の中から滲み出してくる。理由を聞いて答えは変わるのか? 僕はどうだった? 僕と同じようなことで悩んでいるなら、僕がどんな答えを出したのかを思い出してみた時に、説教めいた感情を持ってしまっても良いって言うのか? ダメだろう。僕はどんな感想も持たないように留意しないといけない。

「うん、だけど人を殺せないなら連れていけないよって言われて……うん」

「だったらあの場で殺せばいいだろう。僕もマノンも」

「マノンはともかく、貴方を殺す理由なんてないでしょ?」

「マノンは?」

「わからない。殺すべきとは思っていたみたいだけど積極的ではなかっったみたい。偶然ちょうどよく殺せそうなタイミングがあって、殺しても殺さなくてもどっちでも損があって、どう測りに掛けても同じようなものだから私が人を殺せるかの実験に、選別に使ったんだと思う」

「選別……そうか? 人を殺せないならきつい仕事なんじゃないの?」

 なにが、僕の中から嫌な気持ちがこみ上げてくる。

「今まではそんなことがなかった。マシンとは戦えていたから毒と鋼の大陸でマシンの工場を破壊して、飛来したマシンを探して壊す。そんな仕事ばっかりだった」

 僕の中から何かが、何かじゃない。思い出したくない記憶が噴き上がってくる。

「人と戦うことも少なからずありはしたけど……、手加減できないほど強い人と戦ったこともないし、そういうことはジェネジオさんとセシリア教授が手を貸してくれたから、ほとんどなかったもの」

「でも人を殺せないんなら」

「生理的に無理なことだったってことに気づいたのは最近なのよっ……」

「あぁ、そう」

 吐き捨てたくなる。人を殺せるかなんてのは

「素質だろ。そんなものっ!!」

「克服したかったのよ! 力になるために、今では、アンドロマリーの所に出向扱いで飼い殺されてるけど、これくらいの仕事量がちょうどいい気もしてきて、自分が本当はどうしたいのかっ……! え……?」

「ナーバスなってんのか? いや、そうだよな。親と上手くいかないならそんなものだよな。牙を向けていいなんの言い訳にもならないだろうが!」

「……その顔で?」

「顔が関係あるか?」

 どういう意味だろう? 線が細すぎるってことか、美形だという自負はあるんだがね。

「ジークフリート様……?」

 そう言ってメイドのお姉さんが手ぬぐいで僕の頬の少し上のあたりをなぞる。それで、涙が流れていたことに気づいてしまった。

「…………っ? すまん。僕もそうだったんだ。諦めたと思い込んだり、諦めきれなかったり、最悪な繰り返しだったから。だから……ダメだな。一年もすれば落ち着いたと思ったんだがな。父親を思い出すと自分でもおかしくなってしまうんだ」

 周囲の沈黙が痛い。言い方も良くなかった。触られたくないような言い方をしている点が特に良くない。

 一息、間延びした声を出してもう落ち着いた大したことじゃない態度で適当な屁理屈で元の話を慰める。

「――――あー。だが、そうだ。こんな状況じゃ仕方がないんじゃないか? 役割分担でこれまではよくても、だ。対人戦闘に忌避感があるなら新帝政派のテロリストとの戦いで近くに戦力として配置できない預言者の気持ちは分からないでもない」

「そう、かしら」

「楽観的かもしれないけどね。本当にどうでもいい相手だったら旧帝国のテロリストに対応できないとかどうとか無視して持たせた役割で使い潰すと思うけどね。僕だったら、アンドロマリーのところに渡すなんて、貢ぐような真似はしないだろう。僕ならね。彼女は僕やあんたの体質に強烈な同族意識をもっているんだ。好きにはさせてもらえるんじゃないか?」

「どう……かしらね」

 考えて、クラーラはうなずく。

「でも、貴方が言うならきっとそうでしょう。私は、心配されたんでしょう」

 自信を持ったような言い回しに自分の逃げ道に、被されるかもしれない未来の詰みへの弁護は置いておく。

「なんだ、アテにすんじゃないぞ? 言葉に保証できるほど事情を知っているわけじゃないんだから」

「そうね。そうよね。言っておいたほうがいいのかしら? 機密ってわけじゃないけど……

いや、これ完全に機密事項だわ。なんでもない。とりあえず、理由もなく貴方の気休めに納得したわけなじゃいの。ただ、貴方の気休めに納得する理由がいくつかあっただけで」

 そういえば、クラーラは初対面で僕を見てなにか感じていたな?

 奇跡の子関連でなにか……いや、考えても理解しようがないだろう。機密らしいし、気にするのも良くないか。

「そうか、なら、うん。少し安心した。やっぱり一度落ち着いて考え直すという行為は新たな視野をくれるものなんだろうね」

「えぇ、いつもそうであったらと良いわね」



 ◆ ◆



「あぁ、済まない逃してしまったよ」

 各国の各組織の代表者が揃った会議室に戻ってきた聖騎士のおじさんがなんでもないような軽い挨拶みたいに結果を報告する。

「ルビィさんが取り逃がすほど!? かのエイリアンはそこまでの魔法を使いこなすのか!」

「今はルビィっては名乗ってはいないよ。奴は戦死した。今はクラウスって名乗らせてもらっている。仲間がいた。たぶん、一人とか二人じゃない結構な団体」

 息遣いだけでざわつく会議室、痛いほどの静かなのに緊張のうるささで耳がどうにかなりそうだ。

「では、まずは僕から報告をさせてもらいます。……彼との交戦は彼が隠し持っていた機械を取り上げようとした際に起きました」

「そうか、だったら奴はコンクエスターの方の異世界人と考えて対応するべきだろう」

 こんどは声が上がってうるさくなる。一口吐き出したような悲鳴も混じったその恐怖感に僕は最悪の展開の一つであることはまず理解した。

「要るんですか? まだ」

 文官の一人が懐疑的な声をあげる。若い男性だ。たしか、彼の制服は魔道の研究者ではなく外交官だったはずだ。

「沈静化したここ20年も、組織的な動きは確認されていなかったが、存在は常に確認されている。それ自体は大したことじゃないし、エイリアンの保護をしたらそういう反応があることがある程度予想はされていた。……実際に起こるなって微塵思っちゃいなかったってだけで」

 息を呑む。その場の代表者たちも『想定内』だったのかと落ち着いて平常な空気に戻りつつある会議室の中、聖騎士はそのまま問題点を確認する。

「問題は、今回は特殊な要素がいくつかあったということだ。いままでは威嚇したらすぐ逃げる一切の交戦の意志もなく自力で自分たちの世界に帰っていっていた。我々が知りうる既知の言語を使用していなかったことだ」

「え、ならこっちの世界にきて儀式をしたんじゃ?」

「だとしたら、アイツらは儀式をする手段を用意できるようになったってわけなだ」

 ルビィと呼ばれクラウスと名乗った聖騎士のおじさんは険しい顔で場を取りまとめる。

「クラーラ、立場が悪くなっていることは聞いているがシグフレドに至急報告してほしい。俺の名は『聖騎士』でいい。あいつにはそれでわかる」

「はい」

「各国の連絡官殿がたは異常事態の報告、戦力は俺がここに居る以上不足ということはないが、手は多いほうが助かるとは言っておく。緊急事態ゆえ、今まで控えていた各国の兵士間での演習を許可していただきたい」

「……仕方が居ないでしょうね」

 交流に消極的であった東の国の官僚とオリエントの帝国の代表もうなずいた。

「ジークフリートは近くの都市へ連絡しておいてくれ、担当者にできるだけ近寄らせないように注意令を頼んでほしい。ここの代表者は君なんだ」

「わかりました。急ぎます。報告はこれまでとして各員本国へ連絡をお願いします。では一旦解散して対策の会議は数刻後に招集します」

「合同演習の取りまとめの許可をもらえるか? 俺の実力は……さっきのでみんなわかっただだろう」

「そうですね。お願いします」

 いそいそと出ていく外交官たちと、面倒くさそうにダラダラ動く研究者たち、聖騎士の呼びかけを待つ士官の三様に分かれて、会議室を後にする。何枚かの覚書を記した紙をカバンにしまい。席を立とうとすると聖騎士に呼び止められる。

「傷、そんなすぐ治るもんなの?」

「クラーラ嬢の再生の魔術で直したんですよ。貴方のところの兵士が止血して痛み止めを入れてくれたけど。僕の体質の都合で治癒の魔術を使えなくて困ってたんだがいい仕事をしてくれましたよ」

「ん、十分か。クラーラ、その彼の傷の様子はどうだったんだ?」

「表面の皮膚が裂けてて、火傷のような傷もあったけど、たぶん細胞が沸騰した影響ね」

「そうか、沸騰ねぇ。あいつの能力ってなんかわかるか?」

「十中八九、減圧の魔術に限りなく近い魔法ですね。天の魔術に類する魔術で再現可能ですが、よく似た魔法の記録を呼んだことがあります」

「ご苦労。ジークフリート、この件の報告をあげないとならんな。各国の士官と私の本国にも、お前の本国にも、記憶にある限り起きた現象を全部メモを取っておきなさい。あとで上げる緊急の報せとは別の報告書はおそらく写しも必要になるかもしれない。各国分と保管分の写しも用意しておくように」

「え、はい。そういうこともありますか、腕も動きます。すぐ作業に入ります」

「頼む、俺からの報告もまとめておく。軍事分野の報告は今は特に重要になるだろうからな」

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