往復六時間
この地になるのは、なんというべきか。帰ってきたわけでもないのに帰ってきたように感じてからおよそ、今は
「三時間ってところか」
「なに?」
「学術都市まで荷物を運ぶのにかかる時間」
「馬車で往復6時間だな!」
声が、シャノン、なんか声が!
「ねぇ、ウーナレクディアさん、翻訳に関連する魔術ってものは本当に成功したのか? これで正解なの? シャノンのなんか、テンションすごいけど!」
我が宿命のライバルたるウーナレクディアに聞くが、困ったように考え始めるとシャノンは上機嫌に叫ぶ。
「私は地元でも『元気がいいな!』とおじいちゃんに褒められたものだ! はははっ! 喋れるようになって助かるわ!」
「実家でもそのテンションなの……」
いや、でも、喋れないときと比べて明らかに興奮気味だな。やっぱり、会話が通じないストレスから開放されて楽しいだけかもしれない。
「これ、専門じゃないからわからないと思うけど、儀式の中身に、この部分の式。わかる?」
「あー、うん?」
「どれどれ、僕にも見せてくれ」
一応、機密にあたる式なので体とカバンで周囲から見えないようにしきりを作って僕に、儀式で使われた魔術構成式の内容の写しを見せる。なので、内容も声を絞って会話する。
「これはもしや、声を潰してるのか?」
「たぶん、違うと思うけど、その可能性はなきにしも……といった。これが式の間違いなのか、意図的に会話できないようにカルト教団の言う『御使い様』に嫌がらせでもしたつもりなのか……いずれにしても、意図的に翻訳をできなようにした気持ちの悪い人たちよ」
「意図的だと思うのか?」
「ユーリちゃんをわざわざ贄にしようとした人たちよ?」
「あぁ、なら意図的にもするわね」
「そうだね。あいつらの御使いの概念が意味不明なのはいまさらか」
会話が聞こえないように声を絞っていたのになにか聞かれたのか、ユーリが不満げに近づいてくる。
「ちょっと!」
「え、えっと」
「顔が近すぎるわ!」
「えっ? あ!」
ウーナレクディアが顔を赤らめて身を反らして式をカバンに慌ててしまう。
「変なこと言うなよ」
意識しちゃうじゃないか
「…………変? でも、なんだか、近すぎるような……」
「済まない。嫁入り前の淑女に対して無作法だったな。以後慎むよ」
妙な角度の指摘だったが、そうか、一応、ウーナレクディアは貴族の子女だから、そりゅ、気をつけないとダメだよな。
「えぇ、そうしてくれると助かるわ。今日はこの後私は学術都市の持ち家に帰るけど」
顔を赤らめるとは、やはり、彼女もそういう免疫のない育ちをしてきたのかもしれない。迷惑をかけたなと反省しつつ、今後の説明をするウーナレクディアは顔は赤くも背筋を伸ばして生真面目に話す。
「最近の務めで忙しかったけどそれも落ち着いたから、私もしばらくは学術都市の魔術学園で卒業資格を取りにいくいって少し忙しいけど。この先の村に週3回は様子を見に行くわ。姉さんにも頼まれたからジークフリートさんの村に足りないものを用意したり、アンドロマリー様への連絡役を任されたので、なにかあったらそのたびによろしくお願いします」
「そうか、ではこれから、よろしくお願いしますね」
「えぇ、宿命のライバルとはいい関係を築きたいものね」
「週に三回……まさか、フリッツに」
ユーリがなにか勘ぐっているようだが彼女の視点から分かる情報なんてたかがしれているはずだから、まぁ、大したことではないだろう。
「あぁ、そうだね。それが」
コルネリアとちゃんと、打算でなく向き合うために必要なことなのかもしれない。
「音がするわね。大工が先に入ってもらっているとは聞いていたけど、作業は少しうるさいのはしばらく我慢する必要があったりするかもね」
「私の声のほうがうるさいぞ!」
「本当にうるさいのはだめよ」
「あ、うん、ごめん」
やっぱり、機嫌がいいだけだったみたい。怒られてシュンと落ち込むと普通の声になる。
「アンドロマリー様が数を揃えたり、自分の別邸を用意させてるとか言っていたから結構人は居るはずだけど、……しばらくは落ち着けないかも知れないわね。保護したエイリアンの流入は来週からの予定になっていたわよね?」
「……あぁ、他の馬車に居るらしい戦力は何人か常駐するけど、もしもの際はウーナレクディアさんも頼むよ」
「ごめん、私は戦力に勘定しないでほしいかな」
「ん? あぁ、学業もあるしな」
「私、戦えないのよ」
「え?」
「ジークフリートさんは戦えるからわからないかもしれませんが、私が魔術を使ってもそんな威力じゃ人は死にませんよ」
そうか、そういうものか。訓練しだいだよな。
「ん、あぁ。魔術は、いや、剣術もだが鍛錬がものをいうからな、実を結ぶのが早いとも限らない。コルネリアは……とんでもないのが早熟だったってことでいいんだ。普通は15や20で戦える練度は身につかないものさ」
とりあえず、考えうる訓練が身につかない際の当たり前のフォローを入れておく。
「16で……戦えてた人に言われても、ちょっとそれは」
「……できることだけやってたら、なんか戦えたんだ」
「それに私に事情はそういうのじゃないのよ」
「? 見習いでも騎士の仕事を任されているんだろう?」
馭者をしていたヒルデマルテさんが口をはさむ。
「え。ウーナは魔道監査局で騎士はしてませんよ?」
「そう、違う仕事だったのか」
「ヒルデ?」
「ウーナレクディアは調査官なので私たちより上の立場の仕事を」
「ヒルデマルテっ!」
「え、え」
ヒルデさんは驚いたせいか一端を馬を止めて、混乱しながら顔を向けて頭を下げる。
「いえ……ごめんなさい。悪気はないのよね」
「……?」
「……シンプルなことよ。私はまともに剣も振ることもできないから、魔術関連の知識で仕事していたの」
そう、
「まぁ、得手不得手なのかね」
「そういうことよ」
「言わないで」
なにを?
「私だって、見下されるのは嫌だ」
「見下すって……まぁ、いいか」
◆
新築の建屋がいくつか並んだ空き地の多い用意された区画で、すでに到着していた職員や外国の兵士、作業員に一通り挨拶をしたら去り際のウーナレクディアと別れの挨拶のあと気軽に紹介される。
「身の回りのことは、だいたい彼女たちに任せてくれ新編調査がいるから何人も送れないが、済ませることさえできたら旧帝都の組合から派遣して貰ったメイド達がいる。頼りにしてやれ」
紹介された彼女たちに頭を下げてから挨拶を述べよう。
「はじめまして、元帝国出身の現魔道監査局特別補助員……ということになるらしいジークフリード・ラコライトリーゼだ。これから、……多分にお世話になることが確定しているからよろしくお願いします」
「えぇ、よろしく」
「こちらこそ」
お互いに挨拶をし合うと、思想の薄い人を集める関係か僕と同じくらい若い子女が多い中、大人の女性といったかんじの女性が取り仕切りして話し合い、今日は完成した家屋の必要物資の確認と、量、帝都での値段リストを作った後、建物の土台周り以外はほっぽり出されてる草場らの芝刈りをして、数日は過ごすことになった。
「旧帝都に買い出しか、……治安ってどうなの?」
「治安?」
僕より幼いくらいなのに礼儀が既に出来上がってるメイドの一人が意図を掴めないように眉を寄せる。
「シュレージュムのことで子供の頃に1回疎開したことがあって、五年くらい前に少しの間、住んでたことがあるんだけどさ、あの頃は酷く治安が悪かったから……。あんまり、良いイメージが無くて、大通りでもおおっぴらに人斬りとかがあって」
「え、なにそれ、元々首都だったのに?」
「あぁ、はは、そうですね。ジークフリードさんが住んでたその直後なんですかね? 五年くらい前に大きな事件が起きて以来、預言者と仲の良い王族がこの周辺の管理をすることになってからは、学術都市を誘致したりとかなりよくなったらしいです。その頃の記憶は私では薄いですけど、……お姉ちゃんに聞けば分かると思います」
「お姉ちゃん?」
「失礼しました、ク……あのメイドの、一番年上の……」
「あぁ、彼女か」
一人、いかにもお姉さんと言う感じの年長者の女性がいたな。
「確かに、お姉ちゃんだね」
「はい!」
◆
いやー、こういうのは魔法でやると荒れ地になるからな、そう言って草刈りの鎌をもう少し買った方がいいかと考えながら、大工にちょっとした炉と鍛造のための台の設置を依頼して小切手を渡すと、ユーリが来て一旦休憩になった。
「そういえば、メイドのお姉ちゃんさんが言ってたけど」
「なに?」
『お姉ちゃん』に『さん』付けなのか、
「昔、義賊をやってたって?」
「……お姉ちゃんさんが?」
「ううん。お姉ちゃんさんが言うにはフリッツが」
「なにそれ?」
「さぁ? あの人はフリッツを『コロン』っていう義賊の世を忍ぶ姿だと本気で思ってるらしいわ」
「……誰? 義賊コロンって」
「私が知ってると思う?」
「いや、なんか説明あったのかと……」
「ふふ、変な話ね。まぁ、ただ、少なくとも年下の他の小間使いに男女問わず馬鹿にされてたわ」
「馬鹿にされるのか」
「そういう天然なところのある女の子みたい」
「そうか」
ボクらの前では「仕事してますよ」と、キリッとした表情でキビキビしてたおそらく年上であろう女性に、「女の子」と言えるのは肝が据わってるというのか、「子供」の概念が広いというか、
「まぁ確かに、やってることだけ見るとどんな噂が立ってもおかしくないほど怪しい人だからな。僕の、立場、いろいろと」
「あぁ、でも、勘違いしないで、あの人はけなしてたわけじゃ無いから」
「ん?」
「憧れてる対象らしいわ。あの人にとってコロンはだから、引き合いに出してるみたい」
「つまり、褒めてると?」
「たぶんね」
◆ ◆ ◆
ずいぶんと掛かった。山脈が大きく割かれ、気候への影響が取り返しのつかないことになるまえになんとか、山脈の亀裂を被う作業を終わらせた。
「ずいぶん、苦労をかけたな。ジェネジオ」
「あぁ、はい。ここ一ヶ月働き詰めで、俺もそろそろ休みが欲しいところですよ」
「……そうだな。ずいぶんと働かせてしまった。私でないと体が保たないか? いや、もしや、死ぬ寸前なのではないか? 大丈夫か!? まさかっ!」
「いやいや、そこまでではありませんよ! ただ、疲労が溜まってきたなって感じです。普通の人は死ぬ寸前まで働くより先に疲れでおかしくなるものです。俺がおかしくなってますか? シグフレド様?」
「いや」
「そう、なってないでしょう!」
草一つ生えず、地平線にまだら模様に拡がり続ける水銀が溢れる沼地の山脈の端、あらゆる生命が死滅した『毒と鋼の大陸』と呼ばれる地の山脈にて、俺達は空間移動の魔術の用意を始める。
作業をしていると、ジェネジオは何度も繰り返してこれ以上答えたくないほどうんざりしている問いかけをまたしてしまう。
「ねぇ、これ、本当に錬気延長で刃先を伸ばしただけなんです? 絶対なんか見落としてるだけで別の魔術しようされてませんか?」
「なんども言っただろう」
「いや、そうなんですけどね。無理ですって、アパラチア山脈に俺らですら土の魔力を何度も使い果たしてなんとか修復できるような切れ込みを入れて、アメリカ大陸を横断するように地面を裂くって、もう絶対なんか天体規模のヤバい魔術使ってるでしょ!」
「だったらよかったがな。あいつまは、ぜんぜん、本気などではなかった。恐ろしいことにあと100倍は伸ばせるらしい」
「あ? なんで?」
「思い返したら本気の内の1%ほどの間合いだと言っていたんだ」
「それは、……流石に無いでじょ」
「一応、確認できた刃渡りは4000キロメートルですよ? 騙されてますよ! そんなん、本気で振ったら月の裏側まで刀が届くとか意味不明なこと言ってることになるんですから」
「月の裏側か」
「騙されてますって」
忠臣は頭を抱えて彼なりの最悪の事態を想定した発言をする。それは、仕方が無いだろう。あり得ないとしかおもえないことは、
「そうだな。彼女は、コルネリアなら月も斬れるかもしれん」




