眠っていた
……たぶん、寝かされている。そう思ったけど、視界はまったく見えない。やや明るげな空間を感じるが身を包む柔らかな布団は汗ばんだ肌を燃やしているんじゃないかと思うほどに過剰な暑さで蒸し焼きにしくる。
暑いと思って布団を払おうにも、腕が、腕も足も動かない。僅かには動くがめまいのような感覚が邪魔をしてたださえ曖昧な感覚を曖昧にしていく。
ただ呼吸だけがうるさい。
ノブの支えを抜く慎み深いと、蝶番がこすられ乱暴な悲鳴をあげて扉から口論が入室してくる。
「あぁ! このとおりだよ! フリッツは熱を出して丸一日目を覚ましてくれない! 奴に刺されてだ! なんだ、あの預言者は! 何がしたいっ!!」
「……わからない。なんで、あんな真似をしたのか」
「そうだろうな。預言者などと宣う仙人のことなど現を生きる俗人に理解できるものか! 狂ってる。王国としても抗議は決定事項だ! なんで、よりにもよって城でやる? そんなものと何故二人きりにした!」
コニア姉が怒っている。アンドロマリーが苦しそうに声を漏らし、「申し訳ない」としか言わずに黙る。
「なぜ、止める」
「コルネリア、不干渉協定調印の件で貴方には感謝している。だからこそ落ち着くことを勧めるわ。私達ほどの力ならたとえ育ちきった奇跡の子相手でも殴り殺すことは容易いけど、それをする時はあとで後悔しないように落ち着いて、考えた上で実行してほしい。今回の件で殴り飛ばしたとしても」
「あぁ……わかった。アンタが言うなら、そうなんだろう」
誰だ? この声、コニア姉は誰に諭された?
「で、どうするの? この後、預言者の動き次第では……私が個人として協力することもやぶさかではないけど」
「不干渉協定を結んだばかりではまずいのでないか?」
「私が外交官という名目で派遣される程度なら、……貴方が国王に口添えしてくれたなら、問題にはならないはずだけど、やっぱり、そっちの領内で動くには許可がいるわね」
「フライハルト王のか? 呼んだら来るということだな」
「いえ、私は陛下に色々勝手を認められているわ。許可は貴方達の国の、まぁ、呼んだら動くというのはその通りで、私も情報収集以上のことはいまはする余地もないけど……、本心を言ったらヴァロヴィング王国と教導会が争うことになってほしくないと、考えているわ。だけど、抗争になったら個人としては、教導会の味方だけはごめんよ」
「……なぜ?」
「まぁ、魔道教導研究会の信奉者たる貴方へのあてつけね」
「フェリア……」
「そんな顔しないでよ。私は私で貴方達のこと好きな、……ファンなんだからさ」
「ファン?」
「うん、国取りと政変の参考になる人なんて、同じ時代に生きられることに感謝する限りよ」
「わからんな、王妃まで上り詰めてなにを求める」
「そうね、私は一度だって王妃になろうとしたことはないわ」
「そうなの?」
「知らなかったな。噂では恋愛結婚だって」
「えぇ、だから、欲しくもなかったこの立場はトロフィーでもアクセサリーでもなく、道具として使い潰すつもりよ」
「……それはどうかと思うけど」
「安心して、貴方達には不干渉協定があるわ」
「…………そういうことだったのか、ん? いや、だとしたらフライハルト王は」
「本当にそう思う?」
食い気味にフェリアと呼ばれた女性は質問を返す。
「わからない」
「それでいいわ」
「この子の病状だけど、危険なものじゃないわ。私は昔これを入れて治療をしたものよ」
「わかるのか!」
喉に触れられたような感覚を感じて、精一杯おぼろげな意識でできた身じろぎで反応するが、それを感じ取ったのか指が触覚から離れる。
「まぁ、風邪薬のようなものかな。副作用でぐっすり眠っていることもあるでしょ。それを魔術で再現している状態。残った構成式も放っておいたら魔力が尽きて称賛するわね」
「……今すぐ消せるか?」
「薬みたいなものは、下手に触らないほうが安全だと思うけど、そうね。起きたら疲れているだろうから、性質を、ちょっと説明するから、それが書いた魔導書があればいいのだけど」
「この家の所有者は魔道師としては高名な先生をつけていたこともあって、彼女ならその手の分析や説明は専門だと言って良い」
「わかった。魔術の構成式を書く必要があるから……」
◆ ◆
眠っていた? 話が聞こえていたと思ったら、男性との声が聞こえた。それに返事するように誰かが近づき、息遣いで女性とわかる彼女が僕の頬を撫でる。
「ほら、この通りフリッツは寝たきり、……コルネリアは何が起きたか説明してくれたけど、『剣に毒が塗ってあった。大したことないみたい』以上のことは何もわからないし」
ユーリ? ユーリの声だ。
「アンドロマリーが捕まえていたクラーラもそうだが、他になんでも、預言者がなにかしかけてこなかったか?」
「クラーラちゃん? 彼女が、なにか」
「アイツ……説明してないのか? いや、なにか考えがあるかもしれん。俺からはクラーラと預言者のことは確認をしておけとは言っておくが……それ以外は何も言わないでおくよ。毒の種類だが、どうも死ぬような毒ではなく魔術の可能性があると言われて、一応俺も見ておこうとな」
「そう……、預言者っていうのはフリッツを刺した人なんですよね?」
「どうも、そうらしい。実際に会ったことはないが俺達、植民地開放運動連体にとって最大の懸案事項の一つだ」
解放運動と仲悪いのか? あの宗教みたいな研究機関。
肩口が少し冷える。空気に触れたんだと思う。
「……どうです?」
「意識、あるな?」
身じろぎをしようとするがまるで動かない。
「……薄いが反応はある。魔術も確認できた。これは、あ……これで?」
「魔術、本当に呪いみたいなものがあったの!? 宮廷魔術師って方々が見てもわからなかったのにそんな簡単に」
「あぁ、だってこれは、アレルギーとかの体質改善に使う……そういう構成式に近い。人によっては薬感覚で体に入れて勝手になくなるまでそのまま入れっぱなしにするような魔術だ。こいつはそういうのを使えないから、…………これ、危険なものではないな。確認したが、だが」
「えっと?」
室温に冷たさを感じる肩口に指が触れた感覚、初夏だというのに指先が冷えている。
「薬とは有益に薄めた毒のことだ。本質はそうそう変わらん。こんなもので死ぬようなことはないが、濃ければ体もおかしくなる」
闇の魔力で組まれた魔術でも使ったのか、冷たい闇の魔力属性を肩に押し付けられたのを感じた。そしたら冷たさを感じていた肩口に布団がかけ直された。
暑いほどの温かさをかんじて体が熱くなっていることを自認する。
「どうだ……無理にうなずうかなくていい。わかった。動かすだけならなんとかなるんだな」
振り返ったのか声が遠くなる。
「これで楽になるはずだ。ユーリ、流石に屋敷内を俺が出歩くわけにはいかない。ウーナレクディアさんを呼んできてくれ」
「えぇ、わかった」
既に、だいぶ楽になった。
「…………たすかる」
「なぁ、教えてくれないか?」
「ぐっ……、なにを……?」
目を開くと、そこに水桶があるらしく同郷で年上のお兄さんが水で濡らした布を、優しげな目で額に置いてくれた。
「無理するな。体を起こす必要もない。それに違うな、俺が教えるべきだ。嫌だと言っても、今更になってしまったことを言わせてもらう」
なんか、言い辛そうだ。首を上下に動かして手を組んで、意を決したように畏まって背筋を伸ばし膝に手を置き向き直る。
「あの人は、バカだ。バカな真似をし続けていた……。あんたの父さんは――――――」




