お願い
ずいぶんとつらつらと説明が並べられた書状を読み、軽く身支度を整える。ウーナレクディアの屋敷の執事長……なのかな? それっぽい服装をしていた管理をしている責任者の方に書面を見せ、頼む。
「アンドロマリーから登城を命じられた。すこししたら迎えが来るから、ユーリとシャノンの保護、……お願いします」
「えぇ、大丈夫ですよ。安心してアンドロマリー様との逢瀬を……」
この認識はどうするべきか、考えれば下手に訂正してあの女の機嫌を損ねても危険が増えるだけだ。今日会って真意を聞いて判断するのもいいだろう。
「あぁ、それはそうと、エイリアンでなくても、コンクエスターに恨みを持っているような者は……ふとしたことで何があるか分からないから、注意してほしい」
「肝に命じましょう。これはアンドロマリー様の命でもありますから、一門の武芸は国のため、忠誠は主君たちへの命を守るため鍛えられるものです。我々にとっては背くなどということは恥知らずの行為と思っていますが……、えぇ、注意して気を配りましょう」
「ずいぶん恭しい態度を取りますね。立場もはっきりしない僕に」
彼の礼にそんな感想を抱くと笑顔で首を横にゆっくり往復して彼の意思を告げられる。
「我々としては、アンドロマリー閣下と深い関係であり、コルネイユ子爵殿と幼少から親しいその御方を無碍に扱うような恩知らずな真似はしないように心がけているのです。かのお二方にとって大切な友人ならこの国の武芸に嗜むものとっては天上人と並び立っているような存在でありますゆえ、過剰な態度をお許しください」
コルネイユ子爵ってのはコルネリアのことだったな、たしか、コルネイユ男爵家ってのがコルネリアとこの家の主人であるウーナレクディアの実家のことだよな。
「がっかりしないでね?」
「恐れ多い」
苦笑してしまう。なんだそのリアクションは、
「じゃあ、二人に声をかけてくるよ」
「ご案内します」
◆ ◆
庭先の地面でなにか観察して話してる二人を見つけ、「出かけないとならなくなった」と事態を述べ、理由も付ける。
「アンドロマリーと話してくる」
「……やっぱあるよね。刑罰」
「あるんだろうな。保護する土地の話が主な内容みたいな呼び出しだったけど、……いや、あれって脱走した形になるんだろうか? いや、ならんな。逃げたのは治療からだけだ! よし、法的には……どうなんだろう?」
「そうだったわね。受けてきなさい刑罰」
ユーリに出発を告げて苦い顔で生返事を済ませると後ろの執事に礼を欠如しているとは思いつつ注意は促す。
「一応、言っておくがこの屋敷にいるうちはアンドロマリーの命令で保護することになっているらしいけど、異世界人であるユーリとシャノンはそれだけで命を狙われる可能性が、いや、狙ってなかったとしてもふとしたことで、ね」
「……それ、本当なの? 憎んでる人も含めて利用価値がない時は反応が結構薄いっていうか、受動的なんだけども」
「そりゃ、空想上の生物が実在するってわかって感情を高ぶらせるようなら病人だよ。この屋敷の使用人の総意としては守ってくれるみたいだから、ですよね」
背後の執事のうなずきを確認し、じっと見て口をひらかないシャノンにも向き直り彼女にも確認しておく。
「えーっと、わかる?」
『わかる』とはずいぶん曖昧な表現だ。ある程度喋れるようになったばかりの相手にそれは自分でもどうかと思う。
「大丈夫、私は強い」
そう切り返すか、
「あー、そういえば魔法で……接触したものが消滅するなんかすごいことしてたけど、あれの分析もそのうちしたいなぁ。魔術開発の参考になるかもしれないし。どういう理屈なのか興味がある」
「プレッシャー。私はプレッシャー、そのものだ」
うーん、意味が成立しているのだろうか? 応急処置で歩いていどの意思疎通はなんとかなるけど……。
そう、苦い顔をしているとシャノンは先程までユーリとともに生物観察をしていた土面から親指ほどの大きさの石を指先でつまみ、ベンチの上に置く。
「えっと?」
「潰れる」
「え?」
小石が何もない場所に包まれて消えた。なにが
「うまった」
そうしてシャノンが指をトントンと叩く先を観察すると針を通すように小さな穴ができていた。その場所はさっきまで小石があった場所で、あぁ、埋まったってことはこの穴の中に?
「石に圧力を加えて性質を変えられる能力ってこと?」
「エレファント!」
……これ、絶対意味が通じてないだろ。『エレファント』だけはこちらの世界の文法じゃないってこれは、
「まぁ、石だけで色々できるなら強いか」
「最悪当たらなかったとしても、前にゼフテロさんと共闘したときみたいに攻撃の位置を変えて触ったら消滅する格子状の檻に閉じ込めるとかも」
「あん? あれ、ユーリがやってたの」
「え、えぇ、何をするかだけ知っていれば私の異能力は万能に近いから」
ゼフテロがなんか変なことしたのかと思ってたが、『万能』ねぇ。慢心なのか事実なのか、万能もどの程度なのか、一応の分析はしたほうが良いかも?
「魔法……そっちでは異能力っていうのか、その分類の説明とかは禁止だから、技術に関することは特に話したらダメだよ」
「注意するわ」
◆ ◆
魔術師の戦闘用の装束として一般的なローブで城に登ったたが、いや、これは適切な服装ではなかったのだろうか? ずいぶんと視線を向けられる。彼らとしてもジロジロ見るのもはしたないと認識があるのだろうから、はっきりと横目を流すということはないが、視界に僕が入ると一瞬、止まる。なにか、考えているような。
「ずいぶん歩くけど、城ってやっぱっり広いものだね」
「えぇ、王の住居から砦、議会の機能とそれらにかかわる多くの者の寝泊まりする機能も求められ……歩く分にはずいぶんと長い歴史がヴァロヴィングにはありますからね」
案内してくれる騎士が世間話に乗ってくれるだけ気は楽だが、あまり好んでしてくれものでもないだろうとは分かってても助かるものだ。
「そうか、増築、とかもあるものだからね。配置も複雑なわけだ」
「慣れてないものは油断すると迷ってしまいますよ」
「迷っ、あぁ、そうなるのか、大きすぎるのも結構不便なものか」
「防衛する分には迷いやすい形状は悪いことばかりではないのですが、使う分にはそういう意見は何代も昔からあるものですよ」
「へぇ」
「こちらの部屋に通すようにアンドロマリー閣下から通達されまして、私はここで待機してますのでなにかあったら気軽にお声を掛けてください」
「ありがとうございます」
石造りの廊下と階段を何度か渡った先で木造造りの内装であしらわれた壁向こうの扉に通され、部屋の中に入ると既にアンドロマリーが居て僕を見て苦笑される。
「あ、いや、居たのか」
「えぇ、待っていたわ」
後ろに何人か控えさせて書類束をいくつかに分けて僕の到着を待っていたようだ。
「ごめん。またせてしまったとは」
「大丈夫よ。貴方は言われた通りの時間にここに通されただけ。ただ単にジークフリートが来るより先に私がここで……ちょっと、仕事をね」
「そう、じゃあ謝罪は取り消して『ノックをするべきだった。ごめん』と言葉を足すよ」
「えぇ、考えやすいわ」
周囲を見渡し、下座に座るべきか立ったままにするべきか悩んで、、言われるまで立っていることにした。
「で、…………僕に、なんか罪状ついてたりする?」
「なんで?」
そういって自分の隣のソファをバシバシと叩いて、不思議そうにする。そりゃ、怒っているよな。
「勝手に出てったのはまずかった自覚はある」
「そうね。一応、貴方に縁あるコルネイユ男爵の王都邸に医者は派遣させてもらってたけど。ボロボロらしいわね」
「血糖値が無いって言われた」
『ない。そう、無いのね』と反復するようにつぶやきながら頷くとなにか思い浮かべながら説明をしてくれる。
「ギュヌマリウスを通じてマノンの分析を読まさてもらったわ。……魔力が無くなると死ぬって分析だったけど、魔力は無尽蔵にあるのね。さすがは我々と同じ……軌跡の子の性質を持つ魔術師ね」
軌跡の子、なんなんだろ……それ、そういえば。
「僕がクラーラと交戦したことは知っているのか?」
「知ってるわよー。座りなさい」
扉側に座ろうとしたが手で制されて自分の隣をはたく。
「隣に」
「……拒否権は」
「お願いよ」
「じゃあ断る」
というわけで正面に座っておいた。
後ろのお付きの騎士たちが動揺を隠せずにいるが、……まずかったか。
「で、前にクラーラも軌跡の子って言ってたように思ったけど、文句ないの?」
「『貴方には』ないわ」
別の誰かにはあるってことか、
「……怒ってる?」
「そりゃ、グニシアには文句がたくさんあるわ。なに、あの女! 予言ができるってだけで腥風卿やフライハルト王と同格みたいな顔するのよ! 考えられない身の程知らずだわ」
「フライハルト王は……わかるが、腥風卿ってのは?」
「今城に外遊にきているフライハルト王の…………なんというか、説明が難しい人だけど……忠臣よ」
そういえば、忙しくなるとはコルネリアが言っていたが
「あぁ、外遊の警備のためにコルネリアも忙しくしていたのか」
「……そうね。間違ってはいないわ」
木の皮をなめたようなしぶそうな顔でなぜ目をそらして頷く。隠す気も無いようだが訂正する気もないように違うと言っているような態度だ。
◆
出された茶に一口つけてからしばらく放置して土地のリストを吟味した。
「わかったわ。魔術管理局の兵士から話してた内容を聞いて貴方が欲しいものは目をつけておいたわ、どこが良いかしら……?」
土地と物件のリスト……それを読んでいる間。めぼしいものとそうでないものを区分け、していると何度か文官と騎士が彼女の下へ出入りして指示や確認を受けて、サインを渡したり後ろに控える人員の変更があったり起きているので、無駄に話しても迷惑だろうと土地リストにメモ書きを添えて後でまとめて意見を聞く。
「そうですね。人里からはできれば離したほうがいいかと思って」
「うーん、でも離しすぎてもだめね。不足の事態に対応できる位置が良い」
「予算はどれくらいまでで抑えるんです?」
「土地は私の公費で、生活費と職員の給料はは後で内務の顔色伺ってから予算として魔術管理局の要望と私の裁量で持ち出すけど、彼らが出した許可がちょっと過剰だからしばらくは余裕があるわ。それは、こっちの文書ね。それより、防衛手段の確保と出入りの管理ができることが、望ましいわ」
手元においていた鍵のかかるカバンから出した書類を僕に見せて全体の予算……僕への給料と野党職員の給与がかなり余裕をもって出されていることを確認する。職員に出せる給料の下限と上限も確定しており、役職ごとの相場のメモも添えられていた。しばらくは、積み立てることができそうだ。
「この山沿いの土地とかは、防衛にはどうかな?」
「地形は良いけど国境沿いの配置はダメよ。私の方で除外しておくべきだったかも、これは部下から釘を刺されている上に、外部からの危険を予見できないわ。そうよね?」
後ろで控える兵士はハキハキと返事をしてうなずき説明した。……声が大きいな、
…………。
――――――。
◆ ◆ ◆。
何度も何度も確認と許可のために後ろに控えていた人の出入りと交代があって昼前にはなんと事業計画書をまとめることができた。
「よし、あとは上申と陛下への謁見ね……。一日どころか半日でまとまるとは思ってなかったわ」
「おかげでくたくたですけどね」
「えぇ、お昼を一緒にしようか、きなさい」
「あぁ、はい。ついていけば?」
食堂に付く前にずいぶんと好機の目を向けられる。実際に見つめる際は立ち止まって向き直るか、視界の端で一瞬目が泊まるだけのあたりなんというか『品』のある人達だ。
「ご苦労、君たちは交代するように」
「は、ではお楽しみを」
後ろの兵士たちが格式張った深い礼をすると部屋に入る僕とアンドロマリーを見送り扉の向こうへ消える。
「やぁ。待っていたよ」
ずいぶんと長いテーブルの一番奥の席から張り上げてもいないのによく通る声がした。ボーイアルトというべきか、女の子と何ら変わらない未成熟なオスの声をその最も偉い席の少年が発した。なるほど、
「ひざまづいた方がいい?」
アンドロマリーに小声で聞いたが「不要だ」とだけいわれて反応に困る。
促されるまま歩いてその少年の前に立たされたが、やっぱりまずいと思ってひざまずく。
「楽にしていいぞ」
「地位ある方へひざまずくことほど楽なことはありません」
「ははっ、あぁ、そういうことか。なら楽に緊張していてよ。でも、とりあえず頭は上げて」
「は、ジークフリート・ラコライトリーゼともうします。以後お見知りおきを」
「うん、これから長い付き合いになるのだから
(長い付き合い……? そんなに会うこともないだろう)
私もよろしくたのむ。コルネリア、君も私達と食事を同席しなさい」
え、彼の後ろに控えていたのか近くの暗幕から彼女が姿を現す。
「承りました。陛下」
陛下……高位だろうなとは思っていたけど、この少年。ヴァロヴィング王国の現国王なのか。
え、食事しないとだめなの? 緊張しかしないんだけど、いや、まさかここで僕も食べるわけじゃないよな。と思ったら給仕の小間使いに促されてアンドロマリーと正面になるように着席を促され……え、テーブルマナー自信ないよ!?




