今日で16
屋敷内に居た使用人から部屋のベッドに押し戻されムリに寝かされると、三半規管が酔ったような気持ち悪さに襲われて、目を閉じている。
「ぐるぐるする……」
何人かの出入りを感じて腕になにか刺されてクスリを打たれていることはわかっているので、そんな泣き言を吐いて体調の変化を伝える。
「そうですか、だるさや痛みなどは感じませんか?」
「どうだろ、そういうのは無いとお思うけど」
医師と会話した先の方で似たような服装の人物を引き連れた騎士の制服風の服装をした女性がこちらを見つめて目が合ったと思うと話しかけてきた。
「はじめまして」
「はい、はじめまして?」
肌触りの良い布団の中で管から注がれる冷たさを感じながら、彼女は誰だろうと考えた。年代は僕と同じくらいかな。
「ウーナレクディア・コルネイユだ。今は騎士見習い、をしている」
「コルネ……コニアの妹か!」
怒らせてしまい。すぐに理解した。僕の発言のおこがましさに、
「あぁ、あぁ、コニア、コルネリア姉さんのことだよな。あぁ、うん。コニア……」
「いや、コルネリア、の、いや、僕は……そんな呼びかたをする理由」
僕は…………受け入れなかった。拒絶されていたわけでもないのに、少し否定されたくらいで拒絶されたと勘違いして、いかに幼馴染みといえどそんな僕がコルネリアを愛称で呼ぶことなど……、あっては
「え、なんでコルネリア子爵の愛称呼びがお互いの地雷になっているんですか?」
「ひどい、え、なんでどんな会話しているんだ? 会話しろ、会話を、表情だけで感情を伝えようとするな! どっちも伝わってないのは見える!」
ウーナレクディアと同じ仕様の制服を聞いた男女二人組が会話できていなかった僕らにわりこんできてくれた。
「すまない。姉と仲が良さそうにされると、嫉妬してしまってね」
「ごめん、……もう僕が、仲良くしていたら邪魔になるだけなのに」
「まぁ、いいか。どうもはじめまして、私はヒルデマルテ、魔道監査局で騎士をしてます」
「俺はカヴィン、同じくウーナレクディアやヒルデマルテとチームを組んで騎士をしている。イヴェリー先輩から『今の監査局に居てほしい人』と言われて口説くように言われて挨拶に来ました。また、少ししたら正式な打診を持ってくるのでその際までに、仲良くしてくださるよう、よろしくお願いします」
フレンドリーな女性騎士の挨拶に添えられる男性騎士の形式張った礼と意図を伝える発言。
「あぁ、僕はジークフリート・ラコライトリーゼだ。フリッツと呼んでくれ、帝国崩れの村の外には出たばかりで都会の世間にはすこし疎いが、迷惑をかけるからよろしく」
にしても、イヴェリーさん本当にスカウトするつもりだっただけじゃなく、本気で欲しがっている? 判断するには、
「帝国崩れって、そういう差別用語は自分でも言うことじゃないんじゃ?」
「っ、差別用語だったのか? 『帝国崩れ』」
ウーナレクディアの苦言に後ろの二人や周囲の医者をみると困ったようにうなずくようなしぐさをするので、そうなのだろうと伝えてくれる。
「そうか、そうだったのか……いや、普通に使ってたから、あんまり」
「…………当事者は気にしないものなのだな。……ところで、アンタは姉さんと再開して喧嘩したって」
「………………コルネリアは僕を捨てて、貴女を選んだってだけの話です」
黙ってしまう。そんな話はしたくない。なのに、この人は
「え、ふたりとも、初対面なんだよね?」
ヒルデマルテさんが疑問を投げかけ、カヴィンさんが深刻な顔をしている。大丈夫だよ。誘われるなら、魔道監査局に行こうと思っているんんだから。
「あぁ、初めて会った。こいつが男だと見た目で理解できない程度には」
「流石にわかるだろ?」
「あぁ、なで肩で痩せっパチだもんな。容姿も人によっては不気味に見えるらしいし、自分でもこの暗い亜麻色の髪が嫌いなんだ。そういう罵倒は歓迎しているよ」
「お前は私に嫌味を言われて悔しくないのか? 私とお前必ず決着をつけなくてはならないのだろう。なのに」
「え、なんで?」
布団越しに掴みかかりそうになるウーナレクディアの鬼気迫る表情に意味がわからず、『なんで』とひねりも嫌味も混ぜられずに返事していまう。
「貴方は私にとって超えなくてはならない宿命のライバルなんだ。対抗意識以外に向けるべき感情はない! だから」
「……?」
「どうしたのウーナ? アンドロマリー様のお方も不思議そうですよ。なにを言っているの」
「『アンドロマリーの』? あぁ、そういうえばそういう話になっているんだっけ?」
アンドロマリーにとって数少ない同族意識を向けられる存在とか、
「…………姉さんは、まだおま、貴方を引きずっている」
「コルネリアが?」
考えてそれは理解できるが、いまにいたって偶然再開するまで戻ってこなかったんだ。
僕の反応で心を乱されたというならまだしも、引きすっているなどという表現は、
「まさか、それはいくらなんでも言いすぎというものだろう」
「なぜ、引きずっていないと思える?」
「捨てられたと勘違いしていた親に実は捨てられていなかった。それが分かれば彼女には僕へ固執する理由が……ね」
乗り出したみを引いて拳を握り、怒りに満ちた目でどこでもないその場を見ているような顔で彼女は忌忌しげに吐き捨てる。
「本当に捨てられたんだよ。あの一族の恥晒し二人に」
「え……っと」
うしろの二人や医師も大して反応もなく、やや呆れているような表情なのでこれは普段のウーナレクディアから逸脱しない発言というわけなのか?
「姉さんと血を分けたという事実からくる名誉以上に、私にはあの二人の血しか流れていないというのはどれほどの恥か、姉さんはあの恥晒し共に歯向かうことが結局できていない。陛下もそれを理解しているから恥晒し共を軟禁して飼い殺しているし、私に家長代理に指名しているのだ……あぁ、ちがう! こんなことが言いたいんじゃないっ!!」
彼女は頭を頭振り、震えるようにも見える手をゆっくりと僕の管が注入された腕に優しく添え、言葉に詰まり無言になる。
幾ばくかの沈黙が破れろうと僕は促す、
「なにがいいたい? いや、じゃあなんでコルネリアは村から出た? あと、なんでコルネリアが現国王と繋がりを!」
「私と…………」
ノックがされる。
「どうぞ」
ウーナレクディアの返事よりわずかに早く、待たずに扉から駆け出したその人は部屋の真ん中で、立ち止まり、言葉を探した後、……場にそぐわない言葉をひねり出した。
「誕生日おめでとう。今日で16歳ね」
日はまだ高い。昼食を食べた後すぐに襲われたのに今日が誕生日なら、3時間も気を失っていなさそうだ。
「あれ、あんまり長い時間眠っていたわけじゃなかったのか、ありがと」
「ウーナ、説明たのめる? 私もいまきたところ」
「40分から50分ほど前にアンドロマリーの使いと傭兵から担ぎ込まれました。アンドロマリーの使いからは『保護対象と共にアンドロマリー様が伺う』と、傭兵からは『コニアに俺は元気にしていると伝えてくれ』とそれぞれ言伝を言われました。傭兵は『ゼフテロ』と名乗ってい」「ゼフテロ!?」
「アイツはいまどこに!?」
「すぐに去りましたが……留めておくべきでしたか?」
「いや、……やめておくわ」
医者の先生の前に腰掛けコルネリアは質問を始める。
「ねぇ、医学的な発言として、フリッツにケーキとか甘いお菓子を食べさせても大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫でしょう。それどころか推奨されます。低血糖で身体が弱っているので、お菓子のような食べやすく糖分が入ったものは急ぎ求められるかと」
「あぁ、注文が無駄にならなくてよかった」
コルネリアは立ち位置を移動しウーナレクディアに向き治り、儀礼的に跪いてウーナレクディアに謝辞を述べる。
「コルネイユ男爵、貴殿の迅速なる対応により我が義弟は救われた。そのことに心よりの感謝を思う。近く、正式に謝礼に当たる品目を持ってくるゆえ」
引きつっている。顔が、ひどく苦痛で、ウーナレクディアの頬が、涙を堪えるように引きつっている。
「えぇ、コルネリア子爵の義弟というならば我が血族としても遠くない立場なのですから、楽に崩していいですよ」
「感謝痛み入る」
跪いたまま儀礼的な礼をする。コルネリアが頭を上げると清ましたような顔を取り繕ってウーナレクディアは部屋から歩いて出てゆく。
「カヴィン、ヒルデマルテ、時間をくれてありがとう。遅れた分の業務しっかり私が頑張るわ」
「……コルネリア、お前、ウーナレクディアのことをなんだと思っているんだ?」
「彼女は、……血の繋がった妹なんだが、上手くいかなくてな。私のことをどう思っているんだろうな」
「好かれているだろう?」
「怖がられてると思う」
「本気で言っている?」
「……? あぁ、そうだな」




