父に
「なぜ憎まない? なぜ受け入れる! そうやって俺の憎しみや悪意を肯定し続けた先に何かあったか!?」
父の言葉に僕が言える最大限の賛辞を述べる。
「満ち足りた愛がありました。憎む理由なんて無いですが、流石に失望くらいはしてますよ。疲れちゃいます。失望くらいしたんだから放っておかせてもらえませんか?」
「その結果、お前は誰一人手元に残せなかったんだぞ!」
「笑わせないでください。僕が大切に思った誰一人、僕なんて必要なかったんだから」
「本当に……お前は、ジークフリートはそれでいいのか!?」
「良いも悪いも、僕に判断する理由は無いですね」
「お前は愛が欲しかったんじゃないのかよ!?」
首を横に振り否定する。
「誇りに思います」
「は?」
「愛のために愛されなかったその全て、愛のための犠牲、決断と覚悟……そのあらゆる想いを、僕は誇りに想うと言いました」
「……犠牲にそんな論理が慰みになるとでも?」
「最大限でしょうさ、例えば大切な者が死んでいったなら、心から冥福を祈るまでだ。十分な報酬でしょう」
「勝者の論理だ」
「事実ですよ? 少なくとも僕はそんなもので満足しました。他にできることがあるっていうのなら、ならそれを実行してからこの会話を始めるべきかと」
「狂ってる。その理屈じゃお前は、草葉の陰だろう?」
「狂いもするでしょう。踏みにじられて生きてきたら、そんなことをした貴方に文句を言われたくはないですね。それか、いや、違いますね。こういったほうがいいかな? ……」
父の胸ぐらをつかんで吐き出す思いの丈に、
「誇りにでも思ってないと、僕は生きてきた価値が無いだろう! 辛い、辛すぎるよぉ。他人のための自分の犠牲が全部無為に帰して誇りを喪ってしまうその全ての可能性がっ! 本当にっ、やめて欲しいんだ」
父は申し訳無さそうに目を背ける。
「アンタの愛はその程度だったのか?」
胸ぐらを掴まれていても目を合わせてくれない父だが、これは父に向けた初めての怒りなのだから、戸惑うのもそうなのだろう。
「僕に向ける憎しみは時間が経てば枯れてしまうほどの些細な感情だったってのか!? 馬鹿にするなよ。アンタは僕を愛せるほどに母を愛さなかったって言うのか!? そうだったなら、アンタは一度だって僕を恨むことはなかっただろう? 恨んで、恨んで、それでも折り合いの付けられる人間じゃなかったんだから恨むしかなかった。そう思ってたけど違うのか! 取り下げられる恨みなら一度だって掲げんじゃないよ!!」
父の続ける浅ましい言葉に、僕は、拳を振り上げ父の頬に叩きつけた。
「だったら、アンタは今まで何度も僕を殴る理由なんて、最初から無かっただろう!?」
『浅ましい言葉』が聞こえる。聞きたくない。聞こえたくない。そんな言葉はあってはならない。なにを言っているんだ。黙れ! 言うなっ!
「謝罪なんて聴きたくない! 憎め! 僕はっ、僕はアンタが信念を持って愛さないでくれるなら! 僕に憎悪を向けるなら、向けて貰えないと、愛を信じられる……っ!」
その顔はなんだ? ……吐き気がする。後悔なんてするなら、
「なんだよ、その顔は!? 申し訳なさそうにするくらいならっ! ……あんたの、その態度、反吐が出る」
◆ ◆
酷い夢だ。父に、暴言を吐いたときの、嫌な気分の夢。意識を失う直前の鎮静剤の副作用かなんかか?
目を覚ますと、……どこか、装飾がなんか、豪華だ。誰の……アンドロマリーあたりの本人じゃなくても関係者とかの邸宅か? いやでも、王都に近い位置だったはずだからここは王都だろうと考えれば、アンドロマリー本人の……気合の入った感じはしないが金はありそうなベッド。柔らかくて肌触りも良い布団。
「……えっと」
ベッドから降りて、目覚めは知らせないとダメだなと僕は扉の外に誰かいないかを確認しにいく。




