焦げくさい匂いとともに
「殺したくない? それはなぜだ」
押し黙る。クラーラは涙目で口を噤む、なぜだ。浦があるのか? 幸い倒れこんで地面に手がついた。地下に伸ばした魔力仕掛けの爆弾を着火して逃げるだけの撹乱はできなくもない。なら、探るべきか?
「裏があるのか?」
「いや、……」
「妹の契約のことか?」
「なんの話?」
「なら」
「ごめん、霧が晴れる。晴れる前に彼女を抱えて逃げて、おねがいします」
「なぜだ?」
「殺したくないから!」
「理解できんな」
なにを忌避しているのか
「待って! クラーラ、ストップ!」
起き上がる前に、クラーラと同じような声が聞こえると慌てて霧向こうから影がうかがえる。
「その男は殺してはダメだ! 女の方、マノンだけ殺せ」
「お父様を……」
「シグフレド様は関係ないわ! これは私の判断、だけど重要なことよ。説明は後でする! 今は任務以外の殺人はやめて」
マノンだけが任務か、なら、――――着火!
ささやかにしか作れない雷の魔力因子が焚き付けた白熱を伴う爆裂が地面を抜き割り、焦土の円柱が空へ立ち上って空を穿つ。
……あの姉妹、死んだかな?
それより自分の心配だ。気絶したままのマノンを抱えながら、渓流のそばの岩場にたどり着き、川の流れを下るまま跳ねるように地面を駆けていく。
正面に服の端が少し焦げたカルラが現れた。姉と同じような顔なのに理性的な雰囲気を強く漂わせる彼女が手のひらを真上に掲げ、なにかするかと思ったら着地を失敗して粘土質の地面にマノンと僕の体を叩きつけて、転がって跳ねて、叩きつけられてしまう。
「うぁ、ああ」
衝撃でマノンは意識を取り戻したようだが、僕はダメだ。呼吸するだけで痛みが胸を突き破るようだ。
「なにが……」
つぶやいた直後にマノンは僕に駆けより、近くの岩場に氷の障壁を建てて攻撃に備える。
「おい、私を殺していいのか! シグフレドとグニシアの関係が改善不可能になるとか言ってなかったか?」
「ごめんなさい。任務の是非を考える理由は私達にはないの」
氷の障壁が霧散して取り付く島も用意しないカルラから一直線で遮蔽物のない立ち位置になり、手のひらが突き出され魔力は感じないのになにかしらの魔術を行使するための構えを取られていることが分かる。
「遅いわよ。姉さん」
「ごめん、カルラ」
「これが私達が一緒にいるための最後のチャンスよ。失敗したら、わかるわね」
魔力を感じ取れない。格下に手の内を見えなくするために魔力因子とその配置を小さく濃密にすることで不便さを条件に魔力を発生させていることすら認識できなくする技術はある。日々の鍛錬の対象になるようなものだとも分かる。だが、全く感じないなんてのは、格が違いすぎる。なんだ、この女。
「姉さん!」
クラーラが手に持った剣を構えずにひどく険しい顔でこちらを凝視する。
「にげろ、……マノン、僕はいい。対象じゃない」
「は? 一人で逃げろってか? そんなこと」
「だいじょっブフゥ! ハッ、ァッ」
息すら死ぬほど苦しい胸で奴らは僕を殺さずにマノンを殺したいことを伝えいたが説明の前に、喉から酸っぱいものと一緒に血が吹き出す。
「! やく逃げぅッバァハァ!」
魔力をまとって突進してくるクラーラの下段からの切り上げに対応するために、氷の魔力でなにかしようとするが、また霧散する。
「万事休す!」
ダメだ。もう、
クラーラが振るわんとした下段からの剣が上向きにスッポ抜けた。
いや、引っ掛けられて投げられたのだ。その証拠に、クラーラはなにもないところでなにかに思いっきり弾かれたように
「なにが!?」
焦げ臭い。視界に映らないなにかが動いている。遠くの景色が見えなくなる。
クラーラもなにもできずにいるわけじゃない。全方位へ電圧やら熱波やらを飛ばしているというのにその存在は本当はそこにいないけど攻撃だけそこに飛ばしているように、クラーラを何度も殴打して空中で弾いて転がす。
クラーラに当たらないようにカルラもでたらめに爆発性の塊をクラーラが転がされる周辺へ発射するが、その存在はそこにいないのか、クラーラはバチバチと弾かれてゆく。
「やめろ! どこだ! どこに!?」
「最初からここに」
悲鳴をあげるカルラの背後にいきなり現れたその人影はカルラから上向きに光熱が照射され瞬間的に焼却されるが本当はそこにいなかったようにすり抜けてぼやけて消える。
粘土質から岩石質の台座のような場所に叩きつけられたクラーラを助けにカルラが走り出す。
「姉さん、姉さん!」
彼女がたどり着く直前、クラーラの両足が切断され鮮血が吹き出す!
「きゃああああ!! やめろ! やめろ! やめてくれ!」
魔術をまとった腕でなにかエネルギー攻撃を周辺に振り回してなにも居ないことを確認して、カルラを抱えて上体を起こす。
「姉さん!」
起こしてから寝かしたほうがいいことに気づき姉の切断された足の止血を講師していると、カルラとクラーラを囲うように光の帯が格子状に囲う檻となり滞留する。
この技は……、
「帝国式暗闘術、最終奥義、『破レ陽炎』と『守リ残照』……おっと下手に解除しようとするなよ? あんたは姉ごと蒸発して死ぬからさ、預言者とそこまで揉めるつもりはない。流石にな」
「貴様は……影」
僕からして圧倒的な強者、それを子ども扱いして倒し、帝国式暗闘術の奥義を使える人間、そんな魔術師はこの世界にたぶん一人しか居ない。
「まじで俺の通り名ってソレなのか、はは、趣味じゃないな」
苦笑してなんでもないように笑う彼は、名をゼフテロ、僕と同郷のお兄さんみたいな人だ。微塵も殺気を見せない荒事の中で静けさを感じているような態度で彼は薄ら笑いを浮かべる。
「あと数秒、その檻は維持できない」
「は……?」
浅間通りほんの僅かあとに光の帯でできた檻は消滅してクラーラは自由になり、影と呼ばれた男に向けた片手で広範囲に電撃を放って抱えられていた姉を置いて、こちらにを向いて周囲を警戒する。
「残念。俺はそこに居ません」
そう言って、そこにいきなり現れ、クラーラの胸を鎖がつながったこぶりな剣で突き刺して流血を促す。
「ぐぅぁ!?」
ボタボタと流れる赤色を鎖まで垂らす剣を弾かれた剣とは別の短剣を姉の懐から抜いて弾かんと斬りかかるが、まるで瞬間移動したように鎖はすり抜けて、剣から伸びる鎖でカルラの首を締める。
「殺す気はないけどさ。俺の幼馴染みが痛めつけられていたんで、それくらいまでは殺したくはなるよな?」
「ぁ……ぁぁ。姉さんを」
言い切る前にいつの間にか開放され、姉をまるで投擲武器かのような勢いで投げ飛ばされ、瞬時に理解できたために防御行動も取れずに受け止められず、ひどい傷を負った姉を転がして血溜まりを撒き散らしてしまう。
像がぼやけていきなり現れると焦げくさい匂いとともに、トリタを伴ってゼフテロが僕の前に現れる。
「トリタ、応急処置頼めるか?」
「えぇ、楽勝っ!」
焦げ臭さとともに、ゼフテロはまたカルラの前に現れ……いや、今、こっちに居たわけじゃなくて、虚像を目の前に移しながら空気を操る術で喋ったのだ。
カルラに剣を向けて、にこやかにゼフテロは内情の話を始める。
「お前らさ、揉め過ぎだと思うぞ。仲間に売られたんじゃないか? グニシアからの依頼で俺はここにきて、お前らの仕事を妨害するように言われてきたわけなんで、お前らが命令を拒否しない理由もある程度知ってるんだけどさ……いや、これは重要な話じゃないか」
明確に隙になるように首を振り、大げさに振る舞うゼフテロだが、彼の術中では焦げた匂い以外の全てが実際に起きていることかを判別することは難しいため、カルラもなにもできずに硬直したままだ。
「……で、聞くけど、さ。俺と戦って衰弱する姉を見殺しにするのと、姉を救って永遠の別れをするの、どっちがいい?」
刀を納めて鎖を巻いて収納し、不適な態度を崩さずに薄ら笑いを続ける。クラーラの止血を始め。応急処置とは言え最低限緑と水の術で流血を止めただけだがカルラは頭を下げる。
「……! ありがとう。これで、姉さんに人殺しをさせずにすむ」
姉を抱え、切られた脚も拾わずにカルラはあっさりと撤退して魔術に寄って空を浮遊するように飛行して何処かへ飛んでいく。
「後者……か、チクショウ。あの女の言った通りってわけか、いや、乗ると言ったのは俺だし、グニシアの奴も正確に理解してないとはいえ、殺そうとして感謝されるとはな」
マノンの視線になにか思ったのか、ゼフテロも言い訳を始める。
「あぁ、文句を言っているんだ。不満は明確なんだ。独り言という体裁ならどこまで口汚くても言い訳もできるのだから、いいだろ?」
僕らとは別の方向を向いてゼフテロは腕を振った。
「いいぞでてきて」
すると茂みから駆け出してきたユーリが涙を浮かべて僕の目の前で両手両膝をついて泣き始める。
「フリッツ……フリッツッ、フリッツ! ごめん」
なにか言おうと思ったが、僕の喉から漏れるのはひどい咳だった。
「フリッツ! フリッツ!!」
「あー、おちついてよ。治療中なんだから」
しげみから周囲を伺いながら出てきたシャノンは状況をつかめないのか、キョロキョロとしてゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「ごめんなさい、私! 私……!」
「異世界人ってのは死なないとでも思っているのか?」
「死……いや、そんなの」
「だから治療してんだ! 黙れよ。害獣」
治療してくれているとはいえ、トリタのその言い方に僕は怒りを覚えるが、起き上がろうにも咳と一緒に血を喉の奥から吹き出してしまう。
「あぁ、ちょっと! いきなり起き上がらないで」
不満だ。抑えられて、僕はゼフテロに咎めてほしくて目配せをした。だが伝わらなかった。
「ん? あぁ、こんな状況なのは知らなかったよ。すまなかった。預言者の片割れから言われたとおりに動いただけで、まさかあの双子にフリッツが襲われているのは想定外だった。……まじでグニシアのやつはどこまで分かってんだろうか」
どうしてここに居たかなんて、どうだって良いことだ! なんで、ユーリに対して『害獣』なんて言って!
「ちょっ、暴れないで! っ鎮静剤を使う!」
言ったトリタからなにか打たれ、僕は意識の混濁が始まり、…………夢の中に落ちた。




