獣の前で武器も構えず
支店長の説明を受けながら契約やらなんやら面倒な手続きを終えて、今までの人生でこういった作業にいかに頭を使っていなかったかを思い知り、やや気怠い感覚を覚えて宿に戻ろ言うとすると、
「やぁ、待ってたよ。君がジークフリート・ラコライトリーゼだね?」
知らない男に話しかけられた。
「そうですけど、どちら様で?」
「君がさっきまで一緒に居たカルラ・ダングルベールの同僚みたいなものさ、それに、まぁ、俺が誰かなんてことは重要じゃないね。あぁ、ギュヌマリウスが泊まっている宿まで案内してほしいんだ」
「……はぁ」
返答はせず反応はして、歩み出しておく。立ち上不穏な目的のための接触の可能性もあるので既に手元に魔力を生成していつでも戦える準備だけはして視線を送らないように逸らす。
しばらくお互い無言で歩けば、周囲を往来する人の流れが途切れたタイミングでこの男は、世間話を始めるような感覚でなにか言い出す。
「そうだな、ところでアルムガルドのお嬢様は元気かな?」
驚いた。一瞬で意味が理解できた故の言いしれない動揺。
このまま言葉を放ったらその動揺が露見するであろうことから、一拍息を置き、その一拍の沈黙が不自然でないように端的で感情がわかりにくい言葉でわからないふりをする。
「誰?」
「ん、あれ、モウマドから来たんだろ。それにエイデルハルトを殺したんだ。隠すことも無いだろう」
「エイデルハルト? また誰の話だ」
「いやっだってユニーカ嬢、彼女はアルムガルドなんだろ?」
「んー、あぁ、そうだね。ユニーカはアルムガルドだったね。アルムガルド、そうだね。
アルムガルド」
「知らされてないのか?」
知っているよ。エイデルハルトは知らないけど、ユニーカがもともとそういう血筋だったことくらい。
「なにが、だ?」
「いや、そんなわけないよな。うん、流石に演技だろ。安心しろ俺は仕事で彼女と会うこともあるんだ。そこら辺の事情も熟知している」
だとしても往来でそんな話をするな。
「そっか、まぁ、よくわからないけど、そうなんだな」
「……まぁ、それは重要じゃないか、いやなに、今のうちに確認したいことがあってね」
「確認?」
「あぁ、そうだ。確認」
射抜くような視線に交じる敵意を感じつつも気づいてないような無反応を決め込んでその男を見つめ返す。
「君はなんで、異世界人なんかを匿っている?」
「なんで? って、いわれてもなぁ」
実のところ、心に従っただけで特に理由なんてないのだから、いつものように適当な屁理屈でもでっち上げようかと考えていると、探りを入れているつもりなのか変なことを言い出す。
「それは君の意思か? それとも誰かの命令なのかい?」
「命令って誰がするんだよ」
「そうか、命令を受けたわけではないってか」
苦笑に対して真剣な顔で知らんことを言い出す。そんな態度に不快感を抑えきれず、煽らない方が良いってことはわかるのに不快感に皮肉でも込めてため息を吐かざるを得ない。
「でも、そうだな。『お前みたいなやつが嫌いだから』ってのは十分な理由の一つじゃないかな?」
「それは、生かす理由になるのか?」
「わからないのか?」
こいつと話していると気分が悪くなりそうだ。対話拒否を理解できない上に、なんというか、
「あぁ、わからんね。異世界人を殺さない理由が」
会話じゃなくて演説を聞いているような、決まった答えを待っていそうな感覚があるから、
「宿には僕と行動をともにしている異世界人がいるんだぞ? わざわざ宿に向かうんだ。そこに居る異世界人になにを思います?」
「殺したい」
血が飛び散った。切り殺すには十分だろう。僕が振り返らずにショーテルを抜き流れでこいつの首を斬ろうとするには十分過ぎるだろう。
「貴様、なにをっ!!」
目ざとい。斬ってから振り返ったら僕のショーテルは血に濡れて、男は首を守るために斬りつけられた右腕の刀傷を囲うように肉を削いで骨がむき出しになるまで自分で斬った。魔術に気づいたってわけか、
「惜しい、今、アンタあが右腕の肉を切り落とさなければアンタは死んでいたのに」
自ら削いだ痛みに堪えながら絞り出す言葉を見つけられずに居る。
「なぜ」
削ぎ落ちた血肉が青い匂いを沸き立たせながら黒紫色になった塊になる。
「大切な人を殺害宣言されて、殺されないと思ったのか?」
往来を通りかかった女性か少年かわからない悲鳴が聞こえる。面倒だな。遠巻きにパニックが起こる。
「お前、本気なのか? それで」
「本気も何も」
男の死角から音を立てなくなった高速回転する水流の円盤が首をめがけて飛び立つ。
「おいっ!?」
両手持ちの大振りな直剣が魔力を纏って水流の円盤にぶつかり蒸発させる。流石にいまのがあたっていたら殺してたっぽいからヒヤッとしてしまう。この男がこんな弱いと思わなかった。
「何殺そうとしているんだ! なんで」
「……助かった、全く反応できなかった」
その男に並んで僕に対して武器を構えるギュヌマリウスに一応の理由の説明はしておく。
「そいつは、ユーリとシャノンの殺害宣言をしたんだ。返り討ちされて文句言うかな?」
「やるにしても往来ではやるな。せめて謀殺とか、暗殺とか、なんかあるだろ!?」
「いやいや俺は『殺したい』って言っただけで殺すなんて意思表明してねーよ!」
やっぱ、殺さないとだめでは?
「そう、まぁ、殺すんだろ? 殺されたくないんだ。先に殺させろ」
「いやいやいやいや、軽口にそこまで」
「ジェネジオ! 謝れ、お前には勝てない! 俺でも守れない!」
「選べ、このまま帰るか、ここで僕に殺されるか……!」
「いや、なんでそれで殺し合いになるのかしら?」
横から回り込んで歩いてきたユーリがシャノンの手を引いてなんか呆れたような顔をする。その隣にはドン引きした顔で青ざめているマノンが、離れた位置の他の騎士とギュヌマリウスへ交互に視線を送って指示を求める。
「どうしろってんだよ……」
真面目になにか考えたギュヌマリウスがマノンに指示を始める。
「マノン、俺の代理ってことで王都までこの3人、王都まで送ってくれるか? フリッツに関しては正式に護送ってことで頼む。王都に着いたら、今起きたこともごまかさずにな」
「あぁ、え、それで……どうにかなるんですか?」
「どうにか頭を下げるマノン! 頼む、4人欠けることなく王都に向ってくれ半日も歩けば到着する距離だし、……おねがい! ここで憲兵に足止めされるより、頭下げて方が楽なの!」
「えぇ、……はい」
僕らを強引に近くの茂みから森経由で王都に隠れて向かわせる。
「フリッツ、お前のせいだぞ! 4人揃ってなんとか、まぁ、騎士かセシリア教授伝いでなんとかアンドロマリーの様まで取り次がれてくれ、頼むっ!」
◆
「お前、不運だったな。あんな、獣に出くわすなんて」
「いや、本当にな。あいつ何?」
困惑するジェネジオの腕は魔術による過剰な治癒能力で傷が消失し、全身の血の痕と破れた袖だけになる。
「場合によってはお前を傷つけていたのは俺だったかもな。知らんとこで事故ったけど」
「なんでいきなり、切りかかったんだよあいつ、怖かったぞ」
「獣の前で武器も構えずに殺気立ったらそれは、『殺してください』って言っているようなものだろう。獣は殺気を持たないものだぞ。あれ、コルネリア子爵と同じ動き……というかものなのかな? 感情みたいな、情緒みたいな、殺すときに出るはずのそういうなにかが事務的な感情で収まっているんだ」
「マジの獣かなんかかよ。で、どうする?」
「どうするって?」
「俺を」
「俺と同行してもらう。マノンを追うようなら、アンドロマリーの様の騎士として、この場で斬る」
お互い愛想笑いで笑顔になって本心から二人して苦笑する。
「傷の再生したばかりだ。身体がボロボロで、真面目に追うにしてもお前と戦うにしても、再生の魔術で疲弊した身体じゃ……体力が持たんさ」




