挨拶
朝早く、ユニーカのもとから案内されて訪れたその女性は無愛想ながらも、握手してくれた。
「どうも」
「えーっと、シシィのお弟子さん?」
「マノン・デュノワだ」
握った手を離して興味なさそうに名乗る。
「それは、本名なのか?」
「あぁ、たまに言われるよ。普通すぎる名前で逆に不自然だって」
「あっ、それは、ごめんないさい。不躾な態度でした」
「慣れてるからいい」
礼節を欠いた僕を無視して旅の道ほどを同行する予定の魔道士となにか話しながら、本棚が多い僕の家のリビングでテーブルに付く。
「――――?」
「――――というわけだ。いずれにしても迂回は必要だがどこから通行止めになっているかは一度検問まで近寄らないと判断できない。案外私達が到着する頃には解除されているかもしれないからな」
ぬるいお茶を入れ二人の前に出すと、魔道士は不意に僕へ声をかける。
「そういえば、ジークフリートくんてさ」
「はい、なんでしょう?」
「正式な所属ってどうなっているの? 魔道学園に採用された鞄を体に巻き付けてたけど、別に魔道学園の教師ってわけじゃなかったし」
「あー、どう、なんでしょう? アンドロマリーに雇われた研究員だから……本当に雇われというだけで所属はよくわかりませんね」
「あぁ、じゃあ魔法監査局の騎士ってことに推薦しておくわ。たぶん所属がいくつか重なると思うけど、私達魔法監査局でもエイリアンの保護をしている人なんていなかったから、押し付けられる相手ができるのはみんな便利に扱うと思う……そうだといいなぁ」
「魔道監査局っていうのは……」
「変な魔術や魔法の調査と取締を行う魔道士で構成される騎士団よ。今はアンドロマリー様や国王陛下の膝下にある組織だから地方騎士よりずっと強い権限を与えられる。正式採用は少し時間がかかって難しいかもだけど、まぁ、仮登用するだけならすぐよ」
お茶を一口のんでぬるい温度にしたことに気づき二息目で飲み干す。
「ところで、マノン、セシリア教授の用事についてなにか知っている?」
「どうですかね? 師匠の主人っていうか、セシリア師匠のボスがなんか言ってたので。彼女の指示で私はこっちに来た。それ以上は知らないとしか」
「ん? シシィはここにきてないのか」
「あぁ言ってなかったか、彼女はその代理だそうだ。それにしても、預言者の娘の指示か、なにごとなのか……」
魔道士は苦々しい顔でなにか察し、マノンも忌忌しげにうなずく。
「今回、不自然なことをしたのだからほぼ間違いなく『そういうこと』かと思ってよろしいかと」
「『そういう』?」
僕の疑問に答えづらいのか反応はあるが目を伏せて何も答えずに話題を進める。
「我々への指示は?」
「無い。一切」
「わかった。ならいいか」
◆
後から着た子どもたちや老人がたに熱い抱擁やなにやら感情的な挨拶を交わして、最後にユニーカが寄ってきた。
「フリッツ、……水を差すような真似をしたくなかったけど、言わなくちゃならないことがるあるの。その、貴方は……」
「なに」
「自覚はなかったみたいだけど、かなり好戦的な性格をしているわ。だから、できるだけでいいから戦いから遠ざかってほしい」
「えーっと?」
一瞬を意図がわからなかったが、あぁ『命のやり取りなど積極的にやるものでもないぞ』って話か、
「あぁ、大丈夫だよ。向かってこなきゃ殺さない。それだけだよ」
「……伝わっているかな? でも、いいわ。私、嬉しいんだ」
「なにが?」
「フリッツが自分の意志で旅に出ること」
なぜかはわからなかったが、本当に嬉しそうなのでこっちもなぜか笑顔になってしまう。それだけ面倒をみてもらっていた関係だったのに、あっさりと旅立つことを嬉しいと言ってくれるのは、申し訳ないというかなんというか、でも
「ありがとう」
感謝の言葉にはなんの間違いもない。だって、心からの笑顔だから
◆
挨拶を済ませ、次に戻るとしても半月より後かもっと後であることを説明して、村から徒歩で街に向かう。
魔道士の集団は外套こそ統一規格で所属を示すらしい刺繍が施されているが、基本的に制服ではなく外套を羽織っていないものも疎らに揃った15人ほどのメンバーで構成される。なので服装にあまり統一感はない。
「ほら、いこう」
「うー、あー、うー」
僕とユーリに手を引かれ、ユニーカからもらった衣服をまとったシャノンは歩調を合わせて歩いてくる。
先程の女性はこのメンバーでは副官のような立場らしく、ギュヌマリウスとメンバーと一通り話し、なにかしらのすり合わせの折衝をしたあとにこちらを見て、痛々しい目でシャノンの背中を撫でる。
「彼女……ひどい状態、ですね」
「いえ? 発話能力こそボロボロですが、認識機能に回復の兆候はあるので毒物に関する離脱症状に類する反応がないならこのまま自然治癒を優先しようかと」
「つまり?」
「もしかしたら……いや、下手なことは確定するまで言いませんが、彼女はもうほとんど正気ですよ」
「えっ、これで?」
その様子を見て彼女は首をかしげる。
「断言するほど愚かじゃありませんが、彼女、状況を理解してます」
「そう、なの?」
「ユーリ、彼女は」
「えぇ、服を渡したら自分で着替えたわ」
「……今二人して手を引いてるのは?」
「歩く方向を口で説明できないから、仕方がないだろう? ということですよ」
「あぁ、そういう」
◆ ◆ ◆
街につくなり、詰め所から大きめの馬運車を3台借りてそれぞれに5から8人乗り込み王都へ向かう。この馬車には僕とユーリ、シャノンがセットで乗り込み、ユーリとシャノンを嫌がるので副官の女性とギュヌマリウス、それと仕事熱心な印象の男性魔道士が乗ることとなった。僕は馬の扱いを学んでなかったのと、ユーリもできないらしいので騎士の3人が交代で手綱を握り道を進むことになる。
「あの! えっと、あーうん、あのー」
「ん? あぁ、私かしら?」
「そういえば名前、聞いてませんでしたね」
「イヴェリーよ。といっても、私の名前を覚えても一年中現地調査するのが仕事の旅人みたいな仕事をしているからまた会うことがあるかは怪しいけど」
そうやって2日ほど王都へ向かって進んだ。裏でユーリに魔術を教えたりしながら、彼女たちの記入した魔法陣の写しを読み込み、二日ほど経過。
ギュヌマリウスが馭者を務めているタイミングで式解読作業の一旦ではあるが結果を伝えることにした。
「では、イヴェリーさん、彼らが使った魔法陣の写しですが、この式について二点ほど不明な点と一つ、問題点が見つかりましたが、ご意見を伺ってよろしいですか?」
「えぇ、いいけど、私は専門ではないわ。あ、うん、カレルも一緒に聞きましょうか」
よってきた若い男の魔道士にも合わせて僕が式を読み理解した式の目的と、その仮定だと残る問題、どんな反応になるか不明な式を話すこととする。
「この式の目的は指定座標内から捧げた贄をあわせた力より強い存在を呼び寄せ、それを何度もっ繰り返しつつ贄を増やすことでより強い存在を呼ぶことを目的としていると考えられます。
その根拠としては式の贄の消費条件の指定に――――――――」
「まぁそこに、異論はないな」
式のそれを示す記号を指さして、僕は告げる。
「次に疑問なのが、指定座標です」
反応が薄い。が、とりあえず説明しよう。
「この座標ではコンクエスター世界からだと逆方向です――――――」
二人して記号を見つめて気づき、目を凝らす。
「ただし、これは引き寄せるものが違うとも考えられます。本来引き寄せる力を使わないと召喚できない異世界人を、押し出す力で召喚しているとも、これは考察の余地があります。ただ、指定座標が我々の認知する式と挙動が異なるということは確かです」
「……そうか」
「これに関して、類似の案件は?」
「知っているか?」「いや、俺は知らないです」「……すまない。我々ではわからないアンドロマリー様から担当者を確認して情報をあげる。君からもアンドロマリー様に上げておいてほしい」
「えぇ、次に、この式だと贄が死なないはずです。魔力を吸い上げられません」
「?」
「えぇ、たしかに死にました。なので、考えられるのは、彼らが使ったナイフになにかあったことですが、魔道具の分析はちょっと、確認したところで専門外というか……どんな式を組み込まれているかを見ることもままならないので、すみません僕にはそこは」
「わかった。回収したナイフの分析には注意する」
「次に、この式、通常の召喚儀式で用意されるはずの」
説明を続けようとしたところ、馬車が止まり身が揺れ、シャノンとユーリが身を伸ばし起き上がる。
「検問です。確認よろしいでしょうか?」
「あぁ、俺らはこういうものだ」
「失礼しました!」
ギュヌマリウスの後ろ姿が胸元からなにかを見せると騎士たちは敬礼してバリケートを解いて道を開ける準備をする。
「いや、いいんだ。俺たちもかしこまった服装をしているわけではないからね」
「では、この先、すでに引いては居ますが大雨により道がぬかるんでおりますので、ご注意ください!」
「ご苦労、俺たちは王都に向かうのだが――――――」
ギュヌマリウスが聞いた彼らの話しによると、ここから3日ほど進んだ予定の森林地帯で通行止めが起きているらしい。他の馬運車のメンバーとも話し合ったところ、数日で解除される可能性が高く、着いた時点で解除されていなくても近くに迂回路もあるので問題はないだろうとの判断でそのまま進むことにした。




