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またきてね

 数分、いや、十数分は経過したか、よくよく考えると数十分は経過したと感じたがそんなはずがないほど短い時間涙を流して、泣きつかれた子供そのものとして私の胸で眠ったフリッツを抱えようと背中と膝に腕を回したところ、玄関からノックが聞こえた。

「授業、終わっていたのね。……なにをしているのかしら? コルネリア」

 ノックを待つことなくはいった幼なじみに、どんな顔をしたらいいか分からずに無言でテーブル前の長ソファに座り、砂の彫刻が崩れないように気をつけるかの如く優しくフリッツを自らの膝の上に置く。

「わからないか?」

「わからないわね」

「弟が眠った」

「……」

「……それだけだ」

「そう」

 答えに窮した私に怒っているのか、ユニーカは微妙な反応で眼の前まで袋を片手でもちより、中身をテーブルの上に並べだす。陶器のような艶が光る刀身の短めのサーベルとその革製のカバーを、黒い長方形の黒曜石らしき造形物がテーブルに並ぶ。

「これ置いていく」

「なんだそれは?」

「なんて言っていたかな? ……例えば、命以外の全てを断つ短刀、…………名前はたしか……墜月(ついげつ)の一振り」

「それは、フリッツへのプレゼントか?」

「いいえ、返還よ。昔持て余したから私の家の倉庫に眠っていたんだけど、なんかよく詳しく教えてもらってないが戦ったって魔道士先生から聞いて、荒事に首を突っ込む気があるなら必要な時がきたと思った……、なによこれ、錆びかけのくせに少し研いだだけでこの艶よ」

「フリッツはこれをなにに使おうとしたのだ?」

「知らないわ。なんとなくで作ってたみたい、フリッツが言うには『護身用にはこの上無い』らしいわ」

 置き切るとなぜかクスリと笑って自分と私の口元を交互に指をさす、

「にしても、口調、変わったの? 硬いわ。昔は……」

「え? あー、そうね」

 どう答えるか、

「故郷に着たせいで、気を抜いても気を抜かなくても変な言い方をしてしまう。かしこまったようで、崩した不良じみた語り方を」

「そう? 都会の不良の喋り方はよくわからないけど」

 ……適当に言い過ぎた。不良でもなんでも無いわ。

「わだかまりは、どうにかなった。のよね? フリッツが体を預けるくらいは、まさか、気を失わせてしまったとかじゃ」

「いや! そんなことはしない!」

 誤解への怯えのせいなのか、私の声は過剰に高まりヒステリックな音域を鳴らす。

「そうよね。貴方の精神じゃ、そんなことをしたら今この瞬間は、ひどい顔をしてしまっているでしょうから」

「そうか」

「いま、わりと穏やかな目をしてる」

 ヒステリックな声色にすら全く驚かない、年下のくせに私より大人びた彼女は、小馬鹿にしているようにみえるほど優しげな笑みで口元を釣り上げる。

「なにその反応?」

 今、私はどんな顔をしてしまっているのか、なにかした訳でもないのに大人びたユニーカは困惑を示す。

「この三年、そんなことは言われなかったし、真逆の評価を受けていた」

「……らしいわね。噂は、なんとなく」

「彫像のように無機質な目とか、血に飢えた獣のような目とか」

「アナタ、人が避けたセリフを自分で、いや、そこまでひどい噂は聞いてなかったわ。そんなことになっているの?」

 呆れられる。今のうちに全部言い切ったほうが後で呆れられる数も減ろう。

「まぁ、一応、近衛と呼べる5人くらいしか居ない騎士だし、多忙だよ」

「近衛騎士団?」

「いや、近衛騎士ではない。近衛」

「騎士じゃないの?」

「あぁ、騎士の近衛は爵位だが、近衛騎士は有能な準男爵と……爵位のゴミ溜め。立場が違う」

「そう」

 心底興味なさそうな気のそれた反応になっていくので、これでやめておいた。


「貴方が村を去るとき、笑顔だったから私は寂しいながら安心していたの」

「あぁ、私もそんなつもりだった」

「だけど、フリッツが……」

 眠る。フリッツの背中を撫で、自分の過ちを噛みしめる。

「泣かせてしまったんだな」

「いいえ、泣いてすらいなかったわ。ただ、なんとかして忘れようとして、子供に魔術を教えたり、剣術の稽古に精を出していたわ」

「そうか」

「熱にあふれているんだと思っていた。コルネリアが去る前には極めていた帝国式暗闘術を、魔術が絡んで使えもしない奥義に2つ、項目を追記したのよ。もはや別の流派と呼んでいいレベルまで離れ、強くなったわ。剣術だけでも、彼は……」

「フリッツは剣の道をを捨てたって」

 なんだ? フリッツの自己申告との解離が……。

「そうは言ってもそれは、いまから大体……三ヶ月前、いえ、四ヶ月くらい前にヴァンさんが病気で死んで、それからよ」

「……そうか、あいつが」

「その時になって、やっと気づいたの。フリッツは熱を持っていたんじゃなくて、枯れていたのよ」

「それはどういう?」

 階段を降る足音が聞こえる。

「意欲に溢れてたんじゃなくて、何をしていいかかわからなくなるまで枯れて、些細な火花で燃え上がるほどに乾いてしまったからできる事をなんでもして、雨が降って燃え尽きた森はどうにもならなくなってしまったの」

「あの、フリッツはいまどこに」

「それがやっと笑って子供の頃の夢を取り戻したの、ユーリちゃん。私は貴女に感謝しているわ」

「え、はいどうも」

 階段から顔を出して現れたユーリ・サトーにユニーカはシンプルな謝意を述べ、困惑される。だが、その困惑は私もだ。『子供の頃の夢』とはなんだ。一体どれのことを指しているんだ?

「ほら、フリッツ、起きなさい。寝るならベッドでしょう」

「うーん、うん」

 ユーリが私の膝に眠るフリッツを見つけると、無理やり起こそうとするがうなだれるばかりなので私が持ち上げて目線で連れて行くことを示した。

「じゃあ、コルネリア、おねがいね」

 ベッドまで運ぶことを言っているのか、ユニーカはそう言って袋を置いて立ち上がる。

「あぁ」

「一応、言われたようにベッド組み立てておいたので」

「連れて行こう」

 久しぶりの再開だというのに手をひらひらとふりながら、気軽な態度で玄関扉を開く。

「じゃあ、さようなら、鍵は持ってる、私がかけておくから」

「もう帰るのか? 朝には私は居ないぞ」

「なら、鍵は開けておく、またきてね。来るって聞いている」

 …………。

「あぁ」

 なんて言えばいいか、自分で理解できないからうなずくだけで済ませることが限界だった。。


 寝室に入るともとからあったベッドとは別に2つ、簡易的なベッドが並んでいた。

 もともとあったベッドには死んでいるかのように静かに眠っていた。死んでないよな?

「3つ?」

「『彼女に即座に対応できるように同じ部屋で』だって」

「なるほど」

 そうか、毒に関してフリッツは詳しいらしいから、現状ですら自力で起きることができず、私の腕で泥のように眠り腕を垂らしている彼を鑑みるとそれが最善なんだろう。

「……同じベッドで寝るの?」

「昔からそうしてた」

 気持ちが高揚しているせいか、冗談のつもでフリッツを置いたベッドに毛布を掛ける前に侵入した。

「……大丈夫?」

「なにがだ?」

 照れた顔でその娘は口ごもる。そういえば一応私より年下なんだよな。この女。

「いや、フリッツはその、男の子だし」

「……大丈夫だ。たぶん、フリッツまだ精通もしてない」

「それは事実だとしたら間違いなく大丈夫じゃないのでは? いや、なんでそんな妄想を言っちゃうの」

「体を密着させても勃たなかった」

 生娘みたいなことを言う。異世界とは価値観がなにか違うのか、精通してないことが大丈夫でないと?

「いや、それは、まずいでしょ」

「なにがだ?」

「完全に女として認識されてすらいませんよね?」

 そんなはずがないだろう。フリッツが性に目覚めているなら恋愛感情への極度の拒絶や子供みたいな反応などするはずがない。半分天使みたいなものだ。天使に性的興奮をしたら嫌われるのは当たり前だろうが。

「お前は……」

 それとも? お前はフリッツに女として扱われたとでも?

「お前はどうなんだよ!」

「一目惚れしたって打ち明けていたけど」

「まぁそうだろうな」

「……? そういえば、公国に向かう途中何も返せるものがないから体を売ろうとしたら、シンプルに断られたわ」

「あぁ、そうだろう」

「んぁ、ああ」

 横でゴロゴロと見をよじったフリッツがいきなり身を立ち上げ、周囲を見渡して考える。

「…………ごめん、眠った」

 どちらに言っているのか、目の焦点が合わない。

「あぁ、ベッドまでありがとう」

「それで? フリッツは不能なのか」

「……なにが?」

「男性器が」

「あぁ?」

 普通に不機嫌になられた。

「精通してるの?」

 ユーリも下世話なノリに乗ってくれた。

「いや、寝起きに恥ずかしい話をなに」

「精通しているのか、精通しているのかって聞いているんだ!」

「あと数日で16になる年齢だぞ! 流石に…………成長しているよ」

 …………なぜ、ユーリ・サトーを見て顔を赤らめる?

「私の胸をもみたいか?」

「いや、性的な感覚は」

「ユーリの胸は?」

 なぜ、私は即答でユーリ・サトーは言葉に詰まる?

「それはその」

「私より小さいのよ!」

「お、いきなりマウントですか? あんた別にでかいってほどじゃないっ!! きゃ、ヒ!」

 確認する。とりあえず、ユーリの胸をもんで反応を確認する。ユーリは早熟な体なのか、ただ触るだけで嬌声を上げる出来上がった体だ。

「なにして、いや、なにその表情。どういう感情でユーリの胸を揉んているの?」

「……そうか」

 歯を食いしばって視線を背けるその表情に男性性の成長を感じて、胸が冷たくなる。

 フリッツを見つめながら、どうしていいのか分からず、出来上がったユーリの体を布団に押し付けて毛布をかける。

「え、どういう感情表現? こっちになにをさせようとしているの」

「まぁ、いいだろう。私は仕事があるから。王都に行ってから東のフィン国に飛んでいくことになる」

「それの、飛ぶが比喩表現じゃないのってすごい怖いね」

「鍛えた甲斐があるだろう」

「それはそうだね」

「ではまたこんど、私は王都で待つことになるだろう。細かい移動はもうすぐここにくるセシリアに聞いてほしい。王都の住居は私の実妹から借りたから、コルネリアの使いに案内してもらえ」

 そいって部屋を出る。

「じゃあまたな」

「うん、まって」

 そのまま家の外までついてきてなにを言われるかとおもった。

「僕が成長したのがいやだったの?」

「え」

 不快そうだった。そう思った。

「それとも、僕が子供のままだって思っていたのか?」

 いや、そこまで不快という感じでもないのか?

「う、ん。私は」

「……ごめん」

 なぜ、謝る? 疑問は私の心の奥を波打つように慌ただしく煩い。

「違うんだ! 私は、違う。私は子供で居てほしいじゃなくて、私が……! そうだ。それが、いや、でも」

「ごめん、傷つけたいんじゃない。ただ、嫌だって伝えたんだ」

 …………じゃあ。

「大丈夫。ただの変なノリだよ、そこまでのことじゃないから、くはは」

「……そう、普通に引いちゃったよ。はは」

 笑って苦言を呈して話は終わるのか、

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