できれば、三年
「ひどい有様だね」
血溜まりと、瓦礫の中心で余裕綽々な私は、シミ一つ衣服に付着すらさせていない佇まいで呆れるばかりだ。それいがい何しろっての、
「私が居たからこの建物と敷地内は廃墟で済んだけど、居なかったらここら周辺……魔力の量から街を半分転がった後に止まるだろうけど、それ全部が更地だったわよ?」
「いや、コルネリア子爵はよくやってくれましよ。それでもこれでは……、やつらの自爆、酷いものですねって話しですよ」
それはそうか、苦言を呈する彼が瓦礫の中からやっとこさ見つけた書類から埃を払って内容を確認する。
「最後の熱のことを言ってるんじゃないわよね? あれ、私の魔法だし」
「いえ、そんなわけではありませんよ。勝手に転がってろって時間稼ぎの手段ですよ」
夜も夕闇から星あかりに代わり、錬気による感覚の強化にも限度があるので、彼は2つ、部下が持ってきたカンテラを灯し、片方を私に押し付けて気楽なことを言う。
「これで、うん、これまでのも全部で、おおよそ必要なものは集まってるので、コルネリア子爵は第二の故郷に帰郷でもしたらどうですか? こっからだと我々は検証しながら書類集めることになるので時間かけますから」
「あー、うん、いや、それがいいのはそうなんだが」
何故か、気分がモウマドへ行きたがらない。それどころか遠ざかろうとしてしまう。
「なにやら事情があるのは、まぁ、そうなんでしょうけど、だからこそ話さなきゃ何もスタートしませんよ? コルネリア様は多忙でしょうに、こういう時間は休むか自分のために使うことが……王国としては望ましいかと思います」
「……私に、そんな資格」
言いかけてわざとらしく、大仰なため息を吐かれた。
「さっき寄っていたでしょうに」
「あれは、仕方なく」
「聞いてますよ。俺、ウーナからある程度」
体がこわばる。眼の前の彼には、どうすればいいのか、分かっていて避けている事実を察せられているのだろうという事実に臆病になってしまう。
「どの程度」
「さぁ、どう言って表現しましょうか? コルネリア子爵がモウマドに本当は帰りたいって思っているんだろうなって分かる程度ですよ」
「…………」
「睨まないでくださいよ」
「すまない」
そんなつもりは無かったが、ウーナレクディアにすら自分の本心がバレているのかと思うと、明確な恐怖を感じざるをえない。
「大丈夫でしょうよ。いまさら、コルネイユ家が貴女と手を切るなんて不可能なんですから」
「そう、なんだがな」
「じゃあ、これはプレゼント、預かっていてください」
「なにこれ?」
刀身がなくなった剣の持ち手、私が投擲したものを自分で処分しろと言われたのかと思った。
「下で死んだ主犯格、エイデルハルトが持ってた魔剣。処分するべきなんでしょうけど、私に処分できる自信がないので一任せちゃいます。廃棄できなかったら私宛に連絡してしばらくどっかに保管してください」
「……そうか」
意外な回答に適当に返事してしまうが、こんな刀身が残っていないゴミにどんな魔術が備わっているのか、あんまり興味もわかなかった。ふらふらと、私は逃げるように山道に向かう。
「ちゃんと、帰るんですよ?」
「う、そうだな。いいのかな?」
「必要だと思いますけど」
◆
入れない。ドアをノックできない。
気配を感じて向こうから迎えにきてくれないかなと願って地面に靴を擦って音を立てたりしながら、気づかれるんじゃないかと思うと気配を殺して近くのヤブに隠れてしまう。
隠れているつもりはない。向こうが少し視線の位置を動かせば窓から見えそうなギリギリに隠れているだけで、本当は隠れてなんかいない。
「お姉さん、なにやってるの?」
農村の往来で騎士装束なんて目立つ服飾ではそりゃ子供にも奇異の目を向けられるだろう。そりゃ声を駆けられるだろうさ、
「あぁ」
「コニア嬢? あぁ、フリッツ坊の居場所はそこであっているぞ」
「えぇ」
坊やと一緒に歩く昼はヘリの番を務める元帝国騎士のおじいさんにわかっている答えを明確に告げられてしまう。
「そうだな」
「入らないのかい?」
入れないのだ。
「私は、顔を出していいのでしょうか?」
「いいんじゃないか?」
おじいさんは気楽に言ってくれる。
「ほら、お姉さんも一緒に」「いやっ!」
子供に手を引かれて思わず明確に拒絶してしまった。とっさだというのに錬気をしなくてよかった。
「あ……いや、済まない。少し、時間をくれないかしら?」
自分でも戸惑ってしまう自分の拒絶に、子供は目を丸くして問いかける。
「お姉さんはいたずらでもしたの?」
幼い子供の問いはよくわからないが、純粋だ。
「なんで?」
「怒られるのが怖そうだから」
「いたずら……そうかも、そうだね。私は、そんなつもりじゃなかったんだけど、怒らせてしまったんだ。そういうことなんだよ。きっと」
「なら、謝らなくちゃ」
「え?」
「違うの?」
「違わない」
そういえば、私は言い訳こそすれど、
「そうだ。まだ謝ってなかったわ」
「じゃあ、許されないよ」
子供の正論は心に来る。
「そうだね。そうだ。私は、フリッツを傷つけて、それでも自分の」
自分で自分の気持を言語化できない。私はずっと、まただ。またフリッツのことを考えてなかったんだ。
「コニア嬢、時間がほしいなら坊を呼び出したって」
「まって、少しだけ」
手で制するが、すぐに閉じる。
「そうだな、フリッツに」
「あ、ユスティン、ヘリのおじいさん。コルネリアも、よく着たね。すまないね。ひさしぶり、ユスティンいや、いきなり出ていってごめんね……いや、ははは、笑い事じゃないね」
フリッツが少年となにやら苦笑からスタートして文句を言われ、平謝りで済ませる。
「コルネリア、話があるんだ」
フリッツの甘えるような色が顔ににじみ、私をすがりつきたくさせる。
「なにかしら」
「いや、一ヶ月に一回くらいでいいからここまで連れてきてくれるか? 学術都市からの往来って、僕じゃどんなに早くても半月より掛かるから、ここにきた移動法なら、……痛いけど、速いし」
感激した。いまになってもこんな私を頼ってくれているのだ。
だが、そういえば戦闘が終わっていまになって伝える時間ができたのだ。説明しておこう。
「あぁ、それは問題ない。快く引き受けていいわよ。だけど、貴方をここに連れてきたあと一度戻って受けた事後承諾の関係で一旦王都に向かうことになるわね。数日あとにはアンドロマリーも王都入りするはずだけど、一旦はセシリアからいくつか……異せ、機密の関連で頼まれてて欲しいそうね。これは王命でもあるから、拒否権はないから」
「んー、わかった。は、王命!? いや、便宜上の宛名か」
「便宜上なわけがあるものか! 当たり前でしょう。代理人伝てとは言えども、フリッツがアンドロマリーに半ば強引に取り入った内容が、いや、アンドロマリーが貴方を取り入るためにやらせる仕事が、その、それなんだから」
「うん。そうか、そうだよな。そうか」
「それに貴方は王都ではアンドロマリーが側室を、あぁ、アンドロマリーは結婚する気が無いって言われてて、それが後継者を作る気になる相手をみつけたんだろうって言われてる」
「え、なにそれ」
「気分が悪いでしょう?」
「ユーリの、僕が進みたい明日の道のため、仕方がないことだな。はは」
何故笑ってられるんだ? フリッツは、貴方は、私が……! だめだ。感情は見せずに切り替えよう。
「義務は果たせ。やりたいことがあるなら、なおさらね」
「……そうだね」
「そうねそれと、フリッツに言わないといけないことがあるの」
「これとは別に?」
急激な唇の乾きを感じる。
「あぁ、私の、個人的なこと」
「あ、夜も冷えてきたんですから、出先でなにか話してないで入る入る」
いきなり現れたユーリに入室を促されて言葉を遮らてた。それに果たしは心からの安堵を覚えてしまった。その感情への言い訳を考えそうになり、さらなる自己嫌悪を沸き立たせる。
「ユスティン、みんなにはもう言ったけど、これからしばらく宿題を出して、戻れるタイミングで戻って魔道の勉強をするから、ここの本を読みたいときはこれからもユニーカから許可を受ければ自由に読んでいいから」
部屋の中にはいると、長テーブルに紙と本を並べてなにか教えあっている。
「何人もいるんだね」
「ここ数年、一通り使える魔術と、魔道の勉強を教えてたんだ」
私がいたころからセシリア教授がやっていたようなことをやっているんだな。
「いや、セシリアもくるし、出る前はすこし、やってなかったけどさ」
「ヴァンの野郎は? ……すまない」
そういえば、あのクソ野郎は死んだって言っていたな。
「いいよ別に、いろいろあったから」
子どもたちに勉強を教えてはじめて、急な折に私に手を向ける。
「お姉ちゃんに、魔法教えたから」
そう言ったのだから私に向かってなにか言ったのだと思ったのだが、そういうつもりもないらしくそれで終わって子どもたち、と言っても少し年下くらいの少年も混ざったみんなの質問攻めを受けていた。
「そう、あれからずっと」
教えていたのか、誰かに
◆
紙くずと、インクの片付けなど気軽な掃除をしているといつの間にか一人になり、子どもたちが居る途中から姿が全く見えなくなったユーリはいいとして、そういえばあの女の姿を見ないな。一度姿を消したフリッツが二階から降りてきたので聞いてみる。
「あの人は?」
「誰?」
「新しい被害者……」
子どもたちが帰り、静かな中、質問しづらく代名詞的な表現を使うことに困る。なんと言えば良いのだろうか?
「まだ、眠っている。いや、眠らせている」
「そう」
「実は解毒を試みるか迷ってるんだ。しないほうが、いやしたほうが……ってね」
「したら、いいんじゃないの? しないと言葉喋れないんでしょ?」
「確かに、護送するならある程度正気を取り戻したほうがいいと思う。副作用を考慮するなら自然回復を待ったほうがいいかもしれないから、緊急性のある毒物じゃない上に……しかも、遅効性の高い変な混ぜ物が入ってる。下手に解毒すると毒性を高めるんじゃないかって、正直性質がわからないから肉体への安全を考慮するならしないべきだが、移動への安全を考慮するならするべきだろうって」
よく話わからないが、移送次第ってことだろう。
「そこら編は、魔道士たちと相談するといいわ。あの人達は研究者だけど、大抵の剣士より強いから」
「コルネリアよりも?」
「だとしたら練気で戦う剣士はみんな廃業ね」
自分で言ったら吹き出してしまった。
「なぜ笑えるんだ」
「だって」
その程度に私に勝てるのなら、みんな私に勝っているだろうし、
「誰も、並び立ってくれないから……ところで、そうね。それで、フリッツあのね」
「じゃあさ、コルネリアの部下を連れてくることってできないの?」
「部下? わたしにはいないわ」
「ん? 前に妹さんの家に居た使用人の方が第二親衛隊の隊長だって言ってたような」
嫌な話だな。
「あぁ、あれは体よく第二親衛隊に拘束している人質たちを管理して、もしもの際は首を斬る責任者って意味よ」
「首を」
「比喩表現じゃないわよ。前に騒動が起きた時に色々やらかした貴族たちに、『お前らの家は騎士の裁量次第でお取り潰しにできるんだぞー』って脅しをする必要ができて」
「脅し、そうか、安心した」
ダメだな。それで安心させては、
「ごめんなさい。これは脅しじゃないわ。実際に隊員が三回、全部で1000人より多く一度総取っ替えしているわ」
「そうか、なんだ。その」
殺しまくった私にどう思うだろうか、仕方がない敵だったとはいえ、不快に思われるでしょう。でも、王都に行ったら知ることを避けられないことなのだから、悪い面は自分で伝えた号が良いんだろう。
「大変だったんだな」
何故そんな答えになっているのか、驚いて何も言えずにいると言い訳のような言葉が並び始める。
「コルネリアが大変な状況だったって知らなかったらから、少しでも帰ってこないことに不満だったんだ。それでも、出る時に弟であることを否定されたのは、傷ついたし、今でもなんて言えば良いのかわからないけど、でも」
「ありがとう……」
「そんな顔されたら僕は、あぁ、まただ」
「うん、だから、言わないとならないことがあるわ」
ジークフリートは困ってしまう。怒ったような迷ったような、悲しそうでもある顔。
「なに?」
「ごめんなさい」
私は頭を下げて、床を見つめた。
「なにに?」
「……私が、あなたとの思いに不誠実な態度をとったこと」
「どれのこと?」
「まずは、あなたに恋を抱いて、弟であることを否定したこと。ごめんなさい」
苛立っているのに、吐き出しづらそうないきを吐きながらフリッツも言葉を絞り出す。
「そうだな……、あんたはっ……! いや、いまさら」
「だけど、私は」
「いや、いい」
両肩を掴まれて頭をあげられ、密着しそうなほどの距離に悲しそうな表情がある。
「僕も、離れるのが嫌で、どうにかなったんだと思う。僕もダメダメだった。だから」
もう一度頭を下げようとするが下げられないように肩を掴まれる。これじゃ、目を合わせないとダメじゃない。
「『ごめんなさい』は、僕もだ。ごめんなさい」
「そんな! 私がいけなかったの、貴方をひとりぼっちにしてしまうっていうのに感情を何も考えなかったんだから」
「じゃあ、そういうことで、僕らはどっちも悪かった」
肩を手から力が抜け、寄りかかってくるように体重がかかる。
「そうね」
「僕は、寂しいんだ」
「うん」
「ユーリに恋をしてる」
「それはそうでしょうね」
「わかってたのか!?」
「弟が大切にして、弟を大切にしている人だって分かってなかったら、フリッツが眠っている間に私はユーリを守ろうとなんてしなかったわ」
フリッツは正面から、もたれかかって私に抱きかかえられる。耳元に呼吸が置かれて、疲れた声で眠る前に一言。
「でも、今は、姉に甘えさせて、できれば、三年分」




