プロローグ1
何度も轟音が地上で鳴り響き、グラグラと地下は揺れ、この世の終わりかのように視界が揺らめく。
「上でなにが起きているんだ……?」
まさか、本当に爆弾でも? ……鍛えた兵士やコニア姉なら無傷で済むだろうけど、それに含まれた毒物や周辺への影響を考えたら、一体どうなることやら。
「考えるだけ無駄か」
にしても、地下に入った直後、数名の構成員と戦闘になり無駄に時間を食ったとは言え、それ以降まったく誰ともすれ違わずに地下へ下ってゆく。
最初のうちは目立たなかった通気ダクトもその地下が深くなるほど、多く、目立ってゆく。
「これ、地面の中スカスカになってないか?」
そう思ってしまうほどの通気口の多さ、……いや、まさかこれは空気を入れるためのものじゃなく、
下りきると巨大な空間にたどり着く。
「眩しいな」
魔力をありったけ流し込まれて輝く魔法陣の回路。式は、妙な改造がなされているが一体何の……人が集まる影を見てその異様さに
「いやー、困っていたんだ。助かったよ」
魔法陣の真ん中にバタバタと倒れるゴロツキどもを背に、少し離れた祭壇の上で椅子に座る。……ユーリの方に触れていたそいつは気軽に僕に振り向く。
「やあ、数日ぶりだね。君は……御使い様の騎士だったりするのかな?」
「さぁな、僕はかって動く旅人だ。騎士なんて無粋な立場ではない。まぁ、親父はキュンツェンドルフ帝に使えてたらしいけどね」
「そうか、先々代の」
ショーテルの先に水鋸の魔術で高速回転する流水を生み出す。本来煩わしい音を響かせるはずの円盤は、ショーテルの背に彫られた魔術式の影響で静かに流転する。
「あぁ、キュンツェンドルフ帝を先代と言わない辺り、お前と話したくなくなったな」
「そうか、君はお父様が嫌いなのか」
「あ?」
真横から伸びてきた半透明の塊に円盤を当て、瞬間的に削りきられそこに含まれているであろう毒素は流水越しに発動するいくつかの浄化の魔術で無害化する。
「不意打ちとか、味な真似をできる辺り、お前も僕と同じで下賤な身分みたいだな」
「なんだと……」
魔法陣で魔力が読み取りづらい倒れる兵士たちの中に、不意打ち……いけるか? それまでに、できるの限り気を引かないとと思いながら階段を降りきる。
「事実だろうが、愚帝を慕ってその後継者が存在するなどと世迷言を吐いて国民の幸せを邪魔する敗残の将はな、兵士が優しくないと殺される身分なんだよ」
「……はは、よくわかっているっているじゃないか。ただ馬鹿にしているわけではなさそうだ」
罵倒したっていうのに、何故か気分良くなったみたいで話に反応した。刺すか、
「お前は嫌味も理解できない馬鹿みたいだがな」
「その手には乗らんよ」
糸を通した氷の棘を糸ごと炎と熱波で消されてしまう。
「ほら、御使い様の肌。どう思う?」
片手を鋼の魔剣に添えながらユーリの首筋をみせるために、彼女の髪を持ち上げる。
「まさか、こっ」
「殺してなんかいないさ。まだ、殺すには困っていてね。それよりほら、見てくれよ」
……なんだこいつ。
「狩りの自慢ならそこらへんの死体にでもきかせたらどうだ?」
「死んで、ないんだけどね」
いや、見える兵士は皆胸に統一規格のナイフを突き立てられて……動いてないのだから、死んでいるだろう。死んでないなくても時間の
「御使い様はこの三日間、ずっと眠ったまま、飲まず食わずで一切のこちらからの処置もしていないというのに、生命を維持して健康体でいらっしゃる」
飲まず食わず? それって、
「焦る話じゃない。前の御使い様が言うには『フェイズ2』なるものによるとのことだ」
「無意識に錬気をつかっているとかじゃなくてか?」
「錬気を極めたとしても無意識では限度があるさ、我々が身体能力を強化数時に使う。錬気と確かに似た作用があるが、御使い様たちの『フェイズ2』の性質は全く異なるもののようだね」
ユーリから手を話し、魔剣を両手に構えて魔法陣の真ん中でバタバタと倒れる部下を間に入れないようにして階段をおりたばかりの僕に向き合う。
「錬気とは内なる魔力を正確に操り、組み上げた帷子を纏うようにして身を守りその副次的な結果として身体能力が底上げされる技術だ。だが、御使い様たちの世界にある『フェイズ2』は違う。御使い様たちが魔法を身に宿すことで、御使い様たちの体が成長し、人間でなく『異能使い』なる存在に置き換わることを言うそうだ。故に意識がなくとも堅牢で、絶食してもなんともないのさ」
「興味ないな。そんな事情」
異世界の情報なんて、聞くだけ碌なことにならない話だ。流水の円盤を二枚、先端で回転さたショーテル二本を構えて、目の前の男がいつ斬りかかってくるのか、待ち構える。時間がかかればコルネリアがきてこっちの優位が確立されるんだ。これでいい、
「そうかぁ……。残念だねぇ。御使い様たちがカルト教団から信奉される理由を知っていないからそんなことを言えるのかな?」
「なんだと?」お前もカルトだろうが、
「教えてあげようか……、御使い様たちは彼らの世界でも、人間として扱われていなかったそうだ。故に、我々の世界に来て少し信奉すると我々の力となってくださる。神はそういう者を贄の対価から選んでくださるのだよ!!」
空中に決まった形のナイフが何本も宙に浮く。いや、糸で吊るされて糸が自在に動いているんだ!
「このナイフ、刺されると死にはしないが、贄になる準備を体が初めてね。あまり価値のない部下には皆、まとめて贄になってもらった。計算では過分に足りるはずだったんだが」
僕の周囲に、ナイフと、ナイフとナイフの間の糸、金属か? それが
「贄が、ね。戦える駒は上の方に置いたせいで、ほんの少し魔力が足りなくて儀式が始められなくなって。この街全域に毒ガスでも撒こうかと思ったんだ。この通気孔、うまく作ったんだ。我らが臣民を失うのは心苦しいが、神の贄になるのだから栄誉だしまぁ、いいだろうと。そんな時に君がきてくれたので、毒を散布しようと思う!」
いきなり大規模な緑と水、風の3つの魔力属性因子を利用した魔術!? 大量の毒を散布してきたので、全力で動物毒と神経系の化学毒の浄化を
「ばっ!?」
剣が伸びた――。眼の前の男が構えていた剣が間合いを伸ばして僕の太ももに突き刺さる。
「君の魔力はずいぶん大きく見える」
周囲に吊るされ縦横無尽に動くであろうナイフに油断してたわけではない。剣が伸びたのにはギリギリ反応できたというのに、確実殺す位置ではなく太ももに浅く刺さった程度ですぐに抜けた。
「ぐぁ」
太ももから一瞬にして全身広がる灼熱と針のむしろになったような痛みを耐えながらショーテル先端から流水の円盤を投げ飛ばし、魔剣を斬ろうとしたが甲高い音が響くだけで来れそうにないので、長大に伸びた刀身に沿いながら男の体に当てる。
「はい、はずれ」
背後から男の声がして、背中になにか刺される。男が居たはずの場所には魔剣を持った泥の塊が切断されたマネキンみたいに佇んでいた。
「な、ぐああああ!」
「痛いだろ? それ、ふつう死ぬんだ。そう、血が吹き出して。だけど、ほら、君は水の魔法を極めたとか……ははっ、言っていただろう?」
何を刺された? 痛い、目が、腕が、体中の血管が溶けながら異常を告げる。
「こんなもん、酸じゃないか!」
男が泥で作った剣をつかんで、浄化魔術を維持して無害化し続ける。
「それを気軽に触れる君はなんなんだい?」
周囲のナイフが動き出し、泥の剣の先の僕に向かってくる。腕を抱え、胸だけは防御する。
痛い。
全身に突き立てられたが、まだ!
「あー、よく、立っていられるね」
そう言ってナイフの上から腹を蹴り上げられて、腹が裂ける激甚の痛みに感覚がかき乱されながら僕の体は転がって背中のナイフがより酷い痛みを告げて痛みののたうち回る。
「――――、――!」
痛い。全身が、刺されて
「はい、これを君の胸に突き立てれば儀式は完了する。御使い様も死んで、次の御使い様を神が工面してくださる」
「――――!?」
言語を話せなくなるほどの痛みに悶ながら、敗北条件から逃げるように男から離れようとするが、
「無駄だ。ほら」
男が僕に馬乗りになって、儀式ナイフを振り上げる。
「僕の勝ち」
もがくことすらままならない、痛みで僕は
…………? 何故だ。何故、僕に胸に突き立てられたはずのナイフは僕のマウントポジションをとる男の胸に突き刺さっている?
「え……?」
男は困惑して、僕の体から転がり落ちる。
状況がわからないが、僕は体に入り込んだ毒の浄化を落ち着いて専念し、呼吸できる段階までたちなり、体に刺さったナイフを順番に魔術で止血しながら抜いてゆく。
「なにを、した……?」
力なく転がる男に問われても僕もなにがなにやら
「ごめんなさい。私がやったの」
眠っていたはずのユーリが椅子から立ち上がって、すぐそこにいた。
「な…………毒が……昏睡し」
「……当たらなかったわ」
なにを言っている? なにが外れたと?
「もしも……あなたが用心深く、私のたぬき寝入りに気づいていたら、こんなに簡単ではなかった」
体からナイフを抜いて止血を一通り終わった僕をみて、心配そうに見つめるユーリは男に一瞥もくれずに、ダメ出しを始める。
「あなたのナイフが、私の近くに置いた時点で処理をしておいたの、フリッツに胸に当たらない。あなたのナイフは、フリッツに当てようとした瞬間、自分の心臓にあたったしまう。と」
男がなにか言い出そうとすると、魔法陣がより強い輝きを放って部屋中が眩しく照らされる。
「光って、ユーリ、大丈夫!?」
「えぇ、大丈夫。大丈夫よ。私の能力は大丈夫になっている。私に向けた攻撃は必ず外れて、私の攻撃は必ず当たる。周囲の状況はずっと見えていたの、ほら、目を閉じていたところで、視線は周辺へ当たっているって」
より一層輝く魔法陣に呼応して感じられる魔力が消失していくこの男が、床を這いずりながら鮮血と恨み言を撒き散らす。
「よくも……神の…………私に歯向かうことは、神に牙むく」
「……じゃあ、あなたが勝手に天につばを吐いたってことでいいんじゃない? あなたの死はあなたの唾よ」
ユーリはまだ、その男に全く目を向けず。僕を抱える。
「また、体が冷たくなってる」
正面から抱きしめられた安堵で立ち上がるために緊張が抜けて膝が崩れるが、ユーリが優しく抱きしめてくれる。
「貴方にとって、私が神の使いなら、貴方の神は貴方の死を望んだということじゃないかしら?」
言葉は男に向いているのに、優しく僕を背中に背負ってユーリは階段を登り始める。
「待って、ユーリが帰るべき世界を調べるために、この魔方陣を模写しなくては」
「……いいんじゃない?」
「なにが」
「私、知らない場所にいたくないと表明したつもりはあるけど、元の世界に帰りたいって表明したつもりはないわ」
……?
「ごめんなさい。私に、帰る場所なんて本当は無かったの」
「え、いや」
「ずっと、貴方を利用してて」
じゃあ、僕はなんのために、
「ごめんなさい。私を、見捨てていいのよ。騙してた私なんて」
いや、僕はユーリに、『捨てる』……? そんな選択肢は最初から無い。
「いやだ。僕は、ユーリを帰るべき場所に帰す」
背中越しに残念そうな気持ちが伝わる。だからこそ、
「もし、帰るべき場所が向こうの世界に無いなら、こっちの世界に作ってでも! だ」
気恥ずかしいことを言ったら、ユーリの戸惑いを階段をのぼる足並みから感じた。
「あぁそうだ。言っただろう僕は、ユーリに一目惚れしたんだって」
「それってただの」
「本心だ! 適当な詭弁じゃない。だから、僕は……」
続きの言葉が出なくなる。なんて言ったらいいのか、分からない。
「そう、ありがと」
階段をのぼる足並みが軽くなった気がして、それを確認しようとしたが、その前に、上から降ってきたギュヌマリウスと合流して、もう一度階段を降るとこになった。




