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「この世界は、君のいた世界とは別の世界で、別の世界だから。物理法則もだいぶ違う……らしい」
「…………ん? えぇ、うーんっと……異世界?」
「違うのか?」
「あぁ! そういうことか!」
背中からいまいちピンとこないのか、反応が一瞬なかったが感嘆の声が上がると、彼女なりに言葉を噛み砕いた認識を確認する。
「そうか! だから貴方も普通に魔法が使えるのね? そうよね」
「魔法は使えないかな、流石に、使うのは魔術だね」
「まほ、え、なにか違うの?」
「それは後で話すけど、先にさ、重要な話があるんだ。ここが異世界であることを理解したなら続けるけど、大丈夫かな?」
「え、えぇ、状況が異常なのだから……異世界でなかったとしても……信じるしか無いわ」
山道を下りながら見てみると、普段意識しないその路面には普段意識している以上に砂利が多く尖っていたと背負って正解だったことを再認する。
「了解、じゃあ続けるさっき持ってた板みたいななにか、あれ、情報が浮かび上がったやつ」
「ん? あぁ、スマホのことね。……あれっ! しまった、落としちゃったみたい、どうしよう」
「そう、それ、あれって機械なんだよね?」
「……? そりゃそうでしょう。機械以外のなんだっていうの」
「こっちの世界だとさ、機械と呼ばれるそれらに関する情報、仕組み、構造、使い方、なんなら現物を持つことも含めて、その情報に関わる話をしたら……普通に極刑なんだ」
「きょっ……!? 極刑!?」
「うん、ほぼ確実に死刑。扱いとしては大量破壊兵器製造関連の各国の法律になるから、君が異世界人であることも隠さなくてはならない。バレたら、……機械のことを話さなくて運が良ければ極刑は回避できる場合もある。だけど、極刑でなくても自由に死ぬことも生きることはできなくなるね。そう考えたら、落としてしまったのはごまかす上で幸運とさえ言えるかもしれないね」
「なんで、そんな重罪に……」
「昔、バカが異世界人から聞き出した技術を持ち出して大きな戦争を起こしたからだよ。とても大きな戦争を、たしか、20年くらい前までは散発的な小規模な戦争を繰り返していたらしいし、年齢が高い人ほど異世界そのものを憎んでる。これから向かう村は老人多いから注意してね」
「そ、……そうだとしたならなんで貴方は? 助けて大丈夫なの」
背中の重さが増えると錯覚するほど徐々に体がしんどくなるのを感じるが、もう少し坂を下ったら集落の端の数件の家が塀越しに頭をのぞかせて見えて来ることなので、だめとわかっても油断して笑みがこぼれてしまう。
「全然、大丈夫とは到底言える状況ではないね。異世界人を匿うとか、殺されても文句が言える行動じゃないね」
気を引き締めないとならないっていうのに、もはや襲ってくるような場所じゃない位置まで着いているのだから、落ち着いてしまう。落ち着いてしまうからこそ饒舌になり、急いで説明を終わらせようとする。
「あぁ、だから、隠してよ。君が『人さらいから逃げてきた』って言ったことにして、その言葉を鵜呑みにした僕が、事実を隠されているという体面できるだけ匿ってあげるから」
彼女の訝しむ声は半ば呆れるような色になり、ため息をつく。背中でため息を吐かれると自分のため息よりも近くに感じるものだな。
「そんな嘘で、大丈夫なの?」
「大丈夫ではないね。これでも不十分だ。だけど、事実しか言ってないだろ? 人さらいから逃げてきたところを保護した。嘘なんてつく必要もない」
「そう」
集落の門番を務める老人が見えた。僕らの世代から愛称で呼ばれてばかりだから、そういえばおじいさんの本名知らないな。などど、気づいたが、別にどうでもいいので愛称を叫ぶ。
「ヘリのおじいさーん! すみませーん、おはようございまーす!」
縁のおじいさんの彼に僕らのボロボロに擦り傷だらけの姿を見られてギョッとされるが、逃げ切れた安堵からおじいさんに笑顔で手を振って声を出してしまう。
「ちょっと、大変なことになりましてねー!」
遠くのおじいさんに呼びかけているとおじいさんが驚いた表情で駆け寄ってくる。そんなに焦る必要はもうないのだが、
横腹が熱い、捻れて焼かれたのかと思った。
――――――?
短剣が突き立てられて抜かれた一瞬で赤色が吹き出した。
横腹に現れたフードの男に、僕が気づくのにずいぶんと遅れてしまった。おじいさんに挨拶する場合じゃなかった。気を張っておくべきだった。
転がる僕と一緒に落ちる少女をつかもうと男は腕を伸ばそうとするが、駆けつけたおじいさんが魔術で何もない場所から空間を無視して呼びよせた剣を取って男へ斬りかかり、男に避けられる。
「フリッツ坊! くそ、貴様!」
距離をとった男の横に先程の背の高い女が現れ、向き合った後ろ寄りの側面からゴロツキ風の男も現れるが、不意打ちにおじいさんは振り下ろしに反応して背面越しに虚空からいきなり現れた剣で受け、振り返りざまに片手で持っている剣で腕を切り落とす。
もう一方に握ったばかりの剣を魔術を練って正面の二人に投げ飛ばし、腕ごとこぼしたゴロツキの剣を奪って、取り返したかのように自然な様で腕ごと掴んで喉に突き立てる。
「ジジィ! じゃましないでよ!」
背の高い女が近寄るが、両手で剣を構えたおじいさんの構えを見て距離を保って構え直す。が、近寄った時点で手遅れ。間合いから抜け出せていない。
「は!」「――――ッ!」
女が言語化不可能な絶叫をあげた。
ヘリのおじいさんが踏ん張る掛け声を上げると同時に絶叫したので一瞬意味がわからなかったが、視界の外れから短剣を蹴り上げて女の足に刺したのだ。
「ぐう、戻るも下がるも地獄なら!」
残った男が腕をふると、粒のような火の粉を撒き散る。
「御使い信仰の者か」
おじいさんが三人共通のローブを見てか、それを言うと女に刺さった剣が魔力を帯びながら高速で回転し、当たった女の体の部位をブロック状にぶつ切りにする。
「ィャアアア、死にたく――」
女の体は回転する剣にまず脚を分解され逃げることもできず、断末魔も一瞬にしてブロック肉になる。
男の視界が一瞬女に向いた隙きを見て前にデタラメに投げ飛ばした剣がローブを貫通して胸から生えるように突き出して高速回転を始める。
火の粉がブロック肉を避ける順路でこちに向かう途中、まだ半分の距離も届くまえに剣の回転に引き寄せられ男のもとで爆裂した。接触を条件に爆発を始める火の粉。爆熱と回転する剣により、一瞬で業火の竜巻につつまれ空間にあった男のミンチは焦げ肉になる。
「ぐぇ」
ハンバーグになった死体を一瞥すると、おじいさんは僕を前にする彼女に手を伸ばし、立ち上がらせると僕を見て険しい顔付きになる。
「こいつらの実力は訓練を受けた兵士ではない。だが、伏兵がいるかもしれん! 嬢ちゃん、ついてきなさい」
作業着を脱いで僕の傷口に押し当てて、僕を抱え込んだおじいさんが少女に声をかける。
おじいさんに触られて一瞬熱いと感じた。僕の体はずいぶん体温が下がっているみたいだ。
「くそ、止まらん、深く斬り込んでっ、くそ。金属の血液毒も塗ってやがる!」
監視小屋に駆け込んで中にいた誰かにおじいさんが叫んだところで僕の意識は暗転する。