目を逸して
見えない。圧力に目を潰された。
三半規管が急激な半回転を感じると、衝撃波を受けて風属性の魔力因子をありったけ使って保護していたはずの胸も腹も内側から殴れられるようだ。
胸からなにかこみ上げて鉄臭い吐瀉物になる。
「おぇえええ、うぁ、うぅぅああぁ……」
「フリッツ、落ち着いて今、目を緑の魔術で治す」
緑の属性を目に感じると視力が徐々に戻っていき、後ろから目を塞がれるような体位になっていることを理解した。
「見えた、あとは自分で治す。この格好、『だーれだ?』ってやっているバカップルぽいから嫌だ」
「あら、バカップルは嫌い?」
「コルネリアと恋愛関係みたいになりたくないだけ」
「冷たいわね」
「流石に気持ち悪い」
「それはひどすぎるわよ!」
「ほとんど姉と思っていた相手から恋愛感情を向けられるのは気持ち悪いだろうがっ!」
吐いた直後に叫んで余計に気持ち悪い。
「昔からアンドロマリーを運ぶ時はこうやって私が直したものよ」
そういって、生命の循環に干渉する緑の魔力属性因子を乱暴に練り上げで、胸と腹に自己治癒能力を向上させる術を使う。
「え、アンドロマリーさん。これを耐えたの……?」
単独で医療の魔術一通り使えたり、化け物かよあの人も。
「いや、最初は耐えられずにフリッツより酷く吐いて腕も内出血をしていたわ。今では耐えられるけど、未だに目だけは圧力の減衰に耐えられずに失明し直すわ。自分で治すけど」
……だから、医療用の魔術を使えるのかな? とりあえず、緑の術を自分で細かい部分は自分でかけるとしても、しばらくはしんどいな。
「だが、これで一時間とかからずに……見覚えるある丘まできた」
少し上った先に、見慣れた農耕地帯が景色として広がる。
移動手段を短縮するためにコニア姉を同行させるという提案を拒まずに呑んだのだ。痛くても文句ばかり言っていられない。
「一時間? 十分も、いや十分はかかったかも、二十分もかかってないわ」
「誰だ?」
茂みから大剣を中段に構える見知った老退の兵がいきなり現れる。
「あ、ども」
「フリッツ坊!? そちらは、いや、君は」
「どうも、お久しぶりです。ヘリのおじいさん」
幼い時から知っていた爺さん。普段からここにほど近い街の外れの位置する小屋で見張りをしている人だ。
「今の音は?」
「旧帝都から私が跳躍して着地した音です」
馬車で移動して15日かかる位置をひとっ飛びで着たという荒唐無稽な発言にヘリのおじいさんは頭を抱える。
「本当にできたのかぁ、それ」
「たぶん、言っていた通り、昔からやろうと思えば」
「そうか、で、なんでまた? 今に、王国兵士たちが近くに駐屯してなかなか慌ただし」
爺さんに遅れて数名の兵士と一人の知っている士官がその場を囲うように駆けつける。
「……!?」
「なぜ貴女が」
「え、コルネリア子爵?」
兵士たちは困惑を隠せず、士官たる彼はなにか考えたような顔で右手の剣をしまう。
「あ、すみません、お邪魔します」
「……ごめんなさい、ギュヌマリウス」
素直に謝るしかなかった。
「まぁ、俺は自分の仕事するけどさぁ」
◆
「……本が増えた。棚が」
「あぁ」
体の痛みが引くまで横になるために実家に帰ると、かつて何度も見た僕の家を見てコルネリアは棚を見て感想を述べる。
「掃除、してくれたのか?」
「えぇ、フリッツ。準備も何もなくいきなり飛び出していくんですもの。生ゴミの処分とか掃除とかということは全部私がやったのよ?」
鍵を管理してくれていた故郷の幼なじみに苦言に申し訳なくなってしまう。
「……ごめん、ユニーカ……僕はどうしたら良いのか、だんだんわからなくなりそうになる。やりたいことは全部、決めたんだ。だけど」
「えぇ、私はソレを望んでいたわ。フリッツがやりたいことをやることを」
「……でも、僕は」
「納得出来ないんでしょ?」
見つめられる。懐かしい、全部見透かされるような感覚だ。ただ、目を逸してくれないだけなのに、
「まだ、世界の全部、納得できてないんじゃないの?」
「うん、まだ」
「なら、進めばいいわ」
僕のことを肯定しくれて、照れたような顔で顎をかく。
「たまに、たまにでいいから帰ってきなさい。コルネリアちゃんも」
「え、いや! 私は」
コルネリアも見つめて、その目からコルネリアも目を逸してしまう。
「貴女がどう思っていても私は貴方も同郷と思っているし、幼なじみだと思っているのだけど、貴女は私達が他人だと思うの?」
「っいや」
「なら、十分よ。たまに帰ってきなさい。あの家は、残っているから」
「……っ」
コルネリアは感情がかき乱されて怒ったような悲しいような、恥じらいに歓喜まで感情が、混ぜるだけ混ぜて鈍色になってしまったような顔をした。
「あなた達がなにをしようとしてこの村に寄ったかすら私は聞く理由はないわ。ただ、今すぐ、決着をつけなくてもいいから、自分を許して」
「言いたいことばかり」
コルネリアが言えた些細な反抗、
「うん、ここ最近、言いたいことをずっと考えてたから」
そんなものすら、全部呑み込んで一番されたくない優しい目を向けられる。僕も、どんな顔をできれば
「やっぱり、ふたりとも、私は好きよ」
「…………」
「…………」
何も言えない。
「二人が、また隣り合って立てるなら、今はこれだけで十分よ」
「少し、休んでいて。王国の、その地位ある人に事後承諾と謝罪を済ませてくるから、大丈夫、本気で動いたら移動には数分とかからない」
「事後承諾?」
「二人か三人くらい、謝った後に許可をもらってくるの」
本気でかったことが判明したとして、痛みが引くまでベッドで仮眠して起きた頃にはコルネリアも戻ってきていて、駐屯所へ向かうこととなった。
◆ ◆
「いいな。俺と部下が入って20分あとに全員侵入。その作戦はそのままに、フリッツとコルネリア子爵は目立たない側面から地下へ侵入、今回の案件ではできる限り捕まえて欲しいから、むやみに殺さないで欲しい。だが、殺してはダメとは言わない」
全員無言で敬礼している中、僕だけ首を縦に振ってしまう。
「あ」
「いいんだ。お前は……俺と同じような、俺の後輩ってこと兵士じゃないから馴染む必要もない」
「わかった」
駐屯書のテントの中、見取り図と地図を広げた簡易テーブルで順路を確認しながら、なじまない僕をギュヌマリウスは推奨する。
「頃合いだろう、俺たちの決行は今から十分後、順分以内に所定の位置を押さえて三十分後に、お前だけは人質の救出だけを考えろ。大丈夫。まだ奴らは儀式を完了していない。贄に使うには直前までは生きていないとならないのだから、まだ猶予はあるはずだ」
「うん……そうだな」
「なにか言いたそうだな?」
歯切れの悪さを指摘され、疑問を考えなしにそのまま口にする。
「僕が助けようとしているのは、いや、あんたは殺そうとしただろう。なのになんで」
「俺の意志は関係ない」
据えた目で僕を見て、カバンを体に引っ掛けて語る。
「主人を思ってやるべき仕事をして、命令を聞いて、諫める時は諌めて動かねばならない時は勝手に動く。それが家臣というものだ」
据えた顔色から自嘲の笑みはいきなり漏れた。
「その結果、お前を斬ったミスは私の失態なのだ」
「へぇ私も、貴方のことアンドロマリーのイエスマンだと思っていたわ」
「そんなものは奴隷と言うのだぞ。旧時代的な存在をアンドロマリー様が好むものか」
コニア姉は無遠慮な発言を素直に恥じて頭を下げる。
「ごめんなさい。今の発言は無礼だったわ」
「いや、よく誤解される俺も悪い。じゃあな生きて帰ったらまた」




