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SideBranch/Abandon

 彼の弱い部分に気付いたのは、年も十三になった頃。

 彼がモウマド村のどこにも居ないことに気づいてしまった。彼が一人で寝込むことは珍しくなかった。酷いときはユニーカの邸宅の一つで眠ることもあった。彼の看病をすることも珍しくなかった。

 だが、その日、ユニーカはハッキリと来ていないと認識していた。そして彼の家はもぬけの殻だった。

 私は詳しく知らないがこの数年の時期は、彼の父が十数日家に戻らないことをするのは村の大人も仕方のないことと言っていた。だが、その日にフリッツが独りぼっちになってることに気付いたのは、私だけだった。

 だから、気付けた。彼が村のどこにも居ないことを、

 フリッツの部屋にあったよく分からない文字羅列が書かれた紙切れやメモ帳。この内容は全く理解できなかった。

 だけど、その全て、筆跡が異なることくらい理解できて……フリッツがベッドの裏の床下の隙間にそれを隠していたことこから、なにか、重要な物でどこかから定期的に入手して、古い物が混ざってることも理解できた。

 一日、どこにもいなかったフリッツが翌朝何食わぬ顔で「中々寝付けなかったせいで眠い」と言い放ったその数日後。

 寝たふりをした私が連続して、ユニーカの邸宅から抜け出してフリッツを監視していたとき、出てきた彼に声を掛けなかった。彼を尾行して、

 国が管理する大きな街道から行政区の管理する街道に枝分かれするような道を錬気の実力で猛スピードで駆け抜けていくと一つの大きな街。

 追いすがる私は、ここが目的地なのかと思っていたら大人と二、三言挨拶だけを交わしてここが目的じゃなかったとばかりに、入ってきたのと反対側の出口からやや砂利の混じった街道を通って小高い丘と、小さな川を数本越えた先のやや大きめだが寂れた雰囲気のある街へついて、一度、振り返った。

 尾行がバレたのかと思ったが、彼は一瞬だけ止まっただけで緑の魔術で簡易的なローブを作りかげた彼は、街の入り口から暗くぬめった裏通りへ何食わぬ顔で歩みを進めた。


 彼がたどり着いたはずの街の入り口から随分進んで、何度か見失い駆けながら追いついたのは薄汚れたダウンタウンの奥。小綺麗な表面の街を越えたドブの端を走って向かったのは、その街に似つかわしく無いほどの豪華な装飾をもった灯りが灯った豪邸だった。

 私でさえ、何度か面倒な大人に絡まれそうになって帝国式の武術と錬気で鍛えた拳を使う必要のあるような、極めて治安の悪い場所で何をするつもりか? 追いすがる影に気を取られて、足元に転がっていた『ソレ』が私の足を掴んでうめき声を上げた。

 襲われたのかと思って無意識に振り払ったら、薄汚れたドブの中に事切れたように落ちる誰かの姿、私より小柄な人の姿、それが闇の中に消えた。

 『ソレ』は殺気もなく近寄った。人さらいではなく、もとからそこにいて私が近くに来たから反射的に手を掴んで人の言葉として成立していないうめき声を、あげることしかできなかったんじゃ!

 あわてて、『ソレ』を引き上げようとドブ川をみると何人も沈んでいた。暗闇の中で、何人もの人間が、いや、人間だったものの腐肉が浮かんでいることに気づいた。

 目をそらして、目的を思い出したように追っていた背中に向き戻る。

 豪邸からギラギラと照らされていた灯りが消えたのだ。……私は闇の中でフリッツが警備を背後から風がさざめくような大人しい物音で肩と頭の繋がりを切り離した姿を見た。

 何人か灯りを付けようとして火花を灯らせる魔術を試したものは、ボトリ――。シットリとした重さを含んだ塊が崩れた音になってきえる。

 誰もフリッツをみていない。見えないのか? いや、いくらなんでもそんなに夜目が効かないなんてことは違う! むしろ、その反対、フリッツにはハッキリと見えているのか……。音を立てずに魔術で浮遊して、視界から外れて豪邸を取り囲む兵士を次々と殺していく。

 ――――――こっちを見た。たぶん、目が合った。

 だけど、反応もせずに、フリッツは邸宅の入り口に剣先から魔術を投擲して、粘り着き先が無差別な毒団子の拡がりに混乱が生じている内に二階の天上に穴を空けて、


 この先は見ていない。

 ……殺していた。フリッツが、人を、いや、本当にフリッツなのか? 見間違いじゃないのか!? そうだ。くらかった。どこかでフリッツを見逃して、見落として、違う人を追いかけてしまっていたんだ……だって、暗いんだから、それくらいのミスはあり得ることだろう? だって、フリッツが、あんな目で人を殺すなんて……あり得ないことだから、

 なんなんだ。この街は、正気じゃない人間がよく見ると街中の道路隅に吐瀉物や糞尿を垂れ流して、うつろな目で死んだように転がりながら呼吸をしている!! おかしいよ。こんな街、


 朝、こっそり帰った私はユニーカに察せられたのか、咎められるでもなく、少しイタズラじみた目で口に指を当てるサインを見せられる子供らしいイタズラとして楽しまれてるようだが、それどころではない。

 昼、彼の家はもぬけの殻だ。夜、彼の家は魔術的な装置により点灯したがもぬけの殻だったことに気付く。早朝、見てみたがまだ帰ってこない。昼、何食わぬ顔でフリッツがユニーカと談笑していた。

「みて、新しい魔導装置を作ったよ」

「……これは、なに。を、作る装置なの?」

「屑鉄をインゴットにする作業を補助する装置! 法律もあるからインゴットそのものは作れないけど、インゴットにして貰う前に鑑定して貰う金属の純度を……ね?」

「あぁ、屑鉄増えて困ってたものね。売るのかしら?」

「うん!」

「いくらになるかしら?」

「相場は知ってる?」

「流石に普段扱ってない品目一つ一つまで記憶してないわ」

「フリッツ!」

 弟分のジークフリートの愛称を叫ぶと、力が入りすぎて驚かせてしまったのか、妙なものを見たような顔で挨拶をされる。

「コニア姉さん? おはよう」

「もう昼だけど。あぁ、おはよう。ここに居たのか」

「ん?」

「いや、姿が見えなかったから、川にでも落ちたんじゃないかって心配してたんだ」

「コルネリア? 心配症ね、貴女も。あれ、そういえばフリッツって泳げないんだっけ?」

「あぁ、うん。はは、そうだね。でも! 水の属性になる魔法は得意だから、泳げなくても浮かぶことと打ち上げられることはできるからね!」

「それもそうね。それで、コルネリア、廃棄に困ってる屑鉄とかあったら、フリッツに分けてくれない? 溶かして分類して売ってきてくれるらしいわ」

「あぁ、……そうだな。最近、もう何本も剣が折れてしまって苦労してるからね」

 そんなことはどうだってよかった。



 そのまま流れで帰宅したユニーカをよそにフリッツの自宅に押しかけて深呼吸をして、寛ぎの時間かのような薬草と塩のお茶を二人分入れて、自分をなんとかこうか落ち着かせてリビングのテーブルに添えられた複数人分の椅子の一つに座って、できるの限り大きな深呼吸で自分の体験したことを無視して意識が落ち着いたタイミングで切り出す。

「それで、フリッツ、貴方はおとといからどこに行っていたの?」

「……あ、バレちゃったか」

 ばつの悪そうな顔をしておっかなびっくりに口を開く。なにを……その口で、言うつもりなんだ? いや、そんなはずはない。あれは、私の勘違いで体験したフリッツには関係の無い出来事なのだから、

「抜け出して、ちょっとした仕事を街で」

「仕事って?」

「ん? あぁ、牧場の屠殺とか、汚水に溜まったゴミの清掃とか、浄化魔術を全身に使ったから臭いは残ってないと思うけど……あぁ、ごめん。こういう仕事って体壊す人が多くていつの時代も人手不足なんだけど僕は、浄化の魔術があるから色々顔を利かせて貰えるんだよ!」

 やや早口で、まくし立てるその速さの理由が怖くて、それでも聞かないといけないことが多くて、

「お金が必要なの?」

「うーん、調子に乗って色々魔導師装置作ってたら小遣いじゃ足りなくなっちゃって、ほら、給料とか材料のお金は街の大きな銀行の通帳で記録してるよ。ほら、見る?」

 見てみると確かにそれなりの額が不定期で納められ、材料費だろうか? それなりの額がこちらもまた不定期で引き出され、貯金額は農家の子供が持つにはかなり多いという程度には貯まっているみたいだ。

「ずいぶん頑張って貯めてるってことは、本当にそういう仕事をしていたのね?」

「ん? あぁ、うん。何も言わずに行ったのは悪いと思うけど、父さんに許可を取るのとか、最近全然家に帰ってこないから大変でさ」

 まだ怯えてる弟分は怖がっている。本当にバレて欲しくなかった内容のようだ。

「フリッツを怒ってるわけじゃないわ。ただ、誤解してしまってたみたいで」

「いや、……その、ごめんなさい」

 怯えさせてしまった。彼の姿に私は先日の幻覚を振り払ってしまっていた。

「だから、そうじゃないわッ!」

 笑ってごまかそうとする彼に苦笑する。ごまかす必要のあるものでもないでしょうに、

「ははは、へへは」

「ふふ……フリッツ、貴方は人を殺していないわよね?」

 呆れられたかな? 白けたような雰囲気でごまかしの笑いが薄ら寒くなるようだ。

「はへへ、はぁ……」

「いや、ごめんなさい。誤解って言ってるけど自分でも笑っちゃうような話なんだけど」

「殺したよ」「え?」

 私はさっき、なんと質問をした? ……人を殺したかと聞いたよな? いま、フリッツはなんと返事した?

「いま、えっと……なんて言って?」

 ため息。

 首を横にふる彼がわずかに怒りのこもった。だけど、私にはなんの恐怖も感じさせない無表情のような冷めた表情で沈黙を切り開く。

「アヘンを吸った人ってどうなるか知ってる?」

「痛み止めや、麻酔になる」

「そう。そうだね。それは治療薬としてのアヘンだ。嗜好品として吸ってしまった哀れな人は、あるいは医療目的には完全に使い道のないような濃縮したアヘン結晶をいぶしたり、静脈に注射人がどうなるか知っている?」

 ふるふる、横に首を僅かに動かすと、彼は憐憫と憤怒のサンドイッチのような汚さで顔をわずかにしかめて言葉を吐き捨てる。

「ただ転がるだけだ」

 私は汚水に沈んだ人だったものを思い出す。あの時、私が落としたあの人は死んでしまったのだろうか? いや、まさか、自力で這い出るだろうと思って、

「一度の人生で感じられる感覚の限界を超える快楽を一度の毒で強制的に感じるわけだから、もう二度と快楽を感じることはできなくなり、あらゆる感覚が無味乾燥になって、立つという人という生物なら当たり前の機能すら、『当たり前』なんて普通の感慨も持てなくなって、転がったまま二度とアヘン以外で快楽を感じなくなる」

「それとこれと、なんの関係が」

「大有りさ! ……アヘンの毒が回ったら、人としての尊厳どころが、虫のような生き物にすら備わっている尊厳すら、奪われてっ、喜ぶ感覚を感じられなくなった人が、たった一つの感情を失っただけであらゆる『比較から生まれる感情というシステム』を失って、苦痛すら感じずただ横になって死んで、自力の動くすらままならない。そういうことを食い物にする人間はいっぱいいるんだ」

 今流れる沈黙の意味はなんだ? まさか私も人を

「戦争がくるんじゃないかって、国が不安になって……そっちに兵士が行くとそういう人の集まりは増えるんだ。……だから、手の届く限り、食い物にされる人を減らしたい」

「…………」

「…………」

 いきなり高邁な理想を告げられて私は返事に困った。なぜそんな話をしているのか、

「……何が、言いたいの?」

「僕にアヘンを吸った人に毒が回った後に助ける手段は無いよ。だから、アヘンを売り物にする医者以外の悪党を片っ端から殺して回ってる。これからも続ける。だけど、コニア姉、僕がそんな悪人を殺したとして、僕は人間を殺したって本当に思えるの?」

 私がなにか言う前に、不安そうな弟分の顔は悲鳴のような叫びを漏らす。

「悪魔を殺したところで僕は! 人を」

 気を抜いていたら気づけなかっただろう僅かに震えるそれが、崩れないように優しく背中に回して、年下のそれが乾ききった砂像のように、だけど、それが確かにそこに居るとわかれば強く抱きしめ、優しく引き寄せる。

「無茶よ……っ」

「……え?」

「目についたぜんぶ、手の届くぜんぶ、助けるなんてできないわ」

「あぁそうだ! 僕には誰も救えない。だから、殺して」「違う!!」

 私に彼をなじる権利も否定する権利ももはや無い。ならば、私にできるのは、

「私は……、貴方が信じているならその正義を否定するつもりはないし、悪党を殺すことに批難なんてできる身分だったらこの村にいないわ! この村に英雄が何人居るとおもうの? ……だけど、無理よ。手の届く全部、戦っていたら、いつか、無理になる時がくるわ」

「………………だったら、どうやって」

「貴方が助ける必要なんてないわ。……だけど、それを理解した上で貴方が戦いを望むなら、次からは私も連れていって」

「それは…………っ」

「できない?」

「巻き込めない」

「それと同じくらい、私は貴方に危険を負ってほしくないの、もしかしたら、危険な相手の尻尾を踏みつけて名前と顔がバレてしまったら、この村にいられなくなるかもしれないのよ」

「それは……それでも、いいかもね。……」

 なぜ、わずかに苦笑した。なんで、砂像が崩れていくようなゆらぎを感じる。そんなの私に是非をなにか言えるものじゃない。できるとしたら、私の要望を示すだけだ。

「旅に出る理由があるなら、僕は」

 押し返す弱々しい腕を否定するために彼の体を私は強く引き寄せる。砂像のような儚く崩れるものじゃない。ジークフリートはそこにいるじゃないか、ならせめて、確かな愛を、

「嫌よ、私は、弟がいなくなるのは寂しい」

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