間違いなく初対面の
「あのね? 無理だよ。貴方死にかけだもん」
「そうは言われてもな」
実感がない余命宣告をされても心の中では真実とはとうてい思えない。なにせ、
「普段どおり、体が動くしここ数日寝込んだせいか二、三年ではかなり体調が良い方だ。本当に死にかけなのか? アンドロマリーが勝手に言ってるだけじゃ」――バン。と、
太鼓を叩いたような小気味いい音を奏でて板に貼り付けた診断書が彼女の机に叩きつけられていた。自分で叩いたそれを拾ってなかば無理やりソファに座らせた僕のもとまで持ってくる。
「あなたね、この数値、見てわからない? 専門の医者のものとはいっても、前に渡しものと同じ内容。これは死にかけ、というかなんともないわけがないわ」
「ごめん……薬学はともかく医術関連の魔術は専門知識が無いから数値だけ渡されてもちょっと。いやまったく無いわけなじゃないし化学も魔道関連で半分専門入ってるから全く分からないというわけでもないけど」
「じゃあ、末尾の解説を読み上げるわよ?」
「……本当? これ、嘘じゃないの」
「血液と、魔術道具で調べた結果よ。『咳熱の伴わない軽度の肺炎、小腸の繊毛不全による消化障害、腎臓の衰弱、低血糖、貧血、両腕両ももの慢性的な炎症』…………総じて、『件の極端な晩生因子による免疫機能低下状態にあると考えられる』えぇ、私の見立てが甘かったと教えてくれたわ。貴方、私が子供の時に受けたような免疫治療を全く受けてないとは思ってなかったわよ。もう」
そう言われても、
「じゃあなんで、僕はこんなピンピンしてるの?」
「……2つ、考えられるわ。錬気が異常と言わざるをえないレベルで上手いから、錬気による強化が衣服の保護と同じように細胞を保護している説」
「なるほど、たしかにそれなら、物心ついた時には錬気をつかってた僕なら説明がつくな」
「どんな環境に生まれたらそうなるのよ。でも、もう一つの説が得意技と言っていた浄化術で菌を殺して体への負荷を下げている。だけど、滅菌の悪影響で消化器を中心に循環器系がボロボロになっているという考え方よ」
「あー……そういや……あぁ、うん。ありえなくはないけど」
「ありえるのね。だとしたら、たぶんどっちも正解ってことなのかしら。片方の説では説明のつかない部分が、というか見た目上は健康に見える状態で維持される理由に説明がつかないわ」
黙っていると、僕を向いてアンドロマリーは怪訝に答える。
「おそらくあなた、風邪症状が出るたびに浄化術つかっているでしょ」
「というより、……たぶんそうだとは思うけど、正直、はっきりしない」
頭を振って、手を広げ『困ったな』とシニカルな顔をつくる。王族のする表情か?
「これは手こずるでしょう。免疫治療には無害化した菌を使用するから、無意識で滅菌されたら治療が進まないもの」
「なぁ、これ、本当にそんな急がないといけない案件なのか? それより、レクレーンの討ち入りで儀式につかった式を」
「代理を送ったから、それは貴方が気にすることはないわ。貴方が行ったところで戦力に大きな差はでないし、代理からしてみたら足手まといよ」
「……だが、自分で」
「死ぬわよ? 本当に」
「……でも」
「そんなに代理の実力が、それとも数? が不満かしら? 信じられない?」
「いや、そういうわけじゃなくて自分でやらないとたぶん、僕は」
「たぶん、なに?」
「そもそも無理だった時に、その人のせいじゃなくてもその人のせいだって思っちゃいそうな、そういう姑息な考えに陥るから、陥らないように自分で失敗して自分が文句を言われれるべきっていうか」
ため息を吐かれなにか、指先をペンの腹をなでてなにか考えるような仕草をアンドロマリーは見せる。
「義務感は殉教するものじゃないわよ」
押し切られたとして、果報を待たずに抜け出すという選択肢もあるが、そんなことをしたらユーリの命の保証を取り消される可能性がある。できない、なんとかして説得するしか僕が情報を回収する手段はない。
「義務を果たして死ねるなら本望だ」
「ぇ…………ぁ、流石に引くわ。だけど、時間がかかるのはわかったわ。今は一旦保留、明日早朝部隊は出発するから、夕方もう一度そうね。話す時間を設けるわ。それまではこれまで通り、手順を守って禁書を扱ってくれていたらいいわ」
ここはなにか、交渉材料が必要かもしれん。
「わかった。また、夕暮れ時に渡された部屋にいるようにしているから」
「おねがい」
◆ ◆
「シシィ、頼まれていた自作の魔術のリスト、半分埋まったから届けに来た。あと、これの返却」
「部屋に入るときはノックしなさい。私じゃなかったら怒っているわよ」
苦言を呈して資料を受け取り、手に移った僕が書き上げた書類と式を読んでなにか納得する。
「これ、魔力の因子を自由に変えて、光にしたりできる想定なの?」
「さぁ? 試しにやったことがないならわからないな。僕の使えない3つの属性に光があるし」
「でも、これ試すには力がいるな、……計算して……桁がでかい。あとでしっかり計算しないと断定できないけど、ギュヌマリウスくらいしか試せそうな人が、うーん」
「うっ……アイツか」
前に斬りつけられた記憶が苦々しく顔を歪ませる。
「受け入れられないかもしれない度けど、彼は彼なりに任務を優先しているつもりだから、そこまで邪険にしても仕方がないわよ。ほら、座って」
そう言って返却に持ってきた禁書を発火装置が見える鍵のかかった棚の何重もの扉を開いて収納する。
「禁書をそんな扱いで盗まれたりしない? 一応、災のタネだろ」
「『そんな』とは?」
そのまま出されたポットに置いてあったぬるいお茶を注ぎ、一息に飲み干して唇を滑らせる。
「この部屋今入るまで空いてて無人だったけど、そんな発火装置一つで対策になっているのかな? って」
「あぁ、そんなことか」
シシィはにやにやと小馬鹿にした笑顔で皮肉を並べる。
「本当にシンプルな発火装置だけでしのごうとしているのだと思うのは二流の盗人だけだ」
「……他に仕掛けがあると?」
「おめでとう。その疑問を口にした時点でフリッツには盗人の才能は二流にも満たない。工作員の才能はないってことだ。いや? そんなことはあの村の老師たちがよく分かっていたことか。私が言うほどのことじゃないね」
「そんな不器用かな、モウマドの大人からはそう言われて制されたけど」
「どうだろうな。わりと思想強めのあの爺さんたちがお前を戦いから遠ざけて村に縛るような真似もしなかったのは単純な優しさとしか思えないがね」
「優しさ、なんだろうか? それ」
「そのうち帰郷して聞くといい。あの爺さんたちが可愛がっていたお前を帝国式暗闘術の師範に推薦なかった理由。だいたいの予想は一通りつくがね」
「嫌だな」
評価が低いことは自覚して目をそらす。セシリアの顔から視線を外す。
「安心しろ。後ろ向きな理由ではないさ」
「それはわかっているんだけどさ、あんまり聞きたくないんだ」
『お前は戦うべきではない。その性格は危険だ』とか言われた思い出が耳に残って、空のカップにポットからぬるいお茶を注がれる水面の波紋は僕の恐怖と同じさまだ。
ノックされる。書類をつらつらと目を通して、セシリアは書類から指と視線を話し、扉の向こう返事する。
「どうぞ」
「じゃまするわよ。セシリア・ラーランド。仕事の話だ」
「どうも、おじゃまします」
若い、女性二人組みだ。僕やユーリと同じくらいの年齢なんじゃないか? 若いというよりもはや幼いほどだが、騎士風の学生制服でもなく単なる私服でいる感じ、僕と同じような立場なのかもしれない。態度からずいぶん地位はありそうだけど、
「ん、先客か、すこし彼女と話していいかな」
「あ、はい。一旦出ます」
押し黙る片割れとは別に、立ち振舞ですでに落ち着きがなく言葉もなくうるさい野性的な方に返事をすると、野性的な彼女は驚く。そして、僕へ怪訝な顔で声をかける。
「ん? お前!」
「はい。なんでしょう」
「君は……いやなんでここに居る?」
「師匠に魔道研究の成果報告、いや違う。なんて言ったらいいんでしょうか、自作の魔術の式を渡して、禁書の管理を師匠を通して……」
「師匠!?」
野性的なその少女は狼狽し、セシリアに向く。
「おい、セシリア……なんでだ?」
「なにがです?」
シシィはなんでもないような反応に、彼女はより興奮したような態度で困惑する。
「いや、なにをっていうか、これ、わざと? なにこれ? セシリア、あなためちゃくちゃするじゃないか」
「何の話だ」
「え、へぇ? はぁ、分からない? そんなわけが、あると……うん、どこから言うべきなのかな、カルラ……説明、頼める?」
「いや、無理」
本気でわからないのか不快な顔で返事するシシィへ、頭を抑えて片割れのカルラと呼ばれた大人しそうな少女に頼むが、彼女も困惑した色の声で返事する。
「姉さんが何に戸惑っているのかわからない。私にも、説明が」
「いや、…………説明も何も、見たままでしょうが。彼、どういうつもりでセシリアと一緒に居るのか、説明を貰わないと」
「え、やっぱり僕の話なの?」
「ん、あぁ、彼は最近、アンドロマリーに雇われた魔道学の研究員だ。彼女が言うには『奇跡の子』の因子を有しているから、手元に置いていたいと」
ため息。呆れたような態度だが、この場の全員彼女が何を言っているのか理解していない。
「いや、彼が『天属性の奇跡の子の因子』を持っているのは当たり前でしょう? どう見たって」
「『見て』か、何故だ? あと、本当にフリッツの奇跡の子の素養は天に類する属性を持つのか? なぜわかった。王国も判断材料が足りなくて、分類できていないのだが」
「本気で言っているの? ……はぁ、彼、フリッツっていう名前なの? フルネームは」
「ジークフリート・ラコライトリーゼ……です」
「シュレ―ジュムで起きた事案で一緒に戦ったヴァン・ラコライトリーゼの一人息子だそうだ」
ここでやっと名乗るが、彼女とは間違いなく初対面のはずだし、父の名を聞いてもピンときていなようだ。
「ジーク……? ヴァン……そっちは盲点だったのかな……。え、いや、もしかして、そういうこと? 本当に何も気付いてないの?」
「気づくって何に対してです?」
妹の反応にやっと状況を理解したのか、なにか、自分の発言に自信をなくしてゆく。
「カルラも!? まって、私がおかしいのか? 感覚の問題か、…………どうしましょう」
「クラーラ姉さん?」
「いや、これは、困った自体ね。これは、私達の裁量を超えているわ」
「姉さん?」
クラーラというのか、彼女は僕に手を向けて、二人に問う。
「本当にカルラもその彼、ジークフリートを見て何も気づかないのか!?」
シシィは目を瞬かせて、応えに困っている。
「すみませんが、わからない」
「そうか」
なにのことなのかわからない問答を何度かして、扉にノックと声がひびく。
「すまない。ジークフリートはここにきているか?」
扉越しに遠く離れたように聞こえる男性の声に、セシリアが声を張り「こっちにいる」と返し、
「フリッツ、出ていってくれるか?」
と言われたので扉の外へ出る。
「ゲッ」
扉越しの声の主の正体に、僕は心から嫌な気持ちが喉から漏れてしまった。
「いや、わかるけどさ。傷つくなぁ」
ギュヌマリウス。前に、ユーリを斬ろうとして僕を斬った騎士だ。
「えっと、僕にようなんだよね?」
「あぁ、そうだ。歩きながら説明する。ついてこい」
促されるままついて行くが闇討ちじゃないだろうな? と、警戒してしまう。
「事情があってな。夕刻に予定していたアンドロマリー様と貴様の懇談は中止された。だが、それでは貴様が納得しないだろうと俺が来た」
「それって?」
促されるまま訓練場の僕が通ったことのない方向へ向かって、いろいろな生徒。まず確実に僕へ悪感情を向けているであろう騎士見習い諸君から冷ややかな目を向けられながら進む。
「もうじき開始されるカルト関連の作戦でアンドロマリー様の命を受けて貴様が欲しているものを回収しに行くのだ。俺が」
「え」
「お前は嫌だとは思うが安心しろ。俺は職務を優先する。情は入れるつもりもない。異世界人関連の刃状沙汰は常識に基づいた行動だ。貴様にどうこうの感情もない」
進んでいき、闘技場のような場所の裏手に連れてこられて。刃を潰された剣が並べられた立て掛けの前に立たされ、「好きな武器をとれ」と言われる。
「お前より俺が強いことを証明するのが手っ取り早いとの判断だ。俺が貴様を圧倒できなかったら貴様も連れて行く。シンプルなルールだ」
「圧倒って」
それはつまり、
「そうだ。俺に対してそれなりの善戦ができたらお前の勝ちだ」
驚きとともに、興奮が自分を濾過して土面の闘技場への殺意を生成する。
「へぇ、じゃあ、死なないでね?」
「無理だ。と答えよう」
殺意はそのまま目の前の男への闘志へ変わった。




