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理由のための約束

 「お茶、入れてしまったのか?」

 少し資料を受け取るために部屋を出た間に、お茶が二杯置かれていた。

「え、そう、だけど。なにかまずかった?」

「あぁ、異世界人の管理として料理してはならないんだ。なに、監視していた僕がさせてしまったのだ。今すぐ報告書を書いてシシィかクラウスに渡すこととなる」

「あ、それは……その、ごめん。お茶を入れるだけでもだめとは」

「いや、いいんだ。僕の説明不足だ。内容もそのまま報告書で記すだけ、知識を得ようとしないと大丈夫」

「なんで、そんな」

 小さな部屋ながら十分な資料を借りた空間に、紅茶の少し酸味の感じる香ばしい風が鼻孔を吹き抜けて満たされる。机から紙を引き出し、見本書式を参照しながら始末書を記入するためのペンを紙に殴りつける。

「ほら、マシン。一週間も経ったかな、僕が気を失ったときの金属の巨大な虫。あれを異世界人と日常的な会話から得た知識で造られた生命体。もともと兵器なんだ」

「……虫? マシーンって」

「何日前かな、イェルクを斬ったあとに襲撃してきたあれだよ」

「あぁ、ゼフテロさんが融かしていたやつか」

「ゼフテロが?」

「うん、こう、レーザーでビュッと消してた」

 レーザーの意味をどこかできいたな、たしか気象物理学の用語だったかな。

「レーザー……? あぁ、プラズマ関連の現象の名前だったね。たしか」

「いえ、ビームを照射した」「ストーーおっ!!」

 叫ぶ。静止を示す掌の突き出し、まずいことを制す。

「ダメ。それはダメ、我々の世界と違う意味の単語だった。聞いてはいけなかった。なので、僕は更に報告書に書く内容は増えた。……本当にダメなんだ。どこに異世界の革新的な技術に関連する知識がないと断言できないから、文化的な内容は特にダメなんだ」

「……ごめん」

「気をつけて……」

 苦言を呈したが、言葉を制限された生活は辛そうな気もするので、できる限りフォローをしようとだけ思ってしまう。

「だが、こうも制限があるとさ、どうしても不便しているだろう。しばらく調査しないといけないことができたからしばらく、この街を出る。これができたら、やつらが使った召喚術の仕組みをある程度」

「それなんだけど」

 神妙な声、だが、やる気のない目でなにか……言いたいことがあるのか?

「なんだい?」

「薄々感じてるけど、無理なんじゃないの? 私を帰すの」

「そんなっ……ことは」

「『無い』っ言える?」

「無い。……理論上は可能なんだ。あとは少し、ヒントが必要で」

「もう、いいわ。諦めましょう」

 なにを、言い出しているんだ?

「『いいわ。諦めよう』って」

「……私は、帰れないんでしょ!」

「いや、……! 帰す。僕が、僕はそのために」

 やめてくれ、それじゃ、僕は、あきらめたくないんだ。

「もういいの。私のわがままに」

「僕のわがままだ!」

 そうだ。これは、僕のため! ユーリのせいじゃない。

「ユーリには、帰る場所が、あるんだから……僕とは」

 ……なんだ? なにが、僕は何を言いたい。

「もう一度、聞くわ。フリッツが私を助けるのはおかしいの。不自然なことなのよ」

「被害者を勝手に哀れんで自己満足で助けるなにが不自然か!?」

「不自然よ。人は、他人のためになにかするには理由が要るわ。村を出る理由が欲しかったんでしょう? 過去の遺恨を振り切りたかったんでしょ? その両方を成し遂げちゃったフリッツが」

「一度踏み入れて引き返す臆病者になりたくないんだ! それだけなんだ」

「フリッツが私を助ける理由なんてもうないんでしょう?」

「違う!!」

 開き直っても、論点をそらしても、彼女は引いてくれない。

「違うんだ。僕は君を、助けなきゃ、助けたいんだ」

「出会った日のことをもう一度言うわ。あなたが、信頼できないの。理由がわからないから」

 明確な拒絶。

 理由がない。でも、そんなの、当たり前で、僕は……いや。

「いらないだろ、もう理由なんてもの」

「それは……助ける側に取っての話よ。助けられる人間には、大切なものなの」

 詭弁も断られる。

「あぁ、そうかよ。……惚れたんだ。君に、一目惚れしたんだ。それじゃだめか?」

「ダメよ。そんな詭弁」

 これは、

「本心だ」

「嘘」

「そうだな」

 本心だけど、もしかしたらそうかもしれない。彼女の拒絶にかき乱されて、もう自分の気持も正直分からない。

「だから、私は覚悟したってだけ。私自身なにかできるわけじゃないんだから、貴方がもう、諦めて私を見捨てても放置しても怒らないって」

「そんなことっ!」

 言わないでほしい。僕は、どうしたい?

「ごめん、それだけは、言わないでくれ。僕は……見捨てるなんてことはしないから、だから、どうしても、一緒に居させてくれ。君を助けたいんだ」

 どんなに酷い顔が僕に張り付いていたのか、ユーリの優しい指が僕の頬を撫でて涙を拭う。

「うん、じゃあ、一緒にいようか」

「…………ごめん、僕のわがままかもしれない」

 また、わがままで彼女を縛り付ける。これじゃユーリを召喚した解放軍の奴らと同じ誘拐だ。

「そう。なら、理由はそれでいいのかな」

 彼女は僕を子ども扱いするように、頭を撫でる。その目は笑っている。

「フリッツの重りになりたくないの。だけど、私が重荷でなくて原動力になるなら、それが理由でいい」

 なんで笑ってられるんだ。知らない場所に連れ去られて、誰かも知れぬ男のわがままにつき合わされて、なんで笑顔でいられるんだ。

「……だからこれは理由のための約束よ。フリッツは私のために走ってくれるから、私は貴方のわがままに応え続ける。否定しない。……それが、理由なら、私は重荷でなくなるといいなって思えるから」

 僕の左手に右手の小指を絡ませて指だけでにぎって滑り落ちる。なにか意味があるのかはわからない行動なのに、不思議と心の暴風雨は彼女の優しい目に静められる。

 子ども扱いの頭をなでる手を避けて、一息。ため息をはく。

「わかった。約束。僕は、ユーリのために頑張るから、僕はわがままを言い続ける。それで、いい?」

「うん。それで、いいと思う。私にとっても、貴方にとっても」

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