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鬱蒼と茂った草木と獣道となんら変わらない人の道を順路に山菜を順番に取って回るが、どうも、この周辺は育ちすぎたものと未成熟な山菜が多い。全然進まない採集に続ける意味が感じられなくなる。
「だれかが一通り取り尽くした後なんだな」
来る価値もなかったか? 帰ろうかと思ったがもう少しだけ粘ることにして、山道の順路を頭の中に浮かべる。
切り換えて別の地点で山菜を探すべく薄っすらとした人の獣道から整えられた街道へ引き返そうとしたとき、気配を感じた。
「人か?」
その気配の対象は驚いたのか動きを音を立てて止めるが、返事はない。だが、これは人だろう。少なくとも四足歩行の気配と人では気配が違いすぎる。
「人じゃないか」
人だろうと思いながら独り言を言うと、威嚇のために気配の少し手前に魔術を放つ。雷とかそういった系統の魔術だ。ちょっとした火花とびっくりするような破裂音を起こして相手をひるませるだけの技術だが、獣相手なら十二分の威嚇になる便利な技術だ。
バキバキと竹が爆ぜたような破裂音と飛び散った閃光の威嚇、それに慌てた妙な服を着た女の子が両手を上げて現れる。
「うわっ! ごめんなさいごめんなさい! 撃たないで、でるから! 撃たないで!」
竹が爆ぜ散ったような音に気配は驚き、姿を現す。表した姿に僕は呆れるばかりだった。
「おいおい、茂みで声をかけられたら返事してくれ、獣か分かんなくなるから危ないだろ!」
「ひぃ、ごめんなさい、ごめんなさい……もう、いやなの……」
「まぁ、本当に当てなくて良かったよ。怪我とかはないよね?」
ここで、茂みから現れた人間の様子がおかしい。珍妙な服装をしているだけでなく、怯えるように身を下げて、酷い顔色で分からせる疲弊しきった色合いに、
「君、裸足? みると足も手もボロボロじゃないか、女の子がこんな山奥で、なにがあった? ただ事じゃないよね?」
「わ、私はもう……」
顔を見て怯えるその人が同年代の少女であることを確認し、青ざめたを通り越して土色にも見える彼女の顔は少し、考えるようではないが躊躇うように一拍おいて口を開く。
「誘拐……、されて、ここがどこか、わからなくて」
「誘拐、ね。そうか」
「知らないはずなのに、何故か言葉がわかるし、電波も繋がんないし、帰り方もわからなくて」
「? よく意味は分からないけど、ただ事じゃないのは分かった。逃げてきたんだね。こちらにきなさい。モウマドまで、モウマドって名前の僕が住んでる帝国崩れの集落まで案内するよ」
反応として「ありがとうございます」とだけ告げ、なにかをしようと彼女は衣服のどこからか板を取り出す。その板を触ると黒一色だった板に色が付き、何らかの文字媒体の情報と絵が記載され始める。
「まって! それは……」
「え」
「いたぞ! 御使い様だっ!」
彼女に確認を取る前に、ローブをかぶったゴロツキ風の男が山道から僕らの居る茂みに向けて声を上げながら現れ、剣を腰の高さに構えて対峙する。その相貌が僕を向いているのを理解して敵意を感じた。
「でかした!」
「……目撃されちゃったかぁ」
ゴロツキ風の男の声に統一のローブをかぶった男と女が一人ずつ駆けつけて、背の高い女が僕を確認するやいなや斬りつけてくる。
「目撃者は殺さないとまずいんだ。ごめんね」
切りつけてきた女の剣をなんとか鎌の刀身で防ぐが、持ち手から折れて手元から弾かれる。
「ひ、ひっ、何? なんなの!? なんなのよ!」
御使いと呼ばれた少女とともに茂みの坂を転げて追撃を回避する。僕も彼女も全身草木で擦り切れるが、どうでもいい。女は僕らが転げて倒れた茂みの薄い部分を跳ねて正面に構えた剣と一緒に落ちてくる。
「キエエェェェェ!」
「爆ぜろ!」
威力の無い目眩ましを女に向けてその手前で弾けさせると防御行動を取ったのでそこへ、錬気による身体強化と刃の抜けた鎌の取手を保護して、怯んだ剣を直角に叩き手から溢れた所、坂道ではまだ無理な体制からの全力の飛び蹴りで自分が放った目眩ましに衝突しながら女に突撃する。
「爆ぜるような威力じゃなんでした!」
蹴りに至る大勢が無理だったために禄に受け身も取れずに転がりながり、女の後頭部を確認して木の棒で潰しにかかる。
彼女にトドメを指す前にに、ローブをかぶったゴロツキ風の男が声を上げな魔術が発射され、剣を腰の高さに構えて僕に対峙する。
魔術で燃やされる肩を魔術で消化と、非効率的な消化で煤を起こして煙幕にしながら立つ。
背の高い女の意識を、ついでに命を奪うつもりで乗り上げた女の顔面を足で踏みつけるスタンプを決めようとするが、横っ腹のあたりで爆発が起きて擦り傷が熱で抉られるように染みる感覚に苛まれながら吹き飛ばされる。
「大丈夫かっ!」
「あぁ、問題ない」
転がる僕をよそにゴロツキ風の男は、茂みで倒れる背の高い女に駆け寄り、身を起こす彼女に冷たい対応をとられる。
もう一人の男が坂の下の少女に向かったのが見えた。
「まずい」と思ったので、地面の土に手を触れる。一度に生成できる精一杯の土の魔力を使用し、目を閉じて息を止める。
「煙幕っ!?」
僕を中心に発動した舞い上がったその土を煙幕と認識したことを確認する。それ以上は何も確認せずに、工学的な視覚を一切使用せず、水分を探知する魔術で草木の倒れ方と土に咽て苦しむ影らを認識して、目を塞いだまま怯える少女のもとまで走る。たどり着いたら何も考えずに肩に担ぐように女の子を抱えると死にものぐるいの全速力で山を降りる。
◆ ◆
「ゲホ、ゲホ、ガ、ハァァ、ハァァ、ウェ、ゲホ、ゲホッ」
「ガホッ、ハッホッ、あれくらいしないと逃げられなさそうだったからさ、フッフ、ハァー、一旦休ませて、ゲホッ、ハッ」
「あ、はい。その、なにがなんだか」
急に走ったせいで胸が痛い、頭から血の気が引くような痛みもある。山道の少し開けた位置で立ち止まって、確認しなければならないことを聞く。彼女には地べたに座ってもらう。
「もしかして、いや、もしかしなくても、君、異世界から誘拐された感じだよね?」
「?」
「いや、あの男が言っていた『御使い』っていうのは異世界から、降ろし……誘拐した相手に使う呼称だから、そうなのかと」
「すまない。何を言っているんです? 御使い、いや、異世界? 本当になんの話をして」
「わからないか、あーいや、そうだな。そっちの世界には機械があって、魔法再現技術が無いんだよね?」
「魔法、いよいよ何の話だか」
「『魔法』、わからない?」
本当にわかってないって反応だな。追っ手を気にしながらも、人里に付く前に説明をしなくてはならない。指先に、適当な術を頭でイメージして再現する。
「こういうやつ、まぁ、これは魔法って現象を再現する魔術って技術なんだけどね」
指先に集めた魔力を水に変換して水を宙に浮かせたまま鳥や蝶々の形に変形させ、羽ばたきを再現して手の周りをぐるりと少の距離を飛ばせる。少し動かしたら水を魔力に再変換することで羽休めしてから卵を模した変形をさせながら水の集まりを消散させる。
「なにそれ、え、何故明かして……」
「すこし、歩きながら説明しようか」
「靴が……いえ、ごめん」
「なら、仕方がないな。ここらへん、砂利も見えるからね」
周囲を警戒しそれを怠らない注意を頭の中で再三確認した僕は、背中を向けしゃがんで後ろ手に構える。
「……! ありがとう」
擦り傷ろ汚れだらけの足を、観察してみると思ったより多い砂利の道からいたわるために彼女を背負って、必要ないくつかの説明を始め歩く。
「この世界は、君のいた世界とは別の世界で、別の世界だから。物理法則もだいぶ違う……らしい」