11-1 予想と一切関係のない返答
なんで、そんなことしたの? よく、分からないのだが、威嚇は威嚇で済ませないと命のやり取りなのは仕方がない話なのではないのか? つまり、これは僕の温情なのだ。
言った言葉を文にしてしまえば一言だ。
だが、疑義を投げかけられたので、その疑問が生じざるを得ない状況を作った一点、いや、訂正しよう。個人的に文句のある二点への不満を述べたところ刀を抜かれた。
対応がまずかったとは思わない。
左腰の鞘から剣を抜ききる前に左手を引っ掛けて右手で手の甲を斜めに押し込むことで、彼の胸に剣の刃を押し付け撫で斬ってしまった。刃の背に峰がない王国式の直刀であることに気付いたのは彼の胸を引き裂いてしまってからだ。
地面に突っ伏しているのに身をはみ出して血を流す彼を見て思ってしまった。
「浅い」
故に、死ぬことはない。つい、安堵を口に出してしまった。
両脇の彼の友人が激高して剣に手をかけるが、抜刀が……なんというか、ずいぶん
「遅い」
緩慢な動きで剣を抜いた彼らが構えを取る前に僕の両脇からショーテルを抜き出し、構える右手に切りつけ鍔ヘ目掛けて切り裂く。
悲鳴を上げながら、うずくまり、睨む彼らに呆れながら、右の彼の血がベンチに置いていたサンドイッチにかかってしまったことを見て、喜びそうになったのをごまかすために、やや大げさに残念に振る舞う。
「しまった。食事が汚れてしまった」
刀と逆方向に円曲したショーテルの血を払い、鞘に収めてベンチに座り直す。
後ろのほうで見ていた学生が悲鳴をあげ、彼ら三人がなにか叫ぶ。
ゾロゾロと生徒たちが集まる。どうしたものか、そう考えている胸から血を流す彼が地面を這いながら掴みかかってくるので、
「鑢」
土属性の魔術が回転する石柱を生やすのとほぼ同時に女性教諭の声が
「私闘をやめろ」
と、飛んできた。タイミングのせいで言った直後にねじ切れて彼の左腕が空中に弾き飛んだのだ。
「おい! やめろ。私の権限で命令として発言する」
なぜ僕に言うのか? 不満なので、一応自己弁護だけはしておく。
「今、掴みかかってきたので魔術で腕を引きちぎったのです。攻撃されなければこんなことはしませんよ」
彼女は少し考える。
「自衛のためだというのか?」
「えぇ、彼らが刀を抜いたから切りかかっただけですし」
女性教諭に続いて数名の教員や教授が現れ、それぞれ手分けしあたり、年老いた男性教授が僕の肩を押しベンチから遠ざけ当事者間の距離を離す。
彼女は僕にかかってきた三人とその後ろの取り巻きにも話をきく。
現場に居た生徒たちに一通り話を聞き終わると彼女は頭を抱えて困りだす。
彼女越しに向こうで三人の学生がなにかを主張している。
「どうしたものか」
「どうしたもこうしたも、彼らが生きているのは僕の温情でしかないんですよ?」
「なんだと?」
「刀を抜いて返り討ちにあった人間が殺されないのが手加減じゃないというのなら、貴女は手加減の仕方を知らないんでしょうね」
ハッキリと不機嫌な表情を見せるが、それは当たり前、こちらも不満なのだ。そうされるような態度だってこっちもとるさ。
「とはいえ、どうしたものか」
「コルネリア様! 助けてください」
片腕を斬りつけられた学生がその名を叫ぶ。
「コルネリア様! あいつに斬りつけられたんです。あいつ、いきなり斬りかかってきて」
コニア姉さんは眉一つ動かさずに冷淡な表情だ。
「腕から血が、こんな傷を」
「それ、ほんと?」
「ええ、ホントです! 間違いなく」
「刀抜いて斬りかかってきたから、斬り返しただけだよ」
一応、誤解されたくないので弁明だけは告げる。
「そう」
態度は冷淡なままだ。こちらへゆっくり歩いてきて、女性教諭へ腕を向ける。
「あなたはどう見てる? 騎士科一年主任」
僕に向かってない、目が合わない。意図的に外している?
「現状、証言がある以上は我が生徒が攻撃して返り討ちにあったとしか……」
「ありがとう。アンナ主任」
そう言って踵を返し来た方向へ戻るために、背中は僕を向く。
「え、コルネリア様!? 助けてくれないんですか! あんな奴の言葉を信じて」
そう言って駆け寄りコルネリアの肩をつかもうとした騎士見習いの学生、無事だった方の腕、彼の左腕は上腕から切断された。
「お前、…………はぁ」
冷淡な態度だったコニア姉さんの態度は軟化し、あからさま気怠そうな感情を見せた態度を示す。その右手には構えられてすらいない短剣が、いや、中折れして円曲する前に千切れたサーベルが握られていた。
「敵対している相手に掴みかかることの意味を正しく教えたほうが良いかしら?」
「え、……ぁ」
「お前は」
まずい! その目にこもった感情の色が殺意を帯びていると思って、走って割り込む。
「なに?」
「殺すのはやめとこ?」
「……分かった。手加減する」
この言い回しってもしかして、
「もしかして、話聞いてた?」
「最初から居た」
「どこに?」
上の階の……どこかを指さして不満げに一言。
「そこの窓際に」
「監視してたの?」
「……気付いてるのかと」
なぜか自嘲気味に苦笑を漏らす。
血を流して転がる生徒と、顔を真っ青にしてなにか叫ぶ女性教諭。周囲の生徒たちは困惑のどよめきや僅かな悲鳴などでごちゃごちゃした雰囲気に染まる。
手を出してしまったことを後悔することも、ましてや恥じるつもりもない。刀を抜いて殺されなかったのだから感謝して欲しいほどだ。
なのに、このキンキンとしたさえずりの煩わしさ。文句も言いたくなる。
「血、流して転がるガキに言うことじゃないと思うけどさ。剣の柄に手をかけたんだから殺されなかったことを感謝しないとダメだろう?」
言ったあとに「こいつ、私より年上」とコルネリアが言うから、失笑をこぼしてしまった。ガキと言った相手が年上だった。
一旦時間を少し、3時間ほど遡る。
◆ ◆
過剰に豪奢な馬車に揺られて、対面にユーリ。隣にコルネリアという配置でお互いの顔色を伺い合っているというのに言葉数は少なく、単語一つずつに視界の端でコルネリア姉さんは表情を変え続ける。
「前に私の住んでた世界の車は」
「異世界の話は禁忌だから」
「……そうだったね」
困った顔で僕らを交互に見る。口を開くが何も言わない。
「こっちの世界の酒って、法律どうなってるの、何歳から飲めるっていうか」
「16で飲むことは違法ではないが、購入はいろいろ制限がある。夕暮れまでは店舗で飲むための購入は普通違法だ」
「へぇ、じゃあ私は飲めるのね」
「あ……? 年上だったのか」
「え、あなた何歳なの? てっきり成人して20は超えてるとばかり……私は16歳」
「帝国では13歳で成人だからな、……一応成人はしてるまだ15歳、と言っても薬作るための火酒とか普通に買ってたから僕にはあんまり関係のない法律だな」
考えたような素振りのあと、僕の腕にもたれかかるコルネリア。揺れで体制崩すほどお前の体幹は弱くないだろ。無言のまま申し訳無さそうに腕を引っ込める。
「大人びてるから」
「じゃあ、返し僕はユーリが幼く見えていたって言えばいいかな?」
「うーん、あんまりいい言葉じゃないね」
「わかった、止めておく。年下だと思ってたとだけ言っておく」
「え、14歳以下だと思っていたの?」
「……よくよく考えるとそれも不自然だな。身長や体つきが幼いわけでもないのに、あれ……なんで今まで年下だと思っていたんだ? あっ、いや。同年代くらいに思っていて詳しく感じてなかっただけだな。ごめん、いろいろ取り消す」
御者から「学園敷地内です」と声をかけられると、コルネリアの雰囲気が変わる。無言のまま過剰な百面相でおどけていたような態度から背筋を伸ばし、顔から明鏡止水の如く感情が消える。
「ついてきなさい」
コニア姉さんが抑揚なく言い放ち、御者が扉を開くと石造りのドデカイ要塞みたいな建物を案内される。
遠巻きに好奇の目が当てられるが、学園というからには子供しか居ないというわけでもない。
そもそもこの学園は教育機関ではなく魔術の研究機関だ。そこへ士官学校が増設されているだけの話であって、騎士見習いの同年代の子供たちはお釣りでしかない。
だというのに、いや、だからと言うべきが好奇でこちらを伺うのは騎士見習いばかりだ。
いくつか進み、豪奢な装飾が点在する区画へ案内されると、ノックした扉にコニア姉は声をあげる。
「コルネリア子爵です。閣下が待望していた。ジークフリートを連れてきました」
「はいってくれ」
扉の先に案内されると、正面にアンドロマリー、執政官と、あとそれとは別に騎士風の女が数名も立つ。
「じゃ、聞き取り、するんだろう?」
横の騎士に言う。
「はい。……と言っても、半分の事実は確認済みなので貴方が思っているような厳しいものではありませんよ」
「あら? 私が厳しい内容を予想しているなんて言ったかしら?」
「いえ、私が閣下に詰問される立場なら私は糾弾することを目的で聞き取りするだろうと怯えてしまうだろう。と予想したためです。過ぎた真似を申し訳ありません」
「いいよ。別に的はずれな憂慮をしてるわけじゃなさそうだし」
「えっと」
窓のせいで生じる逆光で表情が読み取りづらい。
「では、こちらのテーブルへご寛ぎください」
彼に促されて側面のソファに座るコルネリアとユーリとは別に部屋の中央にうなされた。
「では、単刀直入に聞かせてもらいます。貴方と帝国解放軍の関係性を伺いたいのですが」
「特に、ないですよ」
なんだこの質問? 帝国出身を気にしてるのか、騎士官らしきおとこの質問には少し、
「『特に』ということはかすかながらのつながりなんか」
「……すみません。全く無いです」
「王国本土内の帝国出身者の集落出身と聞いたが、本当に繋がりは」
「ない」
「その署名にのこして貰ってもいいかい?」
「えぇ、問題ありません」
置かれたペンにインクをしみらせ、少し感情的になってしまう質問に対する感情を吐き出してしまう。
「僕らをあの売国奴ども、愚帝の意志を継ぐようなゴミどもと繋がりを積極に持ちたいとは思えませんよ。無論、商売相手までいちいち全部は保証しかねますが、少なくとも、あー、あの、売国奴どもとウジ虫とどっちが好きかというと生態系で役割を持つウジ虫の方が好意的に思える程度に生理的に嫌いな思想ですよ。やつらは」
首を振る。同じような内容こ小テーブルの上の署名の一筆に書き加えつつ、
「だというのに、言葉だけはきれいな間違いを繰り返すからあの亡霊どもは、コンクエスター異世界人と交渉なんかできるわけがないのに、騙される年上を、何度か見てきました」
「……嫌いなんだね」
「えぇ、あいつらが居なければどれだけ無駄な血が流れずに済んだかっ!! すみません、興奮してしまいました」
騎士官はうなずく。
「その目を見ればわかったよ。演技だとしても、本気の拒絶を示してくれたなら私としては記録しやすい」
眉間を無理に指先で引き伸ばして不満を述べる。彼の手元には僕には読めないが、早記書体の普段見たことない線で記入されていることが目に映る。
「何かちょっとした、精神干渉の魔術使ってるみたいですけど、で、なんです? アイツらまたなにかやらかして帝国由来の血縁が警戒される感じです?」
「さぁね? 奴らが一年中やらかしているのは確かなことだが、植民地民を嫌うような貧乏な真似はしない」
「貧乏?」
「事実だろう? 迫害は地方の金持ちか、都会の貧乏民の特権だ」
芯をついた意見におもわず、笑いを吹き出してしまう。
「言いえて、妙ですね。いいです。その考え方」
「国王陛下のお言葉だ」
「え!」
「まだ、若いが、人を引き付ける方だ」
……そんな皮肉を最高位の偉い人が言ったら、刺さる人には好かれるんだろうな。
「問題は、君が殺したイェルク・シュミットがユーリ・サトーの召喚を指示した解放軍の幹部だったということだ」
「え、は、カルトじゃないのか」
「あぁ、君がユーリ・サトーを保護した場所はモウマド付近の山中であったのだろう」
「えぇ」
「彼女から聞いたことには、彼女はある町の施設から他の贄とともに逃げ出してモウマドの方向へ向かったそうだ。そのモウマドの近くの要衝であったガレクンの街で傭兵組合の所長をして潜伏していた。だが、ユーリ・サトーくんが言うには別の街だったそうだ」
「あぁ、そうか、施設の場所を知りたいのか」
「そうだ」
逆光の方向へ顔を向けると、光に慣れた目がその影の中の目と合った。
「アンドロマリーさん、頼みがあります」
「え、なに? ジークくん」「おまっ、様付けしろ不け」「いい。彼は私と同質を持つ」
不満そうな横の騎士と驚く対面の騎士の表情も一度しっかり確認して、部屋の真ん中で茶を飲むユーリに不安そうな顔も見る。
「アンタ、一応王族なんだよな?」「いや、本当に不敬っ」「別にいい。私が招く側だ」
「ユーリの命の保証をアンタの命令でできるか?」
「少し、面倒だが、いやっ簡単にできるかもしれない」
「ユーリの命の保証が正しい情報を渡す条件です」
「お前! ダメだ。そんなことをされたら我々も犯人隠避で捕縛もできるんだぞ!?」
「わかりました。では、……保護した場所を忘れました」
「認めるわけないだろうがっ! そんな詭弁」
「そうか、じゃあ、嘘を教えますよ」
「堂々と宣言して虚偽申告するバカがどこにいる!? 無理だぞ。そんなことされて君を捕まえないとか」
早記の筆をスラスラと滑らせページをめくり騎士は警告の怒声を弁じる。なので、手首をくっつけて正面の騎士に差し出すつもりでテーブルに上げる。
「じゃあはい」
「は?」
「捕まえていいですよ」
「ちょっ、フリッツ、いきなり何を言っているんだ」
「流石にまずいんじゃ」
困惑して立ち上がって振り返るコルネリアとユーリに苦言を呈される。
「ユーリを殺さないことをどんなに頑張っても法で保証できないっぽいので、貴女の命令でその保証を貰えないなら協力はしません」




