10-2
「食べれない」
サンドイッチの半分に満たない切り取った空白を飲み込んだ一枚目で食指が止まる。
「いやさ、お腹はへってるはずなんだし、量が多いとか、ジャム以外に関しては口に合わないとかではないんですけどね? ごめん、残すよ」
「死ぬよ? 流石に食べたほうが良いわ。五日眠ってたせいで食道が弱ってるんじゃない?」
ユーリの指摘にコルネリアを見るが首を横に振られる。
「食べきらないと後々きつくなるでしょ。ほら、剣の鍛錬もできなくなるわよ」
剣術か、
「ここ半年はまともに振ってないかな」
「え?」
一拍、沈黙が流れる。その無音に言葉を求められたと感じたので適当な事を言う。
「魔術は色々研究してるよ。魔導に類することもね。だが、それも父さんが死んでからはあんまやる気でなくで、炎と光の研究をし直し」
「死んだって!?」
「え、ん? あぁ、三ヶ月くらい前に死んだよ。父さん、病気でぽっくり」
「…………そうか、病でか」
なんで沈痛な面持ちを見せるのか?
「剣術は魔術の開発に忙しかったならしょうがない。それよりなにより、……なんかあの男は、言い訳してた?」
「謝罪してきたからやめさせた『反吐がでる』くらいは言ったと思う」
「ふさわしい末路ね」
憎しみが満足されぬ面持ちだったようだ。
「まぁそれはそれとして、いいだろ、剣術は、一通りの技は覚えたけど、どうも頭打ちでね。腕力自体基からあんま強くないし、もう良いかなって」
「なにそれ、もったいないわね」
「……仕方が無いだろ、アンタを超えるには剣に依存してたら話にすらなれない」
「仮想敵が私になってるのね。……あの時はゼフテロの方が仮想的になる側だったのに」
「当たり前だろ?」殺したい相手を殺さないにしても殺したい相手より強くなりたいものだ。「……並び立ちたいさ。アンタには」
なんと呼ぶべきか、コニア姉さんとは呼びたくない。たが、なれなれしくコルネリアとも、よそよそしく君とも言いたくなかった。なぜ、よそよそしくしたくないのか、分からないけどできなかった。だから『アンタ』としか、
沈黙して見つめ合っている姿をどうにか解釈したのか慌てた様子でユーリが話を拾う。あれ、今僕は何を考えて視線を向けて? いや、違う。コルネリアから視線を変えて︙︙
「ねぇ、その父親って、あ、いや、聞いていい話かな? それ」
「あぁ、そうだな。愚痴くらいしか言いたくないけど。良い?」
「うん、気になるから」
「そうだな、僕も気になっていたことがあるし、いいか」
コルネリアも横で言いたげな顔をしている。なぜ、
「気になること?」
「あぁ、……あまり理解されないと思うけど、僕は父を尊敬していたし、誇りに思っていた」
「……」
コニア姉さんは眉をひそめるが、たぶん、それが普通なんだと思う。
「父さんはさ、強い人だったけど、もろく、弱っていたんだ。些細な理由で癇癪を起こして殴った僕に泣きながら謝ってくるけど、その気持ち悪い振る舞いが彼の高潔さを鈍らせていたよ。父さんは、殴ったら謝ってはならない。なにせ、父さんが僕を殴る理由は母さんが、ね。十二分にあるんだ。僕を産んだ時に父さんの最愛の人が死んだんだ。その憎しみをぶつける相手が見つけられなくて、どうしようもなくて仕方なく僕を憎しみを以って殴りかかる。愛の深い人だったよ。だから、その御しきれないほどの愛は今でも尊敬している」
ユーリのなんだか釈然としないように首をかしげる。それは本当は僕が抱くべき普通の感情だってわかるけど、どうして
「……おかしくないか?」
「なにが?」
「いや、自分の息子を殴ってるって、それは妻の忘れ形見を殴ってるってことになるんじゃないのか? それを」
「あぁ、疑問はもっともだね」
激情に震える舌先が、食事に備えられたスプーン越しのスープを少しなめて続きを述べる。
「優先順位の問題さ、父さんは母さんが全てだった。確かに僕を憎んでた。なのに迷ってしまう程度の善性が高潔な愛を濁す不純物になっていたから、憎んで居続けて欲しかったんだ」
一息、ため息を吐く。
「だけどさ、ある時期から僕と折り合いをつけようとしてきたんだ。そんな話はないだろう? なら最初から愛せばよかったのに、そんなことで僕を傷つけた事実が無くなるわけでもないのに無くそうとして、僕に許しを請うたんだ。吐き気がする! 母さんへの感情は覆す程度の愛だったのか? それとも、僕を許せる程度に些細な理由でしかなかったのか? 母さんの死が。そうは思えなかったから、高潔なまま罪を償おうとしないでもらったんだ」
自分の感情がコルネリアを見る。
「お前もそうだ。アンタは僕を『本当の家族じゃない』と言って村を出ただろうっ! それでどうだった? 血縁と過ごしたこの3年と半年弱ぁ! 僕を捨てるほど大切だったか!?」
「いや、え」
「『相応の価値はあったか?』って聞いているんだ。あの時、二人きりで話した言葉は、まだ覚えているぞ」
「そんなこと、言ってない。いや、そんなつもりじゃ」
「『言ってない』だと? ふざけるなよぉ!」
感情を止められない。だめだ、これは
「お前は、僕と姉弟だと言ってくれただろう? あれは嘘だったと最後の最後で……っ!」
うろたえるコニア姉さんの顔を見て、僕の顔の奥より底の方から涙がこみ上げてきやがる。
「教えてくれよ。僕を捨ててまで選んだ血縁がそこまで良いものだったのか、僕が間違ってたのか、お前が正しかったのか! 今ならわかるだろ!?」
息が詰まる。言いたくない。この先のこと、答えを聞きたくない。
「僕との仲は本当じゃなかったのか……!」
◆
「誤解よ。私が言いたかったのは……」
「どうなさいました!」
壮年の礼服を着た男性。アルフレッドが駆けて入ってくる。
「……すみません。僕が、少し叫びました」
「そうですか」
震える息を整える僕を確認するが、疑問は口にせずこちらを一人ずつ様子を伺って少し間を置き、口を開く。
「アポイントメントの確認が終わりましたので、これからすぐ馬車で向かうこともできます」
「あぁ、フリッツとユーリちゃんは向こうで着替えてきて、あとアルフレッド、着替えの場所案内が終わったらサンドイッチを作って欲しい、フリッツが寝込み明けで弱ったせいで食が細くなっているから、いくつか、味のパターンをつけて」
「承りました。では、こちらです」
そう言って案内された途中の窓で見えた庭続きの邸宅を見てしまうと、
「あれはウーナレクディアさのまの持つこの学術都市宅の本邸です」
「ウーナレクディア?」
「コルネリア様の妹にあたる方です」
ここは、離れだったから妙に落ち着いた民家みたいになっているのか? にしては生活感が残っているし、別の役割のある建物だったりするのだろうか?
「本当の妹か」
「フリッツ?」
「いや、彼女の方に思うところはないさ」
コルネリアが何も言わずに、どんな顔を僕に向けていたのかは、どうしても知りたくない。




