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10-1 本当の家族

 「久しぶり」それ以上なにも言えない。言いたくない。

「やっと目を覚ましてくれたね。フリッツ」

 寝間着なのかモコモコとした衣服を着込んでいるコルネリアの絡みついた両腕と胸から、怖気を抑えながら何でも無いように右腕を抜き去る。

「っ、え?」

 僕の身の動きで布団越しに体を載せていたユーリは乱れた黒髪を無意識なのか手櫛で整えるような仕草を見せ、驚きを口からもらして辺りを見渡す。

「……おはよう」

「おはよう。ユーリ」

 何を言えばいいのか、迷うとコルネリアが口を挟み少しばかり考えて

「アンドロマリーから、マリー様からそろそろ起きると聞いて、……血縁の妹に言って軽食をいろいろもってこさせているから、下の階に降りて食事すると良いよ。色々管を刺し付けて入れられるだけ入れてたけどお腹空いているでしょうって」

「あー、……それより、体を拭きたいかな。ちょっと、汗でべたつく」

「わかった持ってこさせるわ」

 そう言って布団から這い出て部屋を抜けるコルネリアの背を背景にユーリは一言。

「言っていたより仲よさそうじゃん」

「はっ、いや」

 自分の感情が纏まらない。

「そんなはずが無いだろ? ないはだって…︙」

 多分怒りなのだが、どれに対しての怒りなのか分からず頭を抑えてかぶり振る。既にコルネリアの姿は無いが、僕は聞こえるかもしれないと張り上げずにハッキリと口にして聞こえてと願う。

「彼女のあれは、自慰行為だよ。満足してしまえばあっさりと僕を切り捨てる」

「どれ、よ」

「優しい態度。さ」

 嫌な記憶の中の回答を参照に吐き出す。

「アイツは! 誰かに優しい自分だけが好きなのさ、だから僕にお姉さんぶって! ︙︙こうやって希望を抱かせるっ」

「……? それって」

「何も、変えてないと思ってるんだ」

 何が何でも理解したくないのにその浅はかさな態度を、どうしても理解が及んでしまう。無かったこととして扱っているんだ。あの時のやりとりを、

「貰ってきたわ。ぬるくしたって」

「ぁ、ありがとう」

「……? 結局二人になにかあったの」

「なにが?」

 コルネリアが薄ら笑いで口にした疑問符に僕は、……言葉を失ってしまった。だと言うのに僕は、すまし顔を作ってまで内心を悟られることを恐れている。

「いや、別に、何も」


 ◆ ◆


 普通の町民の家庭のような間取り、そのくせ無駄に部屋の多い住居のリビング、そこの中心に座すテーブルを囲って食事を出され、壮年の男性に見守られ、いや、見張られてる? の、かもしれないがキッチンで立つ彼に促されて食事を取りはじめ、僕がスープも飲みきってない頃にユーリは食べ終わりコニア姉さんは……、コルネリアは軍服風の衣服に着替えて現れる。

「これから何度か確認を受けると思うけど、貴方が斬ったのはイェルク・シュミットであってるんのよね? いや、食事中にはやめとこうか、ごめん。ユーリちゃんもう食べ終わったんだ。食べるの早いね」

「あぁ、それは、そうだな。……あぁ、いろいろと問題がある行動を取った自覚はある。たしかに、トロッコの上で何人か斬ったと思う」

 妙に狭い、部屋が多いことは廊下で確認できだが、それを差し引いてもまだ狭い。いや、普通に暮らすなら十分なのだが、コルネリアは騎士を多く排出する魔術の名家のだったはずだから、一般的な大きめの民家の範疇を出ない家宅というのは、資産的にも安全面的にもかなりの違和感がある。

「えぇ、だからこれから騎士庁舎に行って事情聴取を受けないとならないの。まぁ、いいわ。そういう事になっているけど、彼らが聞きたい情報だけは伝えておくから返答を用意しておくと良いわ」

「聞きたい情報? ︙︙、そうだな︙︙あぁ、兵士が二人襲われてたな。僕が襲ったとか思われてるってところかな」

「お嬢様?」

 普通の家のような内装で不自然に映る礼服を着た壮年の男性が、渋い顔をしてコルネリアを呼ぶ。

「……。そうなの? 砦内でも死者が出たっては聞いてたけど、別に彼らはフリッツを咎めることより、イェルクがどこで」

「コルネリア様!」

 礼服の男性、たぶん執事とかそういう従者、だと思う。

「……その、彼がそちら側でない証明ができてるわけではないんですよ」

「そう……?」

 明らかなに不機嫌な顔で壮年の執事を睨むとそれだけで彼が目をそらして体が強ばるのが見える。これは完全に、

「そうですよね」

 コルネリアの嫌がらせ以外の何でもない振る舞いが不愉快なので、苦言に肯首する。

「流石に自覚はあるんで、注意、ありがとうございます。下手に取り繕う準備しても仕方が無いし、話はあとでいい?」

 そういいつつ、コルネリアにも悪い顔をしようともせずに取り繕う自分に吐き気がする。

「えぇ、……わかった。いや、でも、うん、しかたがないか」

 不満げな態度だ。

「なんでそんな聞き分けのない反応して」

 そんな表情が嫌いでしょうがない。そんな態度が嫌で嫌で言っている途中で自分の息に怒気が孕んでいくことを感じる。声が上ずってしまった。

「そんなの、必要のない部下だから以外に理由なんてあるの?」

「普段から自分の部下にそんな態度なの?」

「……部下なんて必要ないし、欲しがったこともないわ」

「おい、それじゃ……」

 一度震える息がためらう。これは言っちゃいけない言葉という自覚が喉へ止めに入る。が、支えにもならずに弾かれる。

「同じだろうが?」

「おなじ? 何が」

 僕の顔に不安そうな反応するコルネリアに誰がそんな反応しているのかと違和感を受ける。

「何『が』じゃない、何『と』だ。あの時僕らを要ら」

「カブだ!」

 後ろ暗い感情に支配されそうになる僕の声を上塗りするように、ユーリの発した頓狂な叫び声で僕は嫌な思い出を記憶の霞に投げ捨てる。

「これ、ジャムだと思ったらカブなんだ!」

「そりゃ、コールラービだし、カブが材料だろう」

「しょっぱい! すっぱいの味もついてる」

 食べかけのパンに塗ったそれを見せて感想を端的に、あ、いやこれは……。

 振り上げた怒りの、逃げ道を用意してくれているのか? 分からないが、

「他になんだと思ったの?」

 ぶつけたい気持ちもあった。全部破綻させたい気持ちもあった。だが、今は抑えることにした。いずれぶつけないとならない破綻であるというのに、

「いやその、あはは、私の出身では赤いジャムって言ったら苺のジャムだから、びっくりして」

「苺で、といってもしょっぱいのがそんな」

 慌てふためくユーリをたてる言葉を並べて削ったパンにジャムをつけて食べる。その出身の話は禁忌だから、

「……王国ではコールラービって糖類より酒で煮詰めるのが多いんだったね」

「コールラービって……? フリッツ、もしかして、ジャムのことをコールラービって呼んでいるの?」

「ん、あぁ、コールラビは使っていませんよ」

 コルネリアとその従者の言葉の意味を一瞬理解しなかった。

「え?」

「えぇ、こちらのカブのジャムにコールラビは使っていません。カブと蒸留酒で煮詰めてアルコールを飛ばして塩で味を調えたシンプルな調整にしました」

 従者に言われて自分の間違いに気づく。

「え、あれ? カブのジャムってコールラービって言うんじゃないのか!」

「いいえ、コールラビはカブによく似たカブでない野菜の名前です。地域によってはカブと混同されることは珍しいことではないので、カブのジャムをコールラビと混同でしても不思議はないかと、そもそも地方でそういた品目名の区別がハッキリしてないなどは珍しいことでもないので」

「あぁ、そうか、ごめんごめん、意味の分からないことを言ってしまったな。……いや、ね。子供の頃からだいぶ勘違いしてたのかな? 実際に食べることはあんまりなかったし、そんなにフォローしてくれなくてもいいよ。ありがとうございます」

 もう二口も飲み込んでからコルネリアを見て、苦笑して言ってみる。

「ごめん、これ、アルコールの匂いが苦手なんだけど、残していい?」

「えぇ、仕方がないわ。代わりに食べてあげる」

 まただ、また、昔みたいな振る舞いをする。こんなことに、

「いや、流石に不味いだろ。一応、貴族の淑女でしょうが? 残していいか確認しただけだよ。でしょ? 従者の方、ダメに決まってるだろ? 暗殺的な意味の安全とか、令嬢のマナーとか」

「えぇ、一般的にはそうですね。ですが、コルネリア様には当てはめることは不可能かと」

 執事に助けを求めて視線を送っても諦めた反応だ。なぜなんだ。

「あぁ、思ってたより話の分かる奴だな。君、家の従者に話できる奴がまだ残って居るとは思わなかった」

 そう言って食べかけを本当に食べて、自分の皿のサンドイッチを僕の皿に押し付けてきた。

「はい、減った分はここから」

「……そうだ。僕はパンが苦手で」

「え、そんな、いつから? パン、え、苦手、パンが? え、どういう」

「あぁ、ごめん。冗談だ」

「適当なことを言うにしても流石に困らせちゃちゃダメだめよ? コルネリアさんもビックリしてるでしょ。というか、越境中の基本的に途中の街にあるパン屋で買った硬めのパンを切って食べてたでしょ」

「……寝起きで食欲が無いんだ食べれない」

「子供みたいなことを言ってるけど、コルネリアさんに会って童心に返ってるのか? 貴方がゼフテロさんに会ってもそんなこと無かったのに、なんで」

「あぁ、ごめん、でもなんか、どうしても食べれなくてね」

「ゼフテロに!? 会ったのか……?」

 ユーリの訝しげな目と、コルネリアの困惑の声にどう答えるべきか、ここは開き直るべきだろう。そもそもなんで疑問なんだ?

「知らなかったのか」

「えぇ」

「というか、会わなかったのか? 傭兵業をしていたゼフテロを雇って王国からこの街まで移動してきたんだが、会う機会とかは」

「そうね……知らなかったわ。彼がこっちに来てたのも、同行した傭兵で解放軍との関係を疑われつつも開放された三人の傭兵の内一人がゼフテロってことも、……あいつなにか、例えばモウマドのこと、何か言ってた?」

「気にはしてたよ」

「そう。以外、ね」

「以外かな? とはいっても、質問されたけど村を出た理由が『英雄になりたい』なんて理由だから僕にも、ゼフテロにも、故郷のことを語る資格は無いと答えておいたよ」

「…………だとしたら、私には、あるかしら?」

「そもそもアンタの故郷は王都だろう」

「…︙。︙︙そうね」

 白けた沈黙が流れサンドイッチを触るが口に運ぶ前に皿に戻してしまう。

「連絡が来たようです。少し、席を外します。ジークフリート様の目覚めの連絡をウーナレクディア様からアンドロマリー様に取り繋ぐ必要があるので、時間は掛かるでしょうから……、それまでゆっくり食べていて下さい」

「ありがとう。お願いするわ、君は、そうだ、君、そういえば名前なんて言うの? 覚えておくわ」

「……アルフレッドです。あと、私は旧帝都の派遣組合から送られた民間の執事なので」

「あぁ、だからか。わかった。アルフレッドね。顔を覚えておく、もしもの際に貴方の顔がついている人は巻き込まないようにするわ」

「へはは、恐縮です」



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