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8-2

 俺という存在を、ゼフテロの姿を彼女の視界に入らないように心がけた。

「気にしない方がお互い楽だと思うけどね」

「流石に敷居が高いぜ」

 俺の態度への提言を皮肉染みた笑みで噛みしめて逃避を述べるのみだ。

「逃げてたり隠れたりしたら無駄な邪推や誤解を生んじゃうよ? 彼にズーッと睨まれてるし」

「……俺は気づいてないと宣言しておくよ」

「ウ、ソだね!」

 なんか妙に楽しそうに小躍りするような歩みでトリタは後ろに駆け寄って、彼に近づく。

 最後列にいた俺らより更に後ろの壁の裏にいた騎士へ暢気に手を振って話しかける。

「オイ!」

「どうもー、はは! どうもー、お久しぶりです」

「……久しぶり、半日も経ってない時間でよく言えるな?」

「そうかな? 二度と会わないと思った人に再開した時はこの挨拶が適正なんじゃないかしら?」

 俺は慌ててトリタをギュヌマリウスと呼ばれていた騎士から引き剥がす。

「すみません、コイツ、世間慣れしてなくて……」

 ジッと見つめて騎士は苦笑なのか少し微笑んだ。彼は快活な顔でしっかりと笑顔を直す。

「あぁ! いいんじゃないか、今回は本当に最悪な事態の可能性があるから、危機察知できる傭兵は居るだけで歓迎さ。戦果を挙げなくても、危機察知できる奴がいると、みんな、生き残りやすくなるからな!」

 どういう意味だ。危機察知? やっぱ、エイリアンと一緒にいた俺らに良い感情は持っていないのか。

「あぁ、……遠いが、来るようだ」

 そう言って遠くの空を見て前列へ駆けてゆく、ギュヌマリウスさんが見ていた空では雲から赤い灯のような煙が垂れて落ちる。


「全員構え! くるぞ! 防衛ラインなんて無いものと思え! 全域が修羅場だ!」

 視界の奥の方で、視界から外れようとしていたアンドロマリーが声を張り上げて何やら眩しい光源になる魔術を放つ。

 煙の着地点へ照射される魔術を皮切りに、第一陣から一斉に熱源になる魔術が一点へ集められる。

「……? 何を恐れて」

 これは何を想定した過剰火力なんだ? 野原を地面ごと一帯を焼き尽くすような熱量がここまで届いてヒリヒリする。こんなものを受けたら何が来たって、

 あまりにも馬鹿げた光景に視えている景色を一瞬の間認識できず、爆発音より酷い炸裂音に気づけなくなった。聞こえているのに、そんなはずが無いと先に思ってしまう。

 その白熱の波をかき分けてそれらはこちらへ、飛んできた。

「あ? 刺さった」

 刺さった。振り返って見たソレはまさしく刺さっていたのだ。城壁へ飛んできた塔のような塊が、刺さって……破城槌か!

「まずい!」

 結果的に最後列にいた俺はトリタと塔に最も近い位置で対峙することとなる。

 出し惜しみはできない。

 塔からどでかくて四角い窓のような穴が二つ、そこから小さい……いや、人の背丈の何人分よりかは高い塔、そんな塔から足が生えた蜘蛛のような塊が、自在に脚を唸らせて複数這い出る。




 検問を突破するために踏み込んだ瞬間、地面が歪んだと思った。ただの爆発音?

「回れ!」

「破城槌、どこから!」

「覚悟しろ!」

 兵士が慌ただしく動き出し、城門の先の堀と城門を仕切る橋をあげようとするので、もう何もできずに検問を突破する。

「おい! 君、危ないぞ」

「捨て置け! いちいち構ってられるかっ」

 良かった。

 ここで意味もなく傷つけるような事にならなかった。凶行を避けることができた。


 心からの安堵を感じながら魔力を枯らさないように気を配った全力の錬気術で街道を駆ける。道から逸れた位置の原っぱの下で追いすがる魔力の発生源の目標は減速を始める。

「はっ、ハッ! 坂道!」

 胸が内側から破裂しそうになるほど息が上がった胸は、安堵を無視してバクバクと脈打ってうるさい。

 その潰れそうな呼吸の中で作れるだけの氷の魔力因子を生成して魔術を組み上げる。


 奴らが真下にいるここの地点、実際は僅かに先回りできているが、この地点、ここが草原で無くては実現は難しかっただろう。近くに建物があったり、人が住んでいたりしたら巻き込まれる。森があったり岩肌の山だったら地盤は硬く、深くまでの起爆準備が困難だった。

 僕の体で一度に作れるほぼ全ての氷の属性因子を人が吸う大気へ向けて行使する。魔術の影響で広範囲に霜が広がる。この状態で呼吸はしない、してはならない。

 大気へ向けた氷の魔術で作った液化窒素と水素、それが虫の形を取って土の中を泳いで潜る。地の底で出会った地虫たちは僕のために化合され、そこへ静電気にも満たない細やかな雷の属性による魔術で熱を与える。

「着火」

 それこに、縦に伸びた爆裂は地を裂き、草原をひっくり返す。熱線は地面を大きくえぐり、加熱された粉塵はきのこ雲となり空に飛ぶ。

 見えた。

 それだけで窒息しそうな父煙の中、えぐれたレール。刺激臭の煙、その先に見えるトロッコへ立ちはだかり、僕は刀がないので魔術を構える。

 左腕がまともに動かなくなっていることに今気づいたが、血は止まってるし別にいいだろう。

 氷の絡む術はもう使えないが、冷気を使いすぎたせいで干からびかけの水の属性因子を手元で流して、回す。

 高速回転する水は世界の全てへ怨嗟を吐き散らすようなうめき声を上げる。高速回転する水が空気を巻き込み誰が聞いても不快な(さえず)りをかき鳴らす、物理的に仕方がない現象を。横に、不快で、迷惑な歌声が刃渡り5メートルの円盤が僕の横に並ぶ。

 常に水を探知する魔術は敵の姿を明確に映す。荷物と人質をおろした空のトロッコを発射するシルエットがハッキリと見えている。

 不快な鳴き声は発射された。停止したトロッコと、トロッコと時間差で突撃した敵を斬り伏せ相手の逃げる脚を潰す。

 水の円盤は薄い紅に染まる。その、窒素と水素ガスが漂わせる腐乱したような刺激臭と生臭い色はその敵へ近寄るほどに小さく丸め、地下道を撫でる。

「お前、生きて」

 イェルクが言い切る前に円盤を飛ばし、喉を斬る。吹き飛ぶ首からユーリに血が掛からなように血を吸う円盤は真紅へ染まる。

「貴様、先輩をよくも」

 僕へ真っ直ぐ飛んだ彼を新たに作った流水の円盤が怨嗟を叫ぶような悲鳴を一緒に奏でながら縦に両断する。

 ユーリへ一気に迫ると、人質に取ろうと首無しの死体と円盤を避けて帯に絡み取られたユーリの首に短剣を突き立てる。

「ちかづくな! この女が…………」

 全員ダメだ、この場に対処できる魔術師は居なかったようだ。多少錬気が上手ければなんとでもなるというのに、その場の全員、動けなくなっている。

 短剣を突き立てる男が言葉すら発することがきでない恐怖に涙を流してなにかを言おうとする。駆け寄って男の目と鼻の先で動けないことを確認してゆっくりと余裕をもった動きに直す。

「闇の魔術、マイナーだもんな。対応できないのも仕方がないさ」

 正直、この男を殺してやりたかったが、自分も歩くのが大変なほど魔力を大量に使って走ったあとで疲れているから、無駄な手間を避けたかった。

「短剣ありがと」

 男の手から奪った短剣で上から順番にユーリの拘束を解いていく。

「フリッツ、あなた……」

「あぁ、ユーリこの魔術の中で喋れるのか、生まれつき魔力量が多いのかな?」

 拘束を全部切って男の手に余裕を表現するために短剣を戻す。

「歩ける?」

 男から距離を取って闇の魔術を解いて、自分の魔術で凍える体を抑える。

 寒い。

「君ら、逃げないの?」

 手を突き出し、魔術の準備をするような振る舞いをして生き残った数名を逃がす。

「……そりゃ、怖いよな」

 寒い。痛い。疲れた。

「フリッツ、体、冷たくなってるじゃない!」

 水分を持つ気配が遠ざかってるのを見ていると、ユーリは彼女なりに頃合いを見たのか、僕を抱えるように覆う。

「え、そんなに?」

「えぇ! 唇なんて紫、いや、少し黒い……いや! 死なないで」

「いや、これくらいじゃ、死なないって。……あー、いや、毒をなんとかしたせいかもしれん。副作用ってやつだ」

 本当に心配そうに僕を卵を暖める親鳥かのように抱えて背中をこする。

「え、そんなほどじゃないって、それより、ほら、胸が当たってるって。押し付けてるかんじなってるよ」

「死なれるよりずっといいわ」

 すごい真剣な顔で言われた。いや、そうか、そうなんだろうけどさ。一目惚れした女性にそんな事されると、ね。明らかに……男性として見られてないのは切ないけど、



 いい加減に城塞に戻ることを提案して離れ、刺激臭のあたりは酸素が少ないぞ、と気をつけながら僕が作った深くえぐれたクレーターを登っていると。いきなり、現れた。

 四足の、台形の、なんだ?

「虫?」

 虫の目のような赤い点から、白熱が照射された。

「っは!」

 熱い、焼けた。今、こいつ、僕を焼いた? 光の線が目から吹き出した?

 痛みに怯み、クレーターを滑り堕ちる。

「ぐっあ」

「フリッツ!」

 転がる僕へ振り向くこともなく四足のそれは降り掛かってきた。あぁ! 腹に、穴が空いた。構えたが、錬気を突き破って脚が、虫の!

 抜くためにつかんだ虫の節足が金属製であることを認識したとき、別の節足が僕の視界を覆うほど先に来ていた。

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