8-1 不快な囀り
俺が事情を説明し、受け取った金銭と添えてあった文章を組合事務所に届け、仲間たちと解散し、検問が終わったら南の街に行くかと思っていたところ。
「申し訳ありません、等級二以上の傭兵に招集がかかったので、今晩は詰め所……今は人が多いので向かいの喫茶店で待機をお願いしています。報酬は……王国から支給されるそうなので」
書類をみつつ慣れない作業に慌てる若い事務員に聞かされて面倒とおもいつつ、張り出された書状に何人かの傭兵たちと食い入るように眺め、
「これ、拒否権ないやつじゃないか」と誰かが毒づく。
先程まで仕事をともにしていたケイトさんと妹分がテラスのテーブル席でコーヒーをほっぽりだしてなにか話していた。
「招集ですって」
他人事のように感想を述べてテーブルをともにする。
「強制的に引っ張られるのは面倒だけど、仕事があるだけありがたいと思うべきなのかしらね?」
「あ、ウェイター、俺にもコーヒー頼む」
「ところで、なんの招集なのかしら? 戦時招集と同じマークっだったけど、あんなの初めてみたわ」
「ん? あぁ、マシンの襲来可能性だって」
ケイトさんは険しい顔付きで、小さくため息を吐く。
「本当にこないといいけど」
「ん? なんでそんな」
なぜ不安なのか疑問に思うとケイトさんは大きくため息を吐く。
「そりゃ、この大陸に住んでたら滅多に見ることのない異形の怪物だけどね。たまに、来るのよ。で、私は一回戦わされた事があるんだけど……もう、ダメダメだったわ」
「ダメダメ? なにが」
コーヒーの温度を見るように息を吹きかけ、熱を恐れて飲まずにソーサーに戻すトリタの質問に、ケイトさんは本当に嫌なものを思い出すように首を振る。
俺がコーヒーを受け取り、熱々の飲料をチビリと口に含むとケイトさんは嫌な思い出を語りだす。
「傭兵が100人、死にもの狂いで抑えて時間稼ぎしかできなかったわ。……たぶん、あの場に居た半分は死んだと思う」
「へぇ、そんな何体もいたのか」
「いや」
ケイトさんは本気で嫌な顔で過去を振り返る。
「戦ったマシンは一体だった」
「は、そんなに?」
お手上げといった顔で苦笑。ケイトさんはまだ湯気の立つコーヒーを一息でのみほす。
「バケモンだよあれ、ゼフテロくんも『帝国の影』の異名と武勇に恥じないように、まぁ、出し惜しみだけはしないでくれよ」
そんな期待のされ方されたら、何も言えねぇよ。なんて言えば良いんだよ。
「そういや、イェルクさんは事務所か?」
「あれ、そういや、あれ? こっちにきていないわね」
ケイトさんがあたりを見渡して、待機中だというのに酒を頼む男性を見て、眉をひそめる。。
「暇だからって酒を、いや、私が騎士崩れとして硬すぎるのかな」
「ん、ケイトちゃんって騎士崩れって年じゃないでしょ?」
トリタのまっとうな疑問に、空のカップを見つめて適当な生返事。
「あぁ、そうなんだけどね。そこらへんはゼフテロくんと同じだよ。私の両親も旧帝国で騎士してたから、戦う手段は教わるなら、そんな心構えも聞かされちゃうよねって話。影響受けただけよ」
「つっても、俺の出身を振り返っても子供を元騎士のおっさんや老人みんなで鍛えてたような思い出しかないからそんなお硬くは……、あぁそれは、いや違うかもな。さっき手形残して違約申し込んだジークフリートも、まぁ、めちゃくちゃ硬いところあったな。保守的というか」
「そういや、その彼、違約を想定して契約を申し込んでたって、いよいよ胡散臭いことに足を突っ込んでない? 幼なじみとして監視とかしたくならないの?」
「あぁ、アイツは……たぶん、っいや、俺と別れた後王国の騎士についていったから、逮捕とかではなかったけどさ」
「なにやったのよ……?」
流石に口ごもる。話を変えるか、
「……本当にこっちに用事があったみたいだね? イェルクさん、裏の理由があるんだとばかり勘ぐっていたよ」
「……ふぅ、そういえば言っていたわね。任務に同行する理由でそんなこと」
「てっきり、俺を監視しているのかと思ったが、何もなかった。本当に」
「?」
あぁ、そりゃ不思議に思うよな。
「俺、一応、植民地独立運動に関わっているんだが、あいつも少し噛んでる活動ではあるんだが、……あぁ、政治的なスタンスっていうのかな? それがかなり違うから、警戒してしまっていたんだ。取り越し苦労だったようだ」
「それは、気苦労なことね」
「そうだよな。イェルクさんが行動を起こすにしても、なにか……いや、まさかな」
「なに?」
俺に詰まった言葉をケイトさんは気にするが、
「別に、どうでもいい冗談をかんがえてしまってね」
などと言って、あり得ない可能性に吹き出してしまう。まさか、な。実はユーリさんがターゲットでユーリさんを召喚したカルト教団が実がイェルクの知り合いだとは馬鹿げた夢想だ。
仮に彼が解放軍のシンパだとしても愚帝の真似事のようなカルトには手を出さないだろう。と、
組合のスーツを着た職員が騎士をつれてなにやら説明を始めるので集合を呼びかけるのが聞こえた。
◆ ◆
「ィ……ッ!?」扉を開いたイェルクさんの名前を呼ぶ前に、彼の懐から抜かれた凶刃は、左腕に突き立てられた。
視界の端、彼の背の奥、扉の先で転がる兵士に気づいたときには小ぶりな剣は引き抜かれ、一切の痛みを感じさせない。それだけで呼吸の仕方を忘れてしまう。
「ぁ、ヵ……ァ!」
「フリッツ!?」
痛みを感じ損ねた。ただそれだけのことを理解する時間で、呼吸をしている感覚が失せる。喉を呼気が通っているはずなのに、圧覚が感じ取れない。神経毒だ! 血中に回った毒を更に特定する魔術を使うが……鈍る感覚では余計に時間がかかる!
「返して貰うぞ」
「どうして! イェルクさん……」
「ァ……、ダ。……ェ……ろ」
感覚が消えて立つこともままならない体は勝手に崩れ落ちてイェルクさんの道を空ける。
呼吸がままならぬ息に恐怖を感じつつ、ユーリに向かうイェルクを止められない。
何もできず、目の前で帯状の物体に拘束されるユーリを見るだけだ。
やめろ!
最早言葉も出ない体と感覚の失せた四肢で身を起こしてイェルクえ掴みかかろうとする。それだけだ、無駄だった。蹴り飛ばされてタンスに体をぶつけるばかりだった。
「その毒を喰らって立ち上がる、気合いは認めるが」
ガチャガチャと割れる陶器と僕に一瞥くれたイェルクは拘束したユーリを脇に抱えて扉へ向かって駆ける。
「マ。…………ァ!」
まずは、解毒しなくては、毒の特定はすぐに出来ないが動物毒であることは分かった。だから、副作用を無視して血液の毒を浄化する。
「ぐぅ、ァ!」
速やかに感覚が戻っていく。だめだ、これをあと何回か何回か、繰り返さなくては……連続で使うと貧血は怖いが、言ってる場合ではない。
「ぐぅ……はぁ……はぁ、よひ、ろれぬはまわらないぬぁ」
感覚が戻ってきた。この解毒術に何分かかった? わからん、どうやって追う?
頭を巡らせながら体を起こす。『返してもらう』たしか、そう言ったはずだ。ということは、イェルクさんはカルトのごろつきと所属を共にしていることになる。
どうする。水を辿る術。だめだ、人が多い。人が持つ血液が探知されすぎる。人通りの多い市街でそう簡単に人一人見つけられるような術になってない。
どうする? 思いついた。できるか?
水の探知術、ゼフテロが言ってたあの現象! 水を探知するだけの術のはずなのに、自分で作った水の魔力因子を長距離に対して探し出すことができる現象、想定していなかったあの現象の発動条件は、なんだ? 僕が想定していない使い方で僕は何を想定していなかった? この術には『自分』と『それ以外』を区別して映る。だが、それだけではダメだ。なにもかもと区別ができない。
水の探知を高感度にする。
「だめだ」
大気中の水分が全部感じ取れるが全く区別できない。なら、感覚を低感度に調整する。
「見えた」
かなり、遠い。僕の血痕は洗い流されておらず、汚れた短剣を追う。短時間でかなりの距離を移動したがまだ学術都市の外に出ていない。まだ、追いつける。これほど低い感度での使い方は想定してなかったから位置と距離がぼんやり感じ取れるだけだが十分だ。
あの短剣に着いた血痕を追いすがろうと開けっぱなしの窓に向かうと二人の毒に苦しむ兵士がいた。
呻いているだけ呼吸はまだできている。今僕が解毒術を使えば貧血程度の後遺症のみで完治するだろう。だが数分、時間がかかる。
悶える兵士を見て自問する。助けるのか?
助けたら、ユーリを連れさったイェルクに確実に追いつけないが、だからって、見殺しにするのか? 既に追いつけないのかもしれないのに、
……命の選別だぞ? これは、僕は確実に助けられるのだぞ? この二人の兵士を僕は……、
助けない。
助ける理由が無い。だから、なにもしない。
「誰かー! 誰かいないか! 二人が倒れてるッ!」
ただそう叫んで、遠くで誰かの足音が聞こえたのを感じて、窓を飛び降り、錬気術で強化した身体能力でイェルクの居るであろう座標を追う。
これで発見されても死んだなら城塞の医療班の責任、発見が遅れたのなら警邏の責任、僕が取るべき責任はユーリを……、
どうやら、空間をスキップする魔術を使っているのか、時折、距離を無視して一瞬で別地点へ移動する。これで、二度目だ。ここまで連続で使えるとなると、あらかじめ用意された術なのか?
「あ? どこに」
いきなり痕跡が感じ取れなくなった。と、思うと地下に移動していた! しかも地下で凄い速度で移動している。
どんな仕掛けを使ってるにしても地下にそれなりに広い空間があるんじゃないか? これ、
感覚を追っていると、城壁に当たる。学術都市の縁だ。出口まで走ると兵士達が慌ただしく検問とバリケードを建てて、移動を制限している。
「まずい、追いつけなくなる」
本来道であった場所を塞ぎ、検問へ迂回を促す兵士の横列を正面にして心から思う。
「こいつらはどうでもいい! ユーリを助けられるなら」
兵士を見つめる僕の様子を怪訝に思ったのか、ひと組僕のもとに近づくので僕は歩を進める。
あの兵士、可哀想に、僕がやろうとしていることを本能的に察したんだな。
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