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5-1 わかるわけ無いだろ

 もしかしたら案外、僕の体は脆いのかもしれない。もともとの位置が国境沿いとはいえ、王国から公国の旧帝都までの移動に余裕をもって馬車で23日、この期間に何度か食事が喉を通らなくなることがあった。

「ケホッ、カッハッ、ハァー、ハァー。上手いな! イェルクさんも、ケホッ思うでしょ? 天才って」

 うたた寝から覚めて目の前にある魔術の式を作るのに必須の属性因子の生成に5種類目までを交互に出して消してを繰り返す訓練をするユーリを見て、マスターしたと感じた僕は傭兵の中でも取りまとめのような立場らしいイェルクさんと馬車を動かすケイトさんに向かってそんな感想をぶつける。

「もう一度、横になれよ。喘息かなにかで喉が鳴ってるぞ」

「ごめんなさい。起こしてしまったわね。……度々喉が鳴ってるけど、なにか病気なんじゃないの?」

「いや、別に、持病とかはないよ」喉がガラガラの風切り音を鳴らす「昔から、体は弱いんだが、旅に出る前は一度だって、ゲホぉっ、ガッ、こんなことはなかったが」

「それって、……いや、答えなくていいわ。喋るのをやめて眠って、おねがい」

 ユーリの懇願にできるだけ素直に応じよう。

「あー、確かに思い返してみると」僕が毛布にくるまって馬車の天幕を真っ直ぐ見つめると、視界の端で首をひねりながら過去を語るゼフテロが見える「子供の頃にガキの集まりで水浴びとかすると、ほぼ確実に風邪引いてコルネリアに、俺と村長のお嬢含めた幼なじみ3人で看病してたような」

 隣に眠っているトリタの毛布を直しながらゼフテロは思い返したような昔話をユーリに語る。

「あれって、体弱かったんだな」

「ん、え、そうでしょうね?」

「なんでわからなかったのかな……今思うと、結構病弱なんじゃ」

「そう、なんだ。いや、今のうちにわかっただけこの後のことも考えると助かった。と考えるべきのようね」

「もう学術都市が見えてる。半日もすれば旧帝都も見えるだろうから、ここらはまだ治安がいいが旧帝都近くでは治安も悪くなるだろうから、いつでも担いで逃がせる心構えは常にしておけよ」

「うっす」

「はい」

 イェルクさんの注意喚起に正式に僕に雇われた傭兵に当たるケイトさんとゼフテロは返事をして、ケイトさんはそのまま馬運を続けてゼフテロは武器の見直しをする。

 その中で、刃と背が通常と逆向きに反り返っている僕の刀を持ち上げ、なにか感傷に浸る。

「そうはいっても、村の道場で剣術も普通以上にできていたし魔導関連の本を読み漁ってたから、下手な専門の家庭教師より魔法を教えるのは上手いんだ。だから、そうやってユーリさんに魔術を教えられるわけだが、まぁ、まだ基礎訓練だけだから理屈に詳しいやつじゃなくてもできなくはないが」

「そうね。ところで疑問なんだけど、『教える魔術のほとんどは僕は使えない』って普通なの?」

「ゲッホ、わからないけど、使えない魔術ほど詳しい。僕は」

 バツの悪そうに僕の刀の手入れを始めたゼフテロは言葉を少し探して、迷ったように絞り出す。

「お前も、案外自分に無いものを追い求める性格なんだな」

「そうかな? なんで、そう思ったかな。……そうか、そうだ、言い忘れてたけど、僕が剣術を捨てた理由、ゼフテロとコルネリアに絶対勝てないって思ったからだよ」

「えっ! はぁ、マジか、比較対象おかしいって」

「……? つまり、ゲホッ負けず嫌いってこと。無いものが欲しいんじゃなくて、勝てる勝負がしたいから無理やり使おうと試行錯誤もするし、勝てない勝負はしたくない」

「頑固なだけだろ……いや、答えるな眠れ」

「ゲッ、フゥー、ハッアッ、おやすみ」


 ◆ ◆


その残照を見て今すぐ目を覚ましたいと思った。

 一番見たくない悪夢、父さんが死ぬ数ヶ月前に投げかけられた浅ましい言葉。父さんが信念を投げ捨てようとしたその言葉。

 聞いて僕は、確か、……怒りに任せて……、いや、忘れさてくれよ。みたくない、夢の中の僕が浅ましい言葉をまた聞いて父の胸ぐらをつかむ。

「謝罪なんて聴きたくない! 憎め! 僕はっ、あんたが信念を持って愛さないでくれるなら! 僕に憎悪を向けるなら、向けてもらえないと、愛を信じられる……っ!」

 掴んだ手の中で、思い出したくない風景が映る。


 どんな、いや、違う、なんだっけ、あの時、僕は何を見たのか、思い出したくないし、もう、思い出せそうにない。だけど、思い出せなくても忘れられないほど嫌ななにかを見た。


 ◆ 


「足止めだ」

 いつの間にか止まっていた馬車の後部天幕に外から走ってきたゼフテロが、なにか説明を始め前方へ詰める。

「預言者の部下がここら一体の警戒を言い渡してるらしい、マシンが出ると」

「本当かよ」

「そう言ったって」

 ゼフテロも皮肉や困惑が混ざったような声色で文句を言う。

「確認したら精鋭以外は実力差でほぼ確実に死んでるんですよ? そんな化け物が海を渡って毒と鋼の大陸から飛んでるくとか、どんな軽さなんだよ? とは思いますさ、でも、実際取りこぼすと災害が起きてるのは事実ですし。爆発とかもするらしい」

「爆発ねぇ、体の中身が火薬になってるとかどこまで本当なのやら」

 身を起こした僕は気が付いたユーリからトリタと一緒にお茶を受け取り、一口嗜むように喉を潤して適当なことを世間話をする二人に言ってみる。

「焼くより斬ったほうが安全なんじゃないか。それ、よし、そういうのは僕に任せて」

 振り向いて少し心配そうな目を向け、額に手を当てられ熱を確認される。

「もう喉は大丈夫なのか?」

「小一時間眠ったようだが、もう意外と大丈夫。あと、でかい塊を斬るのは僕に任せろ!」

「…………え? なにを」

「人の数倍の大きさがある塊を斬り裂くのは僕の専門だ!」

「はぁ、どうやって……斬るの?」

「まず、動けないように固定して」「やめておけ!」

 自信満々なアピールに強めな静と手のひらが突き出される。

「マシンと戦おうとは考えないでくれるか? お前一応、依頼主だし。死なれると報酬がもらえない。というか、止めておけ、本当に危険っぽいから」

「あぁ、それもそうか、分かった! 戦わずに逃げる」

 適当なことを言い過ぎたか、本気で説教されそうなのですぐ訂正する。

「しかも、なんか大掛かりな魔法でも使うんだろ? それの準備が完了するまで止めるとか、無理だって。マシンがどんなものか知ってるのか?」

「大陸を滅ぼしたエイリアン由来の魔術仕掛けの虫らしきものという以外は全く知らん!」

「俺もそうだ。知ってるやつなんてほとんど居ない。だから、想定訓練はしても決め打ちは絶対にだめ、だからめちゃくちゃ強いやつ以外は戦わない方がいい」

 あー、本気で注意されてるな、これ。

「たしかに、想定問答の用意できない決め打ちは思考放棄にというわけね。考えてみると、そんなことしたら戦術の邪魔だねぇ。はは、これは……こういう考え方かな?」

 動揺してしまったのか、ゼフテロは困惑する。

「そんなに落ち込むことではないからな?」

 一つ軽いため息のあと皮肉気味に笑う。

「ただ、依頼主だから積極的に戦われると俺らが雇われた意味がないってこと」

「依頼主が依頼破ろうしちゃ世話ないね。たしかにさ」


 ◆


 一つの視界の中に収まる学術都市と旧帝都、その間に並ぶ村落の集まりでまるでその2つは一つの都市として機能しているような繋がり方だ。

「学術都市ってこんなに、旧帝都のすぐ近くだったのか」

「知らなかったのか?」

「近い近いとは話では聞いてたがもう、これほとんど隣接してるようなものじゃないか」

「教導会はもともと旧帝国の首都を学術都市にしたかったらしいぜ」

「え、それって、預言者関わります?」

 教導会っていったら世界的な魔術研究を目的とした組織だ。現時点でのトップっていったら毒と鋼の大陸でマシンの駆除を続ける預言者の一団と、教国にある総長のどっちかだが、王国に口を出すのは王国教導会があるからには教国ってことはないだろう。

「あぁ、もちろんだ。だが王国は帝国の再集結を恐れ、市民は教導会の軍事基地にされるのを恐れて上手くいかなかった結果苦肉の策としてこれほど近くになったらしい」

 馬車を建屋に進ませるケイトさんの横でなにか書かれた紙を広げてイェルクさんは苦言を続ける。

「その結果、公国になった帝国の首都は南西に移され、機能を失った旧帝都は預言者が作った学術都市のダウンタウンになっちまったってわけだ。こんな時に指導者になれる誰かが居てくれたら、公国になってもここまではな」

「イェルクさん?」

「あぁ、すまない。しんみりしてっしまったな。今の帝国では珍しい話じゃないし、ここ5年でずいぶんマシになっていってはいるんだ。全部がダメになったわけでもないしな」

「で、事態が収まるまで学術都市で足止めだが、どうする? 一応依頼主には従うさ」

「……宿を探しましょうか」

「はいよ。ケイト、この地図の――――――」


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