余波
「もう、見つかっちゃったんだ」
「……あぁ、見つけられた」
コルネリアを隣に僕は、アテがあるはずもないのに一人道行くシャノンの前に立ちふさがってしまった。
「お願い、あの世界に帰りたくないの! あんな、私を人間扱いしてくれない人しか居ない世界になんか、帰りたくないの、お願い! 私をっ……あなた達ともう少し、ずっと、お願い。できる限りいつまでも一緒に居させ……まだ、人でいさせてっ!」
跪いて懇願するシャノンへ僕は何を言えば良いんだ? 何を言えるっていうんだ? 僕は、彼女を帰すべきなのか?
「ダメだ」
コルネリアが僕より先に首を振って答える。
「お前には本来いるべき場所があり、そこに帰らなければならない。昔の私と同じだ。だが」
「そんなの、貴方と同じとは限らないでしょ!?」
「いや、同じだ。同じようにチャンスをつかもうとすら思っていない。そこまで同じなんだ……! 私はそこへ帰らなかった。妹や弟、幼なじみたちの助けで帰るべき場所を変えた。それとまったく」
コルネリアはどういうつもりなのか? ことによっては、異世界との交渉が……、いや、異世界人廃絶を訴える教導会との争いだって、王国の近衛として立場のあるコルネリアが下手なことをしたらどうにもならない。
本心では僕は世界をひっくり返せるものならひっくり返したい、シャノンを引き止められるなら引き止めたいと願っている。なにのに、僕は何を……何もしようとしていない。
「今のお前も私と同じだ。戦って勝ち取ろうと思えば、勝ち取れる……そうだな。私はお前をもとの場所に帰す義務がある。私を上回る実行能力を持つものはこっちの世界にはもう一人として存在しないことは保証しよう」
いや、そんなことはなにもかも無視するべきなのかもしれない。身分を偽ったり、連邦のようにシラを切ればいいのかもしれない。なのに僕は彼女を帰すことばかり、いや、それすらも
「だから、貴女と戦えって?」
「あぁ、そうだ。私と戦え」
「何を言い出してるのコニア姉?」
「すまない、フリッツ下がっていてくれ。巻き込まえたらお前でも確実に死ぬ」
「いや、何を言って」
話の流れを理解できなかった。意味不明。シャノンは立ち上がり、構えになってないような自然体の構えで魔法を構える。
「いいの? 貴女、私と戦ったら死ぬわよ? 私の能力を理解してないわけじゃないでしょ」
「話を進めるな。何を言っているのか全く、理解できない! なんで戦う流れになってんの!?」
「安心しろ、最悪……腕が一本だめになったら降参する。そうすれば、誰もお前を送り返すことはできないという証明は完了するだろう」
「……わかったわ。気を抜いて、死なないでね?」
「死なないことはともかく、気は抜かない。フリッツ、立会役を頼む」
「まってくれ、本当に何を言っているんだ? そんな決闘みたいな……」
二人の表情を見て、何も言えなくなる。言えるようなほど異常な精神性にまで僕は落ちぶれていなかったせいだ。本気だ。この二人は、真面目に命を賭けて未来を決めようとしている。そこへ水をさせなかった。僕にはなにも、できそうにない。
「……わかった。コルネリアが敗北したときは、証明する」
そう言って距離をとると、どうしても言いたくなった。
「シャノン、……勝って」
これが僕がシャノンのためにできたただ一つのこと、
◆
どれだけ距離をとっても溢れ出る熱波、周囲が粘土質のはげ山だからと遠慮なく放熱する水晶を発生させるシャノンにコルネリア姉さんは地面から湧き出たり、シャノンの手元から発生する人の身長の数倍ある塊をガリガリと両断し、距離を取ろうとするシャノンに迫ろうとするが、
近づくとシャノンが広範囲の地面が陥没するほどのシンプルな圧力を発生させてコルネリア姉さんを押し返そうとするがやや鈍らせるだけで、周辺の地形がぐちゃぐちゃに潰れても姉さんは走って、剣に錬気の延長の魔力でできた刃先をまとわせて数百メートル離れていても、シャノンに当てようとしている。
僕にはわかる。コルネリア姉さんは、殺さないように威力を絞っている。しかも、胴や頭から外して戦闘不能に追い込む狙いだから繊細に精細さを欠く剣筋でシャノン本人の身体能力で避けられてしまう。
もう、数キロ離れて見ているだけの僕ですら、余波で汗だくになるし、呼吸もままならない圧力をうけているというのに、二人はまだ疲れてすらいないようだ。
姉さんが地面の底に一瞬落下するたびに地面から水晶の結晶が湧き出て、姉さんを捉えようとするが、それを予期して一瞬しか地面に脚をつけないはね続けるようなコルネリア姉さんの動きに合わせて、天空から巨大な宮殿のようなそれが落ちてくる。
水晶の塊だ。一瞬、巨大すぎて理解できなかった。
さすがにここの真上まで巻き込む範囲じゃないが姉さんは剣の一振でその塊を両断し、落下の余波で僕が吹き飛ばされる。
「投げてきた!?」
シャノンが驚きの声をあげると、姉さんの中折の剣を素手で掴むシャノンの姿が土埃越しに確認できた。
折れたのだ。さっき見た記憶が確かなら、コルネリア姉さんが腰にさしていた剣は左側5本、右側3本の合計8本。
それがすべて、折れてしまう前に決着をつけてもらわなければ死ぬ。
投擲に驚いた一瞬をついて姉さんは距離を詰め両手に剣をもって、シャノンに斬りかかるが、それらはシャノンの周囲にいきなり発生した水晶に当たって融けた。
まるで、綿を炎に近づけたようにあっさり融けた剣を見て、姉さんは一気距離をとり、剣の残りの柄をまるでブーメランみたいに気軽に投げて、また水晶に当たって溶けるのを確認すると、真上にジャンプして足元に湧き出た水晶を避ける。
姉さんは両手に刀を携えて、まるで存在しないみたいに魔力が静まり返る。これは、余分な魔力も全部錬気に消費しているせいで魔力が感じ取れなく成る現象だ。
すると、雑に振り回しているような動きで迫ってくる水晶を削り取りながら鋭利な刃をシャノンまで届く数百メートルの刃渡りに魔力で編み込みきって刻むような技だ。
しかし、シャノンは球状の水晶の塊に閉じこもりその魔力の斬撃のすべてを防御して、姉さんの刀は数十年野ざらしで放置したなまくらにようにボロボロになって崩れていく。
「なるほど、理解した」
姉さん、何を言うの? 脚を止めて、降参する気か?
「この水晶は純粋な熱で融けているのではなく、水晶の外周に物体が離れていく圧力が加わって、水晶に接触すると表面に加えられ続けている逆方向の圧力で水晶に引き寄せられる。水晶そのものはものすごい固くなるまで圧縮されているからそれ自体が圧熱を放っているだけだ。だから、まるで融けているように消えているのに、融けたはずの物体が蒸気になって放出されていない」
「……それで、どうするの? 降参してくれるのかしら」
防御態勢の正面側の水晶は解かないままでも、全方位の球場の水晶を霧散させるように解除して、シャノンは訝しむがコルネリアは首を横にふる。
「いえ、これなら、『回避しなくてもよさそうだな』って」
言って、コルネリアは剣も構えずに真っ直ぐシャノンに向けて隕石で人を射抜くような脚力で跳躍する。
おい、素手じゃ、死んでしまう。
とっさにシャノンが放出した圧力に煽られているはずなのに減衰しない姉さんの体に、
「……ダメ!」
恐怖で声が漏れる。姉さんが剣を使うのは手加減のためだ。
姉さんが素手で戦ったら、加減ができず、伝え聞く現体制への政変の時のように余波だけで人は死んでしまう。
姉さんはコルネリアの防御の水晶を手刀で突き破り――……、
「これで、負けを認めてくれるかしら?」
シャノンの首元で、その指先が止まる。
その圧倒的な存在感にシャノンは、目を伏せて、歯を食いしばり、絞り出す。
「…………ぁ……えぇ、私の負けです」
そう、シャノンは大人しく異世界に帰ることになった。
◆ ◆
儀式の準備が終わって、後は祭壇を用意してそこにシャノンが乗るだけで異世界への送還が終わるという場面で、掘っ立て小屋に引き返す。
「ちょっとまって、祭壇は建てていいからその前に」
適当な何かがないか探して見つけたのは、僕が小金稼ぎに作った写本。
基礎理論とか魔力とはなにかとか、そういう魔道物理学の研究の歴史を書いたなんの面白みもない辞典のような本だが、食べ物みたいな使ったらなくなるものよりはマシだろう。
シャノンに手渡すと魔術で簡易的な祭壇になる土を盛り上げていたクラーラに睨まれたが、もう、いいだろう。
「これ、僕らが出会った証の本。内容はわかんないかもしれないけど、基礎的なことしか書いてないから……あげる」
「え……と」
シャノンは困ったようだ。だけど、僕が言えるのは今生の別れの言葉だけ。なら……
「シャノン、幸せになって。ありがとう。一緒に過ごした時間は短かったけど……えっと」
「えぇ、大丈夫よ」
言葉に迷っているとシャノンの唇が僕の顔のそれに触れた。
「ぇえええ!? お前ぇ!!」
コルネリア姉さんがびっくりしているが、それで満足したのか、僕があっけにとられてほうけていると。一言言って祭壇に乗る。
「あなた達に出会えて、私は、幸せだったわ」




