同じ顔をしただけのバケモノ
半分融解したままお互いを踏み潰して蠢いて空に昇る崩れかけの鋼鉄製の虫の塔はまだぎりぎり先端が世界の裂け目に届いている。
「見ろ! クラーラ、まだ間に合うぞ!」
「えぇ、……そうね、急がないといけないっていうのに!!」
クラーラが睨んだ先にいたのは
「姉さん…………シグフレド様は?」
カルラだ。
「あぁ、これのことか?」
言って、抱えていたその右腕を粗雑に遠く、軽く、投げつける。
「おい、『これ』って!」
「あぁ、悪い。言い過ぎちゃったかな?」
「……ぇ、姉さん、この腕は」
「わからないか? 相変わらず、察しが悪いな。ジークフリートもそんな顔しないでよ。いいよ。私が勝手にやったことだ。…………そうだね」
腕を組んで頷く、その口から出るクラーラの言葉はずいぶん適当な雰囲気だった。
「預言者シグフレドの意志により、異世界人シグフレドを処分した……これが全てが」
僕が呆れて訂正するべき言葉を放つより先に、カルラは脚と腕に電撃を纏った硬直運動と熱を使用した弦から矢が離れるような手刀をクラーラに放ったが、軽く素手で受け止められ腹部に膝蹴りを入れて、氷の魔力を押し付けられてなぶるような攻撃を受ける。
「何故だ……ッ、何故育ての親にそんなことができるッ!!」
「親であるより先にあの方にとって忠実なしもべだからッサ!」
なにかしようとしてカルラの手を踏みにじり、魔術の構成式の組み立てを阻害する。
「答えろ! なぜ、殺した……、シグフレド様を!!」
「仕方が無いでしょ。お互いに道を譲らなかった。だから、私が殉教した「キチクガイウコトカ!!」
クラーラの背後から発生したように現れた槍を、クラーラは身動きもせずに、魔力でできた泥のようなもので先端を絡め取って受け止める。
「お前のような……辛い仕事だけ他人に押し付けるような!! 鬼畜が言っていいことなものか!!」
「……でもカルラ、私だって」
「生かさず殺さず! 畜生にも劣る所業ができて何故そこで殺せない!? 人を殺す意志にだけ至らない? だから、いままでトドメは私にばかりやらせてきたっていうのに何故今になって!? なんで、いまさら父親にだけ向けられるんだッッ!!!! その、殺意を……!!」
「それは……うん、ごめんね」
「最初からでは、なかったじゃん……? なにか、切っ掛けがあったはずじゃないの……? なにが、何があったら私と同じ風景を見ていたはずのお姉ちゃんが怪物になってしまうの!? 私は……っ、何を見落としてしまったんだ…………ッ!」
「だって、おかしいでしょう? 自分が何をしたいとか考えないで、ただついて行って殺すなんて」
「姉さんが……ッッッ、ぁア!? それを言うなぁ!!」
なにかしようとしたが、クラーラの魔術で、身を凍えさせられる。クラーラの背中にはやりや剣が十数本も刺さらずにとどまっている。
「ごめん、でも、やっぱり、私には妹を殺せない」
「卑怯者め!」
「うん、ごめん」
「卑怯者メェ卑怯者めっ! ぅ、あああああああ!」
悲しそうな。ため息をついて
「残念だけど、カルラには私を傷つける何一つの手段を持っていないわ。その差を埋められないなら、貴方を殺す必要も私には無いの」
クラーラは強い言葉で妹をなじる。
「せめて、殺せ! 私をっ、シグフレド様と同じ場所で死ねるなら……」
「ここで、死ぬつもりも、殺させるつもりもないよ」
緑の魔術、いや、闇の魔術か、この式はたぶん麻酔とかそういう……
「卑怯者め……後悔させてやる、いずれ、貴様の命をもって親殺しの罪を」
「……あぁ、うん……卑怯なお姉ちゃんでごめんね」
舌が回らくなっているような呂律なのに、カルラははっきりと呪詛の言葉を立て並べる。
「何故だ……なぜなんだよ! なぜ、同じ風景を観て同じ事を感じない!? なぜ、同じ問題を考えて同じ答えに辿り着かない!? なぜ、同じように育てられて同じ感情を持たない……!?」
「ごめん……」
「何で私はおまえと全く同じ血が流れていながらこんなにも才能に差があるんだ!!」
「……っ、そんなの」
妹も強い言葉を探す。せめて意識を失う前に、
「お前は、私と同じ顔をしただけのバケモノだ。人なものか……人を苦しめることに悦楽を感じるだけで人を殺せない生き物が、人なものか…………」
「そう、だね。さようなら。カルラ、まだ愛してるよ」
◆
「ごめん、じかんを取らせたね。行こうか」
よく似た見た目の眠った妹を慈しむように額を撫でて、僕に苦笑している。
「なんで、そんな嘘を?」
「嘘じゃないよ。だけど、勘違いしてくれた方が、いいことだってあるから」
「そう見えないけど」
行こう、
動きがほとんど止まって、裂け目で詰まっている虫の列を魔術で跳躍方向の補助をしながら、蹴って飛び上がり裂け目に入る。最初は細かったのに入ると徐々に広がって蠢きも大きく、近寄ると僕たちを光線で攻撃してくるから常に防御魔術を貼り続けていても気の抜けない巨大な武器の塊になって、そのど太い虫たちが出ようとしている細い隙間を見つけたらカルラが、エアバズーカの圧力で鋼の虫を潰して破壊しながら吹き飛ばして裂け目の中の空間の出口へ道をつくる。
「ここって、なんだろう。何色も、見えないようなのに、近くにクラーラやマシンの姿は見えるって」
「んー、見えないなら無理に見ないほうがいいぞ。なれないとこういうのは気持ち悪くなるから」
僕らが出た先は、空が引き裂かれたように見えないほど高い建造物が並ぶ、道の技術だらけの都市の誰も居ない、白い線のある暗い灰色の上だった。




