彼女を親友に取られたら、学校一の美少女が彼女になった
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「あ―――、やってらんねぇ…」
蒼井涼真は管を巻いていた。だが未成年なので飲んでいるのはコーラで、場所も居酒屋ではなく喫茶店だ。時刻は日も沈みかかった午後5時過ぎ、場所は駅裏という立地にひっそりと建つ喫茶店「ノワール」。テーブル席12席、カウンター席6人分の大きいとは言えない店だが、涼真は子供の頃から良く通っていた。
「涼真、何があったか知らないけどうちのメニューでやけ食いは辞めろよ」
眉をひそめて不満を零す30代くらいの男は蒼井雄一郎。喫茶店のオーナーで涼真の父方の叔父だ。父とは年が離れているが仲が良く、仕事で家を空けがちな兄夫婦に代わり涼真の面倒をよく見ていた。独立して自分の店を持つようになってからは、「ノワール」は涼真を含め学生の憩いの場になっている。
カウンターで突っ伏している涼真の横には空になった皿が3枚置いてある。ナポリタン、オムライス、モンブランの残骸だ。ある意味ではやけ食いだが、ちゃんと味わって食べていると主張したい。正直母より自分好みの味なのだ。
「…こりゃ相当嫌なことあったな、ほら、元気出せよ。今新商品のケーキ出してやるから。その三品の代金は支払って貰うが、これはサービス」
そう言い残すと叔父は厨房に引っ込んでいった。店内を見渡すとそこそこ席は埋まっており、大学生のアルバイトが注文を取りに行っている。この店は雰囲気のせいか某チェーン店のように騒いだり、大声で話す学生はあまりいない。そのためテスト期間が近づくとここで勉強をする学生も少なくない。涼真もその一人だ。オーナーの甥ということもあり、ここの常連客とは顔見知りだ。明らかに落ち込んでいる涼真を心配し、お菓子をくれたり励ましの言葉をかけてくれた。皿の横にはいくつかのお菓子も置かれている。その時、入り口でベルが鳴り、新しい客が来たようだ。すると後ろから聞き覚えの声ある声がかけられる。
「あれ、蒼井くん。…うわ、どうしたのそんなに食べて」
振り返るとそこにはワンピースを着た少女が立っていた。色素の薄い手入れの行き届いた茶髪、透き通るような白い肌、外国の血を引く証拠の灰色の瞳の美しい少女はクラスメートの皆月真冬だった。彼女はこの喫茶店の近所に住んでいるらしく、ここに入り浸っているうちに話すようになった。落ち着くと言う理由で週に2回は来る。だが、学校ではここで会っていることは隠している。彼女が学校一の美少女として人気が高く、下手なやっかみを買わないためである。
真冬は明らかに量を食べ過ぎている涼真を心配そうな目で見つめている。その右肩にはトートバッグがかけられている。
「あー皆月。…そのバッグ、テスト終わったばかりなのに勉強するのか、凄いな」
お世辞ではなく心から感じたことだが、彼女は恥ずかしがり仄かに顔を赤くする。
「凄くないよ、他にやることがないだけだし…それよりどうしたの?今日は水原さんの誕生日だから気合入れるって言ってたのに…って本当に大丈夫?」
見る見る顔色が悪くなる涼真の顔を覗き込む。普通なら至近距離で美少女の顔があったらドギマギするものだが、今の涼真にはそんな気力すらなかった。どうしたものかと真冬はオロオロし始めるのと、叔父が厨房から戻ってくるのは同時だった。
「おまたせーってあれ真冬ちゃん、こんばんは…ってどうしたんだこいつ、さっきより酷くなっているけど」
馴染み客に声をかけると席は外した間に甥の元気が更になくなっていることに困惑の声を上げる。
「オーナーこんばんは。私にも分からないです、ただ今日は水原さんの誕生日で気合い入れてるって言ってたよね、と言ったら急に顔色が悪くなって」
困り切った真冬とは対照的に何かを察した叔父は納得したように告げた。
「これはアレだな、彼女と喧嘩でもしたんだろ。誕生日に喧嘩したらそりゃ落ち込むよな」
「喧嘩でこんなこの世の終わりみたいな顔しますか」
叔父の推側に納得のいかない様子の真冬。そんな真冬のことは気に留めず、厨房から持ってきたケーキを涼真の前に置く。見た感じガトーショコラのようだ。
「ほら、新商品のガトーショコラだ。これ食って元気出せ」
「…ありがとう叔父さん」
感謝の言葉を伝えると渡されたフォークでガトーショコラを一口大に切り口に運ぶ。かなりドッシリとしたケーキだが食べやすい。それに香りづけだろうか、何かの味がする。何だろう、これはと思案していると叔父から感想を求められる。
「どうだ、うまいか」
「うん、うまいよ食べやすいし。これ何入ってるの」
「香りづけにブランデーを入れてる。アルコールは飛ばしているはずだが、心配だし車を運転している人には勧められないな」
感想を言い合っている二人を微笑ましそうに眺めている真冬。するとアルバイトの人が注文を取りに来た。
「オムライスお願いします」
「はい、オムライスおひとつですね…オーナー!喋ってないで仕事してください!」
強い口調で叱責された叔父は慌てるように厨房に戻っていく。残された二人は取り敢えず話し始める。ケーキを完食し少し元気になった涼真は心なしかとろんとした目をしているが、真冬との談笑に勤しんでいる。真冬も彼女の事には触れずに今日のテストの事について語る。
段々涼真の様子がおかしくなっていくのに誰も気づかなった。
*********
「あはははははは、やってられないわマジでさーーー」
ケーキを食べてから40分後、涼真は顔を赤くし焦点の合っていない目で心底楽しそうに喋っている。完全に酔っ払いである。その様子をテーブル席に移った叔父と真冬は困った顔で見つめている。徐々にテンションがおかしくなった涼真を端のテーブル席に移し、心配した真冬と客が減り比較的暇になった叔父も一緒だ。
「これ、酔っぱらってますよね」
「まさか、ケーキのブランデーで酔っぱらったのか…漫画でしか見たことないぞ」
「けど、彼が口にした料理でお酒を使っているのはあのケーキだけですし。確実でしょう」
「まいったな、兄貴たち今日も遅いしこんな状態の涼真を一人で帰すわけにもいかないし」
心底困った表情の叔父と対照的に考え込んでいる様子の真冬。暫くして口を開いた。
「酔いが醒めるまでここに居てもらうしかないですね、何なら私が見てますよ。家この近くですし両親も遅いので」
「おお、そうかありがとう。良かったな涼真」
「あーーー七海と樹許さねえからなーー」
話なんて聞いてない様子で管を巻く涼真。二人は出て来た名前に疑問を抱き、顔を見合わせる。
「七海って水原さんのことで、樹って半田君の事ですね。なんで彼女と親友の名前が?」
「もしかしなくても、今日涼真がやけ食いした原因だな。このまま放っていいたら喋ってくれるかもしれない。原因が分からなきゃ俺らも手の施しようがない」
何やら込み入ったことを聞くようで罪悪感が出て来た真冬だが、それはそれとして涼真があんなにも落ち込んでいた理由が知りたくないと言えば嘘になる。結局好奇心に負けて酔っぱらった涼真の話を聞くことにした。
*******
テストが終わってすぐ家に戻った涼真は準備していたクラッカーや帽子をカバンに仕舞い、七海の家に向かっていた。今日は七海の誕生日で夕方から夕食を食べる予定だった。だが、涼真は七海に内緒でサプライズを考えていた。ケーキ屋で予約したホールケーキを持って彼女の家に突撃するのだ。その布石として学校にいた時は敢えて誕生日について触れなかった。七海は不服そうだったがサプライズのためだと心を鬼にした。
そして彼女のマンションの部屋の前で帽子を被り、誕生日おめでとうと書かれたタスキをかけ、準備を整える。彼女の家は共働きでこの時間は誰もいないはずだ。ゆっくりドアノブを回すと鍵がかかっていなかった。これなら部屋までこっそり行けそうだ。不用心だと怒る所だが今回ばかりは助かった。ゆっくりドアを開けて玄関に入るとローファーともう一つスニーカーが置かれていた。それを見た途端、嫌な予感が頭を過る。そのスニーカーを履いている人間をよく知っているからだ。
(…まさかな…)
最悪な予感が頭を過ぎるが、親のスニーカーかもしれない。気づかれないように廊下を歩き、七海の部屋の前に立つ。そして勢いよくドアを開いた。
「誕生日おめでとう!七海」
意気揚々と部屋の中に突撃した涼真が見たのは。
「え……涼真…?何で?会うのは夕方のはずじゃ…?」
困惑し動揺した様子で声も震えている七海はベッドの上でタオルケットに包まっていた。その隙間から白く華奢な肩が覗いておりその肩も震えている。つまり服を着ていなかった。そして彼女の横には
「……っ」
来るはずのない乱入者の存在に驚き声も出せずに口を開けたまま硬直している男にも見覚えがあった。親友の樹だった。樹も七海と同じベッドに座り、こちらも上半身裸だ。裸の男女がベッドにいる。何をしていたかなんて一目瞭然だ。
彼女と親友が裸でベッドにいる状況を目にし、もっと動揺し怒りで我を忘れるかとも思ったが、思いのほか冷静だった。いや、冷静というよりもただ湧き上げる感情を押し込めて冷静に振舞おうとしているだけだ。この二人に無様に怒り狂うところを見せたくないと自分の中で必死に制御しているのかもしれない。
「ちっ違うのこれは、あのっ…」
見苦しくも喚き必死に弁明しようとしている七海を冷ややかな目で見下ろす。弁明も何も、この状況で何を言っても意味がなく、かえって自分の立場を悪くすると言うのが分からないのだろうか。樹はというと気まずさのあまり涼真と目を合わせようとすらしない。必死に機嫌を取ろうとする七海も黙ったまま乗り切ろうとしている樹にも腹が立った。罵詈雑言でもぶつけてやろうかと思ったが、怒りが頂点に達し口から洩れたのは笑いだった。突然笑い出した涼真を怯えた顔で見つめる七海と未だに俯いている樹。
「…何やってんだ?いや、この状況の事じゃなくて至った経緯の事を聞いているから」
自分のものとは思えない、地の底から這い出たような声が出た。怯え切って碌に声も出せない七海。小学校からの付き合いで涼真は本気で怒っていることは分かるはずの樹は黙ったままだ。話が進まないので、持っていたケーキを床に置き、ズボンのポッケにしまっていたスマホを取り出し裸の二人の写真を撮った。七海の顔は驚愕に染まり、石のように固まっている樹も流石に「おいっ」と怒鳴る。
「何も言いたくないならいいよ、その場合この写真クラスに広める。俺と七海の事はみんな知ってるしこんなの見られたどうなるんだろうな」
七海の顔が絶望に染まり、樹は涼真を睨みつけている。涼真と七海は中一の頃から付き合っており高校でも仲が良いと有名だった。樹と涼真は小学生の頃からの幼馴染。幼馴染の彼女を寝取った男と乗り換えた女。バレたらどんな噂が立つか想像に難くない。流石に涼真がここまでやるとは思っていなかったようで、観念したのか七海が口を開く。
「私が、寂しいって樹に泣きついたの。涼真私とそういうことするの嫌がってたでしょ。それで私愛されてないって思って樹に相談したら、いつの間にか…」
後半尻すぼみになる声。まるで涼真が悪いかのような言い方だ。確かに高校に入学したころ、七海から先のステップに進みたいとお願いされた。しかし断った。自分たちは高校生だし万が一子供でも出来たら七海と涼真の人生が狂ってしまう。涼真としては七海を大事にしたいと言う気持ちから、そういうことは高校を卒業したら、という意思を伝え彼女も納得してくれたと思っていたが、そうではなかったようだ。七海はクラスでも目立つグループに属しており、彼氏持ちの友人の中には経験済みの女子もいる。周りはとっくに卒業しているのに自分だけ、という焦りでもあったのかもれない。だからと言って涼真は意思を変えるつもりはなかった。
取り敢えず七海の言い分は分かった。次は横の硬直男だ。
「…おい、さっきから黙っているけど、何か言ったらどうだ樹。言っとくけど樹が何も言わないなら連帯責任で写真…」
「俺が悪いんだ。七海が、涼真が冷たいって悩んでて、その相談に乗るようになった。弱っているところに付け込んだのは俺だ、責めるなら俺だけにしろ。謝って済む問題じゃないのは分かってる…」
脅しの姿勢を見せたら堰を切ったように喋り出す。自分だけが悪いと言う樹の腕にすがり、焦りだす七海。
「違う!悪いのは私なの!私が泣きついたから…樹は私を慰めてくれただけで、好きなのは涼真だから!」
背中が薄ら寒くなるような三文芝居を見せられ、目の前の二人を冷たい目に睨みつけるが二人は自分達だけの世界に入っているため気づかない。そろそろ限界なので終わりにすることにした。
スマホを掲げたまま、淡々と告げる。
「大体の事は分かった。つまり二股してたってことでしょ、不満があるなら言ってくれれば良かったのに隠れてこんなことするなんてさ。もういいよ、お前ら二度と俺に関わるな。もし性懲りもなく関わったら写真バラまくからな」
最後通告のように告げるとそのまま部屋を出た。呼び止める声が聞こえるが、裸のため追いかけることもままならない。玄関まで戻るとホールケーキを七海の部屋に忘れたことに気づいたが、戻る気にもなれずそのまま外を出た。数千円もしたケーキが無駄になったが、ケーキと共に七海への感情も置いていくことにする。
そして、その帰りにノワールに寄り今に至る。
********
「スッー…スッー…」
ひとしきり喋り満足したのか、涼真は机に突っ伏して寝息を立て始めた。完全に酔っ払いである。
「…」
「…」
事の顛末を聞き終えた二人は、涼真の語った内容の生々しさに二の句が継げなくなっている。それなりの人生経験をしている叔父は兎も角、真冬はどういった感情なのか顔から一切の表情が抜け落ちている。チラッと横目で真冬の様子を伺う叔父が思わず固まるほどだった。しかし、それも一瞬目を離した隙に消えており、今の真冬はいつものように口角を上げて微笑んでいた。幻覚でも見たのかと思い、叔父は忘れることにした。そして空気を変えようと喋りかけた。
「いや…思いのほか生々しかったな。こいつよくそれでやけ食いで済んだな。俺なら親友殴ってるわ」
「…そうですね。私水原さん、半田くんと話す機会あるんですけど三人とも仲良くて、蒼井くんと水原さんもお似合いだと思ってました。裏でそんなことしてるなんて、人は見かけによらないんですね」
叔父の意見に肯定の意を示す真冬。悲しそうに呟く真冬を眺め、この子は本当に涼真の事を心配してくれていると心が熱くなる。二人は学校ではただのクラスメート、ここでは友人のように話しており、涼真が彼女の事を相談しているのを目撃しているし、樹の事もよく褒めているのを聞いているはずだ。知っているからこそ、二人の所業に怒っているのかもしれない。考え込んでいた様子の真冬が呟いた。
「…許せないですよね。二人共…どうしてやろうかな…」
「え…」
「オーナー!休憩してないで仕事してください!」
アルバイトの怒声にビビった叔父は真冬の様子が気になったが後ろ髪を引かれる思いでカウンターに戻った。
*******
「…ん」
何時間眠っていたのか、頭を上げ目を擦り、腕時計を確認すると20時近かった。確か、思い出したくもない悍ましい出来事を一時的にでも忘れるためにノワールに来てやけ食いをして、その後真冬がやってきて。その後叔父から出されたケーキを食べて、それから…
「ケーキの酒で酔っぱらった挙句全部ぶちまけた……」
涼真は自己嫌悪に陥っていた。香りづけのブランデーで酔っぱらった挙句、叔父と真冬に二人への恨み言を垂れ流した。叔父は兎も角真冬はただのクラスメート、ここでしか話さない関係だ。そんな相手の彼女と親友の泥沼話なんて聞かされても迷惑だろう。涼真は酔っぱらっている間の事を全て覚えていた。だからこそ、一人で反省会を開いている。俯いているとカウンターの方から足音が聞こえ、見覚えのある顔が見えた。
「蒼井くん、良かった目が覚めたんだ。今水持ってくるね」
真冬だ。そう言い残すとまた引っ込んでしまった。もしかして、自分が起きるまで待っていてくれたのだろうか。何ていい人なんだ、見た目だけでなく性格まで完璧だなんて、と心の中で称賛していると真冬が戻ってきた。コップを置くと涼真の向かいの席に座る。先ほどの醜態を思い出し目を合わせられずにいると、
「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ、聞いた話を誰かに漏らすなんてしないから」
学校中の男子を虜にする微笑みを向けられ、別の意味で目を合わせられなくなる。が、彼女が二人のことを黙っていてくれるみたいでホッとした。二人の事は許せないが、晒し者のような目に遭わせるのは流石に可哀そうである。まあこれからは他人として過ごさないと、気が重くなっていると
「…ところで、蒼井くんに頼みたいことがあるんだけど」
「頼みたいこと?」
「ええ、大変な時に申し訳ないとは思うんだけど、きっと蒼井くんにもメリットがあるから」
頭の中で疑問符が乱舞する。自分に頼みたいこととは何なのだろう。しかもメリットとは。内容は分からないが醜態を晒し、迷惑をかけたのだから断る理由はない。
「ああ、いいよ。俺で良ければ」
二つ返事で引き受けると、気のせいか彼女の灰色の瞳の奥で何かが揺れた。そして端正な顔に浮かんでいる笑みも一瞬だが歪んだ気がしたが、気にせいだと忘れることにした。
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週明け、重い体を引き摺り学校に向かう。本当はサボりたかったがそうもいかない。気にしないようにしようと決めたが、親友と彼女に裏切られた傷は早々に治るものではない。顔を合わせたら何か言ってしまいそうで怖い。
鬱々とした気持ちのまま教室に入る。教室を見渡すと七海と樹も登校して、それぞれ友達と話しているようだ。こちらに気づかないうちに席に着こうとしたら
「あ、涼真おはよう」
自分の席の近くにいたクラスメートに話しかけられる。その声が思いの外大きく七海と樹も涼真の存在に気づき、横を見ると二人そろってこっちを見ている。が、こちらがガン見すると居た堪れないのか不自然な速さで目を逸らす。居た堪れないのはこっちだ、と心の中で毒づき、クラスメートに会釈して席に着く。それから間を置かずに七海が近寄る気配がする。チラッと横に目をやると、七海が今にも泣きそうな顔で立っている。
「…何か用?俺は話す事なんてないけど」
わざと冷たい声で答えるが、彼女は怯む様子もなくキッと睨みつけた。
「…私が言える立場でじゃないのは分かってるよ、けどせめて謝らせて欲しいの」
声が大きかったせいかクラスメートがチラホラこっちに注目しているようだった。何だか嫌な予感がする。
「謝らなくていいから。七海が謝って許された気になりたいだけだろ。自己満足だろ…本当に謝罪とか要らないからもう話しかけるなよ、アレも消しておいたし後は好きに」
そこまで言いかけて次の言葉が継げなくなった。七海の頬を涙が伝っていた。それに気づいた七海の友人が近づき声をかける。
「どうしたの七海?…蒼井くん何泣かせてるのよ!…何があったの七海」
友人は涼真を睨みつけ、本格的に涙を流し始めた七海は耳を疑うことを言いだした。
「私がよろけて樹に支えて貰ったのを見た涼真が浮気だって決めつけて、別れようって言われて…誤解させた私が悪いの…」
「は?」
一瞬言っている意味が分からず本音が出てしまった。よくもスラスラ嘘が吐けるなと感心すらしてしまう。四年近く付き合っていたがここまで性格が歪んでいたとは思わなかった。まあ、謝罪を受け入れない自分に痺れを切らし逆に排除する方向に決めたと言うことか。写真を残しているとは思わないのだろうか、当然あの写真は残してある。自分が残すわけがないと高を括ってこんな馬鹿な行動に出たのだろうが、馬鹿すぎて心配になる。七海の背中をさすっている友人は視線だけで人を殺せるのではないかというほどに憎悪の籠った目で涼真を睨みつけている。七海の涙と戯言に騙され、涼真を悪人に仕立てようとする雰囲気を作るのに一役買っているのに気づかない。七海は黙っていれば守ってあげたくなる雰囲気を纏っているので嘘泣きでもコロッと騙されても責めることは出来ない。
「…蒼井くん、そんなことで別れたいとか本気で言ってるの。七海の事が好きなのは分かるけど心が狭いって言うか、ちょっとおかしいよ?…半田くんとは親友でしょ、親友の彼女取ろうなんてそんな最低なことしないでしょ、ねえ半田くん」
突然話しかけられた樹は動揺し、視線を宙に泳がせている。一瞬涼真の方に視線を向けたが、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「…ああ、俺はそんなことしてない。誤解だと言っても別れると言って聞かなくて、どうしたらいいか分からなくて…」
(…ああ、そうか。それがお前の答えか)
この男、10年来の親友を切り捨てて七海に付くことにしたらしい。それなりに樹の事は好きだったのに、と感傷に浸る。が、思い返してみれば中学時代樹も七海に好意を抱いていたのは知っていた。七海は涼真に告白し、樹は諦めたと思っていたが寧ろ親友として傍にいることで虎視眈々とチャンスを窺ってていたのかもしれない。実際のところは分からないが、七海にとっても樹にとっても、涼真はその程度の、簡単に捨てられる存在だったと言うわけだ。涼真は侮蔑に満ちた眼差しで七海と樹を交互に見つめる。もう二人に対して残っている微かな情すらも捨てる覚悟が出来た。リュックの中からスマホを取り出し、昨日の写真を見せようとすると
「おはよう涼真」
背後からの呼び声に振り返る。そこには微笑みを浮かべた真冬が立っている。あの皆月真冬が涼真を親し気に名前で呼んだことで、好奇心に目を光らせ七海と涼真に注目していたクラスメートの関心が一瞬にして真冬に移る。学校ではあまり会話を交わす姿を見かけない二人が名前で呼ぶほど親しかったことに驚きを隠せないようで、先ほどまで涙を流していた七海も樹も間抜け面を晒している。
「ああ。おはようみ…真冬」
「二日ぶりね…ところでこれは何の騒ぎ?何があったの」
先ほど意気揚々と涼真を罵倒していた友人に問いかける。突然変わった空気についていけずあっけに取られているようだがすぐに立て直した。
「何って、蒼井くんが七海と半田くんの仲を誤解して一方的に別れを告げたのよ。七海が好きなのは分かるけど、思い込みが激しすぎ」
「あれ、おかしいわね。私は涼真から水原さんと半田くんが浮気していたって聞いたけど」
その瞬間教室が更にざわつく。友人は目を大きく見開き、七海達は顔面蒼白だ。クラスメートは分かっていた、皆月真冬が嘘や冗談を言う性格ではないことを。学校の人気者と一生徒の意見、どちらが信用に値するかということを。
「え、そ、それが本当だとして何で皆月さんが知って」
「本人から聞いたの、告白する前に」
教室のざわめきが最高潮に達した。嘆く男子、面白がる女子、スマホを取り出し拡散する者と反応は様々だ。七海を含めた三人は唖然として言葉を失っているようだが構わず続ける。
「親友と彼女に裏切られて傷ついていた涼真に付け入って告白したの。失恋の傷は次の恋で癒すのが一番でしょ?」
目で合図を出されたので、真冬の肩を自分の方に抱き寄せた。
「そうだな…七海には申し訳ないけどあの日から真冬と付き合っている。けど…二人に文句を言われる筋合いはないよな?」
七海と樹の目を交互に見ながら告げると、二人ともガタガタと震え出した。周りも様子がおかしいことに気づき騒ぎ出す。例の友人も七海の肩を抱き必死に揺さぶる。
「さっきから何を言ってるの…大体浮気浮気って言うけど証拠はあるの」
「あら、水原さんの言うことは証拠なしで信じたのに私の事は信じられないの、悲しいなぁ…証拠、出してもいいけどそうなると困る人がいるから」
「もういい!!全部私の嘘!裏切ったのは私!ごめんなさい涼真、ごめんなさい…」
耐えられないとばかりにその場に座り込み、戯言のように「ごめんなさい」と繰り返している。友人がその場に駆け寄り介抱するのを冷ややかな目で眺めていると真冬に手を引かれる。そのまま教室を出る前に樹の様子を確認すると、こちらも魂が抜けてしまったかのようにボーっとしていた。二人にかける言葉はもうなかった。
屋上に移動した二人は柵に背を預け並んで座り込む。体育座りをした真冬は白い太ももを惜しげもなく晒し、目のやり場に困る。
「いや、うまく行ったね。少しはスッキリした?」
「…ああ、スッキリした、もう二人への未練もない。真冬に恋人のフリを提案された時はどうなるかと思ったけど、うまくいくもんだな」
「私は告白してくる相手除け、涼真は裏切った二人への当てつけ、いい感じに利害が一致していたからね。元カレがすぐに私みたいなのと付き合ったらプライド傷つけられるだろうし。あんな嘘つくのは計算外だったけど」
呆れたように呟く真冬に、ずっと抱いていた疑問をぶつける。
「何で俺だったんだ、フリを頼むなら他に良い奴いただろう」
「何でって君の事好きだからだけど、嘘じゃなくて本当に」
「へ?」
余りの衝撃に二の句が継げなくなり魚のように口をパクパクさせる。
「す、好きって、いつから」
「さあいつだろうね、喫茶店で会うようになってからか、それより前かもね」
はぐらかすような態度の真冬にヤキモキしているとふと、受験の日の事を思い出した。確か隣の席の子に筆記用具を貸した気がする。その子の瞳も日本人離れしていたような…
「…っ!受験の時隣の席だったっ」
「やっと思い出した、まあ高校デビューしたから無理もないか。入学早々失恋したよ、君に彼女がいたから…結果的にフリでも恋人になれたから善しとするよ」
まだ事態が呑み込めない涼真に真冬の端正な顔が近づく。あと少しで唇が触れると言う距離で真冬は妖しい笑みを浮かべ囁く。
「フリでも彼女だからね、これから好きになってもらうから覚悟してよ」