その時、踊り子は何を思ったのか
もう疲れた。
私は画面の数字を見ながら深いため息をついた。
今回の「踊ってみた」も全然再生数が伸びない。
今回のも自信があったんだけどなぁ。
パソコンをそっと閉じる。
携帯を見るともう昼の12時を回っていて、窓の外から聞こえてくる子どもたちの喧噪は寝不足の頭によく響いた。そうか、今日は休日か。もう曜日感覚も曖昧になってしまっていた。
「踊ってみた」を世の中に出してからもう5年経つ。大学二年に友達と一緒に出してみたのがきっかけで、それから自分で本格的に世の中に出し始めたのが二年前。同じような時期に始めた投稿者は最近テレビに出たらしい。
でも私の動画は、一向に世間から見向きもされない。流行りの「踊ってみた」を過去に出した時に一度だけ再生数万越えすることはできた。
でもそれっきり。
私が最初から振り出しを考えて踊った渾身の動画も千回も稼げなかった。当時の私が血を吐くような思いで、出たばかりの歌を何度も聞いて、踊ってみては動画に撮ってを繰り返したそんな作品。頑張ったはずなのに。ずっとずっと、ずぅっっっと頑張ったはずなのに。
誰も私の頑張りを認めてはくれなかった。
もう疲れてしまった。
自分だけが世の中からはじき出されているような感覚だけが最近胸の中を占めていた。親からも帰ってきて地元で就活をするように毎日のように連絡が届く。最近はもうそんな連絡に返信することも出来なくなっていた。少しずつ私が終わっていくような、そんな気分がゆっくりと自分の首を絞めていた。
正直分かってる。
世間は踊りの動画を見るのではなく、可愛い子の踊っている姿が見たいのだと。どんなに頑張っても可愛い子には勝てないのだと。いや、そんなんじゃないか。私には単純に人を惹きつける才能が無いんだ。
いまさら気付きたくもなかった事実。
だけどもう目を背けられない事実。
今月中には、もうこの家も出ていかなきゃいけない。バイト代も全部「踊ってみた」に必要なものに費やしてしまった。ダンスレッスンやカメラ、パソコンに諸々の生活費。違うことにも挑戦だってした。声優学校にも通った時期はあるし、普通の大学に通うことを考えたこともある。でも、私はやっぱりダンスをしてみたかった。あの日、友達と放課後に見た「踊ってみた」の人のように。
でももうそれも終わりだ。
鞄に財布と携帯を入れて外に出た。私がいつも踊っていた横浜に向かうべく。電車に揺られながら外の景色を見ると、もう見慣れたはずの風景が色褪せた写真みたいだった。第2の地元とも言える横浜の風景。地元にいたときはあんなに憧れて、待ち遠しいと思えたのにどうしてだろう。今は私を潰そうとする大きな怪物のようにさえ見える。そして私は横浜に着いた。くだらない程踊った場所。
ここしか考えられなかった。私の最後の踊ってみた。
親に今まで出来なかった感謝とごめんなさいの連絡を入れる。友達にも。一年前に別れた彼氏にもついでに送っておく。そして海に携帯を投げた。
これで私の準備は終了。そして私は踊り始める。
カメラも音楽もステージもない。何の意味ももたない踊り。
ただ私の頭には鳴り止まない音楽が頭を狂わせるほど流れてる。
踊ってみた。
死神と踊るワルツ、なんてオシャレでしょ。
ただ最後ぐらいは皆に見て欲しかった。私に注目して欲しかった。
「そこから降りなさい!」
ほらどう?皆見てよ。
私綺麗に踊れてるでしょ?
踊りは終わった。青服の恐い顔したお兄さんが私に向けて手を伸ばす。
残念。私はもう未練はないわ。
落下していく直前、目が合った少年に私は心の底から微笑んだ。
『本日、横浜市内で二十代女性が自殺を図り、病院に搬送されるも死亡いたしました。』
「いやぁー、横浜の真ん中で自殺なんて目撃した人達への精神的影響は計り知れませんよ。そもそも…。」