魔女様の自堕落空間
さわさわ。
クロの体にいつものように手をやって、思わず動きを止めた。
え、え、何これ。何これ。
止めてた手をまた動かしてクロの全身を撫でる。
もふもふ。ふわふわ。いや、ふあふあ。もこもこ。
元々クロの毛並みはいいんだけど、なんかいつもより手触りがいい。手触りがよすぎて感動する。
わさわさとクロの全身を撫で回していると、クロからは微妙な視線を感じた。
「え、ちょっと、なにこれ。どしたの」
「ラピスが風呂に入っている間に俺も洗われてブラシのようなもので全身手入れされた」
「侍女たち、最高すぎ」
うわーい。下はもふもふで、周りはふわふわで、もう私ここから動かない。ここで生きて死のう。
円形上のクッションのようなベッドのようなソファのようなそれの真ん中で、その上にぐるりと端っこを囲むように寝そべったクロに寄りかかる。
侍女長たちに着せられたワンピースとストールは品質の良さしか感じない触り心地。
色は黒か紫か、動きによって見え方が違う。少し透け感があってまさに扇情的。確実にそういう夜着ですね、まあ普段下着だったしいいけど。
でも、ねぇ、なんか着られてる感ない?
自分で言うのもあれだけどもう少しこう、出るとこ出てる人用なんじゃない?
ギャップ萌えですわ魔女様! てなんか全力で推されたけど。侍女たちの趣味なの?
サイドテーブルに置かれたカップを手に取れば中にはお茶が入っていて、1口飲めば仄かにブランデーの味がした。
お酒の感じはあまりしないけど、美味しい。
昼間にかなり寝てたおかげかあんまり眠くなくて、クロの上でゴロゴロと転がる。
眠いけど眠くない。
クロのしっぽに辿り着いて、それを抱え込んだあたりで部屋の扉がノックの音と後遅れて開かれた。
「魔女殿、失礼する」
騎士もお風呂上がりなのかしっとりと髪が濡れたままの姿で現れた。
それなりにモテそうだけど、家の感じを見るに独身ね。前髪もかきあげて、傷1つ無い顔が良く見える。彫刻みたいで魔女仲間のお姉さま方が舌なめずりしそう。
じっくり眺めていると騎士はローテブル前のソファに腰を下ろした。
あのソファも弾力があって柔らかくてなかなかに座り心地がよかった。体が包まれるように沈む感じ。
ソファに座った騎士はクロをじっと観察しはじめた。あからさまにでは無いけど、確実に警戒した目で探ってる。
それにイラついたのかクロもグルルと喉を鳴らしたからポンポンとおしりの当たりを軽く叩いて落ち着かせた。
「これはクロ。大きさ変えられるの。まぁ気にしないで、人間食べたりしないから」
私の言葉に納得したのかしてないのか、テーブルに置かれてたワインを手に取って、騎士がグラスに入れた。
ボトルのラベルを目で追えば、庶民じゃなかなか手が出せない最高級のもの。流石お貴族様。
しかもあれ、ただ高いやつじゃなくて味も良いやつ。
1歩降りれば届く距離だったけど動くの面倒くさくて諦めてたワイン。でもそこに騎士がいるなら。
取ってくれるよね?
「ねぇ、私も飲む」
ちょーだい、と手を差し出した。
騎士は私の手を見て、ワインを見て、また私に視線を戻す。
「魔女殿はお酒を?」
「飲むよ。それなりに強い方。私、これでも18だから。まあ、騎士から見たら子供だろうけど」
だいたい15歳くらいに見られるからね。
て言ってもお酒飲むのに年齢はあんまり関係ない。だいたいどこの国でも決まった法律なんかがあるわけじゃない。
まあ貴族令嬢はお酒よりお茶だからあんまり飲まないけどね。私はお茶よりお酒が好き。気分にもよるけど。
「どうぞ、魔女殿」
騎士が差し出してきたグラスを寝転んだまま手に取る。
「ありがと」
香りもいいし、最高級ワイン久しぶり〜。
お高いお店って買いに行くのも面倒くさいから自分じゃ買わないし、いっぱい飲んどこ。
騎士はいまだに少し警戒しながらもクッションベッドの端に腰を下ろした。
クロは騎士を見ないまま尻尾を一振、ぽすりと騎士に当てた。
そのあと私のところに戻ってきたから有難く寄りかからせてもらう。
騎士が持ってきたらしいお皿の上にはチーズとかお菓子とか摘めるものが乗っていて、そのお皿もクッションベッドの上に載せてくれた。
チーズが美味しい。ミニマカロンも美味しい。
何この極上空間。
求めてた自堕落生活が完璧すぎて怖いんだけど。
「彼は、魔女殿の使い魔か?」
騎士の視線がクロに向かう。
「使い魔……ではないんだよねぇ?」
私もクロに向かって問いかける。
クロはふい、とそっぽを向いた。
「正確には契約獣。私は召喚士に近い」
ものすっごーく不本意だけど。
人と人外が契約する、ってことは両方とも同じ。
だけど召喚士と契約獣は魔女以外にも存在するし、ごく普通のありふれた職業でもある。
騎士団の中にだって召喚士はいるしね。
「魔女殿が、召喚士……」
不思議そうな顔。
まああんまりイメージはないよね。
魔女といえば使い魔。わかるよ。
でも私には使い魔はいないんだよねぇ。
ていうか必要ない、かなぁ。
「ほら、これ証拠」
ただでさえ透け透けワンピースの襟ぐりをぐいっと下げて見せる。
左胸の上、鎖骨のすぐ下に刺青のように紋章のようなものが2つある。
召喚士の契約の証、ってやつ。
騎士は私のそれを凝視して、それからクロを見て片眉を上げた。見合ってない、とでも?
でも、私のこれの1つは間違いなくクロとの契約紋だよ。
訝しげな騎士の視線を受け流しながらワインを煽る。
うまぁ〜。
騎士の視線なんて気にならない。
だって目の前には美味しいワインとつまみ。このまま寝てしまえる環境。しかも極上ベッド。ついでにもふもふクロ。
明日起きる時間も決まってないし、今日は飲んで飲んで飲んで寝るのよ〜。
「魔女殿は、私を煽っているんだろうか」
襟元が歪んだまま直す素振りも見せなかったのは私。
だけど、まさか押し倒されるとは、ねぇ。
ぎらりと光るその瞳に、恋情も欲情も見えてこないから。
つまらないよね。お互いに。
あーあ、勿体ない。
押し倒された勢いのまま手から離れて飛んでったワインが宙を舞う。
お高いワインなのにー。
しかも私の極上クッションベッドに真っ赤な染みが。落とすのめんどくさくない? めんどくさいからシミ抜きなんてしないけど。
あ、でも侍女がやってくれるんだよね?
明日もふかふかもこもこ新品洗いたてに期待しよ。
相手が私で、押し倒してる本人もそういう感情は持ち合わせてないのが目に見えてて、何がどうなるわけもない。
けど。
不本意ながらそれをよく思わない存在はいるわけですよ、騎士様。
あーあ、めんどくさい。
何もかも、めんどくさい。