2大欲求
「お美しい魔女殿。お手を」
広間に入るなり、ほほ笑みを浮かべた騎士に手を取られる。
切羽詰まってたからか最初は硬い表情だったのによくもまあここまで崩せること。
すごいよね、貴族。表情筋大活躍。
甘さを含んだ仕草で席まで案内されて腰をかける。
まあ今日はエスコートに付き合ってあげよう。
騎士はまあどうでもいい。私にお小遣いをくれるならもうそれだけで言うことは無い。
まあくれなくてもこの家にいられればそれでいいけど。
部屋の隅ではクロが骨付きの肉を貰っていた。
下に置かれているお皿は装飾が綺麗で、骨付き肉の周りにはソースが芸術的な曲線を描いてる。
クロのご飯まで豪華とは。私のご飯にも期待大。
「魔女殿、改めて礼を言わせて欲しい」
運ばれてきた前菜を前に騎士が口を開いた。
思わずフォークを刺す直前で騎士を見てしまったけど、とりあえず口に入れることを優先する。
テーブルの上には他にも料理がたくさん乗ってるけど、とりあえず目の前のものからね。
野菜の色が綺麗なテリーヌ。
自分で作るなんて絶対めんどくさいし、こういうのはシェフが作ってくれなきゃ。
しかも美味しい。
完成された美味しい料理が勝手に運ばれてきて、食べと終わったお皿はさりげなく下げてくれる。洗い物もしなくていいわけだし、うん、最高。
「別に。私は仕事しただけで、報酬もこうやって貰ってるわけだし。それにあれはどちらかというと私向けだったし」
大体の魔女は力技だから、他の魔女だったらもう少し時間かかってたかもね〜。
いや、まあ楽ではなかったけど、早く終わる仕事でよかった〜。
「そう言って貰えるとありがたい。その分貴女の想いには応えよう。部屋は気に入って貰えただろうか? 魔女殿の好みもわからず急ごしらえになってしまったが」
「あのふかふかのマシュマロみたいなやつ、最高。なかなか言い引きこもり空間ね」
褒めて遣わす。
ちょっとだけ腰を下ろしたけどあれはだめ。
基本怠惰な自覚がある私でもわかる、だめなやつ。
座ってから立ち上がるまで葛藤がすごかった。
離れ難い、あの幸せ空間……。
「そうか。それはよかった。勧められるままに購入したが少し不安で」
ほっとした様子の騎士はじゃああれに触ってはいないってことね。
勿体無い。
「今夜部屋に来る? 寝かせてあげる」
1回だけね。特別に。
あの極楽体験させてあげるわ。あのふわふわに出会わせて貰ったお礼。
家に帰る時あれだけもらって帰ろ。
「魔女殿の部屋に? ……そうだな、魔女殿に満足して頂けるように尽くそう」
絶対なんか違うこと考えてるよね?めんどくさいから否定しないけど。
私食慾と睡眠欲はすごいけど、そっちは別に重要性感じてないからね。ほんと、どうでもいいんだけど。私のこれで誘ってるように見えるのか?
まさかね。
……まあ、魔女が求める物として有名なのは命とそれ、だったりはするんだけど。
おなかいっぱいのご飯。
デザートも数種類。気に入ったものはもう1つずつ。
何これ、幸せ。
ご飯は好きだけど作るのはめんどくさくて、食べに行くのもめんどくさくて、だから食べないことも多い。
でもここは勝手にご飯出てくるし後片付けないし、人混みでもないし、最高〜。
「魔女殿、私は仕事を片付けてくる。その後部屋に伺いたいから待っていてくれ」
あのもふもふを体験しにくるのね。
「はーい」
答えて食後のお茶をゆーっくり飲み終わって。私の部屋とは別の大きな図書室と遊戯室を案内してもらって。
部屋に戻ってきた私は侍女たちに囲まれていた。
「魔女様、お身体を清めましょう」
「お風呂?」
「ええ、そうでございます」
「んー、もうちょっとあとで……」
ゴロゴロしはじめちゃったから動くのめんどくさい。お風呂は嫌いじゃないけど、入るまでがめんどくさいし、入ったら出るのがめんどくさい。
「寝てても構いませんから。マッサージもさせていただきますし、気持ちいいですよ?」
ね?と侍女長に手を差し出される。
その手をしばらくじっと見つめて、まあいいか、と自分の手を乗せれば、ぐいっと引っ張って立ち上がらせてくれた。
痛くはなかったんだけど、意外と力持ちだね、侍女長。
ぼーっとしてればいつの間にか服を脱がされていて、お風呂に放り込まれてた。
暖かいお湯は泡風呂になってて、体を沈めるといい匂いが漂った。
広いお風呂でぐだりと力を抜いた私の周りで侍女長たちは忙しなく動いてた。
頭も身体も洗われながら同時にしてくれるマッサージが気持ちいい。
頭皮のマッサージ、これ、いい。
気持ちよく寝れそう。
というか私はもう半分夢の中。
はっとしたときにはベッドの上で香油でのマッサージが終わるところだった。
「……終わった?」
「はい。隅から隅まで磨かせて頂きました。お飲み物をご用意致しましたのでゆっくりお待ちくださいませ」
綺麗な笑顔を残して出ていった侍女たち。
なんか、すごいよねぇ、いろいろ。
「これだけの時間で随分と変わるものだな」
侍女たちと入れ替わりにクロが入ってきて、しばらく私を観察した後にふむと頷いた。
私の近くに来て私を囲める大きさに戻ると私の髪に顔を埋めた。
「しかしこれは甘すぎる。もう少し美味そうな匂いはないのか」
「さあ、無いんじゃない?」
「今日は食べたら胸焼けがしそうだからやめとく」
私の髪をくんくんしながら顔を顰めて唸り始めた。
いや、今日以外も私の髪食べないで欲しいんだけど。
クロと初めて会った日は頭をカプっと食べられてたわけだしそれよりはましだけど。
……いや、ましだったとしても嫌なものは嫌だし。そう考えると侍女長かなりいい働きした。